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第6章「愛されなさ過ぎて、愛されるのが怖かった」
「愛ではない。恋ではない。ぼくの目の届くところにいて欲しいだけ」
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―――トウコが消えた。この世界から、いなくなった。
ぼくの目の前で、先代―――いや、先々代となった元【管理者】のセンリに連れ去られた。
トウコは<素質なし>としてぼくに多くの手間をかけさせてきた。誰も貰い手がいなければこのまま屋敷にいたとしても仕方ないかと思っていたら、出戻ってきたエレミアの相手をしているうちに、タクトと共謀してぼくを陥れた。
ふざけるな。
薬を使ってぼくを襲ったこともそうだが、ぼくを好きだ好きだと言いながら、ほかの男の手を取って彼女は逃げた。あまつさえ家に囲われ、ぼくから逃げる対価としてその子どもを産む約束までして。
ふざけるな。
ぼくのことを好きだといいながら、あっさりほかの男に身を委ねるのか。
毛玉を通して、タクトや、メイ・プリシパルとでさえ一緒にいるのを見るだけで苛立った。
ぼくに抱かれているくせに、タクトだと思っているトウコを組み敷いた時は、頭に血が昇って視界が真っ赤になった。
諸々の怒りで、我を忘れるほど、トウコの体調も気にかけられないほど、魔力補給の名目で彼女を責めるように抱いた。
そうしてそんな最中に、ぼくはトウコの腹に宿った自分の子どもに吹っ飛ばされ、隙をつく形で現れたセンリにトウコを奪われた。
トウコが消えたことで、ぼくを煩わせる存在はいなくなったはずだった。ぼくの血を引く忌々しいガキが消え、勝手に孕んだ女が消えて、清々するはずだった。
はず、だった。おかしなことに、現実は違った。トウコがいなくなり、身体の半分を奪われたような喪失感を感じる。かつてレイシ・マックスウェルとのデートではトウコを笑顔で送り出せた。そんな状況に今なれば、ぼくはもう笑って送り出せない。相手がトウコに持った好意以上のものをぼく自身に向けさせ、手酷く捨てるくらいはやるだろう。
そんなことを考えてしまう自分自身に愕然とした。トウコと身体を重ねてから、ぼくは、変になった。
「リュイ、アンタね、タクトに嫉妬したからって、トウコクンに酷く当たるのは違うでしょ。
まったく……。トウコクンの世界に行く方法が分かったら、素直に謝りなさいよ。それと、アンタが撒き散らした<素質>の影響でマグナスマグ自体が大変なことになってるんだから、そのあたりの身辺整理もしときなさいよ」
ぼくの独白を聞いたメイが呆れたように言う。トウコの部屋から移動し、ガウスから与えられた客室で、メイはガキの魔力に当てられて伸びていたぼくの手当てをしてくれている。
メイと一緒に部屋に踏み込んできたタクトは、異世界に渡る手段を求めてガウスとともに情報収集に出かけている。これまで界渡りは数多の世界からこちらの世界への一方通行だと思われていた。それが不完全な姿とはいえ、死んだはずのセンリが現れ、トウコを連れて戻って行った。なんらかの手段があるはずだと、ガウスは【管理者】に鍵があると当たりをつけて召喚の魔方陣の塔へと向かった。【管理者】となったキリに面会し、センリという前例を出して神に問いかければ答えられるはずだと、ぼく自身もその考えを支持した。
一番良いのはアインヘルツの親子の力を借りずにぼくが直接神に問えればいいのだが。魔法陣の塔から離れ、代替わりし、完全に【管理者】から外れたぼくに、神の声は聞こえないから仕方ない。
「嫉妬?バカバカしいな。でも頭に血がのぼっていたのは認めます。会えたら謝るよ。この街に色々撒き散らしたのも悪いと思ってる」
嫉妬などと見当違いのことを言うメイを、ぼくは鼻で笑った。気に障ったのか、メイに壁に打ちつけた背中を叩かれた。痛い、乱暴だ。
