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41話ー『過去の夢より未来の夢へ』
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「水の都アトランティスを探し出すのは、兼ねてよりの俺と艦長の夢だった。
それなのに俺はいつまで経っても、深度6000mを超える超深海ゾーンまで潜行できない。
焦ってたんだ俺……。
このままじゃ……艦長の足手まといになるんじゃないかって思って……」
「それで……あなたは艦長を殺したんですか?」
「あぁ……俺はそんなことの為に艦長を殺してしまった……。
怖かったんだよ俺……。
同じ夢を抱いて、同じ道を目指して、同じように努力を重ねて。
なのに俺だけはいつまで経っても、そのステージに立てないのかも知れないと思うと。
……怖くて、怖くて……仕方がなかったんだ……。
こんな夢さえ抱かなければ。
あの人と同じ夢を見て約束なんてしなければ。
俺はこんなにも苦しまずに済んだじゃないかって思えて……。
それで……」
ジョンは引きつった笑みを浮かべると、とても苦しそうに渋面していた。
置いて行かれるのが怖かった。
憧れた存在にいつまで経っても、自分自身の力が及ばない。
だからジョンは先にいた艦長を殺すことで、自らその夢に終止符を打ったのだ。
ーー夢が、夢のままで居られたあの状況に戻りたくて。
目の前にそびえ立つ現実と言う壁から逃避したかったのだろう。
「それであなたの感じていた苦しみは、艦長を殺したことで解放されましたか?」
「……」
「あなたがどこで夢を諦めるのかは、あなた個人の自由だ。
だけどねジョンさん。
夢を先に諦めた者が……まだ諦めていない者を殺めるだなんて……そんな理不尽な事はあってはならない」
「だけど……どうしようもなかったんだ俺!! 苦しかったんだよ!!
艦長が目の前に居る。ただそれだけで胸が張り裂けそうだった!!
あの人さえ側に居なければ、俺は幸せで居られた筈なんじゃないかって!!」
葛藤した様子を見せるジョンは、そう言って涙ながらに自身の主張を正当化していた。
「だけど夢を追い続ける者だけが……必ずしも幸せとは限らないんじゃないんでしょうか……?
艦長の肺は見たところ……この長年のダイバー経験でかなりのダメージを負っていました。
潜水病の症状は、意識を混濁させ命の危険を脅かす……」
「艦長が潜水病を?」
「えぇ……俺もこの目で確認したので、彼の症状については間違いありません。
あなたはダイバーとして重度の意識障害に襲われながらも、それでも夢に突き進む事が出来ますか?
好きな事をやる。夢を掴む。
それってそんなに簡単な事なんでしょうか?
結局あなたは艦長と言う存在が、個人的に気に要らなかっただけなんですよ……。
ダイバーとしてあなたよりも能力があり。
自分よりも幸せそうに見えていた……艦長のあの背中がね?」
「羨ましいと思って……何がいけない?」
「羨ましいと思う事を……いけないとは言っていません。
誰かを羨ましいと思うことは……別に必ずしも悪いことではないですから……。
ただねジョンさん……それが殺意に変われば話は別です。
どんなに羨ましく見えたところで。
人には、人それぞれ。
悩みや事情や理由がある。
そんな背景も知らない赤の他人が、誰かを勝手に幸福だと決めつけ。
果てにその手で人を殺める事だけは、あってはならない。
結局あなたは……自分勝手だ……。
どこまでも身勝手で我儘で……劣等感と言う名の魔物に囚われつづけた、ただの人でなしの殺人犯です。
幸福とか、不幸とか……。
そう言うのは他人のあなたが、勝手に決めて判断して良い物なんかじゃない。
あなたにーー他人の命を殺して弄ぶ権利なんて、この世のどこを探したってないんですよ」
そう言って俺は、今回の事件を締めくくる。
「あなたが見るべき艦長との夢は、確かなる未来と共に超えるべきだった……」
片方が夢を諦めようとも。
別にそれで二人の関係性が潰えるとは限らないだろう。
「それに艦長はずっと未来まで、あなたとの夢を見ていたかったんだと思います」
それは……あの遺品を見てすぐに分かった。
「あなたが夢の途中で溺れそうになろうが、艦長はあなたを見捨てる気なんて最後まで無かった……」
そうしてポケットから遺品を取り出した俺は、ジョンの手元に向けてそれを差し出す。
「これは……」
「それは艦長の胸ポケットに収めてあった彼の遺品です」
古いカメラで撮られた一枚のイラスト。
それを見たジョンの呼吸が荒くなる。
震える手に真実を求める瞳が俺の視線に突き刺さる。
「そのイラストに描かれているのは、艦長とあなたがただ何もない海底で笑うだけの物。
