長身令嬢ですが、王太子妃の選考大会の招待状が届きました。

ねーさん

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 図書室のテーブルでマリアとメレディスと話しているシャーロットを、トレイシーは黒髪の鬘を被り、書棚の間から見ていた。

 グラグラと地面が揺れて、トレイシーの視界に書棚から外れて宙に放り出された複数の本が映る。
「キャアアア!」
 頭を押さえて立ち尽くす。
「危ない!」
 そう叫んでこちらへ走ってくるシャーロットが見えた。

 な、何故!?

 身体中に衝撃を感じて、視界が暗転した。

-----

 トレイシーが病室で目を覚ますと、部屋の隅の椅子にメレディスが座っているのが見える。
 身体中が痛い。
 …シャーロット・ウェインはどうなったの?
「目が覚めたのか?脳震盪を起こしているから、暫くは安静だそうだ。セルザム家には知らせをやったが…」
 メレディスが言いにくそうに言う。
 ああ…お母様は襲撃で頭が一杯で、娘を迎えに行くなんて事も思い付かないのね。

「あのは…?」
 弱々しい声が出た。
「ロッテの事か?お前と同じく脳震盪だ。まだ目は覚めていないが命に別状はない」
 …そう。良かった。
 
 シャーロット・ウェインは鬘を被っていた私をトレイシー・セルザムだと認識してはいなかっただろう。
 と、言う事は、あの娘は、見ず知らずの令嬢を身体を張って助けた、と言う事になる。
 私だとわかっていたら、放っておかれたのかしら?
 …そうかも知れない。けれど、そうとは思えない。

 とりあえず、私を助けてくれたあの娘をこれ以上傷付けて、恩を仇で返すような真似はできないわ。

 トレイシーは家からやって来た年若いメイドに「シャーロット・ウェインを襲撃しないで」と伝言を頼んでみたが、返事はなかった。
「まあ、そうね。あんな若いメイドがお母様に何かを言える訳がなかったわ」
 それに、今はただ「自分の娘」が王太子妃になれない事に憤慨しているお母様は、私の事になど、もう関心がない。
 きっと私が本と本棚に潰されて死んでいても、何とも思わなかったに違いないわ。

 襲撃は止められない。
 ならば、あの娘が傷付けられる前に自力で止めるしかない。
 そして、私があの娘を傷付けたくないと思っているなら、あの娘を狙うミックが罪を犯す事を止めなくてはならない。

 そうして、トレイシーはそっと病室を抜け出した。

-----

「トレイシー様、申し訳ありません」
 自由に歩ける程に回復したトレイシーの前でミックが土下座をする。
「私が剣の前に出たのだから、ミックは悪くないわ」
「しかし…」
「こんな傷モノの令嬢、縁談もないでしょうから、ミックに責任を取ってもらわなければならないわね」
「もちろん。何なりと」 
「責任取って、一生私の傍に居なさい」
「え?」
 ミックが顔を上げると、トレイシーはにっこりと笑った。

 ミックはセルザム公爵家の領地に住む農家の三男だ。
 トレイシーの兄と同じ歳で、見目が良かったため、五歳の頃から母を亡くしたトレイシーの兄の遊び相手としてセルザム公爵家に住み込んでいた。
 その後、セルザム公爵は再婚し、トレイシーが生まれる。
 母は前妻に似ていると思い込んで娘を遠ざけ、父と兄もヒステリックな母を刺激しないよう、トレイシーと距離を置いた。
 遊び相手から下男となり、従僕になったミックは、母に疎まれるトレイシーの唯一の味方だったのだ。
  
 ミックにとってトレイシーは綺麗で可愛くて泣き虫な、とても大切な女の子だ。
 無論本人は「美しく完璧なお嬢様を崇拝しているだけ」と思っているが、ミックのその気持ちは限りなく「恋」に近いと、父も兄も、当のトレイシーもそう思っていた。

 この度の王太子、王太子妃候補襲撃事件により、セルザム公爵家は第二王子派の貴族と共に処罰を受ける事となる。
 セルザム公爵家へは公爵及び嫡男の十年間の貴族資格の停止、公爵夫人、公爵令嬢の十年間の王都への立ち入り禁止が言い渡された。

「ミックの家族の居る領地に行く事にしたの。もちろんミックも一緒に」
 後に、王都を去る前、シャーロットにそう言ったトレイシーは笑顔だった。
 ミックは本来ならば王太子妃候補の殺害未遂で厳刑に処される処、実際に斬り付けたのがトレイシーだった事で「内輪の問題」として処理される事となり、大幅に減刑をされた。これはユリウスの裁量だ。

 トレイシーの母は、トレイシーとは別の領地へと行き、豊かな自然の中、穏やかな心持ちを取り戻し、そのままそこで隠居生活を送り王都へ戻る事はなかったが、それは後の話だ。





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