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第4章「あなたがいなくても、大丈夫です」
「ぼく以外の男のところにいるなんておかしいですよね」
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召喚陣のある塔と屋敷のある場所から、二つほど離れた街。
営業開始前の飲み屋の暖簾の前に、フードを深く被った男がひとりで立っていた。
男はそのまま『閉店中』と書かれた看板を無視して、中に入る。
「あなたは―――」
開店前にも関わらず鳴った呼び鈴の音を聞きつけた店主の妻が奥から出てくる。そうして身長の関係でちょうどフードの中の男の顔を確認できた。続きの言葉を飲み込んで、男を店の入り口から中へと案内する。
薄暗く、掃除前の埃っぽい店内。丸テーブルの上に椅子が乗せられ、蓄音機も静止している。
「ここで待っていてください。すぐに主人を呼んで参ります」
背の低い、品の良さそうな茶髪のロングヘアーの妻はそう言ってカウンターよりさらに奥の個室に男を置いて、すぐに家屋部分に繋ぐ扉の方は駆けて行った。その小さな後ろ姿が消えるのを見届けてから、裸電球の灯りの下、フードの男はくたびれたソファーの上に腰掛ける。
「…………」
ローテーブルの上に置かれたグラスの水に手をつけた様子はない。長い足を組んで、苛立たしげに指で膝を叩く。
男の雰囲気がにわかに悪くなってきた頃、がらりと音がして、男のいる個室のドアが開かれた。
「遅い」
フード脱ぎ去った男の―――リュイのもとに、だらしないシャツの着方をして腰からずり落ちそうなズボンを履いた男が入って来た。
「怒るなって。営業時間前に来たのはそっちだろう?
珍しい客だと聞いたから急いで出てきたんだ。
だが、こりゃ驚いたな。
あのしろいあくまが屋敷から出てくるなんて。
よく周りの連中が許してくれたな?」
そう言って悪びれもせずに笑うのは、群青色のボサボサの髪に、分厚いフレームの眼鏡をかけた細身の地味な男だった。
名前は、ルダル。情報屋で、<秘密を最初に打ち明けられやすい素質>を持っている。
ほとんど趣味のような形で飲み屋を経営しているが、<素質>のせいで謀らずとも色々情報が手に入るので、自然と飲み屋のほうよりも情報屋のほうが収入源となってしまっている。
またルダルの眼鏡のレンズは薄くブルーの色がついている。これは特別仕様のレンズで、こころにはたらく<素質>が効きにくくなっている。ただし、ルダルから他人への<素質>はレンズを通す仕様となっている。
「妻が慌てて俺を呼ぶわけだ」
リュイの姿を見て、用心棒として公私ともにルダルを支えてくれる妻が戸惑ったように、珍しい客と告げて、奥に案内したと言ってきたのも納得する。
また自衛のためにと、特に分厚いレンズの眼鏡をかけてきた自分の判断に拍手を送りたいとルダルは思う。
「その通り名で呼ばれるような行いを、『今のぼく』はしてない。
君の言うように軍の連中にはかなり渋い顔をされましたが、そこはぼくの<素質>でねじ伏せましたし、そうじゃない連中は最終的に神の声が説得してくれましたから」
リュイがフードを脱いで露わになった白髪が、電球の光を反射して輝く。
ルダルはリュイの容貌の眩いばかりの美しさと、他を圧倒する素質にレンズ越しに目を細めた。
召喚陣のある塔を監視し、女のための屋敷を守るという【管理者】にリュイが選ばれたのは、先代の管理者によるリュイを真っ当に育てるという目的と、『前のリュイ』のように野放しになるのを恐れた軍の意向があった。
この世界の治安を守る役目を追うのが、トウコの世界では警察だったがそんなものはなく、この世界では軍だった。
神に愛されているリュイの<素質>は強力で、本気を出せば独裁者として君臨出来る可能性もあり、過去の所業も相まって軍からはずっと警戒されていた。
「神が、ねえ?お前なんぞが愛されるなんざあ理不尽な世の中だなな。
……で?俺んとこ来たってことはなんか欲しい情報があるんだろ。
今のお前に害があるとは思っちゃいねえが、俺のような店でお前みたいなのに居座られると客がびびって来なくなっちまう。しろいあくまの存在は営業妨害だ。
用件をさっさと済ませてくれ」
ルダルはがしがしと後頭部を搔きながら、溜め息交じりに言う。
「ぼくは気にしないけど、酷い言い草だ。
君に用事を頼むのは気が進まない」
ルダルの中ではいつもリュイは食えない笑みを浮かべている印象があったが、今は中性的な美しい顔を不機嫌そうにしかめている。紅玉を溶かしたような赤い瞳も、本人の機嫌に影響を受けているのか赤黒く染まって見える。
「だが、なんかあったからわざわざ俺んとこに来てんだろ?
