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「俺の母方の曽祖母が公爵家の出身だから、俺にも薄く王家の血が入っている。王家の血が入る貴族は珍しくもないしな」
ダグラスが言うと、オリビアは頷く。
王女が公爵家や侯爵家へ降嫁したり、王族が臣籍降下し公爵家が新設されたり、王家の籍から離脱した者が上位貴族と縁組したりなど、貴族に王家の血が入る事は珍しい事ではない。現に今の国王陛下の弟の一人は臣籍降下し、公爵となっている。
「それでも、目や髪に紫が出る者は、王家に血が近いと言われている」
ダグラスは眼鏡を外すと胸ポケットへ入れる。
「俺は…生まれた時、瞳がアメジストのような紫だったんだ」
「え?」
「三歳頃には今のように光が当たれば紫に見える程度の紺色になったらしいが…父は、母を疑った」
ダグラスは窓の外へ視線をやる。日に透ける青紫の瞳。
ダグラスの母は、後に王妃となる令嬢と学園で仲が良かったため、王の成婚後は侍女として王妃に仕えていた。伯爵夫人となってからも王都の屋敷から王宮へと通っていたのだ。
そして、伯爵家に紫の瞳の子供が生まれた。
ダグラスの父は妻を疑い、妻にも生まれた子にも冷たく当たる。耐えかねた妻は王妃の元へと逃げ、母と子は長い年月を王宮で暮らしたのだ。
たまに母と共に王都の屋敷に戻れば、父はダグラスを冷たく一瞥し、執務室へと籠る。
ダグラスは父の前では言葉を発する事も許されず、息を殺していた。母や兄が領地へ連れて行ってくれるか、母と王宮に戻る日をただひたすら待っていたのだ。
「まあ今考えれば、父からすれば無理もない話だろうとは思うが、俺は瞳の色以外は父によく似ているから疑われた母も困惑しただろうな」
「無理もないって…お父様、酷いわ」
オリビアが憤ってそう言うと、窓の外に視線を向けたままのダグラスがクスッと笑った。
「母は、屋敷に俺を連れ帰って『ほらこんなに貴方に似ているのに、いつまでも何を言っているの』と父に突き付けていたらしい。実際父は居心地悪そうだったから、効果はあったのかもな」
「ダグラスとお父様、そんなに似ているの?」
「兄と父より、俺と父の方が似ていると我ながら思う。しかし生まれた時からの蟠りはなかなか解けないものだ」
王宮に住むダグラスは当たり前のように第一王子パリヤの側近となった。
そしてパリヤが婚約破棄事件により王籍を除され、辺境へと行く事になった時、ダグラスはパリヤと共に行く事を決心し、そんなダグラスに父は伯爵家からの勘当を言い渡したのだ。
「俺はパリヤと四つ歳が違って、学園で一緒になる事がなかったから…パリヤを諌めてやる事ができなかった。だから、主のような、弟のようなパリヤと、共に行く事にしたんだ」
「あれはダグラスのせいでは…」
もし、ダグラスとパリヤ殿下の歳が近くて、学園でダグラスがパリヤ殿下の側にいれば、殿下は婚約破棄をしなかった?
…ううん。きっと違うわ。
「そうだな。全てはパリヤに王太子としての自覚が乏しく、私欲を通そうとしたせいだ。…やはり側でその自覚を持たせられなかった俺のせいでもあるな」
ダグラスは自嘲気味に笑う。オリビアは立ち上がるとダグラスの頬に両手を当て、強引に自分の方へ向かせた。
「オリビア?」
「ダグラスのせいじゃないわ」
「…しかし、オリビアは…パリヤの婚約破棄のせいで…嫌な目に遭ったろう?」
馬車の内に向き、影になった瞳は濃紺に見えた。
オリビアを見上げる濃紺の瞳がゆらゆらと彷徨う。
私を見て。
「それは、やはり私の父と、私のせいだわ」
ダグラスがオリビアを見る。目が合った。
「オリビア…触れても?」
オリビアがこくんと頷くと、ダグラスの手がゆっくりと背中にまわり、オリビアの腰を引き寄せる。
ダグラスの膝に座る形で抱き寄せられ、オリビアはダグラスの首に手を回した。
-----
抱き合ったまま、暫くすると馬車が速度を落とす。
「もう着いたか」
ダグラスがオリビアの背中に回った腕を緩める。
離れて行く温もりに、オリビアの胸がツキンと傷んだ。
馬車が停まると、屋敷の使用人全員かと思う程の人数が玄関の外に並んでいるのが目に入る。
オリビアがダグラスの手を取って馬車を降りると、使用人たちが一斉にダグラスに駆け寄った。
「ダグラス様」
「ダグラス様おかえりなさい」
「お久しぶりです」
「ダグラス様」
「お待ちしておりました」
ダグラスを囲んで口々に言う。
オリビアは呆気に取られその光景を眺める。ダグラスは苦笑いしながら言う。
「おいおい。皆、お客様の前だぞ。少しは取り繕え」
すると、使用人たちは一斉に整列すると、揃って頭を下げた。
「お客様、ようこそおいでくださいました!」
オリビアはますます呆気に取られ、ダグラスは吹き出して笑い出した。
