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番外編3
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番外編3
「兄が強引ですみません」
週末のカフェ。テーブルにはケーキと紅茶。向かいには無表情で頭を下げる、銀髪、銀の瞳の美女。
…カーティスに似てるな。兄妹だから当たり前だが。
先日、メレディスの職場にカーティスが訪れて「妹を娶らないか」と言い出した。公爵家の令嬢が伯爵家の次男に嫁ぐなんて有り得ないとメレディスは言ったが「いや、妹とメレディスは合うと思う」と言うカーティスに押し切られてこうして会う事になったのだ。
「いや、ブリジット嬢こそ、兄に付き合わされて気の毒にな」
「はい」
素直に頷くブリジット。
普通「そんな事ない」とか言うだろうに。いくら兄に付き合わされているとしても素直に「はい」とは…
「メレディス様?」
ブリジットがメレディスの顔を覗き込むように見てくる。
「…すまん。ツボに…」
メレディスは口元を押さえて肩を震わせて笑いを堪えていた。
「普段ユリウスやカーティスにもこんな話し方なんだ。不快だったらすまないな」
「いえ」
公爵令嬢相手には不遜に映るだろうが…
メレディスはそう思ったが、ブリジットは気にしていないようだった。
「ブリジット嬢は今何歳だ?」
「二十歳です」
貴族令嬢で二十歳なら既に結婚していてもおかしくない。むしろ公爵令嬢が二十歳まで婚約もしていないとは珍しいな。カーティスは何も言っていなかったが、もしかして婚約が破談になったりした事があるのか?
まあそうだとしても俺には関係のない話しか。
ふと気付くとブリジットはじっとケーキを見つめていた。
「食べないのか?」
「……」
「甘い物は苦手なのか?」
「…いえ」
答えながらもブリジットの視線はケーキに釘付けだ。
「?」
ブリジットはおもむろに自分の鞄を開けると、小さなスケッチブックと鉛筆を取り出す。
「?」
スケッチブックを開くとサラサラと鉛筆を走らせ始めた。
「?」
メレディスがしばらく黙ってそんなブリジットを眺めていると、ブリジットは「ふう」と小さく息を吐いて鉛筆を置く。
「終わったのか?」
メレディスが言うと、ブリジットはハッとしてメレディスを見た。
「す…すみません」
ウロウロと視線を彷徨わせるブリジット。
「絵を描いていたのか?」
「はい。すみません。夢中になると周りが見えなくなって。兄や家族からも気をつけるよう言われているのですが…」
なるほど。おそらくこういう娘だから婚約もしていないんだろうな。公爵令嬢に合う身分の貴族令息なら目の前で急に絵を描き始めて自分の存在を忘れられるような妻をわざわざ娶ろうとは思わないだろうから。
「そこまで周りが見えなくなるのも珍しい。ケーキを描いたのか?」
「はい。苺がピカピカしていて綺麗で、この三角のバランスが絶妙だったので」
「へえ。面白い視点だな。どんな絵を描くんだ?見せてくれるか?」
「…はい」
ブリジットは驚いた表情でメレディスを見ている。
「ん?見せたくないなら無理にとは…」
「いえ。お兄様の紹介でお会いした方で絵を見たいと仰った方は初めてで」
「『お兄様の紹介で』会った男性がそんなにいるのか?」
カーティスめ。何が俺と妹が合うと思った、だ。手当たり次第に妹の嫁ぎ先を探してるだけじゃないか。
「はい。メレディス様が十五人目です」
「ぶふっ!」
無表情で悪びれず言うブリジットに、メレディスは思わず吹き出した。
「…?」
「あははは。わ…悪い。ブリジット嬢は正直なんだな。でもそれ、次の男には言わない方が良いぞ」
他の男に十五人もお断りされた令嬢をわざわざ引き受けたい男はいないだろう。
「次…」
ブリジットが笑っているメレディスを見る。
「ん?」
「いえ。わかりました。次からは言いません」
次から、って次も断られる前提か。
正直だ。正直過ぎる。正直すぎておもしろい。
ブリジットがスケッチブックを差し出した。鉛筆で描かれた苺が本当にピカピカと光っているように見える。
「へえ…こんな短時間でこんなに描けるのか」
「一応、画家なので」
「画家?」
「本業は水彩で、画商に作品を売っています」
「へえ。すごいなそれは」
白黒でも活き活きと見える苺。色が乗ると、どんな感じになるんだろうか。
「…メレディス様」
「うん?」
「絵を見たいと仰ってくださってありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「?」
「初めてで、私、嬉しかったみたいです」
表情には現れていないが、頬がほんの少し赤い。
もしかして、多少の好意を持たれてる、のか?
いや。いやいやいや。
待てメレディス、お前、ロッテも自分に好意があるんじゃないかと勘違いしてたろ?昔。
ブリジット嬢も「見合いの席で初めて自分の絵を見たいと言ってくれた相手」が嬉しかっただけだって!
もしかしなくても、俺って自惚れ屋なのか!?
