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番外編5
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3-下
「とうとう言ったのか」
サイオンは執務机からソファに座っているイヴァンに言う。
「…完全に『考えた事もない』って表情をされたが、まずは俺をローゼリアとサイオンの友人ではなく、恋愛相手として意識してもらうのが目的だし、あちらへ行ってからは本格的に口説く」
イヴァンはそう言い切る。
サイオンは顎を摩りながら「それにしても」と言う。
「うん?」
「イヴァンとアメリア殿が上手くいったら…イヴァンが俺の義父になるのか…」
呟くように言うサイオン。イヴァンがニヤリと笑う。
「サイオンとローゼリアが俺の息子と娘だぞ」
その時ノックの音がして、入って来た侍従がサイオンとイヴァンに
「クレイグ様より『イヴァン様に大至急エンジェル男爵家においでいただくよう』と知らせがありました」
と告げた。
-----
エンジェル家にやって来たイヴァンはクレイグに出迎えられた。
「何事ですか?クレイグ殿」
「実は…義母上が急にやって来まして」
「アメリア様が?」
廊下を歩きながら話す。
「イヴァン殿に聞きたい事があると言うので…」
「俺に?」
応接室に入ると、アメリアが身を竦めてソファに座っていた。
「…イヴァン様」
イヴァンを見る目が潤んでいる。
「どっ、どうされました?」
イヴァンがアメリアの前に跪く。
「…ここに来るのが…あの…」
アメリアの手が小さく震えている。
ああ。そうか。
アメリアは、実家に戻って以来、初めて結婚生活を送っていた家を訪れたのだ。
「…貴女の元夫は、もう亡くなりました」
アメリアの手を取ってぎゅっと握りながら言うと、アメリアは小さく頷いた。
怖いのか、悲しいのか、アメリアにもよくわからないが、沢山の思い出のある家に来て、酷く胸が締め付けられるように苦しかった。
「ごめんなさい。何だか時間が戻ったような気がして…」
「大丈夫です。深呼吸しますか?」
イヴァンが真面目な表情で言うと、アメリアはふっと息を吐く。
手の震えは止まっていた。
「…俺に聞きたい事があると?」
「…ええ。…あの…イヴァン様は…」
「はい」
アメリアは強く目を瞑ると一気に言った。
「王妃の母としての私に興味がおありなんですか?それとも私とローゼが似ているからなんですか?」
「…え?」
イヴァンは目を丸くしてアメリアを見た。
「友人が、ローゼリアとサイオン殿下の婚約が発表されれば、将来の王妃の母として、中央とのパイプが欲しい者たちが一斉に私に求婚して来る、と言うので…」
「ああ…それは、そうなるでしょうね。しかし俺は一介の教師なのでそういう政治的な事に興味はありませんよ」
じっと、アメリアを見る。
「…じゃあ、私はローゼの代わり?」
アメリアは眉間に皺を寄せた。
「は!?」
思わず立ち上がるイヴァン。アメリアの手を握ったままだ。
「イヴァン様はローゼを好きなんでしょう?」
「ええ。好きです」
「だから…」
イヴァンを見上げるアメリアの瞳が揺れる。
「いえ。あの…待ってください。俺はローゼを好きですし、何ならサイオンも好きです。でも、アメリア様の事は…」
「私の事も好き?」
「アメリア様を特別に、誰よりも、好きなんです!」
「え?」
アメリアが瞬きをしながらイヴァンを見る。
「あ、わかりました!」
イヴァンはそう言うと、またアメリアの前に跪き、改めてアメリアの手を取る。
「?」
首を傾げるアメリアをイヴァンは真っ直ぐに見た。
「俺は、順番を間違えたんですね」
「順番?」
「俺はアメリア様が好きです。確かに最初はローゼに似ているから好意を持ったのですが、ブラウン家に通う内に…アメリア様と話すのが嬉しくて、会えるのが楽しみで、ああ好きだなあ…と思ったんです」
「でも…」
「もちろんアメリア様が貴族でもない、継ぐべき家も持たない、しかも歳下で頼りない、俺のような男を好きになってくださるかはわかりませんが、先程言われたように、この先貴女に縁談が殺到するのは目に見えているので、その前に頑張って口説こうと…」
「……」
「ただ、求婚する前に、求愛をすべきだったんですね」
イヴァンは、アメリアの手の甲に口付ける。
「アメリア様が好きです。…誰よりも」
上目遣いにアメリアを見る。アメリアの頬が髪色のように桃色に染まった。
「私…歳上の、結婚歴のある、子持ち、ですよ?イヴァン様には政治的野心もなく、ローゼの代わりでもなく、それでも私なんですか?」
「そうです。俺は歳は気にならないし、むしろアメリア様は歳上なのにものすごくかわいいな、と思っています」
「かわっ…いい?」
言葉に詰まりながら頬を押さえてイヴァンを見る。
三十過ぎた女に「かわいい」は…
…でも、イヴァン様ものすごく優しい表情してる…もしかして、本気で…
「俺をアメリア様の恋人候補一番手にしてください」
もう一度、手の甲に口付けを落とす。
アメリアは真っ赤になりながら、小さく頷く。
締め付けられていた胸の苦しみが、いつの間にか晴れている。
…ああ、時間は動いているのよね。
イヴァンの笑顔を見ながら、アメリアはそう思った。
