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「リリー様…」
 ベッドに横たわるローゼは、起き上がりながらリリーを迎えた。
「ローゼ、良かったわ」
 リリーは涙ぐんでローゼの手を取る。
「もう。サイオン殿下ったらなかなかローゼに会わせてくれないんだもの。昨日眠ってるローゼの顔は見たんだけど、目が覚めたなら早く会いたいのに」
 リリーはプリプリしながら言う。

 今は誘拐事件の翌々日の夜だ。
 ローゼは事件の翌日に亡くなったとされ、クレイグとリリー、サイオンとイヴァンがその最期を看取った事になっている。
 リリーは王太子の婚約者なので王宮にリリーが滞在するため部屋があり、事件の日からそこで待機しているのだ。
「リリー様、リリー様の『お願い』、殿下から伺いました」
 ローゼがそう言うと、リリーの頬が少し赤くなる。
「あ、あら。もう聞いたの?」
「リリー様」
 ローゼはリリーに取られた手を逆に握り返す。
「私…湖で、このまま死ぬんだと思った時に『この世界が消えませんように』『リリー様が世界で一番幸せになられますように』って願って…」
「自分の命が消えるかという時に、私の幸せを願ってくれたの…?」
「それはもう。私はリリー様が大好きなので…だから、リリー様には絶対に幸せになっていただきたいんです」
 リリーの目を見ながら手をぎゅっと握る。
「わかったわ。私、絶対に幸せになるわ」
 もう私にはリリー様とサイオン殿下が婚約解消しないで欲しいなんて言えないから…
 リリーの「お願い」が叶って、誰よりも幸せになって欲しい。
 ローゼはリリーの手を握りながら心からそう祈った。

-----

 翌日。
 まだ安静にと言われ、ベッドに座るローゼの傍らに、黒い服を着て黒いレースの付いたトーク帽を被るコーネリアが立っている。
「随分とゲームとはかけ離れた展開になって来たものねぇ」
 感心したように言うコーネリア。
「まあ、そもそもゲームの設定とは違う部分もあるからどんな展開になっても不思議じゃないけどね」
 確かに。ゲームではそもそもヒロインであるローゼ自体が「幸せな家庭」育ちだし、コーネリアも未亡人ではなく、イヴァンとも本当の恋人同士だったのだ。
「登場人物のキャラも違うし…ローゼさんも私もゲームのキャラとは違うけど、一番違うのはやっぱりサイオン殿下よねぇ」
「…ですね」
 ローゼは深く頷く。
「ローゼさんはゲームのサイオン殿下と現実こっちのサイオン殿下だと、どっちが好き?」
 ゲームのサイオン殿下は控えめに言っても「神」だけど、こっちのサイオン殿下は…とても人間っぽい。
「……」
 ローゼは頬を真っ赤にしてコーネリアを見上げる。
「ん?」
「…正直……こっちの方が断然好きですぅ」
 両手で頬を押さえて俯く。
 
「私が殿下に惹かれてるのは『ゲームの力』のせいですから!って意地を張ってるローゼさんより、素直なローゼさんの方がかわいいわよ」
 コーネリアはローゼの頭に手を乗せてナデナデと撫でた。
「あ、私ちょっと思ったんだけど、私ってゲーム通りだとイヴァン様の事本当に好きでしょ?」
「はい」
「でも今の私ってイヴァン様を恋愛対象に見た事がないのよ。王宮の侍女になった事とか、ロイズ殿下付きになった事はゲームの力だと思うけど、気持ちに関してはゲームの力、働いてないなって」
 コーネリアは頬に人差し指を当てて首を傾げた。
「でね、もしかして生まれ変わり…転生者って言うの?その人の『気持ち』にはゲームの力って働かないのかな~って」
「……え?」
「だってローゼさんもゲームの力が働いてたら少なからず全ての攻略対象者に『好意』くらいは抱きそうな物じゃない?」
 それは、そう、なのかも?
「だから、ローゼさんもサイオン殿下をゲームの力とかじゃなく、純粋に好きなんじゃないかな~と思うの」
「…そうなんですかね?」
「きっとそうよ。それで?自分の気持ちもだけど、殿下の気持ちも『ゲームの力』だから受け入れないって頑なだったのに、どういう心境の変化?」
「…あの、念の為に言いますけど、私の意思でにいる訳じゃないんですよ?」
 そう言いつつも、ローゼは耳まで赤くなっている。
 ここは、サイオンの私室で、ローゼが座っているベッドはサイオンのベッドなのだ。
「もちろん。サイオン殿下が『ローゼの意思がどうであろうと俺はもうローゼを離さない』って宣言されて、実行するつもりなのは知ってるわ」
「そ、そんな宣言を…?」
 ますます赤くなるローゼ。
「イヴァン様とリリー様とクレイグ様の前でそう言われたって聞いたわ」
 座っていたローゼはばふっと横に倒れ、両手で顔を覆って
「~~~っ」
 と声も出せずに悶絶している。
「『恥ずかしい』『嬉しい』どっちかしら?」
「…両方」
「ふふ。やっぱり素直なローゼさんかわいいわあ」
 コーネリアは横たわるローゼの頭を撫でた。

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