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番外編5下

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番外編5下

「おっそいんだよ。お前は」
 屋敷の階段を降りてくるグリフはうんざりとした表情だ。
「…グリフ、私はアイリーン殿下に付く事にした」
「そうか」
 グリフは玄関ホールに立つバネッサの前へと歩み寄る。
「近衛にはなれなくなるが、良いのか?」
 アイリーンが降嫁する際に公爵家に連れて行く騎士。アイリーンの護衛騎士団にも女騎士はいるが、降嫁を機に騎士を辞める者などもいるため、人数が足りずユリウスやスアレスの騎士団の女騎士にも話が持ち掛けられたのだ。
「…アイリーン殿下付きになれば、視察などに伴うような任務はなくなるだろう?」
「視察が嫌なのか?」
「視察自体は嫌ではない。ただグリフもユリウス殿下が出張などされる時付いて行くから…」
「そうだな」
 グリフが不思議そうに首を傾げてバネッサを見る。
 バネッサは真っ直ぐにグリフを見つめた。
「すれ違うのは、嫌だ、と思ったんだ」
「すれ違う?」
「つまり、グリフが王都にいる時に、私が視察でいないのが…」
 実際、それで暫く…長いと半年近くも会えない事が何度かあったから。
「ふーん」
 グリフは頭を掻きながら視線を上に上げる。

「私は…遅かったのか?」
「…は?」
 グリフは視線を下ろして、ぎょっとする。
 バネッサの頬に涙が流れていた。
「なっ、泣…」
「遅いと言っただろう?さっき」
 表情は変わらず、ただ涙が次々に流れる。

 グリフは「はあ」とため息を吐くと、バネッサを抱きしめた。
「?」
「二週間も音沙汰なく待たせるから『遅い』と言ったんだ」
 バネッサの顔を自分の肩に押し付ける。
 涙がグリフのシャツに吸い込まれた。
「グリフ」
 バネッサはグリフの背中に手を回す。
「私が無神経だったんだな。ロッテ様やマリア様にもグリフが怒るのは当然だと言われた」
「そうか」
「それと、アイリーン殿下に付く事、一番にグリフに言えと」
「ロッテやマリアに言われる前に気付いてくれるともっと良かったが、二人には感謝しよう」
 愛おしそうにバネッサの背中を撫でた。

「俺とすれ違いになるのが嫌でアイリーン殿下に付くのか?」
「それだけではないが、それが大きな理由ではある」
「近衛になれなくて、本当に後悔しないのか?」
「わからない。でもそうしなくてすれ違いが破局になってしまっても後悔する」
「…後悔するのか?」
 背中を撫でる手が止まる。
「?」
「俺と破局したら、バネッサは後悔するのか?」
「しないと思うのか?」
 背中に回した手に力を入れた。
「何となくそうなったとしても『仕方ない』で済まされる気がしていた」
「…私を何だと思ってるんだ?」
 グリフの背中を摘んで捻る。
「いてて。ごめん」
 グリフは半笑いでバネッサをますます強く抱きしめた。

「それで…」
「うん?」
「グリフ、私と結婚して欲しい」
「…どうした?急に」
 グリフは腕を緩めてバネッサの顔を覗き込む。
 凛とした瞳でバネッサはグリフを見る。涙は止まっていた。

「上官に『家族に相談しろ』と言われたが、辺境伯領は遠い。私は誰にもこの事を相談しなかった。だが、上官の言う『家族』にはグリフが含まれていたんだと思い至ったんだ」
「バネッサの上官は俺の同期だ。バネッサと俺の事もよく知っているしな。それにしても良く思い至ったな?」
「…正直に言えば、ロッテ様にそのような事を言われた」
「はは。そうなのか」
 バネッサらしい。とグリフは笑う。

「私だけの考えでは色々なかなか思い至らないと言う事がよくわかった。だったら言葉と実態を一致させれば良い」
「それが結婚?」
「そう。夫は家族の中でも一番手だろう?『家族と言えばグリフ』にしてしまえば良いと」
「なるほど」
 笑って、グリフはバネッサに顔を近付けると、唇を重ねた。

「バネッサ。俺と結婚してくれ」
 何度もキスをしながら言う。
「…ん」
 バネッサは言葉にできず、小さく頷いた。

「バネッサの気が変わらない内に既成事実を作るか」
 バシンッ!
 グリフの呟きに、バネッサはグリフの背中を叩く。
「そういうのは結婚してからだ!」
「わかったわかった」
 苦笑いするグリフ。
「…だから、早く結婚しよう」
 バネッサは赤くなりながら、そう言った。



          ー完ー

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