3 / 7
初日
しおりを挟む
帝都を出て、馬で約20日。北方ガルナ地区に到着した。通常は馬車で家財道具なども運ぶが、ヘーゼンは持っていく物が極端に少ない。なので、一般貴族よりも遙かに早く到着した。
さすがはディオルド公国との狭間だけある。帝国との境には、頑強な要塞が構えられていた。また、そこを中心に巨大な塀が立ち並んでいて、互いの国土をわける境界線となっている。
すぐさま要塞へと入る。そこは、天空宮殿のような派手な装飾など欠片も見当たらない。簡素で効率重視の造りだ。大佐室の前で、扉を叩き入室すると、他、数人の軍人が立っていた。
「このたび配属されましたヘーゼン=ハイムです。よろしくお願いします」
敬礼をして挨拶をする。誰も反応せずに冷ややかな視線を送る中、一人だけ、席に座っていた老人が笑顔を浮かべ答える。
「君が平民出身の将官か。実に10年ぶりらしいな。私はジルバ=マグノ。ここを取り仕切る大佐だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「君は少尉からの配属だったな。では、第8小隊に配属だ。ちょうど欠員が出たのでな」
「はい」
帝国は貴族が特権階級を占めている。上級貴族の爵位は20、下級貴族には40。ヘーゼンは平民出身なので、下級貴族にもなれていない。必然的にカースト最下級である。
しかし、帝国将官制度における幹部候補生の身分制度は12の階級が存在する。もちろん新任なので最下位の『少尉』だが、これは、下士官の准尉、軍曹、伍長、上等兵、兵卒よりも更に上になる。
「他の者の自己紹介は、おいおい済ませよう。ちょうど今は重要な話でな。招集をかけるまでは、第8小隊で訓練を実施してくれ」
「了解しました」
「なにか質問は?」
「ありません」
「そうか……では、気をつけてな」
「はい」
ヘーゼンは返事をして、退出する。そして、扉に後頭部をソッと当てると、軍令室から声が聞こえてきた。
「平民の分際でなんだか、無愛想なやつだったな。まあ、すぐに死ぬから別に構わんが」
「しかし、大佐もお人が悪い。あの、ならず者集団の第8小隊に配属ですか。やつらが新人幹部候補生の指示を素直に聞くとは思えませんが」
「それなら、それまでのことだ。どうせ、中央では平民の将官など、望まれていない。特に優秀な将官は……な」
「……」
会話と嘲るような笑い声を聞き終え、ヘーゼンは廊下を歩き出した。どうやら、あまり歓迎されていないようだ。それにしても、いきなり死地へと投げ込むような真似は、まさしく軍人らしく手っ取り早い。その方が、むしろヘーゼンの性には合っていた。
自室まで行くと、そこにはカク・ズが立っていた。帝国式の制服はどうにもサイズが小さいらしく、若干苦しそうだ。
ヘーゼンは部屋の中に入り、牙影を手に持つ。これは、魔杖と呼ばれるもので、魔法使いが魔法を放つための法具である。形状は種類によって異なるが、牙影は、細くしなる教鞭のような形状だ。
持ち場の訓練場に到着した。かなり広い平原で、遮蔽物も建物もなにもない。そこでは、第8小隊の者たちが訓練を実施していた。人数は40人ほどで、5人の軍人が監督している。しかし、武芸訓練なのだろうが、各々ひどく散漫な動きで、連携も乏しい。
ヘーゼンは、監督者の一人に近づく。目つきが悪く小太りの中年だった。
「准尉はいるか?」
「あっ? 誰だ、お前」
「ヘーゼン=ハイム。第8小隊の新任少尉だ」
「ああ」
小太りの中年男は、含み笑いを浮かべる。
「君の名は?」
「チョモだ。ここの曹長をしている。まあ、覚えなくても構わないがな」
「なぜだ?」
