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第7章「貴女の遺伝子だけでは、足りない」
7.5 それは忘れた頃に
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『他人の【リセット】の兆しとか俺が知るわけないっしょ。アレって基本的に肉体がすっげえボロボロになったとか、精神が耐えきれなくなったとかなんかそういう系だし?』
「なにそれ」
『―――つかさ、俺の作戦結構上手くいくと思ったのにな。エレミアで焦るトーコに発破かけて、失敗して、キレたリュイが俺にトーコを押しつけてくれたらなっていう、な?』
「……信じられない。それ本気で言ってるんですか?」
『今さらウソなんて吐いても仕方ないっしょ』
トーコはリュイの女になっちまったのにさ、とタクトは肩を竦める。
「どうしてですか?タクトも、他の人たちと同じようにわたしのことなんてどうでもいいと思ってたはずですよね」
『どうでもよくはねえよ?優先順位は低かったけどよ。母さんと同じ出身の女が欲しいって俺ずっと言ってるよな』
毛玉さんの出した鏡のような通信機に向かって詰め寄るが、タクトはわたしでもいいから日本人の女性が欲しかったと悪びれなく言う。
『んでも、まあ結果は俺の失敗。それはトーコ自身が体験してきてるよな?』
「それは……そう、ですけど…」
タクトの言う通り、失敗を見越した作戦は、想像以上の成果を上げてたと言える。わたしはリュイの子どもを孕んだだけでなく、リュイはわたしを異世界まで迎えに来てくれた。今も変わらず、タクトも驚くほどの執着をリュイは見せてくれている。
『マジ予想外。あの悪名高かったリュイが、よりによって『今のリュイ』のまま固定されること望むとかビビるよな』
タクトの顔は笑みを作るも、その桜色の瞳はどこか翳って見える。
「『今のリュイ』で固定?」
珍しいタクトの様子も気になるが、それよりも固定という馴染みのない言葉のほうが気になった。オウム返しに問い掛ければ、タクトが桜色の大きな瞳を瞬かせる。
『あ?あ。あー……悪ィー、悪リィ。そういやまだあったわ。トーコについてたウソ』
怪訝なわたしの反応に気がついたタクトが、ああ、とぽんっと拳で手のひらを叩く。
「嘘。まだ、あるんですか……?教えてください」
『いや怖ぇって。せっかく最近見られる顔になってきたのに台無しじゃん』
凄むわたしに、画面の向こうのタクトが茶化すように肩を竦める。
「タクト、いいから。早く言ってください」
『ハイハイ、トーコの仰せのままに。
……親父から【魂の婚姻】をトーコが断ったって聞いて、ざまぁって思ったんだよ。
だって、そうだろ?女を孕ませた男はもう【リセット】が出来なくなるんだ。それにしても、俺らは異世界の女よりは老化のスピードも遅いし、寿命も長い。どういうわけだか子どもを孕んだ女を失った男は、つまり、【婚姻】出来なかった男はよ、大体最後は狂って死ぬらしいんだわ。もしあのリュイがそうなったら見物だなって―――』
―――――ばりんっ。
「……っ、最低じゃないですか!」
『うぉっ……!?』
それ以上は聞いてられなかった。
自分の黒い毛玉さんをぎゅっと握りつぶすことで通信を遮断する。
破片を残さず鏡が砕ける衝撃にタクトが声を上げるのを最後に消える。
指の隙間から毛玉さんのもっさりした毛がはみ出て、ゆっくり手を離すと元の形に戻る。
もっさもっさと浮き上がり、酷いことをしたにも関わらず、甘えるように身体を擦りつけてくれる。
「最低です」
ウソを吐かれていたのはショックだった。
軽薄で調子の良い男だと思ってはいるけれど、この世界に来てからリュイ以外にまともにわたしと話をしてくれたのはタクトが初めてだったから、一番のともだちみたいに思っていた。
メイさんからの媚薬を貰うときの約束を反故したにも関わらず、なにかと面倒看てくれて、感謝だってしている。
「最低ですよ」
タクトの子どもを産むのはわたしには無理だったけれど、別の形で叶えてあげられそうで良かったと胸をなで下ろしていた。
最低なのは、タクトが、じゃない。
「最低じゃないですか、わたし……」
ごめんねと毛玉さんに乱暴に扱ってしまったことを謝り、片手で顔を覆いわたしは嗤った。
一番最低なのは、わたしだった。
思い返せばこの世界に来てからの面倒を看てくれていたリュイに対して、好きだとかなんだとか言いながら酷いことしかしていない。