なんだ、お前、まさか俺に【お前の秘密を教えてくれるのか?】
なーんて、お前がそんなことするわけないか」
ふざけた調子で言うも、ルダルは抜け目なくレンズの奥で檸檬色の瞳を煌めかせる。
「ふ」
リュイの赤い瞳とまともに視線が重なる。
リュイはまじまじと<素質>を使う男の瞳と目を合わせ、余裕の笑みを零す。
リュイの黒で混色した赤い瞳が、ほの暗い光を帯び始める。
「ぐ……っ、や、やめろっ、じょーだんだよ!俺は、お前の信者になるつもりはねぇっ」
ふたりの<素質>がぶつかり、ルダルが押し負かされる。
ルダルはその場に膝をつき、下を向いたまま絞り出すように声を出した。
ルダルの特別なレンズでも緩和しきれないリュイの強さ。思考がリュイ一色に染まりかけ、慌てて両手で眼鏡ごと視界を塞ぐ。
「ハ、ぼくも男に好かれる趣味はない。
君の<素質>に免じて教えてあげますが、ぼくの子どもを孕んだ女がいるかも知れないんです。
彼女を、探している。
大体目星はついてるが、確信が欲しい。
タクト・サクライ=アインヘルツ―――の父親であるガウス・アインヘルツが、女をかつて囲っていた家の場所を教えてくれないかな。
そうしたら、あとはぼくのほうでどうとでもなるので」
リュイは先に勝負を仕掛けてきたルダルの情けなさを笑うと、ソファから立ち上がる。そうしてローブの裾が床につくのも気にせず屈んで、膝をつくルダルと視線を合わせる。
「そりゃお前のほうが詳しいんじゃねえのか?」
「まさか。君でもぼくに女を囲ってる家なんて教えないだろう」
『前のリュイ』に寝取られてはたまらないと、ガウスは自分の女を見つけると早々にリュイの前から姿を消した。
「そりゃあそうか」
居場所がばれないように随分と気を遣ったようで、リュイが普通に生活している分にはガウスの話は耳に入ってこなかった。その時もルダルのもとに情報を求めに来ればすぐに分かったかも知れないが、そこまでする興味も熱意もなかった。
だが、今回は違う。
「ガウス・アインヘルツの秘密の家が知りたいつったってなあ。てか、なんだと?
お前の子どもを孕んだ女だぁ?
