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ゲームスタート:攻略開始
一人目の男の攻略完了と、バッドエンド
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水族館に移動した後も、ボクの頭の中では疑問が渦巻いていた。
ボクが転移している姫野マモリはくり返されるこのゲームの記憶をすべて所持しているように見えたが、他のキャラクターは記憶がリセットされているようだ。
本当にそうか? 姫野マモリだけが特別なんて、おかしいじゃないか。だがミナセとダイチにはこれまでの記憶があるようには思えない。ホムラも自分で「思い出せない」と言っていた。
妙に引っかかる。耳元で聞こえたノイズ。ゲームに存在しないデートイベント。ゲームに存在しないセリフ。この違和感を放置していいのか……?
帰宅したらノートに記録して頭の中を整理した方がいいだろうな。
「姫野さん、難しい顔をしているね」
暗がりの中、巨大な水槽の前に立つボクにミナセが話しかけて来た。
水族館は遅い時間に来たせいで客は疎らだった。ホムラはペンギンのコーナーに直行し、ダイチは水族館限定ジンベエザメアイスを食べに行っていた。まだ食うのかあいつ。イメージカラーが黄色なだけあって食いしん坊キャラだな。
「少し疲れたんじゃないかな。あっちで休む?」
ミナセが示した方にはベンチがあった。疲れて難しい顔をしていたわけじゃないが、歩き回って足は痛い。せっかくなのでベンチで休むことにした。
「よかったらどうぞ」
ミナセは買って来た飲み物をボクに差し出した。アイスティーだ。学園のカフェでボクが飲んだのを覚えていたのか。
「ありがとう」
ミナセはボクの隣に腰かけた。観覧車でべったりとくっ付いて来たダイチとは違って、気を使っているのか少しスペースを空けている。
「王侍君、水族館見たかったんでしょう」
「うん。でも……姫野さんの側にいる方がいいんだ」
ボクはペットボトルの蓋を開け、アイスティーをひと口飲んだ。遊園地と動物園が暑かったから、冷たいドリンクが喉を通るのが心地いい。
「咲衣君の側にいなくていいの? 動物園では危ないからって彼の側にいたのに」
「……ダイチは昔、馬から落ちて怪我したことがあってね。でも水族館で怪我をすることはないだろうから」
「咲衣君ってよく怪我をするのね。この前も授業中に……驚いたわ」
「ダイチは昔から生傷が絶えないんだ。心配になるよ」
ダイチが自ら進んで傷を負っていることにミナセは気づいている。気づいているからこそ心配なんだろう。ダイチの心の隙間を埋めることはミナセにはできなかった。自分の心も隙間だらけだからな。
「姫野さんのことも心配だよ。無防備なところがあるし……」
ダイチに体を触られたり、二人きりで観覧車に乗ったことを気にしているんだろう。
「悪い男もいるから気をつけないと。特に君みたいに……その、可愛い女の子は」
言葉をなんとか絞り出すようにミナセは言った。こういう真面目なところを見ていると、ダイチがいじめたくなる気持ちが多少わからないでもない。
「王侍君は悪い男の子じゃないの?」
からかうように言ってみる。
「僕は……うん、僕も悪い男だよ。あの二人を今日ここに連れて来たこと、少し後悔しているんだ」
濃いブルーの瞳が、真っすぐにボクを見つめた。
「君を独り占めしたかったなって……思うんだよ」
「ふふ。悪いこと考えるのね」
ミナセはもうすぐボクに完全に堕ちる。違和感は気になるが今はできることに専念した方がいいだろう。なにせボクはやることが多い。すべての攻略対象のルートに陽彩ちゃんが入らないように調整しなくちゃいけないし、すべての攻略対象の『ヤミ』を払うというわけのわからない仕事も控えている。さらに『ヤミ』が何なのか探さないといけない。
なんだってやるとも。陽彩ちゃんを救うためならね。
「今度の期末テストでいい成績だったら、またご褒美をあげるわ」
ボクがそう言うと、暗がりの中でブルーの瞳は昏い光を帯びた。