きっと艦長は、こう言いたかったんじゃないでしょうか?」
二人がかつて夢見た世界とは異なる景色。
水の都とは言い難い……もぬけの殻のイラストの意味……。
「俺たちはずっと一緒だ。
もしアトランティスまで行けなくても、笑って過ごして酒でも飲もう」
望んだ物が手に入るとはーー限らないから。
だから艦長は、最初からその夢に保険をかけていた。
限界まで夢を追い続けて、それでも至らずダメだった場合。
いつまでも二人で笑っていられる事を願って……。
「きっと艦長は、そう思ってこのイラストを描いたんでしょう」
「ーーお、俺はッ!! 俺は、なんてことをしてしまったんだッ!!」
理解した時には、遅かった。
ジョンは、その場で泣き崩れると、海水のようにしょっぱい涙を目尻に浮かべる。
それはまるでーー犯罪と言う名の真っ赤な血潮に染まった汚れを。
海水で洗い流して、無かった事にするかのように……。
★
それからジョンは出頭の為、騒ぎを聞きつけて格納庫へとやって来た他の船乗りたちに取り押さえられた。
だが、彼らは一人としてそんなジョンに乱暴をしようとはしない。
曲がりなりにも同じの釜の飯を食った仲間の犯行、みな強くは出れずに無念そうに見守った。
ゆっくりと階段を上がって行くジョンは、これから王都マナガルムへと向けて自首をする。
「ありがとう、ターニャ・クライリス。いやーー」
なんらかの確信を得たような声色だった。
ふいにジョンが階段を登る途中、ピタリとその足を動かすのを止めた。
きっと俺が最後に手渡した艦長の写真から、彼の能力によって鑑定スキルが働いた。
触れた者のステイタスを明るみに出すジョンの鑑定スキルは、ついに俺の正体にまで辿り着いてしまったと言う事らしい。
だけどジョンは、それを口にするつもりはないらしい。
「確か口は災いの元ーーだったろ?」
そう言ってジョンは口元にシッと指先を当てると、ウインクをして視線だけで訴えかける。
「ほ……本当に良いのか?」
「あぁ……俺はそういうことには、特にこだわりがない口なんでね。
しかしまぁー、驚いたよ。世の中にはどうやら、俺のまだまだ知らない、スゲー奴らが居るみてえだ」
そう言ってジョンは清々しい笑みを浮かべると、じっくりとその瞳で俺を見つめる。
「君ほどのレベルにもなると、本当に見つけられるのかも知れないね?
例の水の都アトランティスを……」
「あぁ、まぁね……」
俺の今のレベルなら、確かに可能かも知れない。
「だったらそこにある魔導戦機は、君に託すよ。
水中探索用の試作魔導戦機ーーA003・ゾルガだ」
そう言ってジョンに託された機体に、俺はこくりと頷き返す。
「見つかると良いな? 俺たちの夢見た水の都が……」
静かに階段を登っていくジョンの背中。
それは俺が、これから超えるべきの男の背中になる。
(ーーあぁ、絶対に俺が見つけてやるよ!!
俺と向こうで待ってるミントが……)
ーーちゃんと未来の夢で笑っていられるようになッ!!
★
ほんの束の間の事件は、これで終わりを迎えることになる。
俺はこれからジョンに託された機体を使って海へと潜る。
ジョンと艦長の夢見た背中を超え、未来の夢の中で俺とミントが、笑って生きていられるようにと願って。
「それにしてもまさか、旅先で殺人事件に遭遇するとはね~」
静まり返った甲板の上で、パティは手すりに頬杖をつくとぼんやりと答える。
「と言うか、あの子、結局生きてたんですね?」
そんな姉の隣では、手すりに両腕を置いて顎を乗せた状態で、ぼーっとした様子で妹のスコルは姉の表情をまじまじと見つめる。
「なんか心配して損したわアタシ」
すっかりと毒気を抜かれて、遊ぶ気力が無くなってしまったのか、二人は眩いほどの太陽の光の下、じっくりと海底の底に目を配らせている。
眠たげにぼんやりとしている二人の姉妹の腹が、空腹の為にか「ぐー」っと鳴る。
「けど、良かったね? お姉ちゃん。
もし私たちが海に潜ってたら、今ごろあのアークシャークに食べられてたかも知れないんだよ?」
自分たちが命拾いしたこと。
どうやらスコルは他人の命の死を目の前にしたことで、そのことを自分でも痛感してしまったらしい。
けれどパティは、そのことがつまらないみたいだ。
自分たちの今のレベルでは、海に潜ったところで犬死にだ。
それを頭では理解しているからこそ、パティも海に潜る気にはなれなくなった。
だけど、だからこそ、パティはつまらないのだ。
自分が向かいたいと思えた場所に、いつまで経っても向かえない。
それは思えば、不自由なことなのかも知れない
「だからじゃない。せっかく海まで来たって言うのに、結局、アタシ達が最初から行きたいと思っていた場所には、最後まで行けないだなんて……」
「それはそうかも知れないけど、海はこうして眺めるだけでも、綺麗で楽しいよ?