リュイの意思を無視して襲って、子どもを作ったり。
なにがあったのか、リュイがわたしを大事にしてくれるようになり、この世界での渾身のプロポーズだった【魂の婚姻】を断ったりしてしまった。
【リセット】の仕組みを知らなかったのは言い訳にしかならない。
わたしの独りよがりで、リュイにとっての永遠の存在になりたいと夢見たようなことを言った。傷ついてリュイが引き籠もるのも当然だった。なんならわたしに怒っても良いくらい。
優しいリュイは拗ねたように引き籠もっただけで、その後自分からは二度とその話題を口に出すことはなかった。
あの引きこもったリュイにガウスさんと会った時。ガウスさんはわたしの勘違いを知り、わたしの勘違いを知りながらも許したリュイに同情していたんだ。
「リュイ……。リュイに、今すぐ、会いたい……っ」
今すぐ、会いたい。
会って、すぐに伝えたい。
あのときは、ごめんなさい。
断られても仕方ない。
でも、リュイが今でも嫌じゃなければ、【魂の婚姻】をしたいと今度はわたしから告げたい。
「お願い、毛玉さん。リュイに連絡してくれますか?今日は何時に帰ってくる?って。話したいことがあるから早く帰ってきてって伝えてもらえますか」
毛玉さんを手のひらに乗せてお願いすれば、もそもそと真っ黒な毛並みを上下に揺らし、ふわりと窓から飛び立ってくれた。
―――――こん、こん、こん。
毛玉さんが風に乗って遠くに飛んで見えなくなるまで眺めていると、不意にドアノッカーが叩かれる音が耳に入った。
かつてタクトがよく悪戦苦闘していた家の周りに張り巡らされた電流は、もう撤去している。
子どもが怪我をしかけたのが一番のきっかけだが、「タクトはまだ気にはなるけど、『以前のぼく』の不始末はほとんど片付けたと思うからね」とリュイが言ったから。
ただリュイの同伴なく外出することは禁じられている。荷物はわたしの毛玉さんや、お店にいる荷物運び専用の毛玉さんが手伝ってくれる。毛玉さんはドアノッカーを鳴らさないから、来客で間違いないだろう。
「はーい」
わたしを尋ねて来る人はいないので、リュイか子どもに用がある人だろう。
どちらも今は留守にしているから帰ってもらおうと、リビングから玄関に向かって返事をしながらドアを開けた。
「はー……い?」
ドアの外に、懐かしい人が立っていた。
「トウコさん」
眼鏡をかけた知的な雰囲気が印象的で。
枯葉色の髪を後ろでゆるくひとつに纏め、フレームレスのレンズの向こう側にある鮮やかな緑の切れ長の瞳は悲しげに細められ、失望したかのような低い声で名前を呼ばれ。
「レイシさん……?」
レイシさんは最後にフラれた時からほとんど変わらぬ姿でそこにいた。
ただ姿形こそは変わらないけれど、調子が悪いのか。酷く顔色が悪く、かつては鮮やかな緑だった瞳に今は生気がなく、霞んでいるように見える。目の下のも色濃く、何故か服から露出している肌のすべてがポロポロと崩れ始めていた。
「どうしたんですか、あのメイさん呼びましょうか」
「必要ない。俺はあなたに謝らなければならない。トウコさん。すまない、すまない……。あの日から今日まで、俺はたしかにあなたの幸せを願っていたんだ。
でも、どうしても。俺の中に残された『前の俺』が、あのしろいあくまが幸せになることを許せないと言うんだ」
「あの、だれか呼びますね。えっと、お医者さん……メイさんじゃなくても、誰かを……」
レイシさんの尋常ではない様子に、わたしは後ずさる。連絡するフリをして扉を閉めて逃げようとするも、レイシさんの革靴が勢いよく隙間に差し込まれ、男の人の力強さで強引に扉を開かれる。
「………っ!」
「ああ、すまない。怯えないでくれ、トウコさん。俺はあなたにひどいことをするつもりはない。いや、違うな、痛くするつもりはないんだ。だから、俺の目を見てくれ」
がっと両肩を掴まれ、引き寄せられ、視線が合わさる。合わさって、しまう。
レイシさんのくすんでしまった緑色の瞳が徐々にあやしい光を帯び始め、視線を逸らせなくなる。
「どうしてリュイと幸せになる?リュイが幸せになる?俺はあなたには幸せになってもらいたいのに、『前の俺』がリュイには幸せになるのを許せないんだ。母さんと同じ目に遭わせろと『前の俺』の記憶が言う。だが、俺には出来ない。だから、せめて。俺を終わらせることで、あなたを終わらせる」
レイシさんの言っていることが欠片も理解出来ない。
でも、こわい。
こわい、こわい、こわい……!