「とうとう言ったのか」
サイオンは執務机からソファに座っているイヴァンに言う。
「…完全に『考えた事もない』って表情をされたが、まずは俺をローゼリアとサイオンの友人ではなく、恋愛相手として意識してもらうのが目的だし、あちらへ行ってからは本格的に口説く」
イヴァンはそう言い切る。
サイオンは顎を摩りながら「それにしても」と言う。
「うん?」
「イヴァンとアメリア殿が上手くいったら…イヴァンが俺の義父になるのか…」
呟くように言うサイオン。イヴァンがニヤリと笑う。
「サイオンとローゼリアが俺の息子と娘だぞ」
その時ノックの音がして、入って来た侍従がサイオンとイヴァンに
「クレイグ様より『イヴァン様に大至急エンジェル男爵家においでいただくよう』と知らせがありました」
と告げた。
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エンジェル家にやって来たイヴァンはクレイグに出迎えられた。
「何事ですか?クレイグ殿」
「実は…義母上が急にやって来まして」
「アメリア様が?」
廊下を歩きながら話す。
「イヴァン殿に聞きたい事があると言うので…」
「俺に?」
応接室に入ると、アメリアが身を竦めてソファに座っていた。
「…イヴァン様」
イヴァンを見る目が潤んでいる。
「どっ、どうされました?」
イヴァンがアメリアの前に跪く。
「…ここに来るのが…あの…」
アメリアの手が小さく震えている。
ああ。そうか。
アメリアは、実家に戻って以来、初めて結婚生活を送っていた家を訪れたのだ。
「…貴女の元夫は、もう亡くなりました」
アメリアの手を取ってぎゅっと握りながら言うと、アメリアは小さく頷いた。
怖いのか、悲しいのか、アメリアにもよくわからないが、沢山の思い出のある家に来て、酷く胸が締め付けられるように苦しかった。
「ごめんなさい。何だか時間が戻ったような気がして…」
「大丈夫です。深呼吸しますか?」
イヴァンが真面目な表情で言うと、アメリアはふっと息を吐く。
手の震えは止まっていた。
「…俺に聞きたい事があると?」
「…ええ。…あの…イヴァン様は…」
「はい」
アメリアは強く目を瞑ると一気に言った。
「王妃の母としての私に興味がおありなんですか?それとも私とローゼが似ているからなんですか?」
「…え?」
イヴァンは目を丸くしてアメリアを見た。
「友人が、ローゼリアとサイオン殿下の婚約が発表されれば、将来の王妃の母として、中央とのパイプが欲しい者たちが一斉に私に求婚して来る、と言うので…」
「ああ…それは、そうなるでしょうね。しかし俺は一介の教師なのでそういう政治的な事に興味はありませんよ」
じっと、アメリアを見る。
「…じゃあ、私はローゼの代わり?」
アメリアは眉間に皺を寄せた。
「は!?」
思わず立ち上がるイヴァン。アメリアの手を握ったままだ。
「イヴァン様はローゼを好きなんでしょう?」
「ええ。好きです」
「だから…」
イヴァンを見上げるアメリアの瞳が揺れる。
「いえ。あの…待ってください。俺はローゼを好きですし、何ならサイオンも好きです。でも、アメリア様の事は…」
「私の事も好き?」
「アメリア様を特別に、誰よりも、好きなんです!」
「え?」
アメリアが瞬きをしながらイヴァンを見る。
「あ、わかりました!」
イヴァンはそう言うと、またアメリアの前に跪き、改めてアメリアの手を取る。
「?」
首を傾げるアメリアをイヴァンは真っ直ぐに見た。
「俺は、順番を間違えたんですね」
「順番?」
「俺はアメリア様が好きです。確かに最初はローゼに似ているから好意を持ったのですが、ブラウン家に通う内に…アメリア様と話すのが嬉しくて、会えるのが楽しみで、ああ好きだなあ…と思ったんです」
「でも…」
「もちろんアメリア様が貴族でもない、継ぐべき家も持たない、しかも歳下で頼りない、俺のような男を好きになってくださるかはわかりませんが、先程言われたように、この先貴女に縁談が殺到するのは目に見えているので、その前に頑張って口説こうと…」
「……」
「ただ、求婚する前に、求愛をすべきだったんですね」
イヴァンは、アメリアの手の甲に口付ける。
「アメリア様が好きです。…誰よりも」
上目遣いにアメリアを見る。アメリアの頬が髪色のように桃色に染まった。
「私…歳上の、結婚歴のある、子持ち、ですよ?イヴァン様には政治的野心もなく、ローゼの代わりでもなく、それでも私なんですか?」
「そうです。俺は歳は気にならないし、むしろアメリア様は歳上なのにものすごくかわいいな、と思っています」
「かわっ…いい?」
言葉に詰まりながら頬を押さえてイヴァンを見る。
三十過ぎた女に「かわいい」は…
…でも、イヴァン様ものすごく優しい表情してる…もしかして、本気で…
「俺をアメリア様の恋人候補一番手にしてください」
もう一度、手の甲に口付けを落とす。
アメリアは真っ赤になりながら、小さく頷く。
締め付けられていた胸の苦しみが、いつの間にか晴れている。
…ああ、時間は動いているのよね。
イヴァンの笑顔を見ながら、アメリアはそう思った。
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