上 下
43 / 83

42

しおりを挟む
42

 船小屋のデッキから湖に飛び込んだサイオンは、そのまま水の中を潜って進む。
 ぼんやりと複数の「影」の男の姿が見えた。
 そして「影」の手の先にピンクの髪がゆらゆらと揺れている。

 ローゼ!
 サイオンは目を閉じたローゼの脇へ手を入れて引き寄せ「影」からその身体を受け取ると、浮上を始める。
 水面の方を見ると、別の「影」が、水面の影が濃い部分を指差していた。
 ローゼたちが居た船小屋の下へ浮上しろと言うことか。
 船小屋には船の上に建物が乗った形の物と、足があり水面より上に床がある、水底から建つ形の物があり、ローゼとデボラが捕われていた船小屋は後者の物だ。つまり、水面から床の下までに頭を出せるくらいの空間があるのだ。
 ゆっくりと水面へ顔を出す。ローゼを支えて顔を出させる。
 意識はない。息をしていないようだ。
 片手でローゼの小さな身体を支え、片手でローゼの口を塞いでいる布を解くと、口の中の布を出した。
 サイオンは息を吸うと、ローゼの頬を掴み口を開けさせ、唇を重ねて息を吹き込んだ。
 ローゼ、息をしてくれ。頼む。
 何度が息を吹き込んだ時、頭上の船小屋で大きな音がした。

 バアンッ
「ぎゃああ!」
 男の声。
 暫くガタガタと音がして、やがて静まる。
 クレイグ殿が踏み込んだ音だろうな。
 クレイグはサイオンとイヴァンが学園の一年生の時の四年生だ。容姿端麗、文武両道で有名で、その年に生徒会と騎士団が催した剣技大会でも騎士の家系の生徒を打ち破って優勝していた。
 あれから十年近く経つが、きっとクレイグなら人攫い程度の賊に手こずるような事はないだろう。
「サイオン!制圧した。もう引き揚げて大丈夫だ」
 桟橋の上から船小屋の下を覗き込むようにしてイヴァンが叫ぶ。
 サイオンからはイヴァンの姿は見えなかったが、そのままイヴァンは桟橋を走って陸へ行ったようだ。

 サイオンはローゼを抱え、息を吹き込みながら泳いで陸へと行く。船小屋へ何人かの「影」が入って行くのと、クレイグがデボラを抱いて出て来るのが見えた。
 デボラ嬢…怪我をしているのか?
 クレイグとアイコンタクトを交わす。
「ローゼは任せた」
 と言われた気がした。

 サイオンが飛び込んだ船小屋のデッキへとローゼを引き揚げると、ローゼはふはっと息と水を吐いた。
「ローゼ!」
 サイオンは急いでローゼを横に向け、口を開けさせたまま胃の辺りを手で押さえて水を吐かせる。
 ケホケホと少し咳き込んだローゼは意識はまだ戻らないが、呼吸は安定したようだ。
 口を塞がれていたから余り水を飲まずに済んだのかも知れないな。
 一先ず安堵のため息を吐きながら、懐から出したナイフでローゼの手首を縛っている縄を切った。
「殿下、とにかく呼吸が戻ったので、運びましょう」
 侍従姿の「影」が言う。
「ああ」
 サイオンはローゼを抱き上げた。
「殿下私が…」
 そう「影」が言うが、サイオンは首を横に振った。
「いや、ローゼは俺が運ぶ」

「イヴァン殿と、エンジェル男爵、ムーサフ嬢は近くの伯爵家へ行かれたようです」
「そうか。こちらは王城へ戻る。馬車と、医師の準備を」
「はい」
 ローゼを抱いて馬を駆けるのが一番早く戻れるだろうが、王太子がピンクの髪の女性を抱いて王城へ入る姿は目立ち過ぎるだろう。これ以上ローゼに危うい噂を立てる訳にはいかない。

 ローゼを抱いて馬に乗り、ゆっくりと歩かせていると、紋章のない馬車がやって来る。
 馬を降り、馬車に乗って来た「影」の男に馬を任せ馬車に乗り込んだサイオンはローゼを抱いたまま座席に座る。
座席に置いてあった手巾でローゼの髪をそっと拭いた。
 動き出した馬車の中で、サイオンはローゼの顔に自分の顔を近付ける。
 少し開いた唇から呼吸の音が聞こえた。
 ああ、生きている。ローゼ、良かった…
 ぎゅうっとローゼを抱きしめる。

 そして、サイオンは一つの決意を固めた。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世を思い出したのでクッキーを焼きました。〔ざまぁ〕

ラララキヲ
恋愛
 侯爵令嬢ルイーゼ・ロッチは第一王子ジャスティン・パルキアディオの婚約者だった。  しかしそれは義妹カミラがジャスティンと親しくなるまでの事。  カミラとジャスティンの仲が深まった事によりルイーゼの婚約は無くなった。  ショックからルイーゼは高熱を出して寝込んだ。  高熱に浮かされたルイーゼは夢を見る。  前世の夢を……  そして前世を思い出したルイーゼは暇になった時間でお菓子作りを始めた。前世で大好きだった味を楽しむ為に。  しかしそのクッキーすら義妹カミラは盗っていく。 「これはわたくしが作った物よ!」  そう言ってカミラはルイーゼの作ったクッキーを自分が作った物としてジャスティンに出した…………──  そして、ルイーゼは幸せになる。 〈※死人が出るのでR15に〉 〈※深く考えずに上辺だけサラッと読んでいただきたい話です(;^∀^)w〉 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。 ※女性向けHOTランキング14位入り、ありがとうございます!!

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

処理中です...