ヤミのマギア~ヤンデレ♂がヤンデレしか登場しない乙女ゲームのヒロイン……の親友キャラ♀に転移した~

桜野うさ

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ラストダンジョン解放イベント

一人目の男の『闇』を払え

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 祈りの間には魔物たちの死体の山ができていた。
 その山は奥に行くほどうず高くなっており、最奥がピークだった。

「戻ったか」

 前に見た時よりも体が薄くなった真堂ヒカルがボクに言う。

「その恰好、貴様も戦っていたようだな」

 ミナセのマギアにより傷は回復したが、服の損傷までは治らない。
 酸の雨のせいであちこちが溶けてぼろぼろになっていた。

「マギアをボクに寄こせ」

 ボクはポケットからクリスタルを取り出した。
 結構動き回ったけど、どこかで失くしていなくてよかった。

 ヒカルは両手にマギアの力を溜めて行く。

「貴様に力を渡した後、俺は間もなく消えるだろう。マギアをかなり消費させられたおかげでここに留まる力もほとんど残されていない」

 ボクは改めて魔物の死体の山を見た。
 これだけやればな……。

「体さえ復活すればこんなものではないんだがな。頼んだぞ、異世界からの来訪者よ」
「ああ」

 ボクが答えるとヒカルは自嘲するように唇を歪めた。

「誰かに頼らねばならんとは不自由な身だ。この世界が俺に与えた役割には制限が多い」

 ヒカルはクリスタルに両手を翳した。
 透明だったクリスタルは純白に輝き始めた。

真堂まどうヒカルは隠しキャラクターだもの。ゲーム内で制約が多いのは仕方ないわ】

 ヒカルがマギアを注ぎ終わったクリスタルはほんのりと温かく、心臓みたいに脈打っていた。

内藤宗護ないとう しゅうごさん。王侍おうじミナセがこちらに向かって来るわ】

 さぁ、この力であいつの闇を払ってやろう。

 祈りの間の入り口から滝のような勢いで流水が襲い掛かって来た。
 ヒカルがそちらに向かって手を翳す。
 虹色に輝く薄い膜が現れた。
 その膜は見た目以上に頑丈で、流水をすべて防いでしまった。

 だがヒカルは忌々し気に眉を寄せた。
 奴の体の色は徐々に薄くなって行く。
 電池切れ間近か。

「俺が奴に一撃を食らわせてやる。その隙にクリスタルを奴に近づけろ」

 ヒカルの言葉にボクは「わかった」と答え、速度強化のマギアを自分にかけた。

 ヒカルはミナセに向かって眩い光線を放った。
 ミナセはそれを阻むために水の塊りを召喚して、前方にベールのような盾を作った。
 今だ!

 ボクは素早く奴の元に駆けて行き、水のベールを迂回してミナセの背後を取った。
 ミナセがボクに反応し攻撃を加えようとしたが、そのせいで防御が薄くなったのだろう、ヒカルの攻撃が奴の体を貫いた。

 その痛みでミナセが動けなくなった隙に、ボクはクリスタルを近づけた。
 クリスタルはちかちかと何度か点滅した。

 体を貫かれた痛みのせいか、ミヤの支配が抜けて行くのが原因か、ミナセは苦しんでいた。
 やがて奴は動かなくなった。
 気を失ったようだ。

「これでいいのか?」

 ボクは振り返り、ヒカルに問いかける。

「ああ。そいつから闇の力を感じなくなった。その調子で他の奴らも……」

 言葉の途中でヒカルは消え去った。
 マギアが尽きたようだ。

 ボクはその場に膝をついた。
 体が酷く疲れているのに気がつく。
 少し休みたい。

【お疲れ様。プレイヤーさん】

 しゃがみ込み、目を瞑る。
 くらりと眩暈がした。うっかりすると寝てしまいそうだ。

【貴方の体の中のマギアも尽きようとしているわ】

 今この力が無くなったら困る。

「回復手段はないのか。ポーションとか、薬草とか」
【眠ったり食事を採れば回復するわ】
「ベッドが欲しいな。こんな固い床で寝たら逆に疲れそうだ。ご飯は……流石に食堂はオープンしていないだろうな」
【彼が目覚めたら、一緒にこの辺りを散策してみるといいわ。使える部屋や備品が残っているかもしれないもの】

