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「俺は、決心した。できるならば、非難ではなく協力をお願いしたい」
湖からローゼを連れ帰った夜、王宮へ来たクレイグとイヴァン、呼び出したリリーを自室へ招き、人払いするとサイオンはそう言った。
「決心?」
イヴァンがサイオンを見ながら言う。
ああ、イヴァンはローゼと俺が好きだと言うのに、残酷な事を俺は言うんだな。
それでも、もう決めたから。
膝の上で拳を握る。
「ローゼに、別人になってもらう」
「は?」
目を見開くイヴァン。
「別人…とは?」
訝し気なクレイグ。
「……」
絶句するリリー。
「あの噂を信じ、ローゼに興味を持つ輩は他にも居るだろう。今日は助けられたが、次も助けられるとは限らない。ローゼはこの事件で亡くなった事とし、名前も変えて、別人になってもらう。そう決めた」
「そう決めた…でもローゼの意思は?」
リリーが咎めるような口調で言う。
「…聞いていないし、聞く気はない」
「サイオン」
イヴァンが眉を寄せて言う。
怒っているのか。まあそうだろうな。
「ローゼの保護者である私の意見は、聞いてくださるつもりはありますか?」
クレイグがサイオンを見ながら言う。
「意見は聞く」
「意見は聞いても、覆すつもりはないと?」
「そうだ」
クレイグはそう言い切るサイオンをじっと見つめる。
「…別人になったローゼと、私が交流する機会、そしてローゼの身分の保証はいただけますか?」
「クレイグ殿?」
荒唐無稽な提案を受け入れるつもりか、と言いた気にイヴァンはクレイグに言う。
「実は私もローゼの身の安全を図るにはこの先どのようにすれば良いか、思慮しておりました」
クレイグは自身の膝の上に置いた両手を組み合わせる。
「今回私が会いに行った娼館の主人のように、その界隈に私と、私の父親を知る者は少なからず居たのですが、今日の件で噂の『稀代の妖婦』が私の妹…エンジェル男爵家のローゼと言う娘である事が知れ渡りました」
「ああ」
クレイグの言葉にサイオンは頷き、イヴァンは息を飲み、リリーは両手で自分の口元を覆った。
「もちろん、一刻も早くローゼを攫おうとした輩を突き止めるためで、仕方がなかったとは思いますが…その界隈に名が知れた事はローゼにとって不利益でしかない」
クレイグは俯いて言う。
「今はまだ知られているのは名と、髪色くらいなので、殿下の言われる『別人にする』と言う手段が悪手とは思いません。ですが、私にとってローゼはこの世にたった一人の家族なので、金輪際会えない、会っても他人の振りをしろと言われれば、それは受け入れ難い」
「ああ。もちろんそうだろう」
「ですので、ローゼとの交流の機会、そしてローゼの身分の保証をいただけるなら、殿下の計画に協力いたします」
クレイグは座ったまま、胸に手を当てる。
「身分の保証とは?」
サイオンがそう言うと、クレイグは顔を上げて言う。
「ローゼを、王太子妃にしてください」
クレイグは挑むような視線をサイオンへと投げる。サイオンは真っ直ぐにクレイグを見ながら頷いた。
「もとより、そのつもりだ」
「サイオン!?クレイグ殿も…」
イヴァンがクレイグとサイオンを交互に見ながら慌てた様子で言う。
「イヴァンには済まないと思うが…俺は、例えローゼが、俺がローゼを想うのは『ゲームの力』のせいだから嫌だ、と言おうと、ローゼを娶ると決めたんだ」
イヴァンは泡を食った様子で言う。
「娶るって、ローゼはまだ一年生…十五歳だぞ?」
「もちろん婚儀はローゼが卒業するまで待つが、王子と婚約者の歳が離れているのは、そう珍しい話ではない」
「それはそうだが…ローゼの気持ちはどうなるんだ?……ん?このやりとり、前にもしたな」
「そうだな。あの時は俺とイヴァンの台詞が逆だった」
サイオンがそう言うと、イヴァンはふっと笑う。
「サイオン、これがこの間の話の答えなんだな?」
「…そうなるな」
ローゼを好きなまま、新たに選ばれた婚約者を好きになれるか。ローゼが自分以外の男を好きになったとして、ローゼが幸せならそれで良いと思えるか。この間サイオンとイヴァンが話した内容だ。そして、それに対するサイオンの答えは「NO」だったと言う事だ。
「ゲームが終わり、ゲームの力が失くなったとしてもローゼの処遇は変わりませんか?」
クレイグがサイオンを見ながら言う。
「もちろん」
サイオンは力強く頷いた。
「サイオン殿下、本当にローゼの意思を聞く気はないのですか?」
リリーがそう言うと、サイオンは少し眉を寄せた。
「嫌だと言われても引き返す気はないから聞く必要はない。…横暴とでも、強権発動とでも言えば良い」
「ローゼに憎まれたとしても?」
「覚悟はしている」
そう言い切るサイオンにリリーは少し大きく息を吸って言った。
「…もしも、私がここで『協力はしない』と言えば、どうなりますか?」