それに今回の事件のお礼も兼ねて、後で船乗りの人たちが、美味しい海の幸を振る舞ってくれるって」
「えぇ!? マジで海の幸が!? ヤッタ~!!
そういうことなら、早く食べに行きましょうよッ!!
海に来たからには、やれることは何もダンジョン探索のみとは限らないわよ!!」
そう言ってパティは妹スコルの手を取ると、艦首に設けられた水密扉を開いて、2階に設けられた食堂へと勢いよく駆け出して行く。
ーーもし、自分の目指した夢の先に。
これ以上の道が無いと。
始めから分かってしまった時があったとして。
その場所に用意されている道は、必ずしも一つとは限らない。
「何かを楽しもうと思えば、違う方向に目を向けてみると良いのかも知れないな」
それは水中の底ばかりを見つめている訳では、きっと気が付かないかも知れない空の青さ。
このどこまでも続く、広い空色の世界を眺めながら。
「きっと艦長は、この水面に反射する空の青さも知っていたんだろう……」
手すりに片手をつき、俺は海中を覗き込む。
群青色の水面の反対側では、空色の景色に覆われて夏の太陽が煌めいている。
まるで鏡映しのように異なる、青い色。
それは広い空を彩るセイルの旗と共に、緩やかに時間をかけて動いているみたいだ。
「さぁ、俺も先に食事を楽しもうか」
一度視線を変えれば、同じ原色の色でも、見える世界の色はがらりと変わる。
二人の明るい姉妹の後を追い、俺も食堂へと向かって歩いて行った。
それなのに俺はいつまで経っても、深度6000mを超える超深海ゾーンまで潜行できない。
焦ってたんだ俺……。
このままじゃ……艦長の足手まといになるんじゃないかって思って……」
「それで……あなたは艦長を殺したんですか?」
「あぁ……俺はそんなことの為に艦長を殺してしまった……。
怖かったんだよ俺……。
同じ夢を抱いて、同じ道を目指して、同じように努力を重ねて。
なのに俺だけはいつまで経っても、そのステージに立てないのかも知れないと思うと。
……怖くて、怖くて……仕方がなかったんだ……。
こんな夢さえ抱かなければ。
あの人と同じ夢を見て約束なんてしなければ。
俺はこんなにも苦しまずに済んだじゃないかって思えて……。
それで……」
ジョンは引きつった笑みを浮かべると、とても苦しそうに渋面していた。
置いて行かれるのが怖かった。
憧れた存在にいつまで経っても、自分自身の力が及ばない。
だからジョンは先にいた艦長を殺すことで、自らその夢に終止符を打ったのだ。
ーー夢が、夢のままで居られたあの状況に戻りたくて。
目の前にそびえ立つ現実と言う壁から逃避したかったのだろう。
「それであなたの感じていた苦しみは、艦長を殺したことで解放されましたか?」
「……」
「あなたがどこで夢を諦めるのかは、あなた個人の自由だ。
だけどねジョンさん。
夢を先に諦めた者が……まだ諦めていない者を殺めるだなんて……そんな理不尽な事はあってはならない」
「だけど……どうしようもなかったんだ俺!! 苦しかったんだよ!!
艦長が目の前に居る。ただそれだけで胸が張り裂けそうだった!!
あの人さえ側に居なければ、俺は幸せで居られた筈なんじゃないかって!!」
葛藤した様子を見せるジョンは、そう言って涙ながらに自身の主張を正当化していた。
「だけど夢を追い続ける者だけが……必ずしも幸せとは限らないんじゃないんでしょうか……?