………ありえねだろ。
お前、これまで人の女にばっか手を出してきてたよな?フリーの女には笑顔で他の男斡旋しまくってたよな?その情報、本当か?」
「嘘じゃないですよ。
何度も訂正するようだけど、だから人のに手を出してたのは『今のぼく』じゃない。
……彼女も、他の女みたいに、ぼくに好意を抱いてるのはわかってた。でも決定打を与えてくる子じゃなかったから」
油断したよね、とリュイは自嘲する。
リュイの赤い瞳が、いっそう黒く混色する。
「ぅぉ」
ルダルはその変化を見て、体を震わせる。
「なんだ、ガキがいるなら穏便にな。
お前にガキが出来てるなら、そりゃ神も降臨するな。
安心しろ、アインヘルツの家ならすぐ分かる。
それこそガウスのガキのタクトが小せえ頃に、教えてくれた情報だ。ガウスのやつにすぐに鞭で仕置きされてたのが懐かしいな。ちっと待ってろ、すぐ地図を書いてやる」
「タクトが、ね。彼は余計なことしかしないな。
助かるよ、ルダル。
―――ほら、毛玉、トウコを見て来い」
ルダルがポケットから取り出した紙の束に街の名前と大まかな地図を書き付け、リュイに渡す。
地図を受け取ると、肩に乗せた白い毛玉に覚えさせ、飲み屋の窓を開けて外に飛ばす。
「……そうだ、【管理者】の後任はキリになったから」
毛玉が空の彼方に消えて見えなくなるのを見つめながら、リュイがぽつりと呟く。
「キリ?ああ、<怪力の素質>の」
「そう。彼なら可愛らしい見た目だから女性とも打ち解けやすいだろうし、<素質>も力仕事向きだからちょうどいいと思う。神がお告げで選んだからね、軍の連中も何も言えずに引っ込んだよ」
その時の光景を思い出しているのか、リュイが嘲笑うかのようにくすくすと笑う。
『前のリュイ』よりも早くに【リセット】が始まったせいで、リュイより少し年上のキリだが、背はそこまで大きくなく、小動物的な可愛らしさに変わりは無かった。互いに【リセット】した今、顔を合わせても特に言葉を交わすことはなかった。キリが力強く頷くのに、リュイが軽く目を閉じただけだ。すぐに何も言えなくなった軍の前から旅立ったので、その後のことは知らない。
「それじゃあぼくは行くよ。元気で。奥さんにもよろしく」
「おう。またどうなったか、俺に一番に教えてくれや。
けど、お前にまともな発言が出ると変な感じだわ」
かつてのしろいあくまから出るとは思えない他人の女を労う言葉を聞いて、逆にルダルの肌に鳥肌が立つ。
「嫌だな。いつのぼくもそうでしたが、ぼくはずっとまともですよ?」
そう言って、肌をこするルダルを一瞥して、リュイはフードを深く被り直した。
開店時間になって客に見られる前にと、ルダルをその場に残して、酒場を出る。
「―――ああ、なに、他の男にまた頼ってるんですか」
そうして白い毛玉の視界越しに伝わるトウコと、己の毛玉の存在に気がついた医者らしき存在に、舌打ちをした。
営業開始前の飲み屋の暖簾の前に、フードを深く被った男がひとりで立っていた。
男はそのまま『閉店中』と書かれた看板を無視して、中に入る。
「あなたは―――」
開店前にも関わらず鳴った呼び鈴の音を聞きつけた店主の妻が奥から出てくる。そうして身長の関係でちょうどフードの中の男の顔を確認できた。続きの言葉を飲み込んで、男を店の入り口から中へと案内する。
薄暗く、掃除前の埃っぽい店内。丸テーブルの上に椅子が乗せられ、蓄音機も静止している。
「ここで待っていてください。すぐに主人を呼んで参ります」
背の低い、品の良さそうな茶髪のロングヘアーの妻はそう言ってカウンターよりさらに奥の個室に男を置いて、すぐに家屋部分に繋ぐ扉の方は駆けて行った。その小さな後ろ姿が消えるのを見届けてから、裸電球の灯りの下、フードの男はくたびれたソファーの上に腰掛ける。
「…………」
ローテーブルの上に置かれたグラスの水に手をつけた様子はない。長い足を組んで、苛立たしげに指で膝を叩く。
男の雰囲気がにわかに悪くなってきた頃、がらりと音がして、男のいる個室のドアが開かれた。
「遅い」
フード脱ぎ去った男の―――リュイのもとに、だらしないシャツの着方をして腰からずり落ちそうなズボンを履いた男が入って来た。
「怒るなって。営業時間前に来たのはそっちだろう?