「じゃあ頑張らないとなぁ」
期末テストが終わればすぐに夏休みだ。イベント委員会が活性化する時期になり、陽彩ちゃんとダイチのコンタクトが増える。夏はダイチにリソースを割くためにもこいつはそろそろで仕留めておこう
ほどなくして期末テストの結果が出た。ミナセは当然のように学年でトップだった。元々努力家なのに加え、気になる女の子から煽られたらそりゃ頑張るだろうな。
「すごいわね。ご褒美は何が欲しい?」
「ここで言うのは恥ずかしいな」
図書室でボクが尋ねるとそう言われた。恥ずかしいって、何を貰うつもりなんだよ。
「……後で部屋に来て貰ってもいいかな。そこで伝えるね。今日は狩人君、遅くまで部屋に帰って来ないから」
おい優等生、お前本当に何を貰うつもりなんだよ。
という経緯で、ボクはミナセの寮の部屋に来たわけだ。部屋の作りはボクらのところと変わりないな。机が二つと、大きめの棚と、ベッドが二つ。
目の前にはベッド。密室に男女二人きり。何も起きないはずはなく……。
まぁ何も起きないんだけどね。『ヤミマギ』はR指定ゲームじゃないし。男キャラから依存されたりなどはあるが、肉体的な接触はキス止まりだ。
ボクはキスでもごめんだが。キスするなら陽彩ちゃんとしか嫌だ。もちろん無理やりではなく、相思相愛になってするのだ そのためにも『ヤミマギ』の世界から早く抜け出さないと。
「そ、それで姫野さん……ご褒美なんだけど……」
ミナセは真っ赤になって何度も言いよどんだ。
「ええ、何がいいの?」
「……えっと、その……あ、頭を撫でて欲しいんだっ!」
やっとのことでそう言うと、ミナセは両手で頭を押さえて小さくなった。何をそんなに恥ずかしがっているのか、今にも泣き出しそうに俯いてぷるぷるしている。そんなことでいいのか。拍子抜けだ。
「嫌ならいいんだ。……忘れて」
「いいわよ。してあげる」
ボクがそういうと、甘いものを目にした時みたいに濃いブルーの瞳がぱぁっと輝いた。
撫でやすいようにミナセをベッドに座らせた。やつは素直に従い、ボクの顔色を窺うようにこちらを見る。ボクが立っているせいで自動的に上目遣いだ。親の顔色を確かめる幼子のような視線を寄こす男の頭を、なるべく優しく撫でた。
「いつも頑張ってて偉いわね」
水色の髪の毛は見た目通りさらりとしている。現実世界のボクの髪の毛なんてもっと固くてごわごわとしていた。ミナセは見た目だけじゃなく、触り心地まで女性的なんだろう。女の子を触ったことがないので想像だが。
「……撫でられるの初めてなんだ。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい」
「喜んで貰えてよかった。でも、本当にこれだけでいいの?」
「十分だよ」
「わたしはこれじゃ足りないわ」
決定打をお見舞いしなければ。ここでお前を篭絡し、二度と他の女に目を向けられないようにしてやるのだから。
ボクは心の中で「にちゃり」と粘着質な笑みを浮かべる。
「目、つぶって……」
ボクはミナセの頭から頬に手を滑らせた。
「姫野さん、な、何するの……?」
ミナセは動揺している。その頬を優しく撫でる。
「いいから。つぶって」
「うん……」
「今度は口を開いて」
肩がぴくりと震えた。警戒しているようだな……。さぁ、今こそ陽彩ちゃんのテクニックを使う時だ。陽彩ちゃんに化粧をして貰った時のことを思い出しながら、ボクはミナセの頬に当てた手の親指で、奴の唇をなぞった。
「お口、開けて」
観念したのか奴は口を開いた。ボクはポケットから取り出したもののビニールを剥がし、小さく開かれた口の中に入れた。
ミナセは驚いて目を開けた。反応するのも無理はない。それはイチゴ味の棒付きキャンディーだ。
ミナセは将来を期待され、常に優等生であろうと振舞っている。優等生なんかやめてしまいたいと本心で思っているのに頑張ってしまうのは、ひとえに愛する母親のためだ。だが母親はミナセに誰より厳しい。そんな母が時々ご褒美でくれるのがこのイチゴキャンディーだった。つまりこれは奴にとっては母の味だ。ミ●キーと同じくな。
原作ゲームで主人公のセカイを理想の母親にするのがこいつのベストエンディング。常に母性を求めるこういう男には、母推しするのが一番効く。
「姫野さん、どうしてこれを……」
キャンディーを口から出し、不可解そうにミナセはそれを見つめた。
「前に言ってたみたいに、僕のことは全部お見通しだから?」
「ふふ……どうしてかしらね」
「怖いな……」
ミナセは呟く。
「姫野さんがいなくなるのが怖い。君なしじゃ生きていけなくなりそうだよ」
ボクは聖母のような笑みを浮かべる。いなくなるなんて当然だ。お前はボクが陽彩ちゃんを救うためのコマでしかないのだから。だけどそんなことは言わない。ボクが口にするのは好感度が上がるセリフだけだ。
「わたしはいなくならないわ」
さぁ、堕ちろ。
「……嘘つき」
綺麗すぎてどこか人形じみた男の唇は、確かにそう発した。
「えっ?」
「僕といる時、いつも別のひとのことを考えていたでしょう?」
涼し気な濃いブルーの瞳が、金色に彩られる。途端にボクの体は動かなくなった。
「わかってたよ。君は僕のことなんか好きじゃない」
なんだこのセリフ。こんなの原作ゲームになかった。
「……わかっているのに、君のこと独り占めにしたくなる。僕ってやっぱり悪い男なのかな」
このままじゃまずいと心は警告するのに、どんなに抵抗しても体の自由を取り戻せなかった。
「無駄だよ」
金色に輝く瞳が細められた。
「……ひとの体はほとんど水で出来ているよね。水のマギアを鍛えればひとを操れるようになるんだよ」
普段は穏やかな声色が今は冷たい。このセリフは知っている。次にこいつがどうするかも。原作で見たから。
「本当はこんなことしたくなかったんだけど」
ミナセは鞄の中からクリスタルを取り出した。これは牢獄のクリスタルだ。ひとを閉じ込めることができるもので、中に入れられるとそいつは自分から出ることはできない。本来は罪人を懲らしめる物だが、ミナセは主人公を自分の物にするために使う。
この一連のシーンはミナセルートのバッドエンドだ。気がつくと目の前には暗闇が広がっていた。
「ごめんね。でも君のことは一生大切にするから」
暗闇の向こう側で奴がそう囁く声が聞こえた。
ボクが転移している姫野マモリはくり返されるこのゲームの記憶をすべて所持しているように見えたが、他のキャラクターは記憶がリセットされているようだ。
本当にそうか? 姫野マモリだけが特別なんて、おかしいじゃないか。だがミナセとダイチにはこれまでの記憶があるようには思えない。ホムラも自分で「思い出せない」と言っていた。
妙に引っかかる。耳元で聞こえたノイズ。ゲームに存在しないデートイベント。ゲームに存在しないセリフ。この違和感を放置していいのか……?
帰宅したらノートに記録して頭の中を整理した方がいいだろうな。
「姫野さん、難しい顔をしているね」
暗がりの中、巨大な水槽の前に立つボクにミナセが話しかけて来た。
水族館は遅い時間に来たせいで客は疎らだった。ホムラはペンギンのコーナーに直行し、ダイチは水族館限定ジンベエザメアイスを食べに行っていた。まだ食うのかあいつ。イメージカラーが黄色なだけあって食いしん坊キャラだな。
「少し疲れたんじゃないかな。あっちで休む?」
ミナセが示した方にはベンチがあった。疲れて難しい顔をしていたわけじゃないが、歩き回って足は痛い。せっかくなのでベンチで休むことにした。
「よかったらどうぞ」
ミナセは買って来た飲み物をボクに差し出した。アイスティーだ。学園のカフェでボクが飲んだのを覚えていたのか。
「ありがとう」
ミナセはボクの隣に腰かけた。観覧車でべったりとくっ付いて来たダイチとは違って、気を使っているのか少しスペースを空けている。
「王侍君、水族館見たかったんでしょう」
「うん。でも……姫野さんの側にいる方がいいんだ」
ボクはペットボトルの蓋を開け、アイスティーをひと口飲んだ。遊園地と動物園が暑かったから、冷たいドリンクが喉を通るのが心地いい。
「咲衣君の側にいなくていいの? 動物園では危ないからって彼の側にいたのに」
