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 翌日、デボラの病室へ訪れたクレイグは、ベッドの傍らに立って言う。
「明日からへ行く事になったんだ」
「そうなんですか」
「だから明日からは暫く来れないが…」
「はい。色々上手く行くように祈っていますね」
 デボラはクレイグを見上げて笑う。
 クレイグは苦虫を噛み潰したような表情で、片手で自分の口元を覆った。
「クレイグ様?」
「私が来れなくても…もう大丈夫なんだよな…」
「え?」
 呟くように言うクレイグ。デボラが聞き返すとクレイグは首を横に振る。
「いや。そういえば歩く練習を始めたと聞いたけど?」
「あ、はい。今日は廊下を向こうの端まで行って戻りました。歩くのは大丈夫なんですけど、身体を捻ったり、立ったり座ったりする時痛いので、少しづつですね」
「そうか。無理はしないようにね」
「はい」
「……」
「……」
 会話が途切れて、デボラが不思議そうにクレイグを見た。
「…何だか昨日から変ですね。クレイグ様」
「変?」
「お疲れですか?本当に無理にここへ来てくださらなくても大丈夫なので…」
「無理はしていない」
「え?」
 クレイグはベッドに両手をつく。昨日、マリックがしていたように。
「クレイグ様?」
「…昨日、来ていた幼なじみがデボラ嬢の恋人で攻略対象者?」
「え?あ、マリック?」
「ああ」
「そうですけど…あの…?」
 クレイグは眉を寄せてデボラを見る。
「別れたと聞いたけど、恋人なのを否定しないんだね。…縒りが戻った?」
「え?」
 クレイグ様は何でこんなに切なそうな表情をされてるの?
「…ああ、駄目だな」
 クレイグは膝をついてベッドに突っ伏した。
「クレイグ様?」
「私は自分が思う程大人ではなかったようだ」
「大人?」
 クレイグはベッドに顔を伏せたままで言う。
「デボラ嬢…」
「はい?」
「…もしも幼なじみと縒りが戻ったのなら、聞き流してくれて良いんだが」
「?」
 ゆっくりと顔を上げたクレイグは、デボラを上目遣いで見ながら言った。
「私はデボラ嬢に恋をしている」

 …こい?
 え?恋!?
「なっ何で!?」
 落ち着いてて、大人で、格好良くて、優しくて、強くて、貴族で、大人で、格好良くて…ああ、堂々巡りだわ。
 そんな男性ひとが、私に、恋?
 もしかして聞き間違い?
 それとも「こい」の意味が違うの?鯉?濃い?故意?
「『何で』と来るのか」
 目を白黒させるデボラに、クレイグは苦笑いをする。
「自分が怪我をしているのに『ローゼは大丈夫だ』と言ったら『良かった』と言って笑ったんだよ。その時…何と言えば良いのか…私に生まれて初めての感情が生まれた」
「ふえ!?」
 私、笑ったの?良く覚えてないけど、刺されて、クレイグ様に助けられて、運ばれた時よね?
「…心を、奪われたんだ」
 ひえええ!
 真っ赤になってあわあわと狼狽えるデボラ。
 クレイグはそんなデボラを少しの間見つめると、すっと立ち上がった。
「…クレイグ様?」
「済まない。こんな歳の離れたおじさんに、恋をしているなんて言われても…気持ち悪いし、困るよね」
 口角を上げ、笑顔を作る。
 デボラはクレイグを呆然と見上げた。
「そんな…こと…」
「困らせたい訳ではないんだ。…本当に済まない」
 そう言うと、クレイグは踵を返して病室を出て行った。

-----

「『待ってください』って言おうと思ったのに声が出なくて…」
「うん」
 赤茶の髪に、侍従の服を着たローゼがデボラのベッドの側に立っている。男の子の格好なので、扉は開けてあり、ベッドからも少し距離を取っていた。
「クレイグ様はおじさんじゃないし、気持ち悪くなんかないし…って言おうと思ったの」
「うん」
「でも困ってないとは言えなくて…だって、信じられる?」
「ん?」
「クレイグ様みたいな男性ひとが私に恋をするなんて、信じられないでしょ?」
「そう?」
 ローゼは不思議そうに言う。
「私はお兄様が好きになったのがデビィで嬉しいけどな」
「う、嬉しい?」
「見る目あると思う」
「ええ~?」
 デボラは照れたように鼻に皺を寄せる。
「デビィは?お兄様の事そういう対象として考えられない?」
 ローゼはにこにこと笑いながら言う。
「…考えた事もないから、今から考える」
 デボラは赤くなりながら俯いた。

「明日に行くんでしょ?」
「うん」
「緊張してる?」
「してる」
 ローゼはこくんと頷く。
「そうよね…クレイグ様にも言ったけど、色々上手く行くように祈ってるわ」
「うん。ありがとうデビィ」
 ローゼとデボラは見つめ合って、微笑み合った。


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