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 気が付くと、ローゼは白い世界にいた。

 上も下も、右も左も、見渡す限りの白。ホワイトアウトのように自分が真っ直ぐに立っているのかどうかもわからない。
 自分の足先さえ見えなくて、一歩踏み出せば奈落かも知れないと思えば動く事もできない。
「何…ここ…」
 自分の声も、無限に響くような、耳の中だけで響いているような、初めての感覚。

 どうすれば良いの?
 どうすれば…サイオン様やリリー様の元に戻れるの?

 身じろぎもできず、ただ立ち竦むローゼ。

 不意に目の前に自分の身体ほどの大きさの四角い映像が現れた。
「きゃっ!何…」
 思わず一歩後退る。足元には地面のようなものがあり、奈落には落ちなかった。
 映像にはぼんやりとした人影が映っているようだ。その人影が段々とハッキリとして来て…
「サイオン様!」
 映像に、ピンクの髪の令嬢の肩を抱くサイオンの姿が映し出されている。
「これ…もしかして、スマホの画面?」
 実物より大きいけれど、見慣れた縦横比。見慣れたサイオン、そしてヒロイン。
 これ、ゲームの卒業パーティーだ。
 サイオンがローゼの肩を抱いて、リリーを断罪し、婚約破棄を言い渡す場面。
 舞台上に並び立つサイオンとローゼ。その二人の後ろに生徒会の面々。そしてイヴァン。
 舞台の下にはリリーが跪いていて、その後ろに驚愕、恐怖、憤怒の表情の悪役令嬢たちが立っている。
 何度も何度も何度も見た、クライマックスのシーン。

 あそこにいるヒロインを蕩ける瞳で見ている人は誰?サイオン?確かに画面の中のサイオンはあんな風にヒロインを見ていた。けど。

 あのローゼは私じゃないし、あのサイオンは私のサイオン様じゃない!!

 ローゼは映像に向かって一歩踏み出す。
 途端に映像が乱れて、映し出される画面が次々と変わっていく。

 卒業パーティーの後、サイオンの部屋でキスをするサイオンとローゼ。

 王城にある貴族が収監される部屋で一人泣き崩れるリリー。

 婚約が発表され、幸せそうなサイオンとローゼ。

 父公爵から勘当を告げられるリリー。

 王太子妃教育に励むローゼと、見守るサイオン。

 何もない独房で膝を抱えて膝に顔を埋めるリリー。

 視察に同行し、海の見えるバルコニーで夕陽を見るローゼの後ろからハグをするサイオン。

 独房の固く冷たい床に倒れているリリー。

「駄目!リリー様を断罪なんて絶対させない!」

 その時、映像の中でローゼを背中から抱きしめていたサイオンが視線を上に上げて…目が合った。気がした。

「…サイオン様!」

 映像に向かって手を伸ばす。
 そのまま、引き込まれるような感覚。
 あ、落ちる。

 足元が抜け落ちたような感覚があり、ローゼは強く目を閉じた。


-----

「ローゼ!」
 ハッとして目を開けると、サイオンが覗き込むようにローゼを見ていた。
「サ…イオン様?」
 ここは私の部屋?
 見慣れた天井が見える。ローゼは自分の部屋のベッドに横たわり、サイオンがベッドの傍らに跪きローゼを手を握っていた。
「クレイグ殿の執務室で突然倒れたらしい。覚えているか?」
「倒れた…」
「約束通り婚約解消を発表して、ここへ来たらローゼが倒れたと…心配したぞ」
 サイオンは握っていたローゼの手を持ち上げ、指先に口付ける。
「サイオン様…」
「ん?」
 ローゼの髪を撫でる優しい手。ローゼを見る青紫の瞳。

 私の、好きな、私を、好きな、サイオン様だ。

 ローゼの瞳に涙が浮かぶ。
「どうした?気分が悪いのか?医師を呼ぶか?」
 少し慌てるサイオン。
 ローゼはふるふると首を振る。涙が頬から耳の方へと流れた。

「…ゲームは…終わった…?」
「ああ。婚約解消を発表したすぐ後、一瞬光に包まれた気がしたんだ。リリーも同じように感じたらしい。きっとあれがゲームの終わりだ」
 じゃあその同じ時に私もあの「白い世界」に飛んだのかな?

 ローゼが起き上がろうとすると、サイオンが背中に手を入れて助け起こしてくれ、そしてそのままローゼを抱きしめた。
 ぎゅうっと力を入れるサイオン。
「ローゼ」
「はい」
 ローゼもサイオンにしがみつくように抱き付く。
「好きだ」
「……」
「ゲームが終わっても、俺は変わらずローゼが好きだ。…不安だったんだろう?」
 優しく背中を撫でられる。
「……」
 言葉が出なくて、代わりに涙が溢れた。
「泣くな。ローゼ…」
 サイオンの肩に額を押し付ける。
「……も」
「ん?」
「私も…好きです…サイオン様…」
 ローゼがそう言うと、サイオンはローゼを抱く腕に更に力を込めた。
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