嫌々と顔を首に振っているはずなのに、ちっとも身体が動かない。
心を鷲づかみにされ、身体の自由が奪われる。
「もう俺は【リセット】できない。俺の精神が狂い死ぬ前に、このまま終わろうと思う。だから」
見つめ合うレイシさんの眼鏡の奥で緑の光が最後とばかりに大きく煌めいた。
「【あなたは俺の死を、自分の死と思う】」
遅れて、星が爆発したみたいに、わたしの視界が煌めいて。
「すまない、ト…ウコ……さ………ん」
ぱらぱらぱらと砂城が風にさらわれ朽ちていくようにレイシさんの身体が崩れ去った。
「レイシさん……?これが、この世界の人の………死…?…つぅっ」
目の前で起こったかを理解するのと同時に、胸の鼓動が大きく脈打ち、息苦しさに襲われた。
地面にゆっくりと自分の体が引き寄せられるような感覚を覚える。
時間が引き延ばされたかのように、一瞬が永遠に感じる、刹那。
(リュイ)
子どもの泣き顔が浮かび、リュイがわたしの名前を呼ぶ幻聴が聞こえて。
(リュイ。いっしょに死ななくてもそばにいてほしかった)
わたしの独りよがりのせいだというのに、リュイと死ねない寂しさを、後悔した。
「なにそれ」
『―――つかさ、俺の作戦結構上手くいくと思ったのにな。エレミアで焦るトーコに発破かけて、失敗して、キレたリュイが俺にトーコを押しつけてくれたらなっていう、な?』
「……信じられない。それ本気で言ってるんですか?」
『今さらウソなんて吐いても仕方ないっしょ』
トーコはリュイの女になっちまったのにさ、とタクトは肩を竦める。
「どうしてですか?タクトも、他の人たちと同じようにわたしのことなんてどうでもいいと思ってたはずですよね」
『どうでもよくはねえよ?優先順位は低かったけどよ。母さんと同じ出身の女が欲しいって俺ずっと言ってるよな』
毛玉さんの出した鏡のような通信機に向かって詰め寄るが、タクトはわたしでもいいから日本人の女性が欲しかったと悪びれなく言う。
『んでも、まあ結果は俺の失敗。それはトーコ自身が体験してきてるよな?』
「それは……そう、ですけど…」
タクトの言う通り、失敗を見越した作戦は、想像以上の成果を上げてたと言える。わたしはリュイの子どもを孕んだだけでなく、リュイはわたしを異世界まで迎えに来てくれた。今も変わらず、タクトも驚くほどの執着をリュイは見せてくれている。
『マジ予想外。あの悪名高かったリュイが、よりによって『今のリュイ』のまま固定されること望むとかビビるよな』
タクトの顔は笑みを作るも、その桜色の瞳はどこか翳って見える。
「『今のリュイ』で固定?」
珍しいタクトの様子も気になるが、それよりも固定という馴染みのない言葉のほうが気になった。オウム返しに問い掛ければ、タクトが桜色の大きな瞳を瞬かせる。
『あ?あ。あー……悪ィー、悪リィ。そういやまだあったわ。トーコについてたウソ』
怪訝なわたしの反応に気がついたタクトが、ああ、とぽんっと拳で手のひらを叩く。
「嘘。まだ、あるんですか……?教えてください」
『いや怖ぇって。せっかく最近見られる顔になってきたのに台無しじゃん』
凄むわたしに、画面の向こうのタクトが茶化すように肩を竦める。
「タクト、いいから。早く言ってください」
『ハイハイ、トーコの仰せのままに。
……親父から【魂の婚姻】をトーコが断ったって聞いて、ざまぁって思ったんだよ。
だって、そうだろ?女を孕ませた男はもう【リセット】が出来なくなるんだ。それにしても、俺らは異世界の女よりは老化のスピードも遅いし、寿命も長い。どういうわけだか子どもを孕んだ女を失った男は、つまり、【婚姻】出来なかった男はよ、大体最後は狂って死ぬらしいんだわ。もしあのリュイがそうなったら見物だなって―――』
