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 目立たない。話さない。わかった?ローゼ。
 ローゼは鏡に写った自分に心の中でそう話し掛ける。
「よし。行くぞ」
 そう声に出してから、寮の部屋を出た。

「ローゼ、遅かったね」
 正門の前でローゼに声を掛けるのは、クリスティン・マーシャル。リリーの弟で公爵家の嫡男。学園の二年生で生徒会書記だ。
「クリスティン様」
 リリーによく似た綺麗な顔立ちの美男子はローゼを見て微笑む。
「屋敷では仕方ないけど、学園では『クリス』と呼んでよ。今日はお休みなのにローゼを独り占めできなくて残念だな」
 ローゼの耳元に顔を寄せて囁く。
 ローゼが学園に入学してから、休みの日にマーシャル邸へ戻るとクリスティンに呼び出される事が増えた。お茶に誘われ、端的に言えば口説かれている。ローゼはマーシャル邸ではリリーの侍女なのにクリスティンに個人的に呼び出されてはクリスティン付きの侍女や他の使用人に対しても肩身が狭い。

 学園に入るまでは私の事なんて「厄介者」扱いだったのに、ゲームが始まった途端になるなんて、逆に怖いわ。
「クリス、ローゼとは家でも会えるんだから、こんな時くらい俺たちに譲れよ」
 クリスティンの後ろからルークが声を掛けて来る。
 ルーク・スペンサーは三年生の生徒会副会長。王都の騎士の家系の生まれで、将来は近衛騎士と目されている体育会系の美丈夫だ。
「そうですよ。クリス様狡いです」
 マリックもルークと並んで言う。マリック・ドイルはローゼと同じ一年生で生徒会会計。他国との交易も行う商家の跡取りだ。
「もう馬車が来るからな。ローゼさんはこっちへ」
 ローゼの後ろから現れたイヴァンがローゼの手を引いて、クリスティンたちから引き離した。

「あの、他のサポートメンバーの方たちは…?」
 ローゼがイヴァンに聞くと、イヴァンはにっこりと笑う。
「ああ、今日は皆さん都合が悪いらしく、役員以外はローゼさんだけですよ」
「え?」
 うわーこれ絶対他のサポートメンバーは誘ってないパターンだわ。ニューマン先生、見た目は優男っぽいけど腹黒系だし。
 しまったわ。まんまと騙された。
 今日は生徒会役員とサポートメンバーで王城の見学に行くからと誘われたのだ。
 これ、王太子であるサイオンとローゼの出会いイベントでもあるのよね…サイオンを生で見れるのは嬉しいけど「出会い」たくないから他のサポートメンバーも居るなら目立たない様にしようと思ってたけど、女子が私一人だと嫌でも目立っちゃうし、話もしない訳にいかないし。
 それにこうやって私一人特別扱いみたいにされて、他のサポートメンバーとの関係も微妙になるし、攻略対象者の婚約者やカノジョたちにもいい印象与えないし。
 もう最悪だわ…

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 馬車でも誰がローゼの隣に座るか、ランドールも加えて一揉めあり、王城に着いた頃にはローゼはもう疲れていた。
「ローゼ。よく来たな」
 馬車から降りるローゼをロイズが迎えてくれる。
「…はい」
 何でロイズもこんなに嬉しそうなんだか…皆んな婚約者やカノジョがいる癖に私に向けてこんなに好意を露わにするなんて、ゲームってホント怖い。
「あの、私ちょっとお花を摘みに…」
 ローゼはあいまいに笑うと、謁見の間を見学に行くと言う一行と離れた。

「帰りたい…」
 ローゼは王城の渡り廊下でため息を吐く。
 こんな事なら寮で本でも読んでた方がマシだったわ。本当はマーシャル邸へ帰ってリリー様にお茶を淹れて差し上げたい処だけど…帰ったら帰ったでクリスティン様がうっとうしいし…
「リリー様に会いたいな…」
 渡り廊下から見える噴水に光が当たって虹がかかっている。
 ああ、さすが王城のお庭。緑がすごく綺麗。虹も幻想的…

 ローゼがぼんやりと庭を眺めていると、虹の向こうから人影が現れた。
 光が当たって身体全体が光って見える。

 妖精?
 魔法とか妖精とか出て来るゲームじゃなかった筈だけど…すごく綺麗でキラキラして…後光?オーラ?
 タンザナイトみたいな綺麗な青紫がキラキラと…
 …青紫?

「どうした?迷子か?」
 タンザナイトのオーラから声が聞こえる。
 段々と近付いて来ると光に包まれていたその輪郭がハッキリとして来て…

 サイオン王太子殿下…

 青紫の長い髪を掻き上げながら光の中から現れたのは、リリーの婚約者、王太子のサイオン・ルーセントだった。



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