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「グリフお前…ロッテと会ったらしいな」
 ユリウスは乗馬用の手袋を着けながら側に控えるグリフを横目で見る。
「ええ。ルーカスから聞かれたんですか?」
「ああ。婚約者候補だから会えないんじゃなかったのか?」
「それは二人きりでは会えないって事ですよ。俺は友人の家に遊びに行って友人の妹と会って話しただけで、抜け駆けした訳じゃないですからね」
 ケロリとした顔でグリフは言う。
「……」
 ユリウスは無言で馬丁から愛馬の手綱を受け取った。

 俺もロッテに会いたいのに。
 ロッテに会って、この間の態度を謝りたい。感謝を伝えたい。
 そして、俺がロッテをどのくらい好ましく思っているのか確かめたい。
 しかし、ロッテとの遠駆けは最後五人目で、夏期休暇も終わる頃になるだろうとルーカスは言っていたし、まだあと三週間?二週間半はある。

「ユリウス殿下、クラリス様がお待ちです」
 ルーカスがやって来て言う。
 今日はクラリスとの遠駆けの日で、グリフが護衛、ルーカスが付き添いの侍従として同行するのだ。
「ああ、今行く」
 ユリウスはいつもの様に、愛馬の鼻筋に「今日もよろしくな」とキスをした。

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 王立公園内にある池のほとりをユリウスとクラリスは並んで歩く。
 ユリウスは隣のクラリスを見下ろした。
 俺の腋の下にすっぽりはまりそうな大きさだな。こうして並ぶと帽子しか見えないし、帽子がなくてもつむじしか見えない。どんな表情してるかわからないんだな…
 
「あの、殿下、私、イザベラ様の元へ行きたくて…」
 足を止めたクラリスは、意を決した様にユリウスを仰ぎ見て言う。
「イザベラ?」
「はい。イザベラ様、来年には隣国の第三王子の元に嫁がれるんですよね?私、隣国の大規模農業施策に興味があって」
「ああ…」
 候補者の資料によれば、クラリス嬢の家、ケーリー男爵家の領地は乾燥しがちな土地で、隣国の土壌と似ているんだったな。
「そうお話ししたら、学園で一年学んだ後、隣国に留学して来なさいって仰ってくださって。イザベラ様が後見してくださるって」
 イザベラはユリウスの幼なじみの公爵令嬢だ。ユリウスが王太子になった当時、イザベラとの婚約が決まったが、ユリウスが拒否し、婚約は公にされないままで解消されたのだ。
「そうか」
「一年か、二年か…留学して、学園でも四年、しっかり学びたいと思っていて、ですね」
 クラリスは言いにくそうに言葉を発すると、ユリウスから目を逸らして俯いた。

 学園に入ってから留学すると、その留学した期間卒業を延ばす事ができる。
 もちろん通常通り入学から四年後に卒業する者もいるが、例えば学園の二年生を終えてから一年間留学すると、戻ってから四年生へ編入する事もできるのだが、学園の三年生へ編入する場合が多いのだ。
「あの、それで…ですね、私は学園を卒業するのが十九歳か二十歳かになりそうで…」
 俯いて、クラリスはボソボソと言う。
 つまりその頃、俺は二十三歳か二十四歳。それから婚儀では遅いのではないか…と言いたいのか。更には、留学してまで学んだ農業は領地で活かして行きたいだろうし。
 …要するに王太子妃になる気はない…か。

 イザベラがクラリス嬢を気に入ったのも、クラリス嬢が本気で勉強したいと思っているのも本当だろうが、王太子妃候補になったクラリス嬢の留学を後押しするのは、昔婚約を反故にした俺への意趣返しでもあるのかもな。
 一つ歳上のイザベラと俺の間に恋愛染みた感情はなかったが、知る人ぞ知る「王太子との婚約解消」は、イザベラのその後の縁談に影響を与えたんだろう。公爵令嬢であるイザベラが十九歳になる今まで婚約が決まらなかったのも、決まった婚約者が隣国の王子なのもそのせいか…

「ああ。よくわかった」
 ユリウスは穏やかに言う。俯いたクラリスの表情は見えないが、おそらくホッとした表情なんだろうな、と思った。





 
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