50 / 98
49
しおりを挟む
49
「それでは私は本日はこれで…」
「ああ。ロッテが待っているんだ、早く行ってやれ」
ルーカスがいうと、ユリウスは書類に視線を落としたままで言う。
「……」
「ルーカス?」
ルーカスが執務室を出て行く気配がないので、ユリウスは視線を上げた。
「…殿下、先程は本当にロッテと示し合わせて庭で会われた訳ではないのですよね?」
「本当に偶然だ」
じっとユリウスを見るルーカスに、ユリウスは苦笑いを浮かべる。
「そもそも、何故俺とロッテが示し合わせて会うんだ?」
「殿下が…随分とロッテをお気に召した様子なので」
ルーカスの言葉にユリウスはふっと笑う。
鋭いな。そうユリウスは思った。
「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」
-----
「本当は、栞がちゃんと殿下に届いたのか心配になって東屋に行ってみたんです。あそこに残ってるわけないとは思ったんですけど」
シャーロットは帰りの馬車の中でルーカスに言う。
「栞なら殿下は執務室の本に挿んで本棚に入れられていたぞ」
「…そうですか」
執務室の本棚…執務室机の後ろの壁一面の本棚よね?
その本が頻繁に見られてブックマークが必要な本じゃないなら…仕舞い込まれて使われないのと同じだわ。
「ロッテ」
「はい?」
「…最近のユリウス殿下をどう思う?」
「はい?」
シャーロットはきょとんとしてルーカスを見る。
ロッテは学園の生徒会長である殿下を知ってはいても、王太子妃候補の選定の前にはユリウス殿下と会った事も話した事もないのに、それを聞いてどうする?
しかし、マリアを王太子妃にすると言われたり、ロッテを庇って怪我をされたり、最近の殿下は何かが違う。
何だか…十歳の頃、庭で初めて会った時の殿下の様だ。
あの時のユリウス殿下は、父親と側妃とその子供に疎外感を感じていた。
自分は「第一王子」としての存在でしかなく、生身のユリウス・ルーセントとしては誰にとっても必要ではないのだと感じていたんだ。
パーティー会場からいなくなった自分を心から心配していた父親を見て、抱きしめられて、そうではないと納得し、次に会った時には自信を持って王太子として立とうとしていた。
しかし最近の殿下は、あの時自分を「第一王子」としての存在でしかないと思っていたのと同様に、自分を「王太子」としての存在でしかないと感じられているのではないのか?
生身のユリウス・ルーセントに価値はない、と。
「嫌いにならないで」
と言って泣いた男の子は、自分を嫌いにならない相手を求めてその女の子を好きになり、他の女性との婚約を拒んでいたんだろうか。
そう思えば、マリアを王太子妃に、と言われた時の私の対応は間違っていたんじゃないか?
自分を嫌いにならない相手の筈だった私に、愛想を尽かされたと感じられ、更に殿下付きの侍従も辞めるつもりだったと知らされて…
「お兄様?」
シャーロットが考え込んでしまったルーカスを心配そうに見ている。
「うん?」
「あの…最近なのかはわからないんですけど…何だかユリウス殿下、淋しそうだな、と私…思うんです」
シャーロットは膝の上に置いた手をきゅっと握りながら言う。
「淋しそう?」
「はい。でも私がそう感じるだけで『淋しい』のとは違うのかも知れないんですけど」
おそらく、ユリウス殿下はロッテを好きだ。
ロッテがあの時の私と同じ言葉を言ったからなのか、他のどこかが殿下の琴線に触れたのかはわからないが、ロッテに好意があるのは確かだろう。
「王太子妃など外れくじでしかない。ならばなりたい者がなるのが良いだろう?」
「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」
そんな風に言わせたのは「ロッテを王太子妃にしたくない」と態度や言葉で発していた私か?ロッテには王太子では駄目だと言ったマリアか?
私もマリアもユリウス殿下自身を否定した訳ではない。
しかし否定された方にはその真意はわからないんだ。
結果、殿下を孤独に追い込んでしまったのだろうか?
