長身令嬢ですが、王太子妃の選考大会の招待状が届きました。

ねーさん

文字の大きさ
上 下
86 / 98

85

しおりを挟む
85

 図書室のテーブルでマリアとメレディスと話しているシャーロットを、トレイシーは黒髪の鬘を被り、書棚の間から見ていた。

 グラグラと地面が揺れて、トレイシーの視界に書棚から外れて宙に放り出された複数の本が映る。
「キャアアア!」
 頭を押さえて立ち尽くす。
「危ない!」
 そう叫んでこちらへ走ってくるシャーロットが見えた。

 な、何故!?

 身体中に衝撃を感じて、視界が暗転した。

-----

 トレイシーが病室で目を覚ますと、部屋の隅の椅子にメレディスが座っているのが見える。
 身体中が痛い。
 …シャーロット・ウェインはどうなったの?
「目が覚めたのか?脳震盪を起こしているから、暫くは安静だそうだ。セルザム家には知らせをやったが…」
 メレディスが言いにくそうに言う。
 ああ…お母様は襲撃で頭が一杯で、娘を迎えに行くなんて事も思い付かないのね。

「あのは…?」
 弱々しい声が出た。
「ロッテの事か?お前と同じく脳震盪だ。まだ目は覚めていないが命に別状はない」
 …そう。良かった。
 
 シャーロット・ウェインは鬘を被っていた私をトレイシー・セルザムだと認識してはいなかっただろう。
 と、言う事は、あの娘は、見ず知らずの令嬢を身体を張って助けた、と言う事になる。
 私だとわかっていたら、放っておかれたのかしら?
 …そうかも知れない。けれど、そうとは思えない。

 とりあえず、私を助けてくれたあの娘をこれ以上傷付けて、恩を仇で返すような真似はできないわ。

 トレイシーは家からやって来た年若いメイドに「シャーロット・ウェインを襲撃しないで」と伝言を頼んでみたが、返事はなかった。
「まあ、そうね。あんな若いメイドがお母様に何かを言える訳がなかったわ」
 それに、今はただ「自分の娘」が王太子妃になれない事に憤慨しているお母様は、私の事になど、もう関心がない。
 きっと私が本と本棚に潰されて死んでいても、何とも思わなかったに違いないわ。

 襲撃は止められない。
 ならば、あの娘が傷付けられる前に自力で止めるしかない。
 そして、私があの娘を傷付けたくないと思っているなら、あの娘を狙うミックが罪を犯す事を止めなくてはならない。

 そうして、トレイシーはそっと病室を抜け出した。

-----

「トレイシー様、申し訳ありません」
 自由に歩ける程に回復したトレイシーの前でミックが土下座をする。
「私が剣の前に出たのだから、ミックは悪くないわ」
「しかし…」
「こんな傷モノの令嬢、縁談もないでしょうから、ミックに責任を取ってもらわなければならないわね」
「もちろん。何なりと」 
「責任取って、一生私の傍に居なさい」
「え?」
 ミックが顔を上げると、トレイシーはにっこりと笑った。

 ミックはセルザム公爵家の領地に住む農家の三男だ。
 トレイシーの兄と同じ歳で、見目が良かったため、五歳の頃から母を亡くしたトレイシーの兄の遊び相手としてセルザム公爵家に住み込んでいた。
 その後、セルザム公爵は再婚し、トレイシーが生まれる。
 母は前妻に似ていると思い込んで娘を遠ざけ、父と兄もヒステリックな母を刺激しないよう、トレイシーと距離を置いた。
 遊び相手から下男となり、従僕になったミックは、母に疎まれるトレイシーの唯一の味方だったのだ。
  
 ミックにとってトレイシーは綺麗で可愛くて泣き虫な、とても大切な女の子だ。
 無論本人は「美しく完璧なお嬢様を崇拝しているだけ」と思っているが、ミックのその気持ちは限りなく「恋」に近いと、父も兄も、当のトレイシーもそう思っていた。

 この度の王太子、王太子妃候補襲撃事件により、セルザム公爵家は第二王子派の貴族と共に処罰を受ける事となる。
 セルザム公爵家へは公爵及び嫡男の十年間の貴族資格の停止、公爵夫人、公爵令嬢の十年間の王都への立ち入り禁止が言い渡された。

「ミックの家族の居る領地に行く事にしたの。もちろんミックも一緒に」
 後に、王都を去る前、シャーロットにそう言ったトレイシーは笑顔だった。
 ミックは本来ならば王太子妃候補の殺害未遂で厳刑に処される処、実際に斬り付けたのがトレイシーだった事で「内輪の問題」として処理される事となり、大幅に減刑をされた。これはユリウスの裁量だ。

 トレイシーの母は、トレイシーとは別の領地へと行き、豊かな自然の中、穏やかな心持ちを取り戻し、そのままそこで隠居生活を送り王都へ戻る事はなかったが、それは後の話だ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

契約の花嫁 ~政略結婚から始まる甘い復讐~

ゆる
恋愛
「互いに干渉しない契約結婚」**のはずだった。 冷遇されて育った辺境公爵家の令嬢マルグリートは、第一王子ルシアンとの政略結婚を命じられる。権力争いに巻き込まれたくはなかったが、家を出る唯一の手段として彼女は結婚を受け入れた。——条件は「互いに干渉しないこと」。 しかし、王宮では彼女を侮辱する貴族令嬢たちが跋扈し、社交界での冷遇が続く。ルシアンは表向き無関心を装いながらも、影で彼女を守り、彼女を傷つけた者たちは次々と失脚していく。 「俺の妻が侮辱されるのは気に入らない」 次第に態度を変え、彼女を独占しようとするルシアン。しかしマルグリートは「契約」の枠を超えた彼の執着を拒み続ける。 そんな中、かつて彼女を見下していた異母兄が暗躍し、ついには彼女の命が狙われる。だが、その陰謀はルシアンによって徹底的に潰され、異母兄と母は完全に失脚。マルグリートは復讐を果たすが、心は満たされることはなかった。 「俺のものになれ」 ルシアンの愛は狂おしいほど強く、激しく、そして真っ直ぐだった。彼の執着を拒み続けていたマルグリートだったが、次第に彼の真意を知るにつれ、抗いきれない感情が芽生えていく。 やがて彼女は、政略結婚の枠を超え、王妃として新たな未来を歩み始める——。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

処理中です...