ヒロインに転生しましたけど、私、王太子より悪役令嬢が好きなんです。

ねーさん

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 その船小屋は、陸から桟橋が延びていて水面に浮いたように建っていた。このような構造の船小屋は湖畔に建つ物より水深が深い場所に建つので、より大きくて速く走る船を係留できるのだ。
 今その小屋には手漕ぎの小さなボートが一艘留められているだけなので、これからローゼたちを乗せて逃げるための船が来るのだと思われる。
「外に見張りはいないが…桟橋からしか近付けないか?」
 少し離れた所に建つ他の船小屋の影で、サイオンとイヴァンは船小屋の様子を窺う。

「殿下」
 小声で後ろからサイオンに声を掛けたのはクレイグだ。
「クレイグ殿」
「…桟橋から近付いて突入しようと思います。殿下の手の者に外から近付いて貰う事ができますか?」
 クレイグが声を落として言う。
「ああ」
 サイオンが「影」に目配せをすると
「外からも何人か泳がせて近付けます」
 そう「影」の男が言い、姿を消した。

 バタンッ

 その時、船小屋の桟橋とは反対の、湖側の大きな扉が勢い良く開き、人が湖に落ちるのが視界に入る。
 バシャーンッ
「ローゼ!!」
 一瞬だが、ピンクの髪が見えた。
「サイオン!待て!!」
 サイオンはイヴァンの制止の声を振り切り、船小屋の迫り出したデッキから湖に飛び込んだ。

 クレイグは直ぐに踵を返し、腰の剣の柄を握りながら船小屋と陸を繋ぐ桟橋へと駆け出す。

 イヴァンは、サイオンが飛び込んだのとほぼ同時に船小屋からもう一人の人影が湖に落ちるのを見た。
 黒尽くめの男はローゼを追って飛び込んだのではなく、落ちたか、落とされたかしたようで、すぐに水面に出て留めてあったボートに掴まった。サイオンが飛び込んだ事や「影」が近付いている事には気付いていないようだ。
 だったら、今、俺がサイオンを追って飛び込んで、相手に俺たちがここに居る事を知らせてはいけない。
 ローゼはきっとサイオンと「影」が助け出して来る。俺の役割はその後の事を考える事だ。
 イヴァンもクレイグの後を追って桟橋の方へと駆け出した。

-----

 痛い。
 痛い。

 デボラを見下ろす黒尽くめの男が目出し帽の下で嘲笑わらっているのが判る。
 デボラの脇腹をナイフで一突した男は、ナイフを刺したままデボラの前にしゃがみ込んだ。
 髪を掴んでいた男が今はデボラを羽交い締めにしている。
「さあて、ナイフを抜いて心臓を一突するのと、このままジワジワ死ぬのを見るのと、どっちがいいかねぇ」
 男は脇腹に刺さったままのナイフを手の平でぐっと押した。
「…ぐっ。ぅぅ…」
 塞がれた口から呻き声が漏れる。
 ドクドクと脈打って血が流れているのを感じた。
 視界が歪んだのは涙のせいか、意識が朦朧としているせいか。

 バアンッ
 とデボラの後ろから音がして
「ぎゃああ!」
 と男の悲鳴が聞こえた。
 羽交い締めされた腕が緩んで、デボラは床に倒れる。
「何だてめぇ!?」
 デボラを刺した男が立ち上がり掛けた時、剣の刃が光って男の額の前でピタリと止まった。
 …助けが…来たの?
「ひっ」
「死にたくなければ動くな」
 デボラの歪んだ視界に男に剣を突きつけるクレイグが写った。
 ローゼの…おにいさんだ…
 
 クレイグに額に剣を突きつけられた男は、イヴァンに手首を身体の後ろで縛られ、口に布を詰められる。
 口の布を押さえるよう縄を掛けた処でクレイグは剣を下ろす。
「デボラ嬢。遅くなって済まなかった。すぐに治療するから」
 クレイグはそう言うとデボラの口の布を解き、口の中の布を取り出す。男を縛り終わったイヴァンがデボラの後ろで縛られた手首の縄を剣で切っていた。
「出血するからナイフはそのままで、すぐに運ぼう」
「近くに伯爵家があるのでそこに。医者を呼ぶよう手配します」
 イヴァンはそう言うと小屋を出て行く。
 クレイグはゆっくりとデボラを抱き上げた。背中を斬られたもう一人の男が目に入る。
「…っうぅ…」
「済まない。痛いだろう?」
 身体を動かされ、傷みに歪んだ顔をクレイグが眉を顰めて覗き込む。
 イヴァンが出て行った扉と、ローゼが落ちた扉、両方から何人かの人が入って来て、倒れている男二人を取り囲んだ。
「…ロー…ゼ…は?」
「ローゼはサイオン殿下が助けに行ってくれた。きっと大丈夫だよ」
 デボラを安心させるように、落ち着いた声で言うクレイグ。
「…よ…かった…」
 デボラは安心したように少し笑うと、そう呟いて、意識を失った。



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