 マモリはミナセに一瞥をくれた。

 ミナセの服の破れたところから傷口が見えた。ヒカルに貫かれた部分は徐々に修復されている。
 こいつが自分でつけた傷はもう何の痕跡も見当たらなかった。
 物凄い回復力の高さだ。服は血にまみれたままだったが。

 しばらく座り込んで休んでいたら、ミナセが目を覚ました。

「うっ……ん、ここは……」

 奴はボクの姿を見つけた瞬間飛び起きた。
 散々に攻撃されたトラウマで、思わず体が硬直する。

「姫野さん! 体はどこも痛くない? 待ってて、今すぐに回復す……うっ」

 ミナセはヒカルの攻撃を食らった場所を押さえた。
 傷はまだ完全には塞がっていないようだ。

「まずは自分を回復したら?」
「……僕のことはいいよ。君に酷いことしたんだから……」

 奴の目がうるんだのは、痛みによるものだけではなさそうだ。

「君のこと守りたかったのに」

 そう言って目を伏せるミナセの姿に苛立ちを感じた。
 好きな女の子を守れなくてめそめそしているなんて、まるでボクみたいじゃないか。

「悪いと思っているなら償って」
「もちろんだよ。僕にできることならなんでもする」
「なら、このゲームをクリアするために全面的に協力しろ!」
「ゲーム? 姫野さん、何言って……」

 ミナセは不可解な表情でボクを見つめた。

 もう恋愛シミュレーションゲームは終わったんだ。
 女の演技などする必要はない。

「ボクは姫野マモリじゃない。別の世界からやって来た男だ。真堂ミヤから助けたい女の子がいるんだよ。ボクに力を貸せ!」

 ボクの言葉にミナセはしばらく呆然としていたが、やがて戸惑った様子のまま「どういうこと?」と、か細い声で問いかけた。


 二人とも歩けるくらいに回復するのを待ってからボクらは移動した。

 ミナセの案内で連れて来られた場所は、ベッドやソファーが設えられた小部屋だった。小さいがキッチンもある。

「さっき見つけたんだ。多分地下で働く人たちの仮眠室だと思う」

 奴はそれだけ言うと部屋から出ようとした。

「近くに倉庫があるんだ。災害用の保存食があったはずだから取って来るね」

 ひとりで行くのは危険じゃないかと思ったが、ミナセはこちらを向くことなくさっさと行ってしまった。

【心を整理するために、少しひとりになりたいのかもしれないわ】

 マモリはソファーに腰かけたボクの隣に座り、言った。

【あそこまで全部を彼に話す必要はなかったんじゃないかしら】
「中途半端に隠してもややこしくなるだけだ」

 ボクはここに向かう途中、ミナセにこの世界で起きていることもこれまでの経緯もボクのことも、何もかもすべて包み隠さず話していた。
 このゲームは真堂ミヤによってめちゃくちゃにされていて、何が起きても不思議じゃない。変に嘘をついたところで破綻するかもしれない。
 ミナセの協力は不可欠だし、正直に話すのがいいと判断した。

【自分もこの世界も愛する女の子も紛い物だなんて、いきなり言われたら混乱するわよ】
「黙っていた方がよかったって言いたいのか?」
【どちらがよかったのかはまだ判断がつかないわ。彼が酷いショックを受けたのは想像できるけどね。ただでさえ、操られて愛する女性を手にかけようとして傷ついていたのに。タイミングとしては最低よ】
「そう思うなら止めればよかっただろ」
【わたしが止めたところで貴方は言うことを聞かなかったでしょう?】

 その通りだが、相変わらず腹の立つ女だ。

「……ボクの話を聞いた後もあいつは冷静だった。大丈夫だろう」
【そうかしら。貴方も彼の性格はよく知っていると思うけど】

 ミナセは表面的には優等生でしっかりしているが、本心ではベタベタに甘やかしてくれる理想のママを望む依存心の強い奴だ。
 メンタルは不安定。

「悪手だったかもな……」

 陽彩ちゃんを早く助けたいあまり焦り過ぎた。
 以前も同じミスを犯した覚えがある。

【言ってしまった言葉は戻らないわ。結果が出てから対処して行きましょう】
「ああ」

 奴が自分なりに心の整理をつけている間にできることをしておこう。

 ボクはまず部屋を改めることにした。

 部屋にはベッドが四つある。
 最近まで使われていたらしくどれも清潔に掃除されていた。

 部屋の奥にはシャワー室と、トイレもある。
 どちらも水は問題なく流れるしシャワーも温まった。

 この世界では水を温めるのにもマギアを使うそうだ。
 学園の敷地内にエネルギー室があって、中にはマギアの力を閉じ込めた巨大なクリスタルが設置されていると聞いた。ガスや電気はそのマギアの力で動く。
 どうやらその設備はまだ生きているみたいだな。正直助かる。

 今度はキッチンを調べた。
 こちらも水が出るしコンロも使用できる。
 シンク下の収納にはケトルに小鍋に紙コップと紙皿、使い捨てのカトラリーがあった。

 他にも何かないかと周辺の棚を探る。
 紅茶のティーパックにインスタントコーヒーもあるじゃないか。
 奥にあるのは……お菓子か。
 随分いい休憩タイムを過ごしていたんだな、ここの奴ら。

 体を休めるには満点な部屋だった。
 発見したミナセに感謝だな。

 部屋のチェックはこんなところでいいだろう。
 あとはダイチやホムラとの戦闘のために、マモリに色々と聞いておこう。

 ボクはソファーでくつろぐマモリに話しかけた。

「そういえば戦闘中にサポートしてくれていたが、お前は好感度以外にも奴らの情報が見れるのか?」
【ええ。アビリティや使用してくる技、戦闘パラメーターも見れたわ】
「原作にバトルイベントがないのにか?!」
【言ったでしょう。ゲームの中には使われていないデータが沢山残っているって】

 マモリは遠くを見つめた。

【『ヤミのマギア』は元々恋愛シミュレーションゲームではなかったのよ。戦闘用データが残っているのもその名残りよ】

 意外な事実に驚いた。
 もう少し詳しく聞きたかったが、今大事なのはもっと別のことだ。

「ボクが使えるマギアについてもちゃんと知りたい」
【ええ、いいわ。わたしが得意なのは能力強化《バフ》のマギアよ。自分はもちろん味方も強化することができるわ】
「速度以外にも強化できるのか?」
【マギアの力を高めることもできるの】

 姫野マモリは能力強化職《バッファー》か。悪くないじゃないか。
 自分を強化すれば攻撃時に結構な火力が出せそうだな。
 防御力も高くなるだろう。

【ただ、わたしはあまり強くないのよ】
「今日は善戦していたじゃないか」
【相手が王侍ミナセだったからよ。彼はあまり戦闘が得意じゃないの】

「回復が得意」なキャラクターとして扱われていたな。
 原作ゲームでは戦闘イベントがないから印象は薄かったが、戦うのは苦手だと言っていた気もする。

「それであれかよ……」

 ボクは先の戦闘を思い出してゲンナリした。

【咲衣ダイチと狩人ホムラの戦闘力についても話しておくわね】
「ああ、頼んだ」

 ボクは次の戦いに備えて奴らの説明を頭に刻みつけた。
 聞けば聞く程勝てる気がしないんだが……。特にホムラ。
 ヒカルがいれば楽勝だったのに、消えてしまったのが惜しまれる。

【彼らを倒す必要はないわ。貴方の使命は闇を払うことよ】
「そうだな」

 隙をついてクリスタルを近づければいいんだ。

 マモリがハッとしてドアの方を見た。

「どうした?」
【王侍ミナセが移動したわ。……地上に向かっているみたい】
「なんだと」

 今あいつに単独行動をされるのは困る。

 ボクは仮眠室の扉を開き、マモリの案内でミナセの元に向かった。
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