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 ユリウスが出て行って、シャーロットとトレイシーは病室に二人きりになる。
「トレイシー様はどうして私を助けてくださったんですか?」
 シャーロットが言うと、うつ伏せのトレイシーは鼻に皺を寄せた。
「…貴女が私を助けたからよ」
「ああ…」
 地震の時か。でも私、咄嗟に「人がいる」って思っただけで、それがトレイシー様だったのは後から聞いたんだけど。
「何故?」
「え?」
「何故見ず知らずの人を助けるの?」
「えー…何故と言われると困るんですけど『危ない』と思ったら咄嗟に身体が動いたんです」
 シャーロットは頬を掻きながら言う。
「ただ、もうちょっと、覆い被さるくらいにしてトレイシー様が怪我をしないようにしたかったんですけど、何ぶん運動神経が足りなくて」
「そうしたら貴女、運が悪ければ死んでいたのではなくて?」
 眉を顰めるトレイシー。
「そうかも知れませんけど、咄嗟の事なので」
「私が言うのも何だけど、貴女はもう少し自分を大切にした方が良いわ。貴女に何かあればユリウス殿下が悲しまれるんでしょう?」
 トレイシーは呆れたように言う。
「…え?」
「目の前であれだけイチャイチャしておいて、今更恋人じゃないとは言わせないわ。王立公園でも、ジムカーナ大会でも、ユリウス殿下が貴女を庇っていたし」
「…こいびと」
 私と、ユリウス殿下が、恋人?
 好きと言って、好きと言われたんだから、こ…恋人なのかな。
 シャーロットは赤くなった頬を押さえた。

「ねえ、身体の向きを変えてくださらない?」
「痛いんですか?」
 シャーロットは椅子から立ち上がる。
「痛いわ。うつ伏せのままも苦しいし…横向きになりたいの」
「わかりました」
 シャーロットは毛布を捲ると枕をずらし、トレイシーを横向きにすると、傷に当たらない位置にクッションや枕を置き、仰向けに倒れるのを防ぐようにする。
「……」
 トレイシーは眉を顰め、唇を噛んで痛みに耐えていた。
「大丈夫ですか?」
「…まあ、ミックだから仕方ありませんわ」
 ふう、と息を吐きながら言う。
「ミック?…って、トレイシー様に斬りつけた黒尽くめの人ですか?」
「そう。他の男たちは傭兵なの。でもミックは我が家の使用人」
 やっぱり。あの人はトレイシー様の関係者だったんだわ。
「…ミックも、捕まったのでしょう?」
 目を伏せながら言うトレイシー。
「はい。黒尽くめの人たちは皆、捕縛されました」
「……」
 じっと目を瞑って黙り込む。

「トレイシー様、何故、こんなに執拗に王太子や妃候補を貶めようとなさるんですか?」
「……」
「私やお兄様が嫌いだと言われるなら、まだ理解できるんですけど…」
 トレイシー様が、私やお兄様が王太子妃候補の選定で不正をしたって本気でずっと思ってるなら、まだわかる。
 でもそれだけじゃ王太子の侍従や護衛騎士や他の王太子妃候補にまで手を出す理由にはならないもの。
「……なのは…」
「え?」
 トレイシーが目を伏せたまま、小声で言った。
「嫌いなのは、貴女たちではなく、私よ」

-----

 トレイシーの父、セルザム公爵の最初の妻は、格上の公爵家出身の金髪に青い瞳の美しい女性だったが、プライドが高く、格下のセルザム公爵を見下しており、夫婦仲は良いとは言えなかった。更にトレイシーの兄である嫡男を生んだすぐ後に、妻は流行り病で亡くなってしまう。
 その後、後妻に入ったのは同じく金髪碧眼の伯爵家の令嬢、トレイシーの母親だ。

「母はね、父が母を後妻にしたのは、母が前妻と似ていたからだと思っているの。金髪碧眼が前妻と同じだったから」
 トレイシーはそう言うと苦く笑う。
「私が生まれた時、父が『見事な金の髪だ』と喜んだのだそうよ。父としては母に似ている事が喜ばしくてそう言われたのだけど、それすら母のプライドを刺激してしまったようで、私の事を前妻に似ていると思い込んで疎んでいるの」
「……」
 実の母で、実の子供なのに?
 シャーロットは思わず絶句した。
「逆に兄は父に似ているから、好ましいみたいなの。本当にどちらが母の実子かわからないわ」
 苦笑いでそう言うトレイシーに、シャーロットの胸は痛んだ。

「そんな母が王太子妃候補選定の知らせを受けて変わったのよ。私に『王太子妃になれ』と言い出して」
「え?」
「自分の娘が、前妻がなれなかった王太子妃になれば、自分が前妻に勝った気持ちになれると思ったんでしょうね」
 前妻がなれなかった王太子妃?
 そりゃあ格上の公爵家ならば、王子と、年回りの合う自分の娘がいれば一度は婚姻を考えるだろうけど…

「前妻は、現在の国王陛下との婚約が内定していたのよ」
 そう、トレイシーは言った。



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