「メレディス様?」
ほんの少し頬を染めたまま、ブリジットはじっとメレディスを見ている。
…まあ、とりあえず、これは確認作業だ。
「今度、ブリジット嬢の描いた水彩画を見せてくれるか?」
メレディスがそう言うと、ブリジットの頬がまた少し赤くなった。
「兄が強引ですみません」
週末のカフェ。テーブルにはケーキと紅茶。向かいには無表情で頭を下げる、銀髪、銀の瞳の美女。
…カーティスに似てるな。兄妹だから当たり前だが。
先日、メレディスの職場にカーティスが訪れて「妹を娶らないか」と言い出した。公爵家の令嬢が伯爵家の次男に嫁ぐなんて有り得ないとメレディスは言ったが「いや、妹とメレディスは合うと思う」と言うカーティスに押し切られてこうして会う事になったのだ。
「いや、ブリジット嬢こそ、兄に付き合わされて気の毒にな」
「はい」
素直に頷くブリジット。
普通「そんな事ない」とか言うだろうに。いくら兄に付き合わされているとしても素直に「はい」とは…
「メレディス様?」
ブリジットがメレディスの顔を覗き込むように見てくる。
「…すまん。ツボに…」
メレディスは口元を押さえて肩を震わせて笑いを堪えていた。
「普段ユリウスやカーティスにもこんな話し方なんだ。不快だったらすまないな」
「いえ」
公爵令嬢相手には不遜に映るだろうが…
メレディスはそう思ったが、ブリジットは気にしていないようだった。
「ブリジット嬢は今何歳だ?」
「二十歳です」
貴族令嬢で二十歳なら既に結婚していてもおかしくない。むしろ公爵令嬢が二十歳まで婚約もしていないとは珍しいな。カーティスは何も言っていなかったが、もしかして婚約が破談になったりした事があるのか?
まあそうだとしても俺には関係のない話しか。
ふと気付くとブリジットはじっとケーキを見つめていた。
「食べないのか?」
「……」
「甘い物は苦手なのか?」
「…いえ」
答えながらもブリジットの視線はケーキに釘付けだ。
「?」
ブリジットはおもむろに自分の鞄を開けると、小さなスケッチブックと鉛筆を取り出す。
「?」
スケッチブックを開くとサラサラと鉛筆を走らせ始めた。
「?」
メレディスがしばらく黙ってそんなブリジットを眺めていると、ブリジットは「ふう」と小さく息を吐いて鉛筆を置く。
「終わったのか?」
メレディスが言うと、ブリジットはハッとしてメレディスを見た。
「す…すみません」
ウロウロと視線を彷徨わせるブリジット。
「絵を描いていたのか?」
「はい。すみません。夢中になると周りが見えなくなって。兄や家族からも気をつけるよう言われているのですが…」
なるほど。おそらくこういう娘だから婚約もしていないんだろうな。公爵令嬢に合う身分の貴族令息なら目の前で急に絵を描き始めて自分の存在を忘れられるような妻をわざわざ娶ろうとは思わないだろうから。
「そこまで周りが見えなくなるのも珍しい。ケーキを描いたのか?」
「はい。苺がピカピカしていて綺麗で、この三角のバランスが絶妙だったので」
「へえ。面白い視点だな。どんな絵を描くんだ?見せてくれるか?」
「…はい」
ブリジットは驚いた表情でメレディスを見ている。
「ん?見せたくないなら無理にとは…」
「いえ。お兄様の紹介でお会いした方で絵を見たいと仰った方は初めてで」
「『お兄様の紹介で』会った男性がそんなにいるのか?」
カーティスめ。何が俺と妹が合うと思った、だ。手当たり次第に妹の嫁ぎ先を探してるだけじゃないか。
「はい。メレディス様が十五人目です」
「ぶふっ!」
無表情で悪びれず言うブリジットに、メレディスは思わず吹き出した。
「…?」
「あははは。わ…悪い。ブリジット嬢は正直なんだな。でもそれ、次の男には言わない方が良いぞ」
他の男に十五人もお断りされた令嬢をわざわざ引き受けたい男はいないだろう。
「次…」
ブリジットが笑っているメレディスを見る。
「ん?」
「いえ。わかりました。次からは言いません」
次から、って次も断られる前提か。
正直だ。正直過ぎる。正直すぎておもしろい。
ブリジットがスケッチブックを差し出した。鉛筆で描かれた苺が本当にピカピカと光っているように見える。
「へえ…こんな短時間でこんなに描けるのか」
「一応、画家なので」
「画家?」
「本業は水彩で、画商に作品を売っています」
「へえ。すごいなそれは」
白黒でも活き活きと見える苺。色が乗ると、どんな感じになるんだろうか。
「…メレディス様」
「うん?」
「絵を見たいと仰ってくださってありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「?」
「初めてで、私、嬉しかったみたいです」
表情には現れていないが、頬がほんの少し赤い。
もしかして、多少の好意を持たれてる、のか?
いや。いやいやいや。
待てメレディス、お前、ロッテも自分に好意があるんじゃないかと勘違いしてたろ?昔。
ブリジット嬢も「見合いの席で初めて自分の絵を見たいと言ってくれた相手」が嬉しかっただけだって!
もしかしなくても、俺って自惚れ屋なのか!?
「メレディス様?」
ほんの少し頬を染めたまま、ブリジットはじっとメレディスを見ている。
…まあ、とりあえず、これは確認作業だ。
「今度、ブリジット嬢の描いた水彩画を見せてくれるか?」
メレディスがそう言うと、ブリジットの頬がまた少し赤くなった。
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