ヘーゼンが尋ねると、チョモは薄ら笑いを浮かべて額を近づける。
「不思議とな。ここにくる准尉や少尉は長生きできねえのよ」
「なるほど。言いたいことはわかった。准尉はおらず、君たち曹長が指揮してるという訳か。では、チョモ曹長。全員を集めてくれ」
「あ? なんで」
「そんなこともわからないのか? 上官命令だからだ」
「新任だろ? 大人しくしとけよ」
チョモ曹長はせせら笑いながら答える。
「……こいつを拘束しろ」
ヘーゼンが指示すると、カク・ズがすぐさま相手の背後にまわって両腕を抑えた。
「がっ……クソ野郎! なにすんだ!? 離せ!」
チョモ曹長は必死にもがくが、ガッチリとホールドされてるので、微動だにできない。
「無駄だよ。膂力も技もカク・ズの方が遙かに優れている」
「くっ……冗談じゃねぇぞ、おい! 離せ! 離せ!」
「君は今、罪を犯した。一つは、上官である僕の命令に逆らったこと。二つ目は、僕の言った意味をすぐに理解しなかったこと。そして、最後に上官である僕に指示をしたこと。この三つをもって、杖刑に処す」
ヘーゼンはチョモの後ろにまわり、魔杖を尻に向かって思いきり打ちこむ。
「ひ、ひぎいいいいっ」
甲高い叫び声で、第8小隊の全員がこちらを向く。一方で、チョモ曹長は口からヨダレを垂れしながら、もがく。彼の制服から真っ赤な血が、ジワリと滲む。
しかし、そんな様子を一切省みることなく、ヘーゼンは2発目、3発目を打つ。途端に、布が破れて血が吹き出し、チョモは口から泡を吹き、白目を向いて気絶した。
そんな光景を、第8小隊の全員が呆気に取られる。しかし、黒髪の青年は気にしない。そのまま、彼らに向け笑顔を浮かべた。
「ヘーゼン=ハイム。第8小隊の新任少尉だ。これから、君たちの上官になる。よろしく頼む」
「……」
「返事は?」
「はい!」
声が、一斉に揃った。
さすがはディオルド公国との狭間だけある。帝国との境には、頑強な要塞が構えられていた。また、そこを中心に巨大な塀が立ち並んでいて、互いの国土をわける境界線となっている。
すぐさま要塞へと入る。そこは、天空宮殿のような派手な装飾など欠片も見当たらない。簡素で効率重視の造りだ。大佐室の前で、扉を叩き入室すると、他、数人の軍人が立っていた。
「このたび配属されましたヘーゼン=ハイムです。よろしくお願いします」
敬礼をして挨拶をする。誰も反応せずに冷ややかな視線を送る中、一人だけ、席に座っていた老人が笑顔を浮かべ答える。
「君が平民出身の将官か。実に10年ぶりらしいな。私はジルバ=マグノ。ここを取り仕切る大佐だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「君は少尉からの配属だったな。では、第8小隊に配属だ。ちょうど欠員が出たのでな」
「はい」
帝国は貴族が特権階級を占めている。上級貴族の爵位は20、下級貴族には40。ヘーゼンは平民出身なので、下級貴族にもなれていない。必然的にカースト最下級である。
しかし、帝国将官制度における幹部候補生の身分制度は12の階級が存在する。もちろん新任なので最下位の『少尉』だが、これは、下士官の准尉、軍曹、伍長、上等兵、兵卒よりも更に上になる。
「他の者の自己紹介は、おいおい済ませよう。ちょうど今は重要な話でな。招集をかけるまでは、第8小隊で訓練を実施してくれ」
「了解しました」
「なにか質問は?」
「ありません」
「そうか……では、気をつけてな」
「はい」
ヘーゼンは返事をして、退出する。そして、扉に後頭部をソッと当てると、軍令室から声が聞こえてきた。
