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ゲームスタート:攻略開始
一人目の男、攻略開始
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ゲームの攻略対象は、出現する場所がある程度固定されている。男に会いに行き、イベントを発生させて好感度を上げ、そいつとのエンディングを目指すというゲームの性質上、いる場所が毎回バラバラでは困る。
ボクは図書室に向かった。案の定、水色のショートボブが見えた。そいつは奥のテーブル席に座り、教科書とノートを広げて真剣な様子で勉強していた。ミナセは勉強中にだけ眼鏡をかけるタイプらしく、今は眼鏡をしている。
「お隣、いいかしら?」
ボクが言うと、ミナセは顔を上げて愛想笑いを浮かべた。
「姫野さん。もちろん、大歓迎だよ」
ボクはミナセの隣に座り、テーブルに教科書とノートを出した。
「王侍君って主席で入学したんでしょう。すごいわね」
「それほどでもないよ」
「そんなに頭がいいなら、勉強なんかしなくてもずっとテストでいい点が取れるんじゃない?」
あえてそう言ってみた。
「まさか。僕はたくさん勉強しているだけで、特別頭がいいわけじゃないんだ」
ミナセが首席で入学できたのは努力によるものだ。こいつは影でコツコツと努力し、優秀さを保っている。練習などしなくても感覚でスポーツができてしまう、天才肌のダイチとはそこも正反対だ。
「どうしてそんなに勉強を頑張るの?」
こいつが優秀であろうとしている理由は知っている。心の底では優等生なんかやめてしまいたいと思っていることも。知っててあえて質問を重ねた。優等生の仮面に亀裂を入れるために。
「誰かのためとか?」
ミナセがノートに走らせていたシャープペンシルの芯が、パキリと折れた。
「……別に、ただ勉強が好きなだけだよ。姫野さんはなんでそんなことを聞くんだい」
「王侍君のことが気になるから」
「そう……」
ミナセは嬉しくなさそうだった。美青年だし優秀だし、言い寄って来る女なんかたくさんいただろう。こいつにはボクが凡百の女に見えている。
だけどボクはお前をこの手で何度も篭絡したんだよ? お前のエンディングはベストもノーマルもバッドも隠しも見た。スチルも全回収している。ボクはお前のすべてを知っている。
「王侍君ってなんだかいつも無理しているみたいで心配になるの。そういう人を見ていると、甘やかしてあげたくなっちゃう」
隣でシャープペンシルを掴む手に自分の手の平を重ねた。
「甘やかすのが好きなの。友達からはよく『ママみたい』とか言われるわ」
ぴくりと反応したのが手の平を通して伝わって来た。ミナセの手の甲を人差し指で優しく撫でながら、ボクは、聖母ならこんな風に笑うだろうというイメージした笑顔を作った。
「つらくなったらわたしに言って。いっぱい甘やかしてあげる。……ママみたいに、ね」
静かな図書室に椅子の倒れる音が響いた。ミナセが急に立ち上がったせいだ。
「びっくりさせて……ごめん」
顔に動揺の色を浮かべながらミナセは椅子を片づけた。それから教科書とノートとペンケースも。
「用事を思い出したんだ。もう行くよ……」
積極的過ぎてビビらせたか。陽彩ちゃんを早く助けたいからって焦り過ぎた。
「わたしこそ変なこと言ってごめんね」
「ううん……少しびっくりしたけど……」
この反応では好感度がどう変動したのかわからないな。原作ゲームみたいに今の好感度がわかればありがたいが……。
【『王侍ミナセ』の好感度は上がっているわ】
空気が蜃気楼みたいに揺らめいたと思うと、姫野マモリが姿を現した。
【わたしの姿は貴方以外に見えてないから、こちらを向かないで】
マモリの言葉通りなのだろう。何もない空間からいきなり人が現れたのに、ミナセは何の反応も示さなかった。
「姫野さん……」
鞄の持ち手に手をかけながらミナセは呟いた。
「さっきの、本当? その……人を甘やかすのが好きって」
「本当よ」
「……素敵な性格だね」
濃いブルーの瞳がこちらを向いた。その奥に見える感情は、戸惑い。それから少しの期待。なるほど。確かに好感度は上がっているようだ。
「あのさ……またお話ししてくれるかな」
「もちろんよ」
ボクは聖母の笑みを作ってそう答えた。
【男たちを貴方が攻略しようなんて、いい考えじゃない。わたしがしっかりサポートするわ】
ミナセが去った後でマモリは言った。近くに誰もいないから、小声で話す分には大丈夫だろう。
「お前、原作通りあいつらの好感度が見れるのか?」
【ええ。セカイ以外への好感度も見れるなんてわたしも知らなかったわ。貴方はあの男たちのことを熟知しているようだし、思う通りにやれば失敗はしないでしょうけどね】
「万一の失敗がなくなるのはありがたい」
嫌な女だが、使えるアビリティを持っているじゃないか。
「また話したい時は顔を出すわ。引き続きお願いね」
