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「ローゼが!?」
 王城の執務室で、イヴァンからの連絡を受けたサイオンは、立ち上がると剣を手に取る。
「殿下」
 侍従の一人が心配そうにサイオンを見ていた。
「エンジェル男爵家にも連絡を。今日の予定は取りやめか、延期しておいてくれ」
「はい」
 剣を佩くと執務室を出た。

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「黒尽くめの男が二人。あっという間にローゼとムーサフさんを攫って…」
 湖の畔でイヴァンと合流する。貴族令嬢の誘拐事件を広く知られる訳にはいかないため、事情を知らない生徒は学園へ引き上げさせ、生徒会役員、サポートメンバー、教師たち、その時チェックポイントにいた生徒などで捜索をしていた。
「…サイオン、ごめん」
「イヴァン?」
 地図を見ていたサイオンに、イヴァンが頭を下げる。
「…俺、近くに居たのに…いつもローゼを助けてやれない。舞踏会の時も…」
「相手は玄人だ。騎士が近くに居たって防げていないだろう。それに舞踏会の時、決定的な事を言わせる前に止められなかったのは俺も同じだ」
 サイオンは俯くイヴァンの肩を叩く。

 この湖はさほど大きくはないが、手近な貴族の別荘地として、湖畔には建物や小屋が多数ある。緊急事態とは言え、敷地へ勝手に立ち入る訳にいかず、捜索に時間が掛かっていた。
 サイオンは王太子の名で、別荘などの土地建物へ捜索のための立ち入りを許可する文書を作ると、侍従に渡す。
 これは権力を自分のために使った事になるのだろうか?…いや、攫われたのがローゼでなくても、人命が掛かっているなら同じ事をする。人道的、超法規的措置だ。

 サイオンとイヴァンは馬で湖の畔を走りながら、船小屋などの建物を見て回っている。
「ローゼを狙ったなら…女衒だろうか?」
 イヴァンが言う。
 貴族の令息令嬢が身代金や人身売買目的で誘拐される事件が起こる事がある。身代金目的の誘拐ならその家の財力や人脈を使い奪還するケースや、警察の介入で保護されるケースもあるが、その令息令嬢自身が目的…娼館へ売る、国内外の権力者への貢物などにする目的での誘拐の場合は、略取すると直ぐに薬などを使い、凌辱されたり薬中毒にされてしまう場合も多い。
 本人目的の誘拐の場合、無事保護できるかは、いかに早く身柄を発見するかに掛かっているのだ。
「売るためと言うよりは、誰かローゼに興味を持った奴から依頼されたと考えた方が自然だ」
 サイオンがため息混じりに言う。
「そうだな」
 イヴァンは「誰だか知らんが、絶対に見つけて殺してやる…」と小さく呟く。
 サイオンも心の中で同意した。

 サイオンの馬の前に人影が現れて、跪く。普段はサイオンの側近として常に側にいるこの男は、サイオンの使う「影」だ。
 ローゼに興味を持った輩が略取を依頼するならば、娼館を通じて人攫いの玄人を雇うのが一番手っ取り早くて確率が高い。そう考えたサイオンは「影」を使って娼館を探らせていたのだ。
「何か分かったか?」
「はい。娼館の方を探っていたら、エンジェル男爵と会いました」
「クレイグ殿と?」
「はい。エンジェル男爵はローゼ様が攫われたと聞き、直感的にローゼ様の噂を鵜呑みにした誰かが『噂の妖婦を連れて来い』と依頼したと思われたようで…王都で一番大きな娼館の主の元を訪れ、依頼主を突き止めたそうです」
「王都で一番大きな娼館の主…ってそんなに簡単に会える物なのか?」
 イヴァンが不思議そうに言う。
 いや、おいそれと会える訳がない。
 更に依頼主を突き止めた?
 王都で一番大きな娼館の主と言えば、様々な手練手管に長けた蛇のような爺だが…その爺に会えて、情報を引き出せる…?
「いや、その疑問を考えるのは後だ。それで、ローゼの居場所は分かったのか?」
「恐らく、湖の南側の船小屋だと。クレイグ殿も向かっておられます」
「分かった。急ごう」
 南側へは今の進行方向のまま進めば良い。
 サイオンとクレイグは馬に鞭を入れた。




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