「平民の分際でなんだか、無愛想なやつだったな。まあ、すぐに死ぬから別に構わんが」
「しかし、大佐もお人が悪い。あの、ならず者集団の第8小隊に配属ですか。やつらが新人幹部候補生の指示を素直に聞くとは思えませんが」
「それなら、それまでのことだ。どうせ、中央では平民の将官など、望まれていない。特に優秀な将官は……な」
「……」
会話と嘲るような笑い声を聞き終え、ヘーゼンは廊下を歩き出した。どうやら、あまり歓迎されていないようだ。それにしても、いきなり死地へと投げ込むような真似は、まさしく軍人らしく手っ取り早い。その方が、むしろヘーゼンの性には合っていた。
自室まで行くと、そこにはカク・ズが立っていた。帝国式の制服はどうにもサイズが小さいらしく、若干苦しそうだ。
ヘーゼンは部屋の中に入り、牙影を手に持つ。これは、魔杖と呼ばれるもので、魔法使いが魔法を放つための法具である。形状は種類によって異なるが、牙影は、細くしなる教鞭のような形状だ。
持ち場の訓練場に到着した。かなり広い平原で、遮蔽物も建物もなにもない。そこでは、第8小隊の者たちが訓練を実施していた。人数は40人ほどで、5人の軍人が監督している。しかし、武芸訓練なのだろうが、各々ひどく散漫な動きで、連携も乏しい。
ヘーゼンは、監督者の一人に近づく。目つきが悪く小太りの中年だった。
「准尉はいるか?」
「あっ? 誰だ、お前」
「ヘーゼン=ハイム。第8小隊の新任少尉だ」
「ああ」
小太りの中年男は、含み笑いを浮かべる。
「君の名は?」
「チョモだ。ここの曹長をしている。まあ、覚えなくても構わないがな」
「なぜだ?」
ヘーゼンが尋ねると、チョモは薄ら笑いを浮かべて額を近づける。
「不思議とな。ここにくる准尉や少尉は長生きできねえのよ」
「なるほど。言いたいことはわかった。准尉はおらず、君たち曹長が指揮してるという訳か。では、チョモ曹長。全員を集めてくれ」
「あ? なんで」
「そんなこともわからないのか? 上官命令だからだ」
「新任だろ? 大人しくしとけよ」
チョモ曹長はせせら笑いながら答える。
「……こいつを拘束しろ」
ヘーゼンが指示すると、カク・ズがすぐさま相手の背後にまわって両腕を抑えた。
「がっ……クソ野郎! なにすんだ!? 離せ!」
チョモ曹長は必死にもがくが、ガッチリとホールドされてるので、微動だにできない。
「無駄だよ。膂力も技もカク・ズの方が遙かに優れている」
「くっ……冗談じゃねぇぞ、おい! 離せ! 離せ!」
「君は今、罪を犯した。一つは、上官である僕の命令に逆らったこと。二つ目は、僕の言った意味をすぐに理解しなかったこと。そして、最後に上官である僕に指示をしたこと。この三つをもって、杖刑に処す」
ヘーゼンはチョモの後ろにまわり、魔杖を尻に向かって思いきり打ちこむ。
「ひ、ひぎいいいいっ」
甲高い叫び声で、第8小隊の全員がこちらを向く。一方で、チョモ曹長は口からヨダレを垂れしながら、もがく。彼の制服から真っ赤な血が、ジワリと滲む。
しかし、そんな様子を一切省みることなく、ヘーゼンは2発目、3発目を打つ。途端に、布が破れて血が吹き出し、チョモは口から泡を吹き、白目を向いて気絶した。
そんな光景を、第8小隊の全員が呆気に取られる。しかし、黒髪の青年は気にしない。そのまま、彼らに向け笑顔を浮かべた。
「ヘーゼン=ハイム。第8小隊の新任少尉だ。これから、君たちの上官になる。よろしく頼む」
「……」
「返事は?」
「はい!」
声が、一斉に揃った。
1
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる