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51話ー『死に急ぎてえだけのクソバカ』
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(多分……このまま行ったら、あいつら死ぬよな?)
間違いなく、泳いで帰ることは出来ない距離だ。
(俺が救わなくては、二人ともそのまま死んでしまう)
なのに俺の身体は、今すぐには動き出そうとしない。
(あんなことがあったから? いや、それとも死ねと言われたから?)
どちらもきっと間違いだ。
(俺が……無理解だったからか?)
二人の気持ちを無視して、一方的に自分の気持ちを押し付けるなんて、
(それじゃ、あいつらと一緒じゃないか?)
大人の俺が子どもの土俵に入る。
それは旗から見れば大人気ない。
(けど、俺は……)
間違ったことなんて一つも言ってない。
もし、そこに間違いだと言える物があるとするなら、それは俺自身の不寛容さだ。
無理解に対し、無理解でやり返してしまった。
こんなことは、きっと正義じゃない。
(俺のするべきことは、怒るべきことじゃなくて、ちゃんと一緒に話し合うことだった……)
じゃあ、俺のするべきことは決まりだ。
だけど、
『ーー話なんか、もう聞きたくないわよ!!』
最後に言われたパティの一言が、俺の動きを思い留まらせているのだ。
(話し合って、それで何になる?)
話し合いで解決しないこともあるって、とっくの昔に知ってるだろうが。
そんなことに意味なんてないから、俺はアランに殺されたんだ。
(なら、良いんだこれで……)
どうせ話し合うことに意味がないと宣うのなら、俺は誰とも話したくなんかない。
(誰とも話さなくたって、俺は一人でも生きていける)
『ーー良いんですか? 本当にそれで?』
昔、とある女教師に言われたことを思い出す。
俺の屋敷で家庭教師をしていたリズ・リベリオンは、俺と父親の不仲を知りつつそう言った。
『貴方は、確かにこの世界で一人でも強いみたいですけど、パーティーを組んだほうがもっと強くなれますよ?』
『俺が人と話すことが嫌いなのは、リズだって知ってるだろ?』
『はい、存じ上げております。お父上との不仲が原因で、あまり人と話したがらないことを。
そして、そのことが原因であなたが他人に対し、実際には心を深く閉ざして、振る舞い続けていることもすべて……』
『すべて分かっているなら、言うなよリズ。俺は、父さんと同じ生き方はしないって決めてるんだ。
この間、囚われの渓谷でバースデージョブを極めて来た。
このクラスジョブがあれば、俺は一人だってこの世界で生きていける』
『しかし坊っちゃま、そうして一人で何かを成し遂げることに、あなたは喜びを感じていますか?』
『勿論だよリズ、一人で修行してジョブが進化して、今より強い技だって使えるようになったんだ。
喜びだって感じている、達成感と言うのに近いのかな?』
『その技を極めた時、あなたは何を喜び達成しましたか?』
『何って? それは……あっ……』
『ーーそれが、答えのようですね?』
そう言ってリズ・リベリオンは、俺に向かって優しく微笑んだ。
★
「俺が感じていた喜びに、俺一人だけなんてことは無かったんだ……」
確かに俺は、この世界で一人で生きていけるだけの力は、あるのかも知れない。
だけどその傍らに誰も居ないのでは、つまらないだろう?
(俺は結局、人を助けることそのものに喜びを感じている側の人間なんだ……)
助けられるべき相手が一人も居なくなってしまった世界に、ヒーローは喜びを見出すことなんて絶対に出来ないだろう!!
「呆れるほど困っているヤツらを、とにかく放っておけねえのが、ヒーローの性ってもんなんだッ!!」
そこに相手の事情とか、関係性なんて知ったことかッ!!
(今ーー俺がそうしてえッ!!)
強引だって構わない。強引に話し合いを拒むヤツらが居るなら、強引に話すヤツが居たって良い!!