―――――ばりんっ。
「……っ、最低じゃないですか!」
『うぉっ……!?』
それ以上は聞いてられなかった。
自分の黒い毛玉さんをぎゅっと握りつぶすことで通信を遮断する。
破片を残さず鏡が砕ける衝撃にタクトが声を上げるのを最後に消える。
指の隙間から毛玉さんのもっさりした毛がはみ出て、ゆっくり手を離すと元の形に戻る。
もっさもっさと浮き上がり、酷いことをしたにも関わらず、甘えるように身体を擦りつけてくれる。
「最低です」
ウソを吐かれていたのはショックだった。
軽薄で調子の良い男だと思ってはいるけれど、この世界に来てからリュイ以外にまともにわたしと話をしてくれたのはタクトが初めてだったから、一番のともだちみたいに思っていた。
メイさんからの媚薬を貰うときの約束を反故したにも関わらず、なにかと面倒看てくれて、感謝だってしている。
「最低ですよ」
タクトの子どもを産むのはわたしには無理だったけれど、別の形で叶えてあげられそうで良かったと胸をなで下ろしていた。
最低なのは、タクトが、じゃない。
「最低じゃないですか、わたし……」
ごめんねと毛玉さんに乱暴に扱ってしまったことを謝り、片手で顔を覆いわたしは嗤った。
一番最低なのは、わたしだった。
思い返せばこの世界に来てからの面倒を看てくれていたリュイに対して、好きだとかなんだとか言いながら酷いことしかしていない。
リュイの意思を無視して襲って、子どもを作ったり。
なにがあったのか、リュイがわたしを大事にしてくれるようになり、この世界での渾身のプロポーズだった【魂の婚姻】を断ったりしてしまった。
【リセット】の仕組みを知らなかったのは言い訳にしかならない。
わたしの独りよがりで、リュイにとっての永遠の存在になりたいと夢見たようなことを言った。傷ついてリュイが引き籠もるのも当然だった。なんならわたしに怒っても良いくらい。
優しいリュイは拗ねたように引き籠もっただけで、その後自分からは二度とその話題を口に出すことはなかった。
あの引きこもったリュイにガウスさんと会った時。ガウスさんはわたしの勘違いを知り、わたしの勘違いを知りながらも許したリュイに同情していたんだ。
「リュイ……。リュイに、今すぐ、会いたい……っ」
今すぐ、会いたい。
会って、すぐに伝えたい。
あのときは、ごめんなさい。
断られても仕方ない。
でも、リュイが今でも嫌じゃなければ、【魂の婚姻】をしたいと今度はわたしから告げたい。
「お願い、毛玉さん。リュイに連絡してくれますか?今日は何時に帰ってくる?って。話したいことがあるから早く帰ってきてって伝えてもらえますか」
毛玉さんを手のひらに乗せてお願いすれば、もそもそと真っ黒な毛並みを上下に揺らし、ふわりと窓から飛び立ってくれた。
―――――こん、こん、こん。
毛玉さんが風に乗って遠くに飛んで見えなくなるまで眺めていると、不意にドアノッカーが叩かれる音が耳に入った。
かつてタクトがよく悪戦苦闘していた家の周りに張り巡らされた電流は、もう撤去している。
子どもが怪我をしかけたのが一番のきっかけだが、「タクトはまだ気にはなるけど、『以前のぼく』の不始末はほとんど片付けたと思うからね」とリュイが言ったから。
ただリュイの同伴なく外出することは禁じられている。荷物はわたしの毛玉さんや、お店にいる荷物運び専用の毛玉さんが手伝ってくれる。毛玉さんはドアノッカーを鳴らさないから、来客で間違いないだろう。
「はーい」
わたしを尋ねて来る人はいないので、リュイか子どもに用がある人だろう。