「ロッテがそう感じるなら、きっとそれは間違っていない」
「お兄様?」
ルーカスの顔を覗き込むシャーロットを見る。
ただ、私にも、絶対にロッテを幸せにしなければならない使命があるんだ。
「それでは私は本日はこれで…」
「ああ。ロッテが待っているんだ、早く行ってやれ」
ルーカスがいうと、ユリウスは書類に視線を落としたままで言う。
「……」
「ルーカス?」
ルーカスが執務室を出て行く気配がないので、ユリウスは視線を上げた。
「…殿下、先程は本当にロッテと示し合わせて庭で会われた訳ではないのですよね?」
「本当に偶然だ」
じっとユリウスを見るルーカスに、ユリウスは苦笑いを浮かべる。
「そもそも、何故俺とロッテが示し合わせて会うんだ?」
「殿下が…随分とロッテをお気に召した様子なので」
ルーカスの言葉にユリウスはふっと笑う。
鋭いな。そうユリウスは思った。
「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」
-----
「本当は、栞がちゃんと殿下に届いたのか心配になって東屋に行ってみたんです。あそこに残ってるわけないとは思ったんですけど」
シャーロットは帰りの馬車の中でルーカスに言う。
「栞なら殿下は執務室の本に挿んで本棚に入れられていたぞ」
「…そうですか」
執務室の本棚…執務室机の後ろの壁一面の本棚よね?
その本が頻繁に見られてブックマークが必要な本じゃないなら…仕舞い込まれて使われないのと同じだわ。
「ロッテ」
「はい?」
「…最近のユリウス殿下をどう思う?」
「はい?」
シャーロットはきょとんとしてルーカスを見る。
ロッテは学園の生徒会長である殿下を知ってはいても、王太子妃候補の選定の前にはユリウス殿下と会った事も話した事もないのに、それを聞いてどうする?
しかし、マリアを王太子妃にすると言われたり、ロッテを庇って怪我をされたり、最近の殿下は何かが違う。
何だか…十歳の頃、庭で初めて会った時の殿下の様だ。
あの時のユリウス殿下は、父親と側妃とその子供に疎外感を感じていた。
自分は「第一王子」としての存在でしかなく、生身のユリウス・ルーセントとしては誰にとっても必要ではないのだと感じていたんだ。
パーティー会場からいなくなった自分を心から心配していた父親を見て、抱きしめられて、そうではないと納得し、次に会った時には自信を持って王太子として立とうとしていた。
しかし最近の殿下は、あの時自分を「第一王子」としての存在でしかないと思っていたのと同様に、自分を「王太子」としての存在でしかないと感じられているのではないのか?
生身のユリウス・ルーセントに価値はない、と。
「嫌いにならないで」
と言って泣いた男の子は、自分を嫌いにならない相手を求めてその女の子を好きになり、他の女性との婚約を拒んでいたんだろうか。
そう思えば、マリアを王太子妃に、と言われた時の私の対応は間違っていたんじゃないか?
自分を嫌いにならない相手の筈だった私に、愛想を尽かされたと感じられ、更に殿下付きの侍従も辞めるつもりだったと知らされて…
「お兄様?」
シャーロットが考え込んでしまったルーカスを心配そうに見ている。
「うん?」
「あの…最近なのかはわからないんですけど…何だかユリウス殿下、淋しそうだな、と私…思うんです」
シャーロットは膝の上に置いた手をきゅっと握りながら言う。
「淋しそう?」
「はい。でも私がそう感じるだけで『淋しい』のとは違うのかも知れないんですけど」
おそらく、ユリウス殿下はロッテを好きだ。
ロッテがあの時の私と同じ言葉を言ったからなのか、他のどこかが殿下の琴線に触れたのかはわからないが、ロッテに好意があるのは確かだろう。
「王太子妃など外れくじでしかない。ならばなりたい者がなるのが良いだろう?」
「心配しなくとも、俺はロッテに外れを引かせるつもりなどない」
そんな風に言わせたのは「ロッテを王太子妃にしたくない」と態度や言葉で発していた私か?ロッテには王太子では駄目だと言ったマリアか?
私もマリアもユリウス殿下自身を否定した訳ではない。
しかし否定された方にはその真意はわからないんだ。
結果、殿下を孤独に追い込んでしまったのだろうか?
「ロッテがそう感じるなら、きっとそれは間違っていない」
「お兄様?」
ルーカスの顔を覗き込むシャーロットを見る。
ただ、私にも、絶対にロッテを幸せにしなければならない使命があるんだ。
10
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる