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 チャンドラー家の使用人総出の見送りに、ダグラスとオリビアは手を振って出発する。
「あまり雪も深くないし、明後日には修道院に着きそうだな」
 雪はオリビアの膝まであった。
「これでも多くないの?」
「もっと積もる。道が除雪できていれば行き来はできるが、時間がかかるな。除雪が追い付かなくなれば往来もなくなり、備蓄で雪解けまで過ごすことになる」
「…雪国って大変なのね」
 オリビアが感嘆して言うと、ダグラスは苦笑いする。
「あのままパリヤが順調に王太子妃を迎えれば、俺は側近を辞して、兄が王都の屋敷を、俺が領地を、それぞれ統治する予定だったんだがな…こうなって、兄には負担を掛けてばかりだ」
「どうして側近を辞める予定だったの?」
「自身で、自身の側に置ける信頼できる者を選ぶのも、王族が他の者と同じ学園生活を送る一つの目的なんだ」
「そうなのね」
 王の側近や侍従、王女や王妃、王太子妃の侍女は学園で出会った者が選ばれる事が多い。当然、取り入ろうと企む者も多いが、そういう者を見極める目を養うのも学園生活の目的なのだ。
「今くらいの雪なら良いが、もう少し積もれば屋敷の使用人も領民の家の雪掻きに駆り出されたりするぞ。俺も屋根の雪下ろしをしに行くし、兄も父も、母も雪掻きをする」
「ええ?」
「屋根の雪を下さないと家が潰れる」
「…屋敷中、総出?」
「総出」
「じゃあダグラスの…」
「ん?」
「ううん。やっぱり雪国って大変なのね」
 オリビアは首を横に振って言う。
 ダグラスの奥さまも雪掻きをするのね?そう言い掛けて、止めた。
「そうだな」
 ダグラスは胸ポケットから眼鏡を取り出して掛ける。
「お屋敷では眼鏡掛けないのね」
「チャンドラー家の者は皆、俺の瞳の事は知っているから、隠さなくて良いんだ」

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 明日には修道院に着くんだわ。

 オリビアは宿の部屋でバッグの中のパリスの手紙を確認し、枕元に置く。
「私の方が何だか緊張するわ…」
 ベッドに座ったオリビアはため息を吐くと部屋着の胸元を押さえる。
「ジル、いる?」
 オリビアが小さく言うと「はい」と返事があってジルが姿を現す。
「返事をするなんて珍しいわね」
「…ルイに、いきなりはオリビア様が嫌がると聞きまして」
 ジルが眉間に皺を寄せて言うと、オリビアは苦笑いする。
「そうね。ねえ、ジルはルイと知り合いなの?」
「知り合いという程ではなかったですが、知っていました。裏の世界は、広いようで狭いのです」
「そう。表の世界こちらと同じね」
「そうですね」
 二人でくすりと笑う。
「…明日だと思うと、何だか緊張して…眠れそうにないの」
「じゃあ、抱っこして寝ましょうか?」
 ジルはそう言って両手を広げる。
「ふふ。抱っこはいいから、手を繋いでくれる?」
「はい」

 朝、オリビアの部屋にノックの音がする。
 オリビアはジルの手を両手で握って眠っていた。ジルが小さな声で「オリビア様」と呼ぶと、薄っすら目を開けた。
「ノックの音がしました。ダグラス様では?」
 そうジルが言うと、オリビアは勢い良く起き上がる。
「…ダグラス?まっ、ちょっと待ってくれる?」
「私は消えます」
 そう言うとジルの姿がなくなる。
 オリビアは部屋着を見下ろしてから、髪を手櫛で整えて、ドアを開けた。
 ダグラスはドアの横の壁にもたれて待っていた。
「おはよう。ダグラス」
「おはよう。眠れたか?」
「…うん」
 何度か目が覚めたが、ジルが側にいるのを確認するとまた眠りに落ちていた。
「…ジルに、いてもらったのか?」
 ダグラスが小さな声で言う。
「え?」
 よく聞こえなくて、オリビアが聞き返すと、ダグラスは「いや」と言う。
「朝食は?食べられそうなら部屋に運んでもらうか?」
「ううん。いいわ。何だか私の方が緊張しちゃって喉を通りそうにないの」
「そうか。じゃあミルクを貰っておくから馬車で飲め」
「うん。ありがとう」
 オリビアが微笑むと、ダグラスは「頭を撫でるぞ」と宣言してからオリビアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「じゃあ出る時また迎えに来る」
 そう言ってダグラスは去って行く。
 オリビアはダグラスの撫でた所を自分でもう一度撫でる。
 ダグラスに触られるのは嫌ではなかった。
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