「俺は、決心した。できるならば、非難ではなく協力をお願いしたい」
湖からローゼを連れ帰った夜、王宮へ来たクレイグとイヴァン、呼び出したリリーを自室へ招き、人払いするとサイオンはそう言った。
「決心?」
イヴァンがサイオンを見ながら言う。
ああ、イヴァンはローゼと俺が好きだと言うのに、残酷な事を俺は言うんだな。
それでも、もう決めたから。
膝の上で拳を握る。
「ローゼに、別人になってもらう」
「は?」
目を見開くイヴァン。
「別人…とは?」
訝し気なクレイグ。
「……」
絶句するリリー。
「あの噂を信じ、ローゼに興味を持つ輩は他にも居るだろう。今日は助けられたが、次も助けられるとは限らない。ローゼはこの事件で亡くなった事とし、名前も変えて、別人になってもらう。そう決めた」
「そう決めた…でもローゼの意思は?」
リリーが咎めるような口調で言う。
「…聞いていないし、聞く気はない」
「サイオン」
イヴァンが眉を寄せて言う。
怒っているのか。まあそうだろうな。
「ローゼの保護者である私の意見は、聞いてくださるつもりはありますか?」
クレイグがサイオンを見ながら言う。
「意見は聞く」
「意見は聞いても、覆すつもりはないと?」
「そうだ」
クレイグはそう言い切るサイオンをじっと見つめる。
「…別人になったローゼと、私が交流する機会、そしてローゼの身分の保証はいただけますか?」
「クレイグ殿?」
荒唐無稽な提案を受け入れるつもりか、と言いた気にイヴァンはクレイグに言う。
「実は私もローゼの身の安全を図るにはこの先どのようにすれば良いか、思慮しておりました」
クレイグは自身の膝の上に置いた両手を組み合わせる。
「今回私が会いに行った娼館の主人のように、その界隈に私と、私の父親を知る者は少なからず居たのですが、今日の件で噂の『稀代の妖婦』が私の妹…エンジェル男爵家のローゼと言う娘である事が知れ渡りました」
「ああ」
クレイグの言葉にサイオンは頷き、イヴァンは息を飲み、リリーは両手で自分の口元を覆った。
「もちろん、一刻も早くローゼを攫おうとした輩を突き止めるためで、仕方がなかったとは思いますが…その界隈に名が知れた事はローゼにとって不利益でしかない」
クレイグは俯いて言う。
「今はまだ知られているのは名と、髪色くらいなので、殿下の言われる『別人にする』と言う手段が悪手とは思いません。ですが、私にとってローゼはこの世にたった一人の家族なので、金輪際会えない、会っても他人の振りをしろと言われれば、それは受け入れ難い」
「ああ。もちろんそうだろう」
「ですので、ローゼとの交流の機会、そしてローゼの身分の保証をいただけるなら、殿下の計画に協力いたします」
クレイグは座ったまま、胸に手を当てる。
「身分の保証とは?」
サイオンがそう言うと、クレイグは顔を上げて言う。
「ローゼを、王太子妃にしてください」
クレイグは挑むような視線をサイオンへと投げる。サイオンは真っ直ぐにクレイグを見ながら頷いた。
「もとより、そのつもりだ」
「サイオン!?クレイグ殿も…」
イヴァンがクレイグとサイオンを交互に見ながら慌てた様子で言う。
「イヴァンには済まないと思うが…俺は、例えローゼが、俺がローゼを想うのは『ゲームの力』のせいだから嫌だ、と言おうと、ローゼを娶ると決めたんだ」
イヴァンは泡を食った様子で言う。
「娶るって、ローゼはまだ一年生…十五歳だぞ?」
「もちろん婚儀はローゼが卒業するまで待つが、王子と婚約者の歳が離れているのは、そう珍しい話ではない」
「それはそうだが…ローゼの気持ちはどうなるんだ?……ん?このやりとり、前にもしたな」
「そうだな。あの時は俺とイヴァンの台詞が逆だった」
サイオンがそう言うと、イヴァンはふっと笑う。
「サイオン、これがこの間の話の答えなんだな?」
「…そうなるな」
ローゼを好きなまま、新たに選ばれた婚約者を好きになれるか。ローゼが自分以外の男を好きになったとして、ローゼが幸せならそれで良いと思えるか。この間サイオンとイヴァンが話した内容だ。そして、それに対するサイオンの答えは「NO」だったと言う事だ。
「ゲームが終わり、ゲームの力が失くなったとしてもローゼの処遇は変わりませんか?」
クレイグがサイオンを見ながら言う。
「もちろん」
サイオンは力強く頷いた。
「サイオン殿下、本当にローゼの意思を聞く気はないのですか?」
リリーがそう言うと、サイオンは少し眉を寄せた。
「嫌だと言われても引き返す気はないから聞く必要はない。…横暴とでも、強権発動とでも言えば良い」
「ローゼに憎まれたとしても?」
「覚悟はしている」
そう言い切るサイオンにリリーは少し大きく息を吸って言った。
「…もしも、私がここで『協力はしない』と言えば、どうなりますか?」
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