「……ダイチは昔、馬から落ちて怪我したことがあってね。でも水族館で怪我をすることはないだろうから」
「咲衣君ってよく怪我をするのね。この前も授業中に……驚いたわ」
「ダイチは昔から生傷が絶えないんだ。心配になるよ」
ダイチが自ら進んで傷を負っていることにミナセは気づいている。気づいているからこそ心配なんだろう。ダイチの心の隙間を埋めることはミナセにはできなかった。自分の心も隙間だらけだからな。
「姫野さんのことも心配だよ。無防備なところがあるし……」
ダイチに体を触られたり、二人きりで観覧車に乗ったことを気にしているんだろう。
「悪い男もいるから気をつけないと。特に君みたいに……その、可愛い女の子は」
言葉をなんとか絞り出すようにミナセは言った。こういう真面目なところを見ていると、ダイチがいじめたくなる気持ちが多少わからないでもない。
「王侍君は悪い男の子じゃないの?」
からかうように言ってみる。
「僕は……うん、僕も悪い男だよ。あの二人を今日ここに連れて来たこと、少し後悔しているんだ」
濃いブルーの瞳が、真っすぐにボクを見つめた。
「君を独り占めしたかったなって……思うんだよ」
「ふふ。悪いこと考えるのね」
ミナセはもうすぐボクに完全に堕ちる。違和感は気になるが今はできることに専念した方がいいだろう。なにせボクはやることが多い。すべての攻略対象のルートに陽彩ちゃんが入らないように調整しなくちゃいけないし、すべての攻略対象の『ヤミ』を払うというわけのわからない仕事も控えている。さらに『ヤミ』が何なのか探さないといけない。
なんだってやるとも。陽彩ちゃんを救うためならね。
「今度の期末テストでいい成績だったら、またご褒美をあげるわ」
ボクがそう言うと、暗がりの中でブルーの瞳は昏い光を帯びた。
「じゃあ頑張らないとなぁ」
期末テストが終わればすぐに夏休みだ。イベント委員会が活性化する時期になり、陽彩ちゃんとダイチのコンタクトが増える。夏はダイチにリソースを割くためにもこいつはそろそろで仕留めておこう
ほどなくして期末テストの結果が出た。ミナセは当然のように学年でトップだった。元々努力家なのに加え、気になる女の子から煽られたらそりゃ頑張るだろうな。
「すごいわね。ご褒美は何が欲しい?」
「ここで言うのは恥ずかしいな」
図書室でボクが尋ねるとそう言われた。恥ずかしいって、何を貰うつもりなんだよ。
「……後で部屋に来て貰ってもいいかな。そこで伝えるね。今日は狩人君、遅くまで部屋に帰って来ないから」
おい優等生、お前本当に何を貰うつもりなんだよ。
という経緯で、ボクはミナセの寮の部屋に来たわけだ。部屋の作りはボクらのところと変わりないな。机が二つと、大きめの棚と、ベッドが二つ。
目の前にはベッド。密室に男女二人きり。何も起きないはずはなく……。
まぁ何も起きないんだけどね。『ヤミマギ』はR指定ゲームじゃないし。男キャラから依存されたりなどはあるが、肉体的な接触はキス止まりだ。
ボクはキスでもごめんだが。キスするなら陽彩ちゃんとしか嫌だ。もちろん無理やりではなく、相思相愛になってするのだ そのためにも『ヤミマギ』の世界から早く抜け出さないと。
「そ、それで姫野さん……ご褒美なんだけど……」
ミナセは真っ赤になって何度も言いよどんだ。
「ええ、何がいいの?」
「……えっと、その……あ、頭を撫でて欲しいんだっ!」
やっとのことでそう言うと、ミナセは両手で頭を押さえて小さくなった。何をそんなに恥ずかしがっているのか、今にも泣き出しそうに俯いてぷるぷるしている。そんなことでいいのか。拍子抜けだ。
「嫌ならいいんだ。……忘れて」
「いいわよ。してあげる」
ボクがそういうと、甘いものを目にした時みたいに濃いブルーの瞳がぱぁっと輝いた。
撫でやすいようにミナセをベッドに座らせた。やつは素直に従い、ボクの顔色を窺うようにこちらを見る。ボクが立っているせいで自動的に上目遣いだ。親の顔色を確かめる幼子のような視線を寄こす男の頭を、なるべく優しく撫でた。
「いつも頑張ってて偉いわね」