「こんな冷め切った態度の男を好きになるなんて、ほんと、トウコクンってば男の趣味が悪いわ。ね!………自分の感情の分別もついていないクズに弄ばれて、カワイソ」
ぼそっとメイが呟く。
「自分の感情がわからないわけないよ。ただ変になってるだけ」
「変?何よソレ」
片眉をあげて怪訝な顔をするメイに、ぼくは説明してやる。
『前のぼく』は愛だの恋だのを試し、壊したかった。『今のぼく』はそんな以前の記録を俯瞰し、そんな感情の存在すら信じていない。 現に、トウコだってぼくのことを好きだと囁きながら、平気でほかの男と身体を重ねようとしていた。
トウコに激しい怒りが湧いた。だから『前のぼく』と同じように、トウコの身体にわからせて――――。
「だーかーら、それがおかしいのよ。アンタの差し金で結ばれた男女がいっぱいいるって聞いてるわよ? トウコクンの世界の人間なら誰でもいいらしいタクトに需要があるんだから、惚れた弱みで言うこと聞かせて、タクトに抱かせちゃえばよかったじゃない。愛だの恋だの信じていないのなら、トウコクンのソレだっていらないでしょ。アンタの手を離れたことを喜ぶべきじゃない。それが、なんで、アンタがわざわざ抱いて仕置きする必要があるのよ、リュイ」
「何故って」
メイからの問いかけに、ぼくは首を傾げる。
「簡単だろう、単にぼくがそうしたいだけ」
それに、と続ける。
「あれでもトウコはぼくのことが好きなんですよ。手はかかりますが、トウコといるのは嫌じゃない。 だからトウコはぼくのそばに置いておいてもいいと思った。なのに、ほかの男の手がついていたら嫌だろう?不愉快だ。それに」
ぼく自身で上書きしておかないと、ずっとほかの男のことを考えられたら不愉快じゃないか。
「貴方だって自分がこの立場ならそうするだろう?」
「あらまーそうだけど。ホント、クズねえ。アンタがソレ言っちゃう?ソレが嫉妬から来た理由だってわかってる?というか、『前の』こととはいえ、ソレ、アンタに関わりのある人間が聞いたら発狂するわよ?リュイ」
真剣に言うぼくに対して、メイはその派手な美貌を歪め、目も当てられないわーと大袈裟なリアクションを取る。
「そうかな?」
「そうよ。確かに気持ちは分かるわよ。アタシでもアタシの可愛い人がそんなことしてたらそうするわ。ふふ、良いわ。アンタってホント面倒くさいヤツだけど、面白くなってきたからトウコクンを見つけるの手伝ってあげる」
「貴方もですか。別に頼んでいませんよ。ガウスやタクトといい、時間をかければぼくひとりだけでもなんとかできるのですが」
メイからの申し出に、ぼくは顔を顰める。
基本的に、【リセット】のあるぼくらは生に飽いている。
半永久的な生の退屈しのぎに敏感だ。
まだ回数の浅いタクトがどうだか分からないが、ガウスに続いてメイまでもかと溜息を吐く。
「そりゃガウスがこんな面白いことに首突っ込まないワケないでショ。……まあ、タクトのほうの理由はあれだろうけど」
ミイラ取りがミイラになるってヤツかしらね、と頬に手を当てるメイの碧眼に憐憫の色が混じる。
タクトね、と思いを馳せる。口づけだけでトウコの腹の魔法陣に、色を混ぜた男。気に入らない。気に入らないが、トウコはあれでタクトと仲が良いようだった。気の置けない関係というやつか。昔は気にならなかったが、今は面白くはない。
「タクトには適当なニホンジンとやらを見繕って紹介するよ。【リセット】してもぼくを慕ってくれているらしいキリに任せれば安泰ですし、そこまで本気なわけないだろう?」
トウコをこちらの世界に戻すために自ら動いてくれるというのだ。利用するだけ利用してやればいい。
「本気かどうかは……。フウン、アンタもわかっててそういうこというのね」
タクトってば哀れな子ね、とメイが天を仰いだ。