俺は即座に魔導戦機ゾルガを動かし、アクセルレバーを後退させる。
深度を上げて、水深900mに辿り着くと、レフトアームを伸ばして二人の身体に向けて手を伸ばす。
「おい!! 捕まれお前ら!!」
見れば二人は、泳いでいる途中で魔物群れに囲まれている。
兵隊イカと呼ばれる、レベル85の海棲系モンスターだ。
パティとスコルのレベルでは太刀打ちできない。
左手に盾、右手に槍を装備した兵隊イカは、およそ数百匹近い群れを引き連れて二人を取り囲んでいる。
バタバタとばた足を繰り返しながら、四方八方に居る兵隊イカに臨戦態勢を取る二人の姉妹。
パティの杖から火の粉が迸り、しかし当たる直前で炎が消える。
(な、なんでアタシの魔法が!?)
ーー火属性魔法は、水中では効果が薄い。
それをよく知らない様子のパティは、自分の放ったファイアボールが消えたことにその表情を青ざめさせる。
「バカ!! 水の中で低級火属性魔法なんて放ってどうする!!」
魔法とは、突き詰めれば現代科学の応用になる。
魔術式と呼ばれる計算式を頭の中で演算し、魔力を込めて魔法と言う名の現象を引き起こす。
その現象を引き起こすまでの過程と総称をーー“魔導”と言う。
(引き起こされた後の現象は、自然科学に要因するのが常識だ)
いくら魔術式を元に魔法と組み立て、その現象を故意に自然発生させたところで、酸素がない水中では、ファイアボールは燃焼しきる前に鎮火する。
(熱エネルギーは、大気中の酸素と結合し、燃焼と言う発火現象を引き起こすーー高校化学の基本だろう!!)
酸素が不足した水中では、火を燃やす為の材料がほとんどない為、魔法で自然発生させた炎は不完全燃焼してしまう。
ーーそれだけではない!!
(水の中は、空気抵抗の密度もかなり高い!!)
いくら速度をあげてファイアボールを射出したところで、水中の空気抵抗率の密度は、およそ地上の800倍だぞ?
ピストルを水面に撃ち込んでも、距離は2~3メートルしか進まず、その弾丸が破損するのと同じ要領だ。
(パティのファイアボールはそれと同じだ)
せめて大魔法クラスの大型火属性魔法ならともかく。
それっぽっちの魔法では、この水中戦闘においては、なんの役にも立たない。
(けど!! 俺の魔導戦機ゾルガのバーストカノンなら、話は別の筈だ!!)
この機体の量腕部に取り付けられている銃口。
その内部にはファイアライト鉱石が内蔵されていて、熱線と呼ばれるビーム砲を射出できる構造となっている。
(しかもこの武装には、しっかり酸素ばっちりエアロライト鉱石様のおまけ付きだ!!)
小刀を構えたスコルが、水中で目の前に迫る兵隊イカと交戦する。
突き出された槍に、構えた小刀で一撃を受け流し、兵隊イカの放ったスパイラル・ランサーが、ギリギリのところでスコルの肩を掠めていく。
そんな二人の手前に俺は魔導戦機ゾルガを動かすと、量腕部を前方へと突き出しアームをパカリと開く。
三本爪の鈎爪が、たった今スコルと交戦していた兵隊イカに向くと、
「バーストカノンッ!!」
直後に発射された熱線が、直前の兵隊イカを貫き爆散させる。
更に熱線は、奥のほうへ向かい、無数の兵隊イカを連続して貫く。
「おい!! 早く捕まれ二人とも!!」
ぶるぶると瞳を伏せて首を振っているパティに、どこまでも強情なヤツだと俺は思う。
「スコル!! パティを連れて早く中へ!!」
こちらから手を伸ばしたところで、結局はあいつらが助かろうとしない限り、俺一人の手では人なんて助けられない。
ーー水中を潜る機体では、コックピットを開くことはできない。
通り抜けフードを持っている二人が助りたいと思って行動しない限り、いくら俺がいくら助けたいと願って手を伸ばしたところで意味はない。
尚も蠢く兵隊イカの大群に、俺はぐるりと旋回しながら量腕部を左右に拡げる。
発射されている熱線が二つに分かれ、ぐるぐると回転しながら兵隊イカを根こそぎ倒す。
無限の送風によって作り出されているバーストカノンの熱線は、例え水中であっても、酸素欠乏を起こすことなく熱エネルギーは完全燃焼して対象を破壊する一撃だ。
「バカ野郎、早くしろよ!! お前ら二人揃って死にたいのか!!」
焦る俺の様子に、パティが水中でブハッと空気を漏らして苦しみもがく。
それを見ていたスコルがすかさず姉のパティを担ぎ、俺の機体の肩まで懸命に泳いでしがみついて来た。
「そこから絶対に落ちるなよ!!」
俺は魔導戦機ゾルガの量腕部から、次々と乱射モードで熱線を放射する。
ビームライフルで撃たれたように弾け飛ぶ兵隊イカの群々が、次々と蹂躙されて爆散して行く。
(最後の一体!!)
残った一匹に近づき、俺は腹部にアームクローをお見舞いする。
開かれたアームに、ギチギチと右腕部が音を立てながら、最後の兵隊イカを頭上へと掲げる。
バァン、と射出されたバーストカノンの熱波に、弾け飛んだ兵隊イカが肉塊となって海底へと堕ちていく。
(ふぅ、これで何とかなったな……)
一時はどうなることかと思ったが、二人の救出作戦には成功した。
★
「ッ、どうして助けたりなんかしたのよ……ッ」
バツが悪そうに壁際に立ちすくむパティは、スコルの通り抜けフードでコックピットに戻ると、開口一番そう言った。
ずぶ濡れの状態のパティとスコルは、濡れに濡れ、そのボブカットの赤髪と青髪がしんなりと水を垂らして床へと向かう。
俺は、一度機体の電源を落として中央から離れると、そのまま勢いよく二人の姉妹に覆い被さる。
ドン、と強く壁を叩き、世界で初めてのダブル壁ドンを披露する。
「俺はもう長いこと冒険者として、このダンジョン探索と言う仕事を命懸けで続けて来た……。
そしてその中で俺は、自分の知り合いが目の前で死ぬ姿だって、たくさん目の当たりにして来ている……。
友人の結婚式に参加した回数より、葬儀に参加した回数のほうが遥かに多いし、生きたいと思って生きられるような甘い世の中ではない」
ここはーーそういう世界だ。
「にも関わらず俺の目の前で、その命を無駄に投げ捨てようとするヤツらが居るッ!!」
どうかしちまいそうだぜ俺はッ!!
「死に急ぎてえだけのクソバカはな!!
この世界じゃ誰にも救えやしねえんだよッ!!」
怒りたかった訳じゃない。
だけどここまでされたとあっては、流石の俺でも腹が立った。
「良いかパティ!! 俺の顔を見ろッ!!
冒険者はな!! 冒険中に一回でも死んだらそこで人生終わりなんだよッ!!
一度死んだ人間は元になんか戻らねえし、蘇生できるアイテムや魔法なんて、存在しねえのが現状なんだッ!!」
偶然にも死に戻りと言うループを獲得した俺とは違い、二人は死んだらそこで終わりだ。
俺だって次に死んで、また復活できる保証なんてどこにもない。
だからこそーー命は大事にしなくちゃならない!!
それを目の前で粗末に投げ捨てるようなバカが居るなら、俺にはそいつが心底我慢ならねえッ!!
「おとぎ話だと思って聞いてくれッ!!
かつて俺と、俺の友人や婚約者はッ!!
生きたいと願っても、その日を生きられなかったことがあったんだッ!!
それなのに……どうして今を生きてるお前たちがッ!!
その命を無駄に粗末にして、自殺行為をしやがるッ!!
ーー俺にはッ!! そいつが我慢ならねえッ!!
ーーもっと生き足掻けよッ!! もっと生きる為の策を労しろよッ!!
無謀だと分かりきってる挑戦なんかしてんじゃねえよッ!!
テメエ勝手なチンケなプライドと一時の感情に振り回され、物事を冷静に判断できねえようなヤツが、勝手に考えて動いてんじゃねえよッ!!」
ハァハァと吐息を吐きだして怒りに肩を震わせる俺。
その激昂にパティは悔しそうに涙を流すと、
「アンタに……アンタに何が分かるってんだッ!!
何でも持っててッ!! そんなに強くてッ!! どこへだって行けるのにッ!!
なのに……何でアタシたちに協力してくれないのよッ!?
何でーーアタシのことをッ!! 助けてくれないのよッ!!」
「助けてえよッ!! 助けてえに決まってるッ!!
だけど今すぐにそれは出来ない理由があるッ!!
俺にだって先にやるべきことがあるし、どの道、病気の母さんを救う為にもかなりの金が要るんだろうッ!?
だったら尚さら俺にも協力しろよッ!! お前らだけ俺に協力を求めるなよッ!!
病気の母さんを救ってやれることは、俺ならば確かに出来るのかも知れないッ!!
だけど今、その俺のやるべきことを拒まれたらッ!!
それこそ後から助けられる筈の命も助けられねえだろうがッ!!
人の命を助けるのだって簡単じゃあねえッ!!
金を稼ぐって言うのは、お前らガキが思ってるほど簡単なことじゃあねえんだよッ!!
お前らだって今ならそれを知ってる筈だッ!!
さっきあの瞬間、大量のモンスターに囲まれて死にそうになって分かったろッ!?
今の自分たちだけじゃ出来ないこともあるって!!
だったら俺の言うことを少しは聞けよッ!!
お前の母さんを救えるかどうかは、それこそ俺の力にかかってんだろうがッ!!」
吐き出したいことをすべて吐き出し、ゼェハァと吐息を漏らして肩が揺れる。
涙目になったパティは、それでも嬉しそうに顔を赤らめた。
「アンタなら……お母さんを助けられるって言うの!?」
パッと明るい表情に切り替わり、悔し涙に唇を噛んでいたヤツの行動とは思えない。
だけど……それだけパティのヤツは、本気で自分の母さんを救いたいと思っているのだろう。
「一人だけ……金を稼いだ後になら、病気を治せそうなヤツに心当たりがある」
「ほ、ホントッ!? ちなみにその人って、どんな人なの!?」
「俺に……顔を殴られたヤツだ……」
「…………」
しん、と言う姉妹の静寂が、その場に沈黙となって流れていた。
間違いなく、泳いで帰ることは出来ない距離だ。
(俺が救わなくては、二人ともそのまま死んでしまう)
なのに俺の身体は、今すぐには動き出そうとしない。
(あんなことがあったから? いや、それとも死ねと言われたから?)
どちらもきっと間違いだ。
(俺が……無理解だったからか?)
二人の気持ちを無視して、一方的に自分の気持ちを押し付けるなんて、
(それじゃ、あいつらと一緒じゃないか?)
大人の俺が子どもの土俵に入る。
それは旗から見れば大人気ない。
(けど、俺は……)
間違ったことなんて一つも言ってない。
もし、そこに間違いだと言える物があるとするなら、それは俺自身の不寛容さだ。
無理解に対し、無理解でやり返してしまった。
こんなことは、きっと正義じゃない。
(俺のするべきことは、怒るべきことじゃなくて、ちゃんと一緒に話し合うことだった……)
じゃあ、俺のするべきことは決まりだ。
だけど、
『ーー話なんか、もう聞きたくないわよ!!』
最後に言われたパティの一言が、俺の動きを思い留まらせているのだ。
(話し合って、それで何になる?)
話し合いで解決しないこともあるって、とっくの昔に知ってるだろうが。
そんなことに意味なんてないから、俺はアランに殺されたんだ。
(なら、良いんだこれで……)
どうせ話し合うことに意味がないと宣うのなら、俺は誰とも話したくなんかない。
(誰とも話さなくたって、俺は一人でも生きていける)
『ーー良いんですか? 本当にそれで?』
昔、とある女教師に言われたことを思い出す。
俺の屋敷で家庭教師をしていたリズ・リベリオンは、俺と父親の不仲を知りつつそう言った。
『貴方は、確かにこの世界で一人でも強いみたいですけど、パーティーを組んだほうがもっと強くなれますよ?』
『俺が人と話すことが嫌いなのは、リズだって知ってるだろ?』
『はい、存じ上げております。お父上との不仲が原因で、あまり人と話したがらないことを。
そして、そのことが原因であなたが他人に対し、実際には心を深く閉ざして、振る舞い続けていることもすべて……』
『すべて分かっているなら、言うなよリズ。俺は、父さんと同じ生き方はしないって決めてるんだ。
この間、囚われの渓谷でバースデージョブを極めて来た。
このクラスジョブがあれば、俺は一人だってこの世界で生きていける』
『しかし坊っちゃま、そうして一人で何かを成し遂げることに、あなたは喜びを感じていますか?』
『勿論だよリズ、一人で修行してジョブが進化して、今より強い技だって使えるようになったんだ。
喜びだって感じている、達成感と言うのに近いのかな?』
『その技を極めた時、あなたは何を喜び達成しましたか?』
『何って? それは……あっ……』
『ーーそれが、答えのようですね?』
そう言ってリズ・リベリオンは、俺に向かって優しく微笑んだ。
★
「俺が感じていた喜びに、俺一人だけなんてことは無かったんだ……」
確かに俺は、この世界で一人で生きていけるだけの力は、あるのかも知れない。
だけどその傍らに誰も居ないのでは、つまらないだろう?
(俺は結局、人を助けることそのものに喜びを感じている側の人間なんだ……)
助けられるべき相手が一人も居なくなってしまった世界に、ヒーローは喜びを見出すことなんて絶対に出来ないだろう!!
「呆れるほど困っているヤツらを、とにかく放っておけねえのが、ヒーローの性ってもんなんだッ!!」
そこに相手の事情とか、関係性なんて知ったことかッ!!
(今ーー俺がそうしてえッ!!)
強引だって構わない。強引に話し合いを拒むヤツらが居るなら、強引に話すヤツが居たって良い!!
俺は即座に魔導戦機ゾルガを動かし、アクセルレバーを後退させる。
深度を上げて、水深900mに辿り着くと、レフトアームを伸ばして二人の身体に向けて手を伸ばす。
「おい!! 捕まれお前ら!!」
見れば二人は、泳いでいる途中で魔物群れに囲まれている。
兵隊イカと呼ばれる、レベル85の海棲系モンスターだ。
パティとスコルのレベルでは太刀打ちできない。
左手に盾、右手に槍を装備した兵隊イカは、およそ数百匹近い群れを引き連れて二人を取り囲んでいる。
バタバタとばた足を繰り返しながら、四方八方に居る兵隊イカに臨戦態勢を取る二人の姉妹。
パティの杖から火の粉が迸り、しかし当たる直前で炎が消える。
(な、なんでアタシの魔法が!?)
ーー火属性魔法は、水中では効果が薄い。
それをよく知らない様子のパティは、自分の放ったファイアボールが消えたことにその表情を青ざめさせる。
「バカ!! 水の中で低級火属性魔法なんて放ってどうする!!」
魔法とは、突き詰めれば現代科学の応用になる。
魔術式と呼ばれる計算式を頭の中で演算し、魔力を込めて魔法と言う名の現象を引き起こす。
その現象を引き起こすまでの過程と総称をーー“魔導”と言う。
(引き起こされた後の現象は、自然科学に要因するのが常識だ)
いくら魔術式を元に魔法と組み立て、その現象を故意に自然発生させたところで、酸素がない水中では、ファイアボールは燃焼しきる前に鎮火する。
(熱エネルギーは、大気中の酸素と結合し、燃焼と言う発火現象を引き起こすーー高校化学の基本だろう!!)
酸素が不足した水中では、火を燃やす為の材料がほとんどない為、魔法で自然発生させた炎は不完全燃焼してしまう。
ーーそれだけではない!!
(水の中は、空気抵抗の密度もかなり高い!!)
いくら速度をあげてファイアボールを射出したところで、水中の空気抵抗率の密度は、およそ地上の800倍だぞ?
ピストルを水面に撃ち込んでも、距離は2~3メートルしか進まず、その弾丸が破損するのと同じ要領だ。
(パティのファイアボールはそれと同じだ)
せめて大魔法クラスの大型火属性魔法ならともかく。
それっぽっちの魔法では、この水中戦闘においては、なんの役にも立たない。
(けど!! 俺の魔導戦機ゾルガのバーストカノンなら、話は別の筈だ!!)
この機体の量腕部に取り付けられている銃口。
その内部にはファイアライト鉱石が内蔵されていて、熱線と呼ばれるビーム砲を射出できる構造となっている。
(しかもこの武装には、しっかり酸素ばっちりエアロライト鉱石様のおまけ付きだ!!)
小刀を構えたスコルが、水中で目の前に迫る兵隊イカと交戦する。
突き出された槍に、構えた小刀で一撃を受け流し、兵隊イカの放ったスパイラル・ランサーが、ギリギリのところでスコルの肩を掠めていく。
そんな二人の手前に俺は魔導戦機ゾルガを動かすと、量腕部を前方へと突き出しアームをパカリと開く。
三本爪の鈎爪が、たった今スコルと交戦していた兵隊イカに向くと、
「バーストカノンッ!!」
直後に発射された熱線が、直前の兵隊イカを貫き爆散させる。
更に熱線は、奥のほうへ向かい、無数の兵隊イカを連続して貫く。
「おい!! 早く捕まれ二人とも!!」
ぶるぶると瞳を伏せて首を振っているパティに、どこまでも強情なヤツだと俺は思う。
「スコル!! パティを連れて早く中へ!!」
こちらから手を伸ばしたところで、結局はあいつらが助かろうとしない限り、俺一人の手では人なんて助けられない。
ーー水中を潜る機体では、コックピットを開くことはできない。
通り抜けフードを持っている二人が助りたいと思って行動しない限り、いくら俺がいくら助けたいと願って手を伸ばしたところで意味はない。
尚も蠢く兵隊イカの大群に、俺はぐるりと旋回しながら量腕部を左右に拡げる。
発射されている熱線が二つに分かれ、ぐるぐると回転しながら兵隊イカを根こそぎ倒す。
無限の送風によって作り出されているバーストカノンの熱線は、例え水中であっても、酸素欠乏を起こすことなく熱エネルギーは完全燃焼して対象を破壊する一撃だ。
「バカ野郎、早くしろよ!! お前ら二人揃って死にたいのか!!」
焦る俺の様子に、パティが水中でブハッと空気を漏らして苦しみもがく。
それを見ていたスコルがすかさず姉のパティを担ぎ、俺の機体の肩まで懸命に泳いでしがみついて来た。
「そこから絶対に落ちるなよ!!」
俺は魔導戦機ゾルガの量腕部から、次々と乱射モードで熱線を放射する。
ビームライフルで撃たれたように弾け飛ぶ兵隊イカの群々が、次々と蹂躙されて爆散して行く。
(最後の一体!!)
残った一匹に近づき、俺は腹部にアームクローをお見舞いする。
開かれたアームに、ギチギチと右腕部が音を立てながら、最後の兵隊イカを頭上へと掲げる。
バァン、と射出されたバーストカノンの熱波に、弾け飛んだ兵隊イカが肉塊となって海底へと堕ちていく。
(ふぅ、これで何とかなったな……)
一時はどうなることかと思ったが、二人の救出作戦には成功した。
★
「ッ、どうして助けたりなんかしたのよ……ッ」
バツが悪そうに壁際に立ちすくむパティは、スコルの通り抜けフードでコックピットに戻ると、開口一番そう言った。
ずぶ濡れの状態のパティとスコルは、濡れに濡れ、そのボブカットの赤髪と青髪がしんなりと水を垂らして床へと向かう。
俺は、一度機体の電源を落として中央から離れると、そのまま勢いよく二人の姉妹に覆い被さる。
ドン、と強く壁を叩き、世界で初めてのダブル壁ドンを披露する。
「俺はもう長いこと冒険者として、このダンジョン探索と言う仕事を命懸けで続けて来た……。
そしてその中で俺は、自分の知り合いが目の前で死ぬ姿だって、たくさん目の当たりにして来ている……。
友人の結婚式に参加した回数より、葬儀に参加した回数のほうが遥かに多いし、生きたいと思って生きられるような甘い世の中ではない」
ここはーーそういう世界だ。
「にも関わらず俺の目の前で、その命を無駄に投げ捨てようとするヤツらが居るッ!!」
どうかしちまいそうだぜ俺はッ!!
「死に急ぎてえだけのクソバカはな!!
この世界じゃ誰にも救えやしねえんだよッ!!」
怒りたかった訳じゃない。
だけどここまでされたとあっては、流石の俺でも腹が立った。
「良いかパティ!! 俺の顔を見ろッ!!
冒険者はな!! 冒険中に一回でも死んだらそこで人生終わりなんだよッ!!
一度死んだ人間は元になんか戻らねえし、蘇生できるアイテムや魔法なんて、存在しねえのが現状なんだッ!!」
偶然にも死に戻りと言うループを獲得した俺とは違い、二人は死んだらそこで終わりだ。
俺だって次に死んで、また復活できる保証なんてどこにもない。
だからこそーー命は大事にしなくちゃならない!!
それを目の前で粗末に投げ捨てるようなバカが居るなら、俺にはそいつが心底我慢ならねえッ!!
「おとぎ話だと思って聞いてくれッ!!
かつて俺と、俺の友人や婚約者はッ!!
生きたいと願っても、その日を生きられなかったことがあったんだッ!!
それなのに……どうして今を生きてるお前たちがッ!!
その命を無駄に粗末にして、自殺行為をしやがるッ!!
ーー俺にはッ!! そいつが我慢ならねえッ!!
ーーもっと生き足掻けよッ!! もっと生きる為の策を労しろよッ!!
無謀だと分かりきってる挑戦なんかしてんじゃねえよッ!!
テメエ勝手なチンケなプライドと一時の感情に振り回され、物事を冷静に判断できねえようなヤツが、勝手に考えて動いてんじゃねえよッ!!」
ハァハァと吐息を吐きだして怒りに肩を震わせる俺。
その激昂にパティは悔しそうに涙を流すと、
「アンタに……アンタに何が分かるってんだッ!!
何でも持っててッ!! そんなに強くてッ!! どこへだって行けるのにッ!!
なのに……何でアタシたちに協力してくれないのよッ!?
何でーーアタシのことをッ!! 助けてくれないのよッ!!」
「助けてえよッ!! 助けてえに決まってるッ!!
だけど今すぐにそれは出来ない理由があるッ!!
俺にだって先にやるべきことがあるし、どの道、病気の母さんを救う為にもかなりの金が要るんだろうッ!?
だったら尚さら俺にも協力しろよッ!! お前らだけ俺に協力を求めるなよッ!!
病気の母さんを救ってやれることは、俺ならば確かに出来るのかも知れないッ!!
だけど今、その俺のやるべきことを拒まれたらッ!!
それこそ後から助けられる筈の命も助けられねえだろうがッ!!
人の命を助けるのだって簡単じゃあねえッ!!
金を稼ぐって言うのは、お前らガキが思ってるほど簡単なことじゃあねえんだよッ!!
お前らだって今ならそれを知ってる筈だッ!!
さっきあの瞬間、大量のモンスターに囲まれて死にそうになって分かったろッ!?
今の自分たちだけじゃ出来ないこともあるって!!
だったら俺の言うことを少しは聞けよッ!!
お前の母さんを救えるかどうかは、それこそ俺の力にかかってんだろうがッ!!」
吐き出したいことをすべて吐き出し、ゼェハァと吐息を漏らして肩が揺れる。
涙目になったパティは、それでも嬉しそうに顔を赤らめた。
「アンタなら……お母さんを助けられるって言うの!?」
パッと明るい表情に切り替わり、悔し涙に唇を噛んでいたヤツの行動とは思えない。
だけど……それだけパティのヤツは、本気で自分の母さんを救いたいと思っているのだろう。
「一人だけ……金を稼いだ後になら、病気を治せそうなヤツに心当たりがある」
「ほ、ホントッ!? ちなみにその人って、どんな人なの!?」
「俺に……顔を殴られたヤツだ……」
「…………」
しん、と言う姉妹の静寂が、その場に沈黙となって流れていた。
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