上 下
28 / 43
第6章「愛されなさ過ぎて、愛されるのが怖かった」

「愛ではない。恋ではない。ぼくの目の届くところにいて欲しいだけ」

しおりを挟む
 ―――トウコが消えた。この世界から、いなくなった。 


 ぼくの目の前で、先代―――いや、先々代となった元【管理者】のセンリに連れ去られた。 



 トウコは<素質なし>としてぼくに多くの手間をかけさせてきた。誰も貰い手がいなければこのまま屋敷にいたとしても仕方ないかと思っていたら、出戻ってきたエレミアの相手をしているうちに、タクトと共謀してぼくを陥れた。

 ふざけるな。

 薬を使ってぼくを襲ったこともそうだが、ぼくを好きだ好きだと言いながら、ほかの男の手を取って彼女は逃げた。あまつさえ家に囲われ、ぼくから逃げる対価としてその子どもを産む約束までして。

 ふざけるな。

 ぼくのことを好きだといいながら、あっさりほかの男に身を委ねるのか。

 毛玉を通して、タクトや、メイ・プリシパルとでさえ一緒にいるのを見るだけで苛立った。
 
 ぼくに抱かれているくせに、タクトだと思っているトウコを組み敷いた時は、頭に血が昇って視界が真っ赤になった。 

 諸々の怒りで、我を忘れるほど、トウコの体調も気にかけられないほど、魔力補給の名目で彼女を責めるように抱いた。

 そうしてそんな最中に、ぼくはトウコの腹に宿った自分の子どもに吹っ飛ばされ、隙をつく形で現れたセンリにトウコを奪われた。


 トウコが消えたことで、ぼくを煩わせる存在はいなくなったはずだった。ぼくの血を引く忌々しいガキが消え、勝手に孕んだ女が消えて、清々するはずだった。 


 はず、だった。おかしなことに、現実は違った。トウコがいなくなり、身体の半分を奪われたような喪失感を感じる。かつてレイシ・マックスウェルとのデートではトウコを笑顔で送り出せた。そんな状況に今なれば、ぼくはもう笑って送り出せない。相手がトウコに持った好意以上のものをぼく自身に向けさせ、手酷く捨てるくらいはやるだろう。


 そんなことを考えてしまう自分自身に愕然とした。トウコと身体を重ねてから、ぼくは、変になった。


「リュイ、アンタね、タクトに嫉妬したからって、トウコクンに酷く当たるのは違うでしょ。
まったく……。トウコクンの世界に行く方法が分かったら、素直に謝りなさいよ。それと、アンタが撒き散らした<素質>の影響でマグナスマグ自体が大変なことになってるんだから、そのあたりの身辺整理もしときなさいよ」  


 ぼくの独白を聞いたメイが呆れたように言う。トウコの部屋から移動し、ガウスから与えられた客室で、メイはガキの魔力に当てられて伸びていたぼくの手当てをしてくれている。

 メイと一緒に部屋に踏み込んできたタクトは、異世界に渡る手段を求めてガウスとともに情報収集に出かけている。これまで界渡りは数多の世界からこちらの世界への一方通行だと思われていた。それが不完全な姿とはいえ、死んだはずのセンリが現れ、トウコを連れて戻って行った。なんらかの手段があるはずだと、ガウスは【管理者】に鍵があると当たりをつけて召喚の魔方陣の塔へと向かった。【管理者】となったキリに面会し、センリという前例を出して神に問いかければ答えられるはずだと、ぼく自身もその考えを支持した。

 一番良いのはアインヘルツの親子の力を借りずにぼくが直接神に問えればいいのだが。魔法陣の塔から離れ、代替わりし、完全に【管理者】から外れたぼくに、神の声は聞こえないから仕方ない。