―――結局、アインヘルツの親子とメイ、それからキリにも手伝ってもらっても、神の声を聞き、身辺整理だのなんだしていると、界を渡るまでに約2年近くかかってしまったのだった。
ぼくの目の前で、先代―――いや、先々代となった元【管理者】のセンリに連れ去られた。
トウコは<素質なし>としてぼくに多くの手間をかけさせてきた。誰も貰い手がいなければこのまま屋敷にいたとしても仕方ないかと思っていたら、出戻ってきたエレミアの相手をしているうちに、タクトと共謀してぼくを陥れた。
ふざけるな。
薬を使ってぼくを襲ったこともそうだが、ぼくを好きだ好きだと言いながら、ほかの男の手を取って彼女は逃げた。あまつさえ家に囲われ、ぼくから逃げる対価としてその子どもを産む約束までして。
ふざけるな。
ぼくのことを好きだといいながら、あっさりほかの男に身を委ねるのか。
毛玉を通して、タクトや、メイ・プリシパルとでさえ一緒にいるのを見るだけで苛立った。
ぼくに抱かれているくせに、タクトだと思っているトウコを組み敷いた時は、頭に血が昇って視界が真っ赤になった。
諸々の怒りで、我を忘れるほど、トウコの体調も気にかけられないほど、魔力補給の名目で彼女を責めるように抱いた。
そうしてそんな最中に、ぼくはトウコの腹に宿った自分の子どもに吹っ飛ばされ、隙をつく形で現れたセンリにトウコを奪われた。
トウコが消えたことで、ぼくを煩わせる存在はいなくなったはずだった。ぼくの血を引く忌々しいガキが消え、勝手に孕んだ女が消えて、清々するはずだった。
はず、だった。おかしなことに、現実は違った。トウコがいなくなり、身体の半分を奪われたような喪失感を感じる。かつてレイシ・マックスウェルとのデートではトウコを笑顔で送り出せた。そんな状況に今なれば、ぼくはもう笑って送り出せない。相手がトウコに持った好意以上のものをぼく自身に向けさせ、手酷く捨てるくらいはやるだろう。
そんなことを考えてしまう自分自身に愕然とした。トウコと身体を重ねてから、ぼくは、変になった。
「リュイ、アンタね、タクトに嫉妬したからって、トウコクンに酷く当たるのは違うでしょ。
まったく……。トウコクンの世界に行く方法が分かったら、素直に謝りなさいよ。それと、アンタが撒き散らした<素質>の影響でマグナスマグ自体が大変なことになってるんだから、そのあたりの身辺整理もしときなさいよ」
ぼくの独白を聞いたメイが呆れたように言う。トウコの部屋から移動し、ガウスから与えられた客室で、メイはガキの魔力に当てられて伸びていたぼくの手当てをしてくれている。
メイと一緒に部屋に踏み込んできたタクトは、異世界に渡る手段を求めてガウスとともに情報収集に出かけている。これまで界渡りは数多の世界からこちらの世界への一方通行だと思われていた。それが不完全な姿とはいえ、死んだはずのセンリが現れ、トウコを連れて戻って行った。なんらかの手段があるはずだと、ガウスは【管理者】に鍵があると当たりをつけて召喚の魔方陣の塔へと向かった。【管理者】となったキリに面会し、センリという前例を出して神に問いかければ答えられるはずだと、ぼく自身もその考えを支持した。
一番良いのはアインヘルツの親子の力を借りずにぼくが直接神に問えればいいのだが。魔法陣の塔から離れ、代替わりし、完全に【管理者】から外れたぼくに、神の声は聞こえないから仕方ない。
「嫉妬?バカバカしいな。でも頭に血がのぼっていたのは認めます。会えたら謝るよ。この街に色々撒き散らしたのも悪いと思ってる」
嫉妬などと見当違いのことを言うメイを、ぼくは鼻で笑った。気に障ったのか、メイに壁に打ちつけた背中を叩かれた。痛い、乱暴だ。
「こんな冷め切った態度の男を好きになるなんて、ほんと、トウコクンってば男の趣味が悪いわ。ね!………自分の感情の分別もついていないクズに弄ばれて、カワイソ」
ぼそっとメイが呟く。
