上 下
64 / 98

63

しおりを挟む
63

「陛下が戻られたら知らせてくれ。それまでは誰も俺の部屋には入るな」
 ルーカスが医療棟から連れて来た医師の診察を受け、背中の打撲創と裂挫創の治療を終えたユリウスは、そう言うと、王宮の自分の部屋に籠ってしまった。

「昨夜も今朝も、食事も拒まれ、傷の消毒やガーゼ交換も拒否されている」
 従者の控室でユリウス付きの侍従数名の前でルーカスはため息混じりに言う。
「ルーカス殿で駄目ならメレディスが行ってみればどうだ?」
 侍従の一人が言うと、メレディスは肩を竦めた。
「既に行きました。侍従としてではなく、友人として声を掛けてみましたが、結果は同じでした」
「そうか…」
「陛下は明日お戻りになるが、それまでそのままと言う訳にもいくまい?」
「だが、メレディスもルーカス殿も駄目となると、誰も…」
「そうだよな」
「……」
 侍従たちが黙り込む。
 ユリウスが友人として親しくしているのがメレディス、侍従として一番信頼しているのがルーカスなのだ。

「オードリー様は?」 
「それが『陛下と話すまで何も言うなとユリウス殿下から言われている』と…」
「殿下は陛下と何を話されるつもりなんだ?」
「さあ…?」

「王妃殿下は」
「私が今朝お伺いしたが…」
 ルーカスは王妃の部屋を訪れた時の事を話した。

「来ると思っていたわ。ユーリあの子立て籠っているんですって?」
 部屋を訪れたルーカスを、王妃は苦笑いで迎えた。
「そうです。早速ですが王妃殿下、昨日、ユリウス殿下と何を話されたんですか?」
 ソファに座る王妃と、斜め前に立つルーカス。
「ユーリとの約束だから言えないわ」
 眉を寄せて複雑な表情で笑う王妃。
「……」
「陛下が戻られるまできっと出て来ないから、放っておいてやってくれないかしら?」
「しかし」
「ユーリももう子供じゃないんだもの。一日二日食べなくても大丈夫よ」

 王妃が諦め気味に言った事を伝えると、侍従たちは大きくため息を吐いた。

天岩戸あまのいわとか…」
 ルーカスは呟く。
「アマ…何です?」
 隣の侍従が首を傾げた。
「いや、何でもない」
 ルーカスは椅子から立ち上がる。
「ルーカス殿、どちらへ?」

「…アマノウズメを連れて来る」
「は?」
 ハテナが浮かぶ侍従たちを残し、ルーカスは控室を出た。

-----

 のせいだったが、結果ロッテを泊まらせておいて良かった。
 ルーカスはそう考えながら医療棟のシャーロットが泊まった病室へと向かう。
 シャーロットの怪我は額の切創、右前腕部の擦過傷、左下腿部の切創、その他打撲創。重篤な傷はないが、様子見という形で一晩入院させていた。

「開けゴマ?」
 マリアが言うと、ルーカスは首を横に振る。
「それは千夜一夜だな」
 今日、明日は週末で学園が休みなので、ルーカスの退勤に合わせ今日退院し、一緒にウェイン家に帰る予定で外出着に着替えていたシャーロット。ベッドサイドに座るシャーロットに対面する位置の椅子に座るマリア。そのマリアの横に立ち、ルーカスは言った。

「それで…私が…ユリウス殿下を連れ出すんですか?」
 シャーロットが怪訝な顔をしてルーカスを見る。
「ああ」
「何故…私なんですか?」
「本当にロッテに殿下を連れ出せるか…いや、せめて扉を開けてくださるか、私にもわからない。しかしロッテで駄目なら明日まで待つしかないんだ」
「……」
「最後の手段なんだ。ロッテ」
 私よりオードリーさんの方が…でもお兄様がそれを考えなかったとは思えないし、つまりは私は、最後の手段だけど「切り札」じゃなくて「ダメ元」って事よね?
 私もユリウス殿下のお怪我の具合とか気になるし、昨日助けていただいたお礼も言いたいし…それに、ダメ元ならダメでも私のせいじゃないわよね。だってダメ元なんだもの。
「…わかった」
 シャーロットは唇を引き締めて頷いた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」 そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。 彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・ 産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。 ---- 初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。 終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...