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「オリビア、これをマリに」
 出立する日の朝、朝食の席を立つ時パリスから封筒を渡される。
「お預かりします」
 恭しく受け取ると、ダグラスと並んで部屋へ戻る廊下を歩く。
「何だか持っておくのも緊張する手紙ね」
 オリビアは両手で持った封筒を目の前に掲げる。
「俺が持っておこうか?」
「ううん。私が預かったんだもの。ちゃんと持っておくわ」
「そうか…じゃあよろしくな。準備が出来たら部屋に迎えに行くから」
「うん。また後でね」
 ダグラスと別れて部屋へ向かう。オリビアの部屋の前に男性が立っていた。
「ルイ」
 見覚えのない男性だが、何となくルイだと思った。
「頼まれた物を」
 紙袋を渡される。
「ありがとう。お使いみたいなお願いしてごめんね」
「いえ、ダグラス様には内密に、という事なら立派な『任務』です」
「ふふ。ありがとう」
 ルイは礼をすると廊下を足音も立てずに歩いて行った。
 
 ジルは私が買い物とかを頼むとすごく嫌そうな顔をしてたな。

 オリビアは懐かしく思い出しながら、部屋へ入った。

-----

 パリスに見送られて馬車が走り出した。

 オリビアは馬車の中でふわふわの毛布ともふもふのクッションに埋もれていた。
「ちょっとクッション多過ぎない?」
「座りっぱなしだし、北へ行くほど寒くなるからな」
「ダグラスはいらないの?」
「腰が痛くなったら何個か貸して」
「いいわよ」
「眠くなったら寝ろよ。座席広いから横になっても良いし」
「…うん」

 時々休憩したり、食事を摂ったりしながら夜になり、宿に入る。食堂で食事をし、それぞれ部屋に行く。
 鍵は確認したが、やはり同じ建物に見ず知らずの人たちが沢山居ると思うと落ち着かない。部屋のお風呂にサッと入ると部屋着を着て、ルイに渡された紙袋を荷物の底から引っ張り出すと、中の薬の包みを数個手持ちのバッグのポケットに入れる。
 包みを一つ持ってベッドに座ると、ベッドサイドに置いてある水差しからコップへ水を注いだ。
「…よし!」
 気合いを入れてから薬を飲んだ。

 暗い…落ちる。
 いや、怖い…目が開かない。怖い…。

 闇に引き込まれるように眠りに落ちた。

「…うぅ、痛…」
 翌朝、オリビアは久しぶりの頭痛で目が覚める。
 額を押さえてしばらく動かなければ段々と治る事は経験で分かっている。ダグラスに朝食はいらないと言っておいて良かった。とオリビアは思った。

 それでも薬のおかげでまとまった時間眠る事ができたので、昼間は元気に振る舞えた。
 小さな街で休憩した時、暇つぶしの本を買い込んだり、おやつを買ったりした。家へ手紙を書くための封筒と便箋、切手も買う。

 パリスの屋敷を出発してから一週間、徐々に雪景色になってきた。
「まだまだ北へ行くのよね…ダグラスの領地は雪が沢山降るの?」
 オリビアは馬車の窓から外を見ながら言う。
 ダグラスは「俺の領地じゃないけどな」と苦笑いする。
「まあ、冬の間はずっと白いな。道を除雪できなくて籠る事もたまにある」
「私、セヴァリー家に来て、初めて雪が積もってるのを見たのよ。綺麗で感動したけど、冷たくてビックリしたわ」
「王都は雪が降っても積もる事ないもんな」
「うん」
「オリビアは…」
「うん?」
 ダグラスは手を振ると「なんでもない」と言った。

 数日後、昼食のために立ち寄った街は足首まで雪が積もっていた。
「ブーツが要るわね」
 馬車の中では楽なように踵のない柔らかい靴を履いている。外に出る時はショートブーツに履き替えていたが、靴底がツルツルしているので雪道では滑りそうだった。
「厚手のコートも要るだろう。オリビア持ってないだろ?」
 ダグラスがオリビアに手を差し出す。
「え?」
「滑って転んだらいけないから」
「…うん」
 オリビアがダグラスの手の平に自分の手を乗せると、ダグラスはキュッと握る。そのまま手を繋いで歩き出す。
「…手袋も要るかしら?」
「そうだな」
 ダグラスはそう言いながら、今のように素手で手を繋げなくなるな、と少し残念に思い、いやいや、滑らないブーツを買えば手を繋いで歩く事はないだろう、と思い直す。
「領主様の髪の毛は染めてるの?」
 オリビアが唐突に言う。
「何?急に?」
「白い雪を見てたら、黒い髪を思い出して…」
「なかなかの連想力だな」
 ダグラスはクスクス笑う。
「急に気になっちゃって…瞳はそのまま?」
「髪は染めてる。瞳はどうしようもないから人前に出る時は前髪を降ろして、薄く色の着いた眼鏡を掛けて誤魔化してるんだ」
「なるほどね。じゃあダグラスは何故度の入っていない眼鏡をしているの?」
 オリビアがそう言うと、ダグラスは一瞬固まる。
「…聞かない方が良かったのね?」
 オリビアが窺うように言うと
「…そうだな」
 とダグラスは言い、繋いでいない手で眼鏡を押し上げた。


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