艦長の肺は見たところ……この長年のダイバー経験でかなりのダメージを負っていました。
潜水病の症状は、意識を混濁させ命の危険を脅かす……」
「艦長が潜水病を?」
「えぇ……俺もこの目で確認したので、彼の症状については間違いありません。
あなたはダイバーとして重度の意識障害に襲われながらも、それでも夢に突き進む事が出来ますか?
好きな事をやる。夢を掴む。
それってそんなに簡単な事なんでしょうか?
結局あなたは艦長と言う存在が、個人的に気に要らなかっただけなんですよ……。
ダイバーとしてあなたよりも能力があり。
自分よりも幸せそうに見えていた……艦長のあの背中がね?」
「羨ましいと思って……何がいけない?」
「羨ましいと思う事を……いけないとは言っていません。
誰かを羨ましいと思うことは……別に必ずしも悪いことではないですから……。
ただねジョンさん……それが殺意に変われば話は別です。
どんなに羨ましく見えたところで。
人には、人それぞれ。
悩みや事情や理由がある。
そんな背景も知らない赤の他人が、誰かを勝手に幸福だと決めつけ。
果てにその手で人を殺める事だけは、あってはならない。
結局あなたは……自分勝手だ……。
どこまでも身勝手で我儘で……劣等感と言う名の魔物に囚われつづけた、ただの人でなしの殺人犯です。
幸福とか、不幸とか……。
そう言うのは他人のあなたが、勝手に決めて判断して良い物なんかじゃない。
あなたにーー他人の命を殺して弄ぶ権利なんて、この世のどこを探したってないんですよ」
そう言って俺は、今回の事件を締めくくる。
「あなたが見るべき艦長との夢は、確かなる未来と共に超えるべきだった……」
片方が夢を諦めようとも。
別にそれで二人の関係性が潰えるとは限らないだろう。
「それに艦長はずっと未来まで、あなたとの夢を見ていたかったんだと思います」
それは……あの遺品を見てすぐに分かった。
「あなたが夢の途中で溺れそうになろうが、艦長はあなたを見捨てる気なんて最後まで無かった……」
そうしてポケットから遺品を取り出した俺は、ジョンの手元に向けてそれを差し出す。
「これは……」
「それは艦長の胸ポケットに収めてあった彼の遺品です」
古いカメラで撮られた一枚のイラスト。
それを見たジョンの呼吸が荒くなる。
震える手に真実を求める瞳が俺の視線に突き刺さる。
「そのイラストに描かれているのは、艦長とあなたがただ何もない海底で笑うだけの物。
きっと艦長は、こう言いたかったんじゃないでしょうか?」
二人がかつて夢見た世界とは異なる景色。
水の都とは言い難い……もぬけの殻のイラストの意味……。
「俺たちはずっと一緒だ。
もしアトランティスまで行けなくても、笑って過ごして酒でも飲もう」
望んだ物が手に入るとはーー限らないから。
だから艦長は、最初からその夢に保険をかけていた。
限界まで夢を追い続けて、それでも至らずダメだった場合。
いつまでも二人で笑っていられる事を願って……。
「きっと艦長は、そう思ってこのイラストを描いたんでしょう」
「ーーお、俺はッ!! 俺は、なんてことをしてしまったんだッ!!」
理解した時には、遅かった。
ジョンは、その場で泣き崩れると、海水のようにしょっぱい涙を目尻に浮かべる。
それはまるでーー犯罪と言う名の真っ赤な血潮に染まった汚れを。
海水で洗い流して、無かった事にするかのように……。
★
それからジョンは出頭の為、騒ぎを聞きつけて格納庫へとやって来た他の船乗りたちに取り押さえられた。
だが、彼らは一人としてそんなジョンに乱暴をしようとはしない。
曲がりなりにも同じの釜の飯を食った仲間の犯行、みな強くは出れずに無念そうに見守った。
ゆっくりと階段を上がって行くジョンは、これから王都マナガルムへと向けて自首をする。
「ありがとう、ターニャ・クライリス。いやーー」
なんらかの確信を得たような声色だった。
ふいにジョンが階段を登る途中、ピタリとその足を動かすのを止めた。
きっと俺が最後に手渡した艦長の写真から、彼の能力によって鑑定スキルが働いた。
触れた者のステイタスを明るみに出すジョンの鑑定スキルは、ついに俺の正体にまで辿り着いてしまったと言う事らしい。
だけどジョンは、それを口にするつもりはないらしい。
「確か口は災いの元ーーだったろ?」
そう言ってジョンは口元にシッと指先を当てると、ウインクをして視線だけで訴えかける。
「ほ……本当に良いのか?」
「あぁ……俺はそういうことには、特にこだわりがない口なんでね。
しかしまぁー、驚いたよ。世の中にはどうやら、俺のまだまだ知らない、スゲー奴らが居るみてえだ」
そう言ってジョンは清々しい笑みを浮かべると、じっくりとその瞳で俺を見つめる。
「君ほどのレベルにもなると、本当に見つけられるのかも知れないね?
