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 ようやくイヴァンから姿が見えたローゼは、蒼白な顔で立ち竦んでいた。
 マーシャル家のお仕着せ姿のローゼは、おそらくローゼを呼び出したいクリスティンに家から何かを持って来いなどと命じられ、嫌々舞踏会場を訪れたのだろう。
「ロー…」
 イヴァンがローゼの前に出ようとすると、それより先に誰かがローゼと令嬢たちの間に立ち塞がった。
「事実ではない事を口にするな」
 ローゼと令嬢たちの間に立ち塞がったのはサイオンだ。
「事実です。私は父から聞きました」
 サフィが言う。
 他の令嬢たちは意外な人物の登場に当惑しているようだ。リリーが少し離れた人垣の中で心配そうにサイオンを見ている。
 サフィの父デップマン伯爵は確か司法部門の書記官だったか?
 それにしても諭すように話す王太子に言い返すとは、随分興奮してるみたいだな。
「事実ではない」
 サイオンの言葉にサフィは強く首を横に振る。
 これ以上サフィに何かを言わせてはいけない!
「いいえ!私は、エンジェル男爵は実の娘を犯そうとしたと聞きました!この女は幼い頃から男性を誘惑する術に長け」
 イヴァンはサフィに駆け寄ると、後ろから手で口を塞ぐ。
 …遅かったか。

 険しい表情のサイオンの後ろで、ローゼが力が抜けたように床にへたり込むのが見えた。
「ローゼ!」
 イヴァンがローゼを呼ぶが、その声はローゼの耳には届いていないようだ。
 すると、ローゼの方を振り向いたサイオンがローゼの前に跪く。
 ザワッとまた騒めきが起きた。
 王太子がいち令嬢の前に跪く、など、有り得ないのだ。あるとすれば…それは求愛の時くらいだ。
 サイオンは茫然自失状態のローゼを抱き上げると、イヴァンに口を塞がれたままのサフィを見た。
 サイオンお前…自分が今どれだけの憎悪の眼差しでサフィを見ているか、わかってるか?
「サフィ嬢、不完全な情報で人を貶める事は、自らをも貶めると言う事だ」
 サイオンはゆっくりとそう言うと、ローゼを抱いて講堂を出て行く。

 それを見ていたリリーは人混みに紛れるように姿を消した。

「実の父を誘惑?」
「ああ聞いたことある。それでエンジェル男爵は爵位を剥奪されて息子が男爵を継いだと」
 ザワザワと周りが騒ぎ出す。
 イヴァンは青い顔をしたサフィから手を離すと
「デップマンさん、こんな公衆の面前でお父上の守秘義務違反を告白するなんて…大胆ですね」
 そう、小声で言う。
「…え?」
 顔面蒼白になるサフィ。
「追って沙汰があると思いますよ」
 イヴァンはにっこりと笑って言った。

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「ローゼは眠っているのか…」
 救護室に入るなり、イヴァンはベッドの周りを囲むカーテンを引く。
 カーテンの中には眠っているローゼと、ベッドの側の椅子に座るサイオンがいた。
 イヴァンはサイオンが眠るローゼの手を握っている姿を想像していたが、現実のサイオンは足を組み、腕組みをして椅子に腰掛けている。
「ああ、暫くは呆然としていたが…」
「そうか…済まない。折角サイオンがローゼの事情を教えてくれていたのに上手く助けてやれなかった」
 イヴァンも椅子を持って来て、サイオンの隣に座った。
「いや、サフィ嬢があんな事を言い出すとは想定外だからな」
「それは、そうなんだが…」
 サイオンはイヴァンが生徒会役員とローゼとを王宮に連れて来た際、ローゼへの役員たち、そしてイヴァンの感情の昂りを感じ取り、イヴァンへローゼとエンジェル男爵家に起きた事件の話をした。それは「こういう過去で傷付いているだからイヴァンも他の生徒会役員たちも、過剰に好意をぶつけないように」と言う意味合いだ。
「俺がローゼと付き合う事で他の攻略…生徒会役員への牽制になるし、守ってやれると思っていたが、ランドールの婚約者からこの件で攻撃されるとはな」
 イヴァンは「はあ~」とため息を吐く。
 悪役令嬢の家族の職務まで考慮していなかった。つまり想定が甘かったと言う事だ。

「幸い夏期休暇に入るから、ローゼが噂の渦中に身を置く事はないだろうが…逆に生徒たちから市中へ捻れた話が伝わるんだろうな…」
 イヴァンがそう言うと、サイオンは無言で頷いた。




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