珍しい客だと聞いたから急いで出てきたんだ。
だが、こりゃ驚いたな。
あのしろいあくまが屋敷から出てくるなんて。
よく周りの連中が許してくれたな?」
そう言って悪びれもせずに笑うのは、群青色のボサボサの髪に、分厚いフレームの眼鏡をかけた細身の地味な男だった。
名前は、ルダル。情報屋で、<秘密を最初に打ち明けられやすい素質>を持っている。
ほとんど趣味のような形で飲み屋を経営しているが、<素質>のせいで謀らずとも色々情報が手に入るので、自然と飲み屋のほうよりも情報屋のほうが収入源となってしまっている。
またルダルの眼鏡のレンズは薄くブルーの色がついている。これは特別仕様のレンズで、こころにはたらく<素質>が効きにくくなっている。ただし、ルダルから他人への<素質>はレンズを通す仕様となっている。
「妻が慌てて俺を呼ぶわけだ」
リュイの姿を見て、用心棒として公私ともにルダルを支えてくれる妻が戸惑ったように、珍しい客と告げて、奥に案内したと言ってきたのも納得する。
また自衛のためにと、特に分厚いレンズの眼鏡をかけてきた自分の判断に拍手を送りたいとルダルは思う。
「その通り名で呼ばれるような行いを、『今のぼく』はしてない。
君の言うように軍の連中にはかなり渋い顔をされましたが、そこはぼくの<素質>でねじ伏せましたし、そうじゃない連中は最終的に神の声が説得してくれましたから」
リュイがフードを脱いで露わになった白髪が、電球の光を反射して輝く。
ルダルはリュイの容貌の眩いばかりの美しさと、他を圧倒する素質にレンズ越しに目を細めた。
召喚陣のある塔を監視し、女のための屋敷を守るという【管理者】にリュイが選ばれたのは、先代の管理者によるリュイを真っ当に育てるという目的と、『前のリュイ』のように野放しになるのを恐れた軍の意向があった。
この世界の治安を守る役目を追うのが、トウコの世界では警察だったがそんなものはなく、この世界では軍だった。
神に愛されているリュイの<素質>は強力で、本気を出せば独裁者として君臨出来る可能性もあり、過去の所業も相まって軍からはずっと警戒されていた。
「神が、ねえ?お前なんぞが愛されるなんざあ理不尽な世の中だなな。
……で?俺んとこ来たってことはなんか欲しい情報があるんだろ。
今のお前に害があるとは思っちゃいねえが、俺のような店でお前みたいなのに居座られると客がびびって来なくなっちまう。しろいあくまの存在は営業妨害だ。
用件をさっさと済ませてくれ」
ルダルはがしがしと後頭部を搔きながら、溜め息交じりに言う。
「ぼくは気にしないけど、酷い言い草だ。
君に用事を頼むのは気が進まない」
ルダルの中ではいつもリュイは食えない笑みを浮かべている印象があったが、今は中性的な美しい顔を不機嫌そうにしかめている。紅玉を溶かしたような赤い瞳も、本人の機嫌に影響を受けているのか赤黒く染まって見える。
「だが、なんかあったからわざわざ俺んとこに来てんだろ?
なんだ、お前、まさか俺に【お前の秘密を教えてくれるのか?】
なーんて、お前がそんなことするわけないか」
ふざけた調子で言うも、ルダルは抜け目なくレンズの奥で檸檬色の瞳を煌めかせる。
「ふ」
リュイの赤い瞳とまともに視線が重なる。
リュイはまじまじと<素質>を使う男の瞳と目を合わせ、余裕の笑みを零す。
リュイの黒で混色した赤い瞳が、ほの暗い光を帯び始める。
「ぐ……っ、や、やめろっ、じょーだんだよ!俺は、お前の信者になるつもりはねぇっ」
ふたりの<素質>がぶつかり、ルダルが押し負かされる。
ルダルはその場に膝をつき、下を向いたまま絞り出すように声を出した。
ルダルの特別なレンズでも緩和しきれないリュイの強さ。思考がリュイ一色に染まりかけ、慌てて両手で眼鏡ごと視界を塞ぐ。
「ハ、ぼくも男に好かれる趣味はない。
君の<素質>に免じて教えてあげますが、ぼくの子どもを孕んだ女がいるかも知れないんです。
彼女を、探している。
大体目星はついてるが、確信が欲しい。
タクト・サクライ=アインヘルツ―――の父親であるガウス・アインヘルツが、女をかつて囲っていた家の場所を教えてくれないかな。
そうしたら、あとはぼくのほうでどうとでもなるので」
リュイは先に勝負を仕掛けてきたルダルの情けなさを笑うと、ソファから立ち上がる。そうしてローブの裾が床につくのも気にせず屈んで、膝をつくルダルと視線を合わせる。
「そりゃお前のほうが詳しいんじゃねえのか?」
「まさか。君でもぼくに女を囲ってる家なんて教えないだろう」
『前のリュイ』に寝取られてはたまらないと、ガウスは自分の女を見つけると早々にリュイの前から姿を消した。
「そりゃあそうか」
居場所がばれないように随分と気を遣ったようで、リュイが普通に生活している分にはガウスの話は耳に入ってこなかった。その時もルダルのもとに情報を求めに来ればすぐに分かったかも知れないが、そこまでする興味も熱意もなかった。
だが、今回は違う。
「ガウス・アインヘルツの秘密の家が知りたいつったってなあ。てか、なんだと?