「俺の母方の曽祖母が公爵家の出身だから、俺にも薄く王家の血が入っている。王家の血が入る貴族は珍しくもないしな」
ダグラスが言うと、オリビアは頷く。
王女が公爵家や侯爵家へ降嫁したり、王族が臣籍降下し公爵家が新設されたり、王家の籍から離脱した者が上位貴族と縁組したりなど、貴族に王家の血が入る事は珍しい事ではない。現に今の国王陛下の弟の一人は臣籍降下し、公爵となっている。
「それでも、目や髪に紫が出る者は、王家に血が近いと言われている」
ダグラスは眼鏡を外すと胸ポケットへ入れる。
「俺は…生まれた時、瞳がアメジストのような紫だったんだ」
「え?」
「三歳頃には今のように光が当たれば紫に見える程度の紺色になったらしいが…父は、母を疑った」
ダグラスは窓の外へ視線をやる。日に透ける青紫の瞳。
ダグラスの母は、後に王妃となる令嬢と学園で仲が良かったため、王の成婚後は侍女として王妃に仕えていた。伯爵夫人となってからも王都の屋敷から王宮へと通っていたのだ。
そして、伯爵家に紫の瞳の子供が生まれた。
ダグラスの父は妻を疑い、妻にも生まれた子にも冷たく当たる。耐えかねた妻は王妃の元へと逃げ、母と子は長い年月を王宮で暮らしたのだ。
たまに母と共に王都の屋敷に戻れば、父はダグラスを冷たく一瞥し、執務室へと籠る。
ダグラスは父の前では言葉を発する事も許されず、息を殺していた。母や兄が領地へ連れて行ってくれるか、母と王宮に戻る日をただひたすら待っていたのだ。
「まあ今考えれば、父からすれば無理もない話だろうとは思うが、俺は瞳の色以外は父によく似ているから疑われた母も困惑しただろうな」
「無理もないって…お父様、酷いわ」
オリビアが憤ってそう言うと、窓の外に視線を向けたままのダグラスがクスッと笑った。
「母は、屋敷に俺を連れ帰って『ほらこんなに貴方に似ているのに、いつまでも何を言っているの』と父に突き付けていたらしい。実際父は居心地悪そうだったから、効果はあったのかもな」
「ダグラスとお父様、そんなに似ているの?」
「兄と父より、俺と父の方が似ていると我ながら思う。しかし生まれた時からの蟠りはなかなか解けないものだ」
王宮に住むダグラスは当たり前のように第一王子パリヤの側近となった。
そしてパリヤが婚約破棄事件により王籍を除され、辺境へと行く事になった時、ダグラスはパリヤと共に行く事を決心し、そんなダグラスに父は伯爵家からの勘当を言い渡したのだ。
「俺はパリヤと四つ歳が違って、学園で一緒になる事がなかったから…パリヤを諌めてやる事ができなかった。だから、主のような、弟のようなパリヤと、共に行く事にしたんだ」
「あれはダグラスのせいでは…」
もし、ダグラスとパリヤ殿下の歳が近くて、学園でダグラスがパリヤ殿下の側にいれば、殿下は婚約破棄をしなかった?
…ううん。きっと違うわ。
「そうだな。全てはパリヤに王太子としての自覚が乏しく、私欲を通そうとしたせいだ。…やはり側でその自覚を持たせられなかった俺のせいでもあるな」
ダグラスは自嘲気味に笑う。オリビアは立ち上がるとダグラスの頬に両手を当て、強引に自分の方へ向かせた。
「オリビア?」
「ダグラスのせいじゃないわ」
「…しかし、オリビアは…パリヤの婚約破棄のせいで…嫌な目に遭ったろう?」
馬車の内に向き、影になった瞳は濃紺に見えた。
オリビアを見上げる濃紺の瞳がゆらゆらと彷徨う。
私を見て。
「それは、やはり私の父と、私のせいだわ」
ダグラスがオリビアを見る。目が合った。
「オリビア…触れても?」
オリビアがこくんと頷くと、ダグラスの手がゆっくりと背中にまわり、オリビアの腰を引き寄せる。
ダグラスの膝に座る形で抱き寄せられ、オリビアはダグラスの首に手を回した。
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抱き合ったまま、暫くすると馬車が速度を落とす。
「もう着いたか」
ダグラスがオリビアの背中に回った腕を緩める。
離れて行く温もりに、オリビアの胸がツキンと傷んだ。
馬車が停まると、屋敷の使用人全員かと思う程の人数が玄関の外に並んでいるのが目に入る。
オリビアがダグラスの手を取って馬車を降りると、使用人たちが一斉にダグラスに駆け寄った。
「ダグラス様」
「ダグラス様おかえりなさい」
「お久しぶりです」
「ダグラス様」
「お待ちしておりました」
ダグラスを囲んで口々に言う。
オリビアは呆気に取られその光景を眺める。ダグラスは苦笑いしながら言う。
「おいおい。皆、お客様の前だぞ。少しは取り繕え」
すると、使用人たちは一斉に整列すると、揃って頭を下げた。
「お客様、ようこそおいでくださいました!」
オリビアはますます呆気に取られ、ダグラスは吹き出して笑い出した。
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