「嫉妬?バカバカしいな。でも頭に血がのぼっていたのは認めます。会えたら謝るよ。この街に色々撒き散らしたのも悪いと思ってる」


 嫉妬などと見当違いのことを言うメイを、ぼくは鼻で笑った。気に障ったのか、メイに壁に打ちつけた背中を叩かれた。痛い、乱暴だ。


「こんな冷め切った態度の男を好きになるなんて、ほんと、トウコクンってば男の趣味が悪いわ。ね!………自分の感情の分別もついていないクズに弄ばれて、カワイソ」 


 ぼそっとメイが呟く。 


「自分の感情がわからないわけないよ。ただ変になってるだけ」

「変?何よソレ」


 片眉をあげて怪訝な顔をするメイに、ぼくは説明してやる。



 『前のぼく』は愛だの恋だのを試し、壊したかった。『今のぼく』はそんな以前の記録を俯瞰し、そんな感情の存在すら信じていない。 現に、トウコだってぼくのことを好きだと囁きながら、平気でほかの男と身体を重ねようとしていた。 
 トウコに激しい怒りが湧いた。だから『前のぼく』と同じように、トウコの身体にわからせて――――。 


「だーかーら、それがおかしいのよ。アンタの差し金で結ばれた男女がいっぱいいるって聞いてるわよ? トウコクンの世界の人間なら誰でもいいらしいタクトに需要があるんだから、惚れた弱みで言うこと聞かせて、タクトに抱かせちゃえばよかったじゃない。愛だの恋だの信じていないのなら、トウコクンのソレだっていらないでしょ。アンタの手を離れたことを喜ぶべきじゃない。それが、なんで、アンタがわざわざ抱いて仕置きする必要があるのよ、リュイ」 

「何故って」


 メイからの問いかけに、ぼくは首を傾げる。 


「簡単だろう、単にぼくがそうしたいだけ」
 
 
 それに、と続ける。


「あれでもトウコはぼくのことが好きなんですよ。手はかかりますが、トウコといるのは嫌じゃない。 だからトウコはぼくのそばに置いておいてもいいと思った。なのに、ほかの男の手がついていたら嫌だろう?不愉快だ。それに」 


 ぼく自身で上書きしておかないと、ずっとほかの男のことを考えられたら不愉快じゃないか。 


「貴方だって自分がこの立場ならそうするだろう?」

「あらまーそうだけど。ホント、クズねえ。アンタがソレ言っちゃう?ソレが嫉妬から来た理由だってわかってる?というか、『前の』こととはいえ、ソレ、アンタに関わりのある人間が聞いたら発狂するわよ?リュイ」


 真剣に言うぼくに対して、メイはその派手な美貌を歪め、目も当てられないわーと大袈裟なリアクションを取る。 


「そうかな?」

「そうよ。確かに気持ちは分かるわよ。アタシでもアタシの可愛い人がそんなことしてたらそうするわ。ふふ、良いわ。アンタってホント面倒くさいヤツだけど、面白くなってきたからトウコクンを見つけるの手伝ってあげる」 

「貴方もですか。別に頼んでいませんよ。ガウスやタクトといい、時間をかければぼくひとりだけでもなんとかできるのですが」 


 メイからの申し出に、ぼくは顔を顰める。

 基本的に、【リセット】のあるぼくらは生に飽いている。 
 半永久的な生の退屈しのぎに敏感だ。
  まだ回数の浅いタクトがどうだか分からないが、ガウスに続いてメイまでもかと溜息を吐く。


「そりゃガウスがこんな面白いことに首突っ込まないワケないでショ。……まあ、タクトのほうの理由はあれだろうけど」 


 ミイラ取りがミイラになるってヤツかしらね、と頬に手を当てるメイの碧眼に憐憫の色が混じる。 

 タクトね、と思いを馳せる。口づけだけでトウコの腹の魔法陣に、色を混ぜた男。気に入らない。気に入らないが、トウコはあれでタクトと仲が良いようだった。気の置けない関係というやつか。昔は気にならなかったが、今は面白くはない。 


「タクトには適当なニホンジンとやらを見繕って紹介するよ。【リセット】してもぼくを慕ってくれているらしいキリに任せれば安泰ですし、そこまで本気なわけないだろう?」


 トウコをこちらの世界に戻すために自ら動いてくれるというのだ。利用するだけ利用してやればいい。 


「本気かどうかは……。フウン、アンタもわかっててそういうこというのね」


 タクトってば哀れな子ね、とメイが天を仰いだ。



 ―――結局、アインヘルツの親子とメイ、それからキリにも手伝ってもらっても、神の声を聞き、身辺整理だのなんだしていると、界を渡るまでに約2年近くかかってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...