例の水の都アトランティスを……」
「あぁ、まぁね……」
俺の今のレベルなら、確かに可能かも知れない。
「だったらそこにある魔導戦機は、君に託すよ。
水中探索用の試作魔導戦機ーーA003・ゾルガだ」
そう言ってジョンに託された機体に、俺はこくりと頷き返す。
「見つかると良いな? 俺たちの夢見た水の都が……」
静かに階段を登っていくジョンの背中。
それは俺が、これから超えるべきの男の背中になる。
(ーーあぁ、絶対に俺が見つけてやるよ!!
俺と向こうで待ってるミントが……)
ーーちゃんと未来の夢で笑っていられるようになッ!!
★
ほんの束の間の事件は、これで終わりを迎えることになる。
俺はこれからジョンに託された機体を使って海へと潜る。
ジョンと艦長の夢見た背中を超え、未来の夢の中で俺とミントが、笑って生きていられるようにと願って。
「それにしてもまさか、旅先で殺人事件に遭遇するとはね~」
静まり返った甲板の上で、パティは手すりに頬杖をつくとぼんやりと答える。
「と言うか、あの子、結局生きてたんですね?」
そんな姉の隣では、手すりに両腕を置いて顎を乗せた状態で、ぼーっとした様子で妹のスコルは姉の表情をまじまじと見つめる。
「なんか心配して損したわアタシ」
すっかりと毒気を抜かれて、遊ぶ気力が無くなってしまったのか、二人は眩いほどの太陽の光の下、じっくりと海底の底に目を配らせている。
眠たげにぼんやりとしている二人の姉妹の腹が、空腹の為にか「ぐー」っと鳴る。
「けど、良かったね? お姉ちゃん。
もし私たちが海に潜ってたら、今ごろあのアークシャークに食べられてたかも知れないんだよ?」
自分たちが命拾いしたこと。
どうやらスコルは他人の命の死を目の前にしたことで、そのことを自分でも痛感してしまったらしい。
けれどパティは、そのことがつまらないみたいだ。
自分たちの今のレベルでは、海に潜ったところで犬死にだ。
それを頭では理解しているからこそ、パティも海に潜る気にはなれなくなった。
だけど、だからこそ、パティはつまらないのだ。
自分が向かいたいと思えた場所に、いつまで経っても向かえない。
それは思えば、不自由なことなのかも知れない
「だからじゃない。せっかく海まで来たって言うのに、結局、アタシ達が最初から行きたいと思っていた場所には、最後まで行けないだなんて……」
「それはそうかも知れないけど、海はこうして眺めるだけでも、綺麗で楽しいよ?
それに今回の事件のお礼も兼ねて、後で船乗りの人たちが、美味しい海の幸を振る舞ってくれるって」
「えぇ!? マジで海の幸が!? ヤッタ~!!
そういうことなら、早く食べに行きましょうよッ!!
海に来たからには、やれることは何もダンジョン探索のみとは限らないわよ!!」
そう言ってパティは妹スコルの手を取ると、艦首に設けられた水密扉を開いて、2階に設けられた食堂へと勢いよく駆け出して行く。
ーーもし、自分の目指した夢の先に。
これ以上の道が無いと。
始めから分かってしまった時があったとして。
その場所に用意されている道は、必ずしも一つとは限らない。
「何かを楽しもうと思えば、違う方向に目を向けてみると良いのかも知れないな」
それは水中の底ばかりを見つめている訳では、きっと気が付かないかも知れない空の青さ。
このどこまでも続く、広い空色の世界を眺めながら。
「きっと艦長は、この水面に反射する空の青さも知っていたんだろう……」
手すりに片手をつき、俺は海中を覗き込む。
群青色の水面の反対側では、空色の景色に覆われて夏の太陽が煌めいている。
まるで鏡映しのように異なる、青い色。
それは広い空を彩るセイルの旗と共に、緩やかに時間をかけて動いているみたいだ。
「さぁ、俺も先に食事を楽しもうか」
一度視線を変えれば、同じ原色の色でも、見える世界の色はがらりと変わる。
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