そう言ってマモリは消えた。
ボクは教科書とノートを鞄に仕舞い、代わりに男たちの攻略ノートを取り出した。頭を整理するため、そこにミナセの情報を書き足して行く。
ミナセは優秀な魔導士を輩出する王侍家当主の長男として生まれた。次期当主になるため、学園に首席入学するなど当たり前で、将来は国王お付きの主席国家魔導士になることを期待されている。
主席国家魔導士は裏で国を動かす存在だと言われている。現在の主席国家魔導士は、ミナセの父親である王侍家の当主だ。
学園の成績が不振だった場合はその時点で落伍者の烙印を押され、ミナセを産んだ母親共々家を追い出される。(王侍家は一夫多妻制を設けており、その場合は別の女が産んだ子どもがミナセの立場になる)
王侍家の当主は人格も求められるために表面上は穏やかで誰にでも優しいが、常にプレッシャーに晒されているので本当は誰かに甘えたいと思っている。しかし責任感のある性格だから逆に頼られやすい。特に甘えたいと思っている母親からは一番厳しくされている。それでも愛する母親のために日々努力している。
これがミナセルートに入ると開示される設定だ。
ミナセを攻略する場合は聖母ムーブをすればいい。ベタベタに甘やかしてやるのだ。
あいつのベストエンドは主人公のセカイを新しいママにして依存するという、ろくでもないものだった。セカイは理想の母親として死ぬまで大きな息子をお世話をさせられる。高校生が同い年の男の介護をさせられるなんて不健全だ。このゲームに健全な恋愛などひとつも存在しないけどね。
陽彩ちゃんはなんでこんなゲームにハマっているんだろう。このゲーム、ひいては登場キャラクターがそこそこ人気なのも理解できない。ミナセなんてマザコンばぶみ野郎だが、つぶやきSNSなどを見てると「よしよししたい」とか「ミナセきゅんはずっと頑張ってたのね。泣ける」とかそんな感想を目にした。
魅力こそ理解できないが、トゥルーエンドに到達しなければならないことに変わりはないのだから今はミナセを堕とすだけだ。
あいつを第一のターゲットにしたのは我ながらいいチョイスだったな。ミナセはダイチの親友だし、寮の部屋はホムラと同室だ。ミナセに関われば他の二人とも接点が持てる。
ボクは壁掛けされたカレンダーに視線をやった。今は四月の一週目だ。来週にはちょっとしたイベント――委員決めがある。
委員は学級委員、保健委員、風紀委員、体育祭や文化祭で音戸を取るイベント委員などで、現実世界の学校にもよくあるものだ。選んだ委員によって特定のキャラとの特殊イベントが発生しやすくなるのだから、今後のことも考えてどの委員に入るか検討しておこう。
ボクは図書室に向かった。案の定、水色のショートボブが見えた。そいつは奥のテーブル席に座り、教科書とノートを広げて真剣な様子で勉強していた。ミナセは勉強中にだけ眼鏡をかけるタイプらしく、今は眼鏡をしている。
「お隣、いいかしら?」
ボクが言うと、ミナセは顔を上げて愛想笑いを浮かべた。
「姫野さん。もちろん、大歓迎だよ」
ボクはミナセの隣に座り、テーブルに教科書とノートを出した。
「王侍君って主席で入学したんでしょう。すごいわね」
「それほどでもないよ」
「そんなに頭がいいなら、勉強なんかしなくてもずっとテストでいい点が取れるんじゃない?」
あえてそう言ってみた。
「まさか。僕はたくさん勉強しているだけで、特別頭がいいわけじゃないんだ」
ミナセが首席で入学できたのは努力によるものだ。こいつは影でコツコツと努力し、優秀さを保っている。練習などしなくても感覚でスポーツができてしまう、天才肌のダイチとはそこも正反対だ。
「どうしてそんなに勉強を頑張るの?」
こいつが優秀であろうとしている理由は知っている。心の底では優等生なんかやめてしまいたいと思っていることも。知っててあえて質問を重ねた。優等生の仮面に亀裂を入れるために。
「誰かのためとか?」
ミナセがノートに走らせていたシャープペンシルの芯が、パキリと折れた。
「……別に、ただ勉強が好きなだけだよ。姫野さんはなんでそんなことを聞くんだい」
「王侍君のことが気になるから」
「そう……」
ミナセは嬉しくなさそうだった。美青年だし優秀だし、言い寄って来る女なんかたくさんいただろう。こいつにはボクが凡百の女に見えている。
だけどボクはお前をこの手で何度も篭絡したんだよ? お前のエンディングはベストもノーマルもバッドも隠しも見た。スチルも全回収している。ボクはお前のすべてを知っている。
「王侍君ってなんだかいつも無理しているみたいで心配になるの。そういう人を見ていると、甘やかしてあげたくなっちゃう」
隣でシャープペンシルを掴む手に自分の手の平を重ねた。
「甘やかすのが好きなの。友達からはよく『ママみたい』とか言われるわ」
ぴくりと反応したのが手の平を通して伝わって来た。ミナセの手の甲を人差し指で優しく撫でながら、ボクは、聖母ならこんな風に笑うだろうというイメージした笑顔を作った。
「つらくなったらわたしに言って。いっぱい甘やかしてあげる。……ママみたいに、ね」
静かな図書室に椅子の倒れる音が響いた。ミナセが急に立ち上がったせいだ。
「びっくりさせて……ごめん」
顔に動揺の色を浮かべながらミナセは椅子を片づけた。それから教科書とノートとペンケースも。
「用事を思い出したんだ。もう行くよ……」
積極的過ぎてビビらせたか。陽彩ちゃんを早く助けたいからって焦り過ぎた。
「わたしこそ変なこと言ってごめんね」
「ううん……少しびっくりしたけど……」
この反応では好感度がどう変動したのかわからないな。原作ゲームみたいに今の好感度がわかればありがたいが……。
【『王侍ミナセ』の好感度は上がっているわ】
空気が蜃気楼みたいに揺らめいたと思うと、姫野マモリが姿を現した。
【わたしの姿は貴方以外に見えてないから、こちらを向かないで】
マモリの言葉通りなのだろう。何もない空間からいきなり人が現れたのに、ミナセは何の反応も示さなかった。
「姫野さん……」
鞄の持ち手に手をかけながらミナセは呟いた。
「さっきの、本当? その……人を甘やかすのが好きって」
「本当よ」
「……素敵な性格だね」
濃いブルーの瞳がこちらを向いた。その奥に見える感情は、戸惑い。それから少しの期待。なるほど。確かに好感度は上がっているようだ。
「あのさ……またお話ししてくれるかな」
「もちろんよ」
ボクは聖母の笑みを作ってそう答えた。
【男たちを貴方が攻略しようなんて、いい考えじゃない。わたしがしっかりサポートするわ】
ミナセが去った後でマモリは言った。近くに誰もいないから、小声で話す分には大丈夫だろう。
「お前、原作通りあいつらの好感度が見れるのか?」
【ええ。セカイ以外への好感度も見れるなんてわたしも知らなかったわ。貴方はあの男たちのことを熟知しているようだし、思う通りにやれば失敗はしないでしょうけどね】
「万一の失敗がなくなるのはありがたい」
嫌な女だが、使えるアビリティを持っているじゃないか。
「また話したい時は顔を出すわ。引き続きお願いね」
そう言ってマモリは消えた。
ボクは教科書とノートを鞄に仕舞い、代わりに男たちの攻略ノートを取り出した。頭を整理するため、そこにミナセの情報を書き足して行く。
ミナセは優秀な魔導士を輩出する王侍家当主の長男として生まれた。次期当主になるため、学園に首席入学するなど当たり前で、将来は国王お付きの主席国家魔導士になることを期待されている。
主席国家魔導士は裏で国を動かす存在だと言われている。現在の主席国家魔導士は、ミナセの父親である王侍家の当主だ。
学園の成績が不振だった場合はその時点で落伍者の烙印を押され、ミナセを産んだ母親共々家を追い出される。(王侍家は一夫多妻制を設けており、その場合は別の女が産んだ子どもがミナセの立場になる)
王侍家の当主は人格も求められるために表面上は穏やかで誰にでも優しいが、常にプレッシャーに晒されているので本当は誰かに甘えたいと思っている。しかし責任感のある性格だから逆に頼られやすい。特に甘えたいと思っている母親からは一番厳しくされている。それでも愛する母親のために日々努力している。
これがミナセルートに入ると開示される設定だ。
ミナセを攻略する場合は聖母ムーブをすればいい。ベタベタに甘やかしてやるのだ。
あいつのベストエンドは主人公のセカイを新しいママにして依存するという、ろくでもないものだった。セカイは理想の母親として死ぬまで大きな息子をお世話をさせられる。高校生が同い年の男の介護をさせられるなんて不健全だ。このゲームに健全な恋愛などひとつも存在しないけどね。
陽彩ちゃんはなんでこんなゲームにハマっているんだろう。このゲーム、ひいては登場キャラクターがそこそこ人気なのも理解できない。ミナセなんてマザコンばぶみ野郎だが、つぶやきSNSなどを見てると「よしよししたい」とか「ミナセきゅんはずっと頑張ってたのね。泣ける」とかそんな感想を目にした。
魅力こそ理解できないが、トゥルーエンドに到達しなければならないことに変わりはないのだから今はミナセを堕とすだけだ。
あいつを第一のターゲットにしたのは我ながらいいチョイスだったな。ミナセはダイチの親友だし、寮の部屋はホムラと同室だ。ミナセに関われば他の二人とも接点が持てる。
ボクは壁掛けされたカレンダーに視線をやった。今は四月の一週目だ。来週にはちょっとしたイベント――委員決めがある。
委員は学級委員、保健委員、風紀委員、体育祭や文化祭で音戸を取るイベント委員などで、現実世界の学校にもよくあるものだ。選んだ委員によって特定のキャラとの特殊イベントが発生しやすくなるのだから、今後のことも考えてどの委員に入るか検討しておこう。
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