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「それでは私は本日はこれで…」
「ああ。ロッテが待っているんだ、早く行ってやれ」
 ルーカスがいうと、ユリウスは書類に視線を落としたままで言う。
「……」
「ルーカス?」
 ルーカスが執務室を出て行く気配がないので、ユリウスは視線を上げた。
「…殿下、先程は本当にロッテと示し合わせて庭で会われた訳ではないのですよね?」
「本当に偶然だ」
 じっとユリウスを見るルーカスに、ユリウスは苦笑いを浮かべる。
「そもそも、何故俺とロッテが示し合わせて会うんだ?」
「殿下が…随分とロッテをお気に召した様子なので」
 ルーカスの言葉にユリウスはふっと笑う。
 鋭いな。そうユリウスは思った。

「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」

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「本当は、栞がちゃんと殿下に届いたのか心配になって東屋に行ってみたんです。あそこに残ってるわけないとは思ったんですけど」
 シャーロットは帰りの馬車の中でルーカスに言う。
「栞なら殿下は執務室の本に挿んで本棚に入れられていたぞ」
「…そうですか」
 執務室の本棚…執務室机の後ろの壁一面の本棚よね?
 その本が頻繁に見られてブックマークが必要な本じゃないなら…仕舞い込まれて使われないのと同じだわ。

「ロッテ」
「はい?」
「…最近のユリウス殿下をどう思う?」
「はい?」
 シャーロットはきょとんとしてルーカスを見る。
 ロッテは学園の生徒会長である殿下を知ってはいても、王太子妃候補の選定の前にはユリウス殿下と会った事も話した事もないのに、それを聞いてどうする?
 しかし、マリアを王太子妃にすると言われたり、ロッテを庇って怪我をされたり、最近の殿下は何かが違う。
 何だか…十歳の頃、庭で初めて会った時の殿下の様だ。

 あの時のユリウス殿下は、父親と側妃とその子供に疎外感を感じていた。
 自分は「第一王子」としての存在でしかなく、生身のユリウス・ルーセントとしては誰にとっても必要ではないのだと感じていたんだ。
 パーティー会場からいなくなった自分を心から心配していた父親を見て、抱きしめられて、そうではないと納得し、次に会った時には自信を持って王太子として立とうとしていた。
 しかし最近の殿下は、あの時自分を「第一王子」としての存在でしかないと思っていたのと同様に、自分を「王太子」としての存在でしかないと感じられているのではないのか?
 生身のユリウス・ルーセントに価値はない、と。

「嫌いにならないで」
 と言って泣いた男の子は、自分を嫌いにならない相手を求めてその女の子を好きになり、他の女性との婚約を拒んでいたんだろうか。
 そう思えば、マリアを王太子妃に、と言われた時の私の対応は間違っていたんじゃないか?
 自分を嫌いにならない相手の筈だったに、愛想を尽かされたと感じられ、更に殿下付きの侍従も辞めるつもりだったと知らされて…

「お兄様?」
 シャーロットが考え込んでしまったルーカスを心配そうに見ている。
「うん?」
「あの…最近なのかはわからないんですけど…何だかユリウス殿下、淋しそうだな、と私…思うんです」
 シャーロットは膝の上に置いた手をきゅっと握りながら言う。
「淋しそう?」
「はい。でも私がそう感じるだけで『淋しい』のとは違うのかも知れないんですけど」
 
 おそらく、ユリウス殿下はロッテを好きだ。
 ロッテがあの時の私と同じ言葉を言ったからなのか、他のどこかが殿下の琴線に触れたのかはわからないが、ロッテに好意があるのは確かだろう。

「王太子妃など外れくじでしかない。ならばなりたい者がなるのが良いだろう?」

「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」

 そんな風に言わせたのは「ロッテを王太子妃にしたくない」と態度や言葉で発していた私か?ロッテには王太子ユリウスでは駄目だと言ったマリアか?
 私もマリアもユリウス殿下自身を否定した訳ではない。
 しかし否定された方にはその真意はわからないんだ。
 結果、殿下を孤独に追い込んでしまったのだろうか?

「ロッテがそう感じるなら、きっとそれは間違っていない」
「お兄様?」
 ルーカスの顔を覗き込むシャーロットを見る。

 ただ、私にも、絶対にロッテを幸せにしなければならない使命があるんだ。



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