お前の子どもを孕んだ女だぁ?
………ありえねだろ。
お前、これまで人の女にばっか手を出してきてたよな?フリーの女には笑顔で他の男斡旋しまくってたよな?その情報、本当か?」
「嘘じゃないですよ。
何度も訂正するようだけど、だから人のに手を出してたのは『今のぼく』じゃない。
……彼女も、他の女みたいに、ぼくに好意を抱いてるのはわかってた。でも決定打を与えてくる子じゃなかったから」
油断したよね、とリュイは自嘲する。
リュイの赤い瞳が、いっそう黒く混色する。
「ぅぉ」
ルダルはその変化を見て、体を震わせる。
「なんだ、ガキがいるなら穏便にな。
お前にガキが出来てるなら、そりゃ神も降臨するな。
安心しろ、アインヘルツの家ならすぐ分かる。
それこそガウスのガキのタクトが小せえ頃に、教えてくれた情報だ。ガウスのやつにすぐに鞭で仕置きされてたのが懐かしいな。ちっと待ってろ、すぐ地図を書いてやる」
「タクトが、ね。彼は余計なことしかしないな。
助かるよ、ルダル。
―――ほら、毛玉、トウコを見て来い」
ルダルがポケットから取り出した紙の束に街の名前と大まかな地図を書き付け、リュイに渡す。
地図を受け取ると、肩に乗せた白い毛玉に覚えさせ、飲み屋の窓を開けて外に飛ばす。
「……そうだ、【管理者】の後任はキリになったから」
毛玉が空の彼方に消えて見えなくなるのを見つめながら、リュイがぽつりと呟く。
「キリ?ああ、<怪力の素質>の」
「そう。彼なら可愛らしい見た目だから女性とも打ち解けやすいだろうし、<素質>も力仕事向きだからちょうどいいと思う。神がお告げで選んだからね、軍の連中も何も言えずに引っ込んだよ」
その時の光景を思い出しているのか、リュイが嘲笑うかのようにくすくすと笑う。
『前のリュイ』よりも早くに【リセット】が始まったせいで、リュイより少し年上のキリだが、背はそこまで大きくなく、小動物的な可愛らしさに変わりは無かった。互いに【リセット】した今、顔を合わせても特に言葉を交わすことはなかった。キリが力強く頷くのに、リュイが軽く目を閉じただけだ。すぐに何も言えなくなった軍の前から旅立ったので、その後のことは知らない。
「それじゃあぼくは行くよ。元気で。奥さんにもよろしく」
「おう。またどうなったか、俺に一番に教えてくれや。
けど、お前にまともな発言が出ると変な感じだわ」
かつてのしろいあくまから出るとは思えない他人の女を労う言葉を聞いて、逆にルダルの肌に鳥肌が立つ。
「嫌だな。いつのぼくもそうでしたが、ぼくはずっとまともですよ?」
そう言って、肌をこするルダルを一瞥して、リュイはフードを深く被り直した。
開店時間になって客に見られる前にと、ルダルをその場に残して、酒場を出る。
「―――ああ、なに、他の男にまた頼ってるんですか」
そうして白い毛玉の視界越しに伝わるトウコと、己の毛玉の存在に気がついた医者らしき存在に、舌打ちをした。
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