上 下
69 / 83

68

しおりを挟む
68

「サイオン殿下!先生!」
 ブラウン伯爵家の屋敷の門の外で、ローゼは近付いて来る二頭の馬に手を振る。
 ローゼに近付くと、馬を止めてサイオンとイヴァンは馬から降りた。
「ローゼリア、一応お忍びだから外でサイオンの名前を呼ばないで」
 イヴァンが苦笑いしながら言う。
「あ、ごめんなさい」
「いいんだ。お忍びと言いつつも、俺がローゼに会いに来ている事もさり気なく周知しなくてはならないからな」
 サイオンはローゼを軽く抱き寄せると額にキスをする。
「で、殿下!」
「サイオン、一応俺もいるんで多少は遠慮してくれ」
 イヴァンが呆れたように言う。
「俺は一人で来たかったのに、侍従かイヴァンかが一緒じゃないと駄目だと宰相が言うから、仕方なく連れて来ているんだ」
「王太子が一人で何時間も馬を駆けるなど、許可されなくて当たり前だろ」
 ブラウン伯爵家まで王都から馬で駆けてもほぼ一日掛かる。イヴァンの仕事の休みが週二日しかないので、サイオンもそれに合わせて執務を調整し、仕事を終えた夜に王都を出て、翌日夕方伯爵家に着き、次の日の午前には伯爵家を立ち、翌日の朝王都に到着し、そのまま仕事をする。そんな強行軍でも月に二回はサイオンはローゼに会いに来ている。
「夜も昼も駆けて来られてるんで私も心配です」
 ローゼは眉を寄せて首を傾げる。
 会えるのは嬉しいけど…やっと春めいて来たけど、冬の夜道は心配だったな。王都からここまで雪が多い地域とかがないのだけでも良かったけど。
「毎週じゃないんだから大丈夫だ」
「執務には差し障りないんですか?」
 馬丁に馬を預け、屋敷へと三人で歩く。
「執務に影響させると何を言われるかわからないからな。以前より精力的に、完璧にこなしてるよ」
 サイオンは口角を上げて言う。
「ニューマン先生は?」
「俺だってローゼ…リアに会うためなら頑張れるさ」
「会うのを楽しみにしてるのはローゼにだけじゃないだろう?」
 サイオンはイヴァンを横目で見る。イヴァンは目を逸らして
「まあね」と言った。

-----

「卒業パーティーまであと三週間か」
「そうですね…」
 夕食を終え、就寝までの時間にローゼはサイオンの泊まる客間を訪れる。独身の男女が二人きりになるには非常識な時間だが、ブラウン家では既にサイオンはローゼの婚約者扱いなので、不埒な振る舞いはしないという誓約の上で特別に許されているのだ。
 サイオンとローゼは座ったソファの上で手を繋ぐ。
 ずっと話してたいけど、サイオン様のためにも眠ってもらわないとね。
「サイオン様、そろそろ…」
「ああ…時間が経つのが早いな…」
 立ち上がり掛けたローゼの手を引き、サイオンはローゼに軽くハグをする。
 自分の前に立つローゼの両手を取りサイオンはローゼを見上げた。
「ローゼ」
「はい」
「色々考えたが…卒業パーティーの前に陛下に婚約解消の事を話そうと思う」
「…はい」
「リリーを伴い、二人で陛下にお会いしようと考えている。陛下の了承だけでもいただければ、卒業パーティーで婚約解消を発表しようかと」
 サイオンの父である国王が婚約解消を了承しても、次には議会の承認、そして教会からの許可を経ないと正式な決定とはならない。それでも国王の意向が強ければ最終的には議会は承認するし、教会は議会の承認があれば許可をする。ただとても長い時間が必要となるのだ。
 
「リリーを断罪して婚約破棄する必要はなくなったし、断罪する理由をわざわざ捏造する必要もないだろう?」
「はい。私はリリー様が断罪されるのは嫌だったので…その方が良いです」
 リリーが断罪された上で婚約破棄されたいと願ったのは、親子程に歳の離れた離婚歴のある男性との縁を望んだからだ。
 そのために断罪などされる謂れのないリリーを断罪する架空の理由を作り上げるつもりだったのだ。
「ただ…俺は色恋に現を抜かし、正当な『婚約という契約』を破るうつけ者として、王太子の立場を追われる事になるやも知れない」
 サイオンは真剣な表情でローゼを真っ直ぐに見つめる。
「…そうなったとしても、俺はローゼを選ぶ」
「サイオン様!」
 ローゼはサイオンの首に抱きついた。
「私も!私もサイオン様のお立場がどうなっても、私のはもうサイオン様のものですから。私は絶対サイオン様から離れません」
「ローゼ…」
 サイオンもローゼの背中に手を回した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

婚約破棄で命拾いした令嬢のお話 ~本当に助かりましたわ~

華音 楓
恋愛
シャルロット・フォン・ヴァーチュレストは婚約披露宴当日、謂れのない咎により結婚破棄を通達された。 突如襲い来る隣国からの8万の侵略軍。 襲撃を受ける元婚約者の領地。 ヴァーチュレスト家もまた存亡の危機に!! そんな数奇な運命をたどる女性の物語。 いざ開幕!!

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

処理中です...