あなたの遺伝子、ください

志藤みかづき

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第4章「あなたがいなくても、大丈夫です」

4.3 からだは素直

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 タクトの家は、家というよりも、もはや、お屋敷と呼ぶに相応しい佇まいだった。


 京都で拝観料を取れそうなほどの立派な日本庭園に、大正時代のレトロさを思わせる和と洋の入り交じったお屋敷。 
 四方をずどーんという効果音が聞こえてきそうなほどの高さのある漆喰の壁で囲まれている。 わたしの背の三倍くらいはあって、外から中の様子を知ることは出来ない。逆も然り。


 リュイの管理していた屋敷や、マグナスマグの街にある一般的な家とは趣がまるっと違った。
 タクトの母親が日本人なこと、ガウスさんが溺愛していたことを考えると、外観はある程度予想していてもよかったかも知れないが。


「靴は履いたまんまなー」


 靴を脱ぎかけたところでタクトにそう言われ、わたきは履いたまま家の中に入った。タクトとガウスさんに案内されて客室の一つをわたしの部屋として宛がわれた。ガウスさんはお医者さんに先にアポを取っておくと言って、部屋の前で別れた。タクトにドアを開けてもらい、用意された部屋の中に入る。


「すごい、可愛い。いいの?わたしなんかにこんな部屋……わざわざ……」 


    女子の憧れに満ちたような部屋だった。


 土足で歩くのにひどく抵抗のある沈み込むような赤い絨毯。チョコレート色のクローゼットに、丸形のミニテーブル、天蓋のついたお姫様ベッド。緑に染色された漆喰の壁には、障子の丸窓が嵌まっている。 


 客室というわりには、明らかに女性向けの部屋に、わたしのためにわざわざ用意してくれたことが窺い知れた。申し訳なくなって縮こまっていると、タクトに笑われた。 


「何ビビってんだよ。先行投資ってやつだから気にすんなって。 
―――それに、金銭なんていらねえし?俺との子どもを作ってくれたらチャラだから」 



 腰を抱き寄せられ、軽い調子で流れるように頬にキスされる。 


(気持ち悪い)



 頬に当たった唇の感触に、咄嗟に思った。
    だから、実力行使。ほとんど反射的に手が出でいて、わたしはタクトを殴っていた。



「トーコ!?躊躇いなくグーでくるなあ!ボーリョク反対!
つうか、なに?俺との約束違える気……とか?
ふーん、俺、めーっちゃ、トーコに協力してやってるよな?」 


 お調子者のタクトといえど、さすがにわたしの反応は気に障ったらしい。普段は飄々としているタクトが、脅すように低い声を出す。 
 口元は笑みの形を作っているが、桜色の大きな目は笑っていない。目が据わっている。 


「ごめんなさい。……この子のことについては、非常に感謝してます。 
約束も違える気はない、けど。
タクトのそういうチャラいのは嫌い。
……あと、ほっぺがぞわぞわします」


 約束に嘘はない。
 この子が生まれたら、タクトの子どもを生んでもいいと思っている。
 タクトがわたしなんかを抱けるのなら。 


「ひっで!まあ、約束を守ってくれるっていうならいいけどさ、ひとつ言っとくわ」


 それでも気持ち悪いものは気持ち悪いので、素直にキスされた頬を服の袖で拭う。 


「リュイのやつがトーコのそばにいないんだったら、トーコはそのうち俺がチャラいとかなんだとか言ってられなくなると思うぜ?」 

 そう言ってからタクトは、手を出しても離されなかった腰に回された手をパッと離す。


「……?それ、どういう意味?」 


「んー、さあ?ナーイショ!俺もまだジンセイケイケン少ないし、記憶も記録もねえし。
それより話は変わるけど、この部屋どう?他に何か必要なもんとかあれば手配するけど?」 