どちらも今は留守にしているから帰ってもらおうと、リビングから玄関に向かって返事をしながらドアを開けた。
「はー……い?」
ドアの外に、懐かしい人が立っていた。
「トウコさん」
眼鏡をかけた知的な雰囲気が印象的で。
枯葉色の髪を後ろでゆるくひとつに纏め、フレームレスのレンズの向こう側にある鮮やかな緑の切れ長の瞳は悲しげに細められ、失望したかのような低い声で名前を呼ばれ。
「レイシさん……?」
レイシさんは最後にフラれた時からほとんど変わらぬ姿でそこにいた。
ただ姿形こそは変わらないけれど、調子が悪いのか。酷く顔色が悪く、かつては鮮やかな緑だった瞳に今は生気がなく、霞んでいるように見える。目の下のも色濃く、何故か服から露出している肌のすべてがポロポロと崩れ始めていた。
「どうしたんですか、あのメイさん呼びましょうか」
「必要ない。俺はあなたに謝らなければならない。トウコさん。すまない、すまない……。あの日から今日まで、俺はたしかにあなたの幸せを願っていたんだ。
でも、どうしても。俺の中に残された『前の俺』が、あのしろいあくまが幸せになることを許せないと言うんだ」
「あの、だれか呼びますね。えっと、お医者さん……メイさんじゃなくても、誰かを……」
レイシさんの尋常ではない様子に、わたしは後ずさる。連絡するフリをして扉を閉めて逃げようとするも、レイシさんの革靴が勢いよく隙間に差し込まれ、男の人の力強さで強引に扉を開かれる。
「………っ!」
「ああ、すまない。怯えないでくれ、トウコさん。俺はあなたにひどいことをするつもりはない。いや、違うな、痛くするつもりはないんだ。だから、俺の目を見てくれ」
がっと両肩を掴まれ、引き寄せられ、視線が合わさる。合わさって、しまう。
レイシさんのくすんでしまった緑色の瞳が徐々にあやしい光を帯び始め、視線を逸らせなくなる。
「どうしてリュイと幸せになる?リュイが幸せになる?俺はあなたには幸せになってもらいたいのに、『前の俺』がリュイには幸せになるのを許せないんだ。母さんと同じ目に遭わせろと『前の俺』の記憶が言う。だが、俺には出来ない。だから、せめて。俺を終わらせることで、あなたを終わらせる」
レイシさんの言っていることが欠片も理解出来ない。
でも、こわい。
こわい、こわい、こわい……!
嫌々と顔を首に振っているはずなのに、ちっとも身体が動かない。
心を鷲づかみにされ、身体の自由が奪われる。
「もう俺は【リセット】できない。俺の精神が狂い死ぬ前に、このまま終わろうと思う。だから」
見つめ合うレイシさんの眼鏡の奥で緑の光が最後とばかりに大きく煌めいた。
「【あなたは俺の死を、自分の死と思う】」
遅れて、星が爆発したみたいに、わたしの視界が煌めいて。
「すまない、ト…ウコ……さ………ん」
ぱらぱらぱらと砂城が風にさらわれ朽ちていくようにレイシさんの身体が崩れ去った。
「レイシさん……?これが、この世界の人の………死…?…つぅっ」
目の前で起こったかを理解するのと同時に、胸の鼓動が大きく脈打ち、息苦しさに襲われた。
地面にゆっくりと自分の体が引き寄せられるような感覚を覚える。
時間が引き延ばされたかのように、一瞬が永遠に感じる、刹那。
(リュイ)
子どもの泣き顔が浮かび、リュイがわたしの名前を呼ぶ幻聴が聞こえて。
(リュイ。いっしょに死ななくてもそばにいてほしかった)
わたしの独りよがりのせいだというのに、リュイと死ねない寂しさを、後悔した。
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