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 飲み物を口にした後、倒れたアイリーンを上から見ていたユリウスは、アイリーンたちの周りに出来た人垣の外で、シャーロットとマリアと、一人の令嬢が対面しているのに気付いた。

「あれは…スアレス?」
「え?」
 ルーカスがユリウスの視線の先を見る。
「あそこでロッテと話してる…何故かドレス姿だが」
「ああ…確かにスアレス殿下の様ですね」
「三次選考に協力するのはアイリーンだけじゃなかったのか?スアレスは女装して何してるんだ?」
「わかりませんけど…あの感じだとロッテに何か言いたい事があるんでしょうかね?」
「ロッテに?」
 ルーカスは小さくため息を吐く。
「大方、私の妹が三次選考に残っていると耳にされて、ロッテが王太子妃になるのは許せないとか、そんな感じの事だろうと思いますよ」
「…ロッテが王太子妃に?」
 俺の隣に立つのが…ロッテ?
「もしくは、私がロッテに選考内容を漏らしたんじゃないか、とかですかね」
「は?ルーカスがそんな真似をする訳がない」
 間髪入れずにそう言うユリウスに、ルーカスは口角を上げる。
「ありがとうございます。しかし私はスアレス殿下とアイリーン殿下に嫌われていますからね」
「は…?」

「私は何もしてないわ!」
 一人の令嬢が叫ぶ様に言う。
 視線を移すと、アイリーンが担架に乗せられている処だった。

 アイリーンに三次選考に協力してもらおうと言い出したのはルーカスだ。確かに、参加する令嬢たちと同じ年代で、でも明らかに王太子妃候補ではなく、毒を盛られても不思議ではない王女という存在のアイリーンは選考には都合が良かったのだが。
 ユリウスは担架で会場から運び出されるアイリーンを眺める。
 しかし俺の前ではあまり喋らずいつも澄まし顔のアイリーンが何故協力してくれる気になったのか…そして何故ルーカスを嫌っているんだ?
 ふと気付くと、シャーロットが辺りを見回していて、ユリウスたちのいるバルコニーに視線を固定したのが見て取れた。
 ルーカスはバルコニーの手摺りに隠れている。ユリウスは柱の影に立っていたが、ユリウスからシャーロットが見えると言う事は、シャーロットからもユリウスが見えているのだろう。
 ああ、ロッテも目の前の令嬢がスアレスだと気付いたか?
 ユリウスは人差し指を口元に立てた。
 図書室で「内緒」と言ってこうしたから、きっとその令嬢がスアレスで、この場で正体を暴かないでくれという意図がロッテには伝わるだろう。
 
 やがてシャーロットとマリア、そしてスアレスはさり気なく会場を出て行った。

-----

「ではあくまでも貴女はルーカスと結託し、王太子妃候補になろうと画策した訳ではないと言い張るのね?」
 扇で口元を隠してアイリーンはシャーロットを見ながら言う。
「言い張っているのではなく、事実です」
 シャーロットは静かに言った。
「んまあ。私に口答えするの?」
「そうなんだ。姉上、こいつらみんな不敬なんだ」
 スアレスがアイリーンにそう言うと、アイリーンはシャーロットとマリアを交互に見る。
「この、ウェイン家の侍女の男爵令嬢も?」
「そうだよ!『ルーカス様は不正はなさいません』とか言っちゃってさ。挙句に兄上の事を『我儘』だと言ったんだ」
「まあ!」
 マリアは完全に開き直っている様で、
「本当の事しか言ってません」
 としれっと言った。
「お兄様のどこが我儘なの?お兄様はいつも穏やかで、優しくで、綺麗で、頭も良くて、剣も体術も強くて、完璧なお方よ!」
 …弟もアレで、妹もコレなのか。
 シャーロットは心の中でため息を吐く。
「立太子された時に決められた婚約を一方的に反故にして、それから婚約を拒み続けているのは我儘と言わないんですか?」
 マリアが抑揚のない話し方で言った。
「マリア」
「……」
 咎める様に言うシャーロットから目を逸らして黙るマリア。
 これは完全に怒ってるわ。
「マリア、何でそんなに怒ってるの?」
 シャーロットはマリアを手をそっと握る。
 まさか本当に不敬罪に問われるとは思わないけど、あまり王女と王子を怒らせてマリアに不利益があったら嫌だし…
「だって、ルーカス様が不正をしたみたいに言うし、ロッテの事だって『背が高い以外に特徴がない』って言ったのよ」
 マリアは眉を寄せて悔しそうに言う。
 お兄様だけじゃなく、私の事でも怒ってくれてるんだ…
「本当の事じゃないか」
 スアレスがそう言うと、マリアはスアレスを睨む。
「…何だよ。本当の事じゃないか…」
 マリアに睨まれたスアレスは気圧された様にもう一度言う。さっきとは違って弱々しい。
「ロッテは強くて優しくて、私の大好きな幼なじみの親友で主人だわ!ロッテは本当に良い子なんだから!王太子妃になったってちっともおかしくないくらいよ!」
「マリア…それは言い過ぎ…」
「なっ!お兄様がこんなたおやかでも控え目でもない人とご結婚なさる訳ないわ」
 アイリーンが割って入る。
 うーん、マリアの戯言に本気で反応しないでよ…
「こんな人とは何ですか!?ロッテは!前世でも私たちを庇ってくれた、本当に優しい子なんですからね!!」

 ……え?


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