 タクトがローブからメモ帳を取り出し、ガラスペンをくるくる回す。フードからタクトの毛玉さん―――桜色―――が飛び出して、メモの周りをくるくる舞う。 


「無いかな。十分すぎるほどだと思う。タクト、ありがとう」 


「ええ!?えー!?それ、マジ言ってる??」 


 考えた末のわたしの答えに、タクトが普通に驚いている。つられるように桜色の毛玉さんがしょんぼりと毛先を垂れ下げて絨毯の上に落下する。 
 タクトの毛玉さんがモップみたいになっている。 
 どうやら、注文を取りたかったらしい。可愛らしいいきものに露骨に落ち込まれると、罪悪感がする。 


「じゃ、じゃあお言葉に甘えようかな。えっと……強いていうなら、鏡、ですか?
鏡台でもいいし、大きな姿見でもいいし、机におけるタイプでもなんでもいいから、鏡が欲しいです!」 


 部屋を見回し、なんとか欲しいものを絞り出す。 

 口にすると、結構必要なものに思えてきた。
  
 洗面台は別の場所にあるらしいが、たとえば寝起きの姿で歩き回るわけにはいかない。 


「あー、女だもんな。鏡いるよな。俺も親父もうっかりしてたわ。母さんもよく鏡の前にいたっけ。やっぱ、自室で身だしなみ整えないとだよな!悪りぃ。
毛玉、よかったな、仕事だ。頼むぜ?」 


 懐かしむように一瞬目を細めて。それからすぐにぱぱぱっとメモに書き付ける。 

 モップ化していた毛玉さんが、仕事と聞いて、ぴょんっと跳ね上がる。 
 跳ね上がり過ぎて天井にぶつかり、もう一度絨毯に沈んだ。 
 すぐに復活し、タクトがちぎったメモ用紙を毛の中に取り込んで、窓から外へと出て行った。 


「おっし、手配完了だな。夕方には業者が持ってきてくれると思う。実用的なの頼んどいたから。
それまでは家の中自由に見とけよ。親父の毛玉預かってきてるから、コレつけとけば迷わないっしょ。俺は親父と一緒に引きこもりの医者を呼んでくるから」 


 タクトはポケットに手を無造作につっこみ、どこか気品漂う深紅の毛玉さんをわたしの頭に乗せた。 


 どうして、頭に。 


 疑問に顔をかしげると、わたしの鞄にキーホルダー代わりにつけていた毛玉さんが対抗するように、同じく頭に乗ってきた。二匹がぽすぽす頭の上で戯れ始める。 


「引きこもり……?
まあいいです。タクト、本当にありがとう。
……約束があるとはいえ、意外とタクトって面倒見いいよね。 そういうところもっと見せれば、普通に女の子落とせそう」 


「なに、惚れた?」 


 ちょっとタクトを褒めれば、背中を丸めて、目線を合わせて。隠すくことなく調子に乗って、ニヤニヤ笑い始める。 
 ベビーフェイスと相まって、とても無邪気な笑みに見てるのが面白くない。 


「惚れません。タクト、調子に乗らないで」 


 タクトは万事が軽い。 
 日本人の女性なら誰でもいいと豪語するタクトだが、女の子の前で言うのをやめるだけでも効果はあると思う。 
 チャラ男だと警戒されて、なかなかまともに相手にされない。


 さっきの医者の件に関してはガウスさんともども迷惑かけると思っている。


    とはいえ、調子に乗られてもうざいので。 
 そのままタクトを部屋に残して、わたしはひとりで先に外に出た。正確には、頭上に二匹の毛玉さんを乗せて。 



「わたし、庭をよく見てみたいです」 



 この家―――というよりはもはや屋敷の庭は、旅行に行ったときに見た庭園に似ており、元の世界への郷愁を誘う。
 この世界に召喚されてホームシックにはほとんどならなかったわたしが、ここにきて郷愁を覚え始めるなんて。


  「リュイがそばにいてくれないなら……?」


    いまさら思い至った理由に、呆れてしまう。
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