上 下
78 / 83

番外編1

しおりを挟む
1

 エンジェル男爵家のクレイグの私室の扉を勢いよく開けて、デボラが飛び込むように入って来る。
「クレイグ様!」
「デボラ嬢?」
 ソファで本を読んでいたクレイグは驚いて顔を上げた。
「どうした?今日はローゼたちと出掛けるんじゃ…」
 クレイグは立ち上がって扉の前に立つデボラに近付く。
 ローゼが学園の編入試験を受けに王都へ来たタイミングで、リリーとデボラが泊まりに来ていて、今は翌日の昼前だ。
「それです!」
「それ?」
「『デボラ嬢』って、よそよそしくありませんか?」
「呼び方の事?」
「そうです」
 クレイグは顎に手を当てて、目の前のデボラを見下ろす。

 何故こんな事を急に言い出したのかな?
 何だかわからないけど、必死な顔をして…かわいいな。
「じゃあ何て呼べば良いかな?皆が呼ぶように『デビィ』?」
「皆と同じ…」
 くるんとした瞳が上目遣いでクレイグを見る。
「ん?」
 微笑みかけると、デボラは目を見開いて扉の方へ振り向くと扉を閉じた。
 扉を背に、デボラはクレイグを見る。
 …どういう意味の行動だろう?
「扉は開けておいた方が良くないかな?」
「嫌です」
「嫌?」
「ク…クレイグ様!」
 デボラはクレイグの名前を呼ぶと、クレイグにぶつかるような勢いで抱きついた。
「…えー…と?」
 クレイグが若干戸惑っていると、デボラはクレイグの胸に額を押し付けて言う。
「捕まえておくって、どうやるんですか?」
「ん?」
「昨夜リリー様に言われたんです。好きかどうかわからないなら、クレイグ様を頂戴って」
「んん?」
 頂戴って、リリー様のお相手にって事か?
「私…嫌ですって言ったんです」
「うん」
 …話はよくわからないが、嫌だと言ってくれたのは嬉しい。
「そうしたらリリー様『嫌ならちゃんと捕まえておきなさい』って…でもどうやったら良いかわからなくて…」
 クレイグはデボラの背中をポンポンと叩く。
「私は、例えばリリー様を娶れとサイオン殿下に命じられたとしても断るよ?」
 デボラが顔を上げて下からクレイグを見上げる。
「本当ですか?リリー様みたいに綺麗でかわいらしい方でもお断りを…?」
 私にとっては、かわいいと思うもの、好きだと思うのも、デボラ嬢だけだしなあ。
「ああ」
 クレイグが笑い掛けると、デボラも照れたように笑った。

-----

「ローゼとリリー様と出掛けなくて良かったのかい?」
 午後、ローゼとリリーは街へ出掛けて行き、デボラはクレイグの部屋のソファに膝を抱えて座っている。
「まだ私はローゼリアと知り合ったばかりの設定なので、一緒に出掛けるのは不自然かな、と思いまして。…お邪魔ですか?」
 デボラの隣に座るクレイグは、読みかけの本を膝の上に開いて置いている。
「いや。私もデボラ嬢と過ごせて嬉しいよ」
「良かった…でも『デボラ嬢』かあ」
「やはり呼び方を変えて欲しいかな?」
「はい。でも『デビィ』じゃ皆と同じなので、何か違う呼び方が良いです」
「他の呼び方か…デボラだから、デブもデビィも愛称としては普通だな」
「どちらも誰かが呼んでます」
 頷くデボラ。

「……」
 クレイグは口元に手を当てて黙り込む。眉間に薄っすらと皺が寄っていた。
「…クレイグ様?」
 デボラがクレイグを窺うように言うと、ハッとしたクレイグは口元に当てていた自分の手で目を覆う。
「あの…クレイグ様?」
「…いや」
 デボラの方から顔を背けようとするクレイグ。デボラは咄嗟に手を伸ばしてクレイグの目を覆っている手を引っ張った。
 見えたクレイグの目尻が少し赤い。

「……デビィと、呼んでいたな、と思って」
 呟くように言う。
「え?誰が…あっもしかしてマリック!?」
 デボラがそう言うと、クレイグはデボラが掴んでいるのとは反対の手で目元を覆う。
「…私は、自分が思っていた程大人ではないし、心も広くないんだ」
 ヤキモチ!?そして照れてる!?
 かっ…かわいい!クレイグ様!
「じゃあやっぱりクレイグ様が呼ぶ、愛称が欲しいです」
 クレイグが目元を覆った指の隙間からデボラを見る。

「では…『ディー』と」
 小声で言う。
「『ディー』ですか!良いですね!」
 クレイグは手を伸ばして、両手をデボラの肩に置くと、自分の腕の間に項垂れる。
「クレイグ様?」
「…ディー」
 とくん。とデボラの心臓が鳴る。
 クレイグ様だけが呼ぶ、特別な私の呼び名。…恥ずかしいけど、ものすごく嬉しい。

「ディーが学園を卒業した時、他に特別な男性あいてができていなくて、私の事を嫌いではなければ…その時には私と結婚してくれないか?」
「…随分消極的な求婚ですね」
「精一杯だよ。これでも」
 クレイグが少し顔を上げてチラッとデボラを見る。
「ディー」
「はい」
「頼むから『はい』と言ってくれ」

 デボラは満面の笑みで言った。

「はい。学園を卒業したら、結婚しましょう」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...