「自分の感情がわからないわけないよ。ただ変になってるだけ」
「変?何よソレ」
片眉をあげて怪訝な顔をするメイに、ぼくは説明してやる。
『前のぼく』は愛だの恋だのを試し、壊したかった。『今のぼく』はそんな以前の記録を俯瞰し、そんな感情の存在すら信じていない。 現に、トウコだってぼくのことを好きだと囁きながら、平気でほかの男と身体を重ねようとしていた。
トウコに激しい怒りが湧いた。だから『前のぼく』と同じように、トウコの身体にわからせて――――。
「だーかーら、それがおかしいのよ。アンタの差し金で結ばれた男女がいっぱいいるって聞いてるわよ? トウコクンの世界の人間なら誰でもいいらしいタクトに需要があるんだから、惚れた弱みで言うこと聞かせて、タクトに抱かせちゃえばよかったじゃない。愛だの恋だの信じていないのなら、トウコクンのソレだっていらないでしょ。アンタの手を離れたことを喜ぶべきじゃない。それが、なんで、アンタがわざわざ抱いて仕置きする必要があるのよ、リュイ」
「何故って」
メイからの問いかけに、ぼくは首を傾げる。
「簡単だろう、単にぼくがそうしたいだけ」
それに、と続ける。
「あれでもトウコはぼくのことが好きなんですよ。手はかかりますが、トウコといるのは嫌じゃない。 だからトウコはぼくのそばに置いておいてもいいと思った。なのに、ほかの男の手がついていたら嫌だろう?不愉快だ。それに」
ぼく自身で上書きしておかないと、ずっとほかの男のことを考えられたら不愉快じゃないか。
「貴方だって自分がこの立場ならそうするだろう?」
「あらまーそうだけど。ホント、クズねえ。アンタがソレ言っちゃう?ソレが嫉妬から来た理由だってわかってる?というか、『前の』こととはいえ、ソレ、アンタに関わりのある人間が聞いたら発狂するわよ?リュイ」
真剣に言うぼくに対して、メイはその派手な美貌を歪め、目も当てられないわーと大袈裟なリアクションを取る。
「そうかな?」
「そうよ。確かに気持ちは分かるわよ。アタシでもアタシの可愛い人がそんなことしてたらそうするわ。ふふ、良いわ。アンタってホント面倒くさいヤツだけど、面白くなってきたからトウコクンを見つけるの手伝ってあげる」
「貴方もですか。別に頼んでいませんよ。ガウスやタクトといい、時間をかければぼくひとりだけでもなんとかできるのですが」
メイからの申し出に、ぼくは顔を顰める。
基本的に、【リセット】のあるぼくらは生に飽いている。
半永久的な生の退屈しのぎに敏感だ。
まだ回数の浅いタクトがどうだか分からないが、ガウスに続いてメイまでもかと溜息を吐く。
「そりゃガウスがこんな面白いことに首突っ込まないワケないでショ。……まあ、タクトのほうの理由はあれだろうけど」
ミイラ取りがミイラになるってヤツかしらね、と頬に手を当てるメイの碧眼に憐憫の色が混じる。
タクトね、と思いを馳せる。口づけだけでトウコの腹の魔法陣に、色を混ぜた男。気に入らない。気に入らないが、トウコはあれでタクトと仲が良いようだった。気の置けない関係というやつか。昔は気にならなかったが、今は面白くはない。
「タクトには適当なニホンジンとやらを見繕って紹介するよ。【リセット】してもぼくを慕ってくれているらしいキリに任せれば安泰ですし、そこまで本気なわけないだろう?」
トウコをこちらの世界に戻すために自ら動いてくれるというのだ。利用するだけ利用してやればいい。
「本気かどうかは……。フウン、アンタもわかっててそういうこというのね」
タクトってば哀れな子ね、とメイが天を仰いだ。
―――結局、アインヘルツの親子とメイ、それからキリにも手伝ってもらっても、神の声を聞き、身辺整理だのなんだしていると、界を渡るまでに約2年近くかかってしまったのだった。
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