水色の髪の毛は見た目通りさらりとしている。現実世界のボクの髪の毛なんてもっと固くてごわごわとしていた。ミナセは見た目だけじゃなく、触り心地まで女性的なんだろう。女の子を触ったことがないので想像だが。
「……撫でられるの初めてなんだ。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい」
「喜んで貰えてよかった。でも、本当にこれだけでいいの?」
「十分だよ」
「わたしはこれじゃ足りないわ」
決定打をお見舞いしなければ。ここでお前を篭絡し、二度と他の女に目を向けられないようにしてやるのだから。
ボクは心の中で「にちゃり」と粘着質な笑みを浮かべる。
「目、つぶって……」
ボクはミナセの頭から頬に手を滑らせた。
「姫野さん、な、何するの……?」
ミナセは動揺している。その頬を優しく撫でる。
「いいから。つぶって」
「うん……」
「今度は口を開いて」
肩がぴくりと震えた。警戒しているようだな……。さぁ、今こそ陽彩ちゃんのテクニックを使う時だ。陽彩ちゃんに化粧をして貰った時のことを思い出しながら、ボクはミナセの頬に当てた手の親指で、奴の唇をなぞった。
「お口、開けて」
観念したのか奴は口を開いた。ボクはポケットから取り出したもののビニールを剥がし、小さく開かれた口の中に入れた。
ミナセは驚いて目を開けた。反応するのも無理はない。それはイチゴ味の棒付きキャンディーだ。
ミナセは将来を期待され、常に優等生であろうと振舞っている。優等生なんかやめてしまいたいと本心で思っているのに頑張ってしまうのは、ひとえに愛する母親のためだ。だが母親はミナセに誰より厳しい。そんな母が時々ご褒美でくれるのがこのイチゴキャンディーだった。つまりこれは奴にとっては母の味だ。ミ●キーと同じくな。
原作ゲームで主人公のセカイを理想の母親にするのがこいつのベストエンディング。常に母性を求めるこういう男には、母推しするのが一番効く。
「姫野さん、どうしてこれを……」
キャンディーを口から出し、不可解そうにミナセはそれを見つめた。
「前に言ってたみたいに、僕のことは全部お見通しだから?」
「ふふ……どうしてかしらね」
「怖いな……」
ミナセは呟く。
「姫野さんがいなくなるのが怖い。君なしじゃ生きていけなくなりそうだよ」
ボクは聖母のような笑みを浮かべる。いなくなるなんて当然だ。お前はボクが陽彩ちゃんを救うためのコマでしかないのだから。だけどそんなことは言わない。ボクが口にするのは好感度が上がるセリフだけだ。
「わたしはいなくならないわ」
さぁ、堕ちろ。
「……嘘つき」
綺麗すぎてどこか人形じみた男の唇は、確かにそう発した。
「えっ?」
「僕といる時、いつも別のひとのことを考えていたでしょう?」
涼し気な濃いブルーの瞳が、金色に彩られる。途端にボクの体は動かなくなった。
「わかってたよ。君は僕のことなんか好きじゃない」
なんだこのセリフ。こんなの原作ゲームになかった。
「……わかっているのに、君のこと独り占めにしたくなる。僕ってやっぱり悪い男なのかな」
このままじゃまずいと心は警告するのに、どんなに抵抗しても体の自由を取り戻せなかった。
「無駄だよ」
金色に輝く瞳が細められた。
「……ひとの体はほとんど水で出来ているよね。水のマギアを鍛えればひとを操れるようになるんだよ」
普段は穏やかな声色が今は冷たい。このセリフは知っている。次にこいつがどうするかも。原作で見たから。
「本当はこんなことしたくなかったんだけど」
ミナセは鞄の中からクリスタルを取り出した。これは牢獄のクリスタルだ。ひとを閉じ込めることができるもので、中に入れられるとそいつは自分から出ることはできない。本来は罪人を懲らしめる物だが、ミナセは主人公を自分の物にするために使う。
この一連のシーンはミナセルートのバッドエンドだ。気がつくと目の前には暗闇が広がっていた。
「ごめんね。でも君のことは一生大切にするから」
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