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「俺を狙った訳でも、正式な俺の婚約者を狙った訳でもないからな。トレイシー・セルザムを公に罪に問うのは難しいだろう」
 ユリウスがため息混じりに言う。
「それをわかっていて…?」
 シャーロットが言うと、ユリウスとルーカスは同時に頷いた。
「仕込まれたのは命に関わる薬ではないし、媚薬としては効果が弱い物だと、医師が言っていた」
 ユリウスがそう言うと、メレディスが不思議そうに「効果が弱い?」と言う。
「数時間監禁し『王太子妃候補でありながら王太子以外の男性と関係を持った』と思わせる状況を作るため、とにかくロッテを別室へ連れ込む事さえできれば良かった訳だ。それで王太子妃候補から引き摺り下ろせる、と」
 ルーカスが苦々しい口調で言う。
 貴族同士の婚姻ならば、さほど厳しく処女性を重んじるという風潮はないが、相手が王族、ましてや王太子ならばそれは重要な問題となるのだ。
「王太子妃候補でなければ、大した問題にはならないですもんね。…個人的には女の子を拉致監禁しようとするだけでも充分許せませんけど」
 マリアも悔しそうに言った。

 王太子妃候補から引き摺り下ろす…かあ。
 まだ公表されてないけど、ユリウス殿下はオードリーさんとご婚約されるんだから、引き摺り下ろすも何も、実質私はもう婚約者候補じゃないのにな。
 シャーロットは目の前に座るユリウスを見る。
 思わず唇を注視してしまい、ユリウスの視線がシャーロットの方を向きそうになって慌てて目を逸らす。
 何見てるの、私!
 あのデコチューに深い意味なんてないのよ。あるなら「そこにおでこがあったから」くらいのものよ。
 ああでも殿下から不審な目で見られてる気がする。何か言わなくちゃ!
「あ、あの騎士様は、お茶を持って来た侍女の仲間なんですか?グリフ様とは服装が違いましたけど」
 シャーロットがユリウスの視線から逃れながらそう言うと、ルーカスは頷いた。

 あの騎士は王族にそれぞれ付く護衛騎士ではなく、国王統括の騎士団の騎士服を着ていた。
「騎士団の人数は多いから、あの男が騎士団員なのか、服だけ入手したのかは調査中だが、共犯なのは間違いないな」
 ルーカスが言うと、マリアは首を傾げながら聞く。
「ただ単にその場に居合わせて、変な気を起こしただけと言う可能性はないんですか?」
「いや。それはないな。王太子妃候補は選考時の流れから姓でなく名で呼ばれているが、ユリウス殿下と王太子妃候補とのお茶会で王太子妃候補の異変に駆け付けられる程に騎士がロッテの事を『シャーロット様』と呼ぶ訳がないからな」
 公の場である王城ではなく、王族のプライベート空間である王宮で催された王太子と王太子妃候補のお茶会に、一般の騎士団員が近付く事などできない。王宮に入る事ができるのはそれなりの地位にいる騎士か、王族と個人的に親しい者だけなのだ。
 そしてそう言う者、特にユリウスに近しい者は、シャーロットが呼ばれるのを嫌がっている事を知っているという事だ。
「なるほど…」
 だからルーカスはあの騎士にあんなに遠慮なく思い切り蹴りを入れたのか。
 シャーロットとマリアは深く納得して頷いた。

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 そういえば、あの時、東屋のテーブルに栞を入れた紙袋を置いてたけど…どうなったのかしら?
 ユリウス殿下、その事何も仰らなかったけど、もしかして殿下の手に渡ってないのかな?
「ロッテ?」
 帰りの廊下を歩いていたシャーロットは栞の事を思い出し、立ち止まる。並んで歩いていたマリアが数歩先でシャーロットが止まった事に気付いて振り向いた。

「あのね、私ちょっとお庭が見たいな~と思うんだけど」
「お庭?」
「うん。東屋の近くに赤い金魚草が咲いてたから近くで見たいなって」
「一緒に行こうか?」
「あ、ううん。マリアは先に帰ってて。私は、もうすぐお兄様がお仕事終わりって言ってたから、一緒に帰るわ」
「……」
 マリアはじっとシャーロットを見る。
「な、に?」
 多分あそこにはもうないとは思うけど、東屋に栞を確認しに行きたいんだって正直に言っても良かったんだけど…なんとなく隠しちゃったから、マリアに変に思われたかな?
「…まあいいや。じゃあ先に帰ってるね」
 マリアはニッコリ笑ってシャーロットに手を振った。



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