上 下
64 / 83

63

しおりを挟む
63

「…ローゼが生まれた時、は本当に喜んで…ローゼをとてもかわいがって…幸せだと思っていたわ」
 アメリアは東屋の椅子に座って膝の上で両手を握り合わせる。
「でも…ローゼが六、七歳くらいだったか…あの人が…子供を…買っているのを知ったの」
「え…?」
 お母様はまであの男が小児性愛者である事を知らなかったのではないの?
 アメリアの向かい側に座ったローゼは驚きの表情を浮かべる。
「買っているのは知っても、その子供に何をしているのかまでは知らなくて…ううん。薄々感づいていたけど、私の前にちゃんと結婚した女性ひとがいて、息子をもうけているんですもの、そんな訳がないわと否定していたの」
「……」
「それでローゼが八歳の時……」
 アメリアは両手で顔を覆う。
 ローゼはぎゅっと目を閉じる。
「…その時まで、まさか、自分の娘をそういう対象に見ているなんて、本当に思っていなかったわ。…嘘じゃないの。本当よ」
「……」
 ローゼは無言で小さく頷く。
「ローゼを…娘を産ませるために私と結婚したのかと思うと…怖くて。怖くて…逃げたの」
「逃げた…」
「クレイグに全てを押し付けて、傷付いたローゼを放って、自分の方が傷付いた振りをして、実家ここへ逃げ帰ったの」
 アメリアは顔を覆ったまま言う。
「でも私が帰ったせいで、お兄様は離婚して…ローゼはまだ幼いのに高位貴族の家へ行儀見習いという名の奉公に出されたと、クレイグがあの人から爵位を奪い幽閉したと聞いて…私が気付かない振りをしたせいで…逃げたせいで…」
「お母様のせいでは…」
 首を横に振るアメリア。
「…それで病んでしまったのも本当で、湖で死のうとしたのも本当。私なんていない方が良いと思ったの…」

 借金のカタとして結婚をする前、あの人と一緒に湖を訪れた。
キラキラと光る湖面を背景に「確かに私は父伯爵の借財を返済する代わりに貴女との結婚を求めましたが、それは本当に貴女が好きだからです」そう言ったあの人を真摯な人だと思ってしまった。
 あの人が私と結婚したがったのは、私が年齢よりも幼く見えたから。娘を産ませるために、何より自らの性癖を隠すために、大人になる前に私を手に入れたかっただけ。を好きだった訳ではない。
 騙された、愚かな私が、不幸な娘を生み出して、周りも皆不幸になってしまった…

 絶望感のままに、湖に足を踏み入れた。

「助けられて、目が覚めた時…結婚した事も娘を産んだ事も忘れていたのは本当なの。ただ辻褄の合わない記憶などで数年掛けて段々と思い出して…」
 アメリアの瞳に涙が浮かぶ。
「……」
「思い出したら、ローゼはきっと自分を不幸の中に放っておいて、自分だけ全て忘れた母親を恨んで、憎んでいるに決まっていると思って…また怖くて。お兄様にも思い出した事を言えなくて…」
 涙がパタパタとスカートに落ちた。
「…弱い母親で…ごめんなさい。ローゼ…」
「お母様」
 ローゼは立ち上がり、アメリアの傍へと移動すると、傍にしゃがみ込む。
「お母様を恨んでなんかいないわ。私の方こそ、お母様に愛されていないと…産まなければ良かったと、疎まれていると思って…」
 ローゼはそっと手を伸ばし、膝の上のアメリアの手に触れる。
「そんな事、ないわ」
 アメリアはそのローゼの手をぎゅっと握る。
「愛しくて…ローゼに憎まれていると、知るのが怖かっただけなの」
「お母様…」
「ローゼ」
 ローゼが立ち上がると、アメリアも立ち上がる。

 二人は泣きながらぎゅうっと抱き合った。

-----

「俺とイヴァンはこれから王都に戻るが」
 サイオンは乗馬用の手袋をつけなから言う。
「え?もう戻られるんですか?」
 ソファに座ったローゼがそう言うと、サイオンは苦く笑う。
「ああ。明日の午後の公務はどうしても動かせなくてな」
「そうなんですか…」
「そんな淋しそうな顔をするな。折角だから母上と親交を深めてこれからの事を相談すれば良い」
 そう言うとローゼの額にキスをする。
「はい」
「また時間を作って来る」
 頬にキス。
「はい。でも無理はしないでください」
「ローゼに会わずにいる方が無理だ」
 サイオンはそう言って、唇を軽く合わせた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ
恋愛
38歳、既に恋愛に対して冷静になってしまっている優子。 18の出会いから優子を諦めきれないままの26歳、亮弥。 熱量の差を埋められない二人がたどり着く結末とは…? *** 優子と亮弥の交互視点で話が進みます。視点の切り替わりは読めばわかるようになっています。 1~3巻を1本にまとめて掲載、全部で34万字くらいあります。 2018年の小説なので、序盤の「8年前」は2010年くらいの時代感でお読みいただければ幸いです。 3巻の表紙に変えました。 2月22日完結しました。最後までおつき合いありがとうございました。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん
恋愛
 運命が狂った瞬間は…あの舞踏会での王太子殿下の婚約破棄宣言。  罪を犯し、家を取り潰され、王都から追放された元侯爵令嬢オリビアは、辺境の親類の子爵家の養女となった。  嫌々参加した辺境伯主催の夜会で大商家の息子に絡まれてしまったオリビアを助けてくれたダグラスは言った。 「お会いしたかった。元侯爵令嬢殿」  ダグラスは、オリビアの犯した罪を知っていて、更に頼みたい事があると言うが…

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい

砂山一座
恋愛
公爵令嬢イザベラは学園の風紀委員として君臨している。 風紀委員の隠された役割とは、生徒の共通の敵として立ちふさがること。 イザベラの敵は男爵令嬢、王子、宰相の息子、騎士に、魔術師。 一人で立ち向かうには荷が重いと国から貸し出された魔族とともに、悪役令嬢を務めあげる。 強欲悪役令嬢ストーリー(笑) 二万字くらいで六話完結。完結まで毎日更新です。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

処理中です...