逆転機ニルヴァーシュ -朝斬りの夜明け-【バンダナコミック01】

ボス子ちゃま

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35話ー『ボスの魔道具』

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 咥えタバコの煙を吐き捨て、シアンは一つ一つの個室を洗っていく。
 鍵と言う物がかけられていない個室の扉は、取っ手に触れると横にスライドして開かれる。
 そうして一人一人の人物をその目で確認して行くが、ウォルターや偽イエローらしき人物の姿は、どこにも見当たらない。

「おいマゼンタ、そっちでネズミは見つかったか?」

 最奥の16両車両へと到着した頃、ちょうど屋根から梯子を伝って降りてくるマゼンタの姿が見えた。

「ーーいえ、それが兄貴。屋根裏から一通り全車両をくまなく探してみたんですが、ウォルターやイエローらしき人影なんて、人っ子一人も居やせんでした……」

「そんな訳がある筈ねえッ!! もっと詳しくよく探せ!!
 ーーヤツは、必ずこの列車のどこかに居る!!
 飛び降りでもしねえ限り、この列車から消え去るなんて不可能だ!!」

 いくら水上を走るアクアラインだと言え、飛び降りれば水音の一つは響く筈だ。
 それこそ、さっき8号車両で客室乗務員が騒ぎを起こした時のように、他の客がそのことに気が付かねえ筈がねえ。

「俺はもう一度、この16車両からボイラー室まで、折り返しすべての個室を確認していく」

 今度は強硬手段も厭わない。
 変装している可能性も考慮に入れ、胸に収めたコルト・パイソンを勢いよく引き抜く。
 プッと窓の外に吸い殻を吐き捨てたシアンは、ポケットから苛つき気味に新しいシガレットボックスを取り出す。
 勢いよく下から上へと叩き上げ、中から一本浮かび上がった紙巻きタバコへと口をつける。
 指先一つで青白い炎を用いて着火すると、ふわりと流れる煙の後を追うように近くの円窓へと目を向けた。
 ちょうどその時、ふいに二人の頭上に付けられたスピーカからアナウンス音が響き渡る。

「魔導蒸気機関車ライアスに搭乗している、各お客様の皆さまにご報告があります。
 現在、この車両に時限爆弾が取り付けられていると言う、テロリストによる犯行声明が行われてしまいました。
 それに伴いーー直ちにこの場に居合わせた国家王国騎士の者が、怪しい手荷物がないかのご確認をさせて頂きたく思います。
 どうぞ皆さま、お静かにご協力を願います」

 AI音声のようなホムンクルスの声で告げられたのは、テロリストが車両に取り付けた時限爆弾を取り付けたと言うこと。
 そして、その検査の為に、ちょうどこの場に乗り合わせた国家王国騎士が荷物検査を開始すると言う物。

「ーーチッ!! どこのバカがこんな日に、犯行声明なんてもんを出しやがるんだ!!」

 苦虫を噛み潰したように、シアンは口に咥えたタバコを噛み潰す。

「やべえですよ兄貴。このままだと、俺たちが仕掛ける予定だった、取引用の時限爆弾も検査されちまいますぜ?」

 そう言ってマゼンタは、もう一つ手にしていたスーツケースを胸元の前で大きく掲げてみせる。

「……仕方ない。起爆剤とファイアライト鉱石は、窓の外から海に投げ捨てるしか無さそうだ」

「ーーけど、良いんですかい兄貴? それだと今回の計画が、失敗に終わるんじゃ……」

「分かってる、そんなことは!!
 ボスには、俺の方からも計画に邪魔が入ったと伝えておく……」

 シアンは、マゼンタにそう告げるとスーツを取り上げ、円窓から水上に向かってスーツを投げ入れる。
 バシャンと水面にぶつかったスーツケースは、ブクブクと泡を立てながら沈んで行くのが見える。

「失礼ですが、荷物検査をさせて頂いても?」

 入れ違いに現れた国家王国騎士の姿に、シアンは手にしたコルト・パイソンを懐へと戻すと振り返った。



「ーーあぁ、構わないが?」

 グレゴリオに扮した俺を見ると、シアンはそう告げて冷静に両手をあげる。
 続いてマゼンタも両手をあげると、

「おいッ、早くしてくれ」

 悪態を吐き捨てつつ、俺が荷物検査することを急かして来た。

(今、俺が確認すべきは、この二人が爆弾や発火装置の類を手元に置いていないかだ……)

 ここに来るまでの通路は、個室も含めてすべて内側から確認して来た。
 残るは、この二人の手荷物のみだ。

(まぁ、俺の予想が正しければ、この様子だと海の底に投げ捨てたか……)

「では、失礼ですが、拝借を……」

 一通りシアンとマゼンタの身に着けている、黒づくめの衣類を内側から触る。

(拳銃やタバコ以外に、特に着火剤や爆弾の類は、手元に無し……と)

「お時間を頂きすみません。ご協力ありがとうございました」

 確認を済ませると、紳士的に一礼をしてそのまま踵を返す。
 これで俺の目的は、完了された。
 さっさと歩いて個室に帰ろう。
 そう思って歩み始めうとした時、シアンから「待った」の声がかかる。

「ちょっと待ちな」

 そう言われて自分の身体が硬直する。

(まさかとは思うが、バレたんじゃ……)

 ドキリと跳ねる心臓に冷や汗をかきつつ、冷静さを保って背後へと視線を配らせる。

「何か?」

「まだ名前を聞いてねえ」

 そういうことかと納得して、俺はシアンに向き直る。

「グレゴリオ・ライオットです。以後、お見知り置きを」

 完璧な紳士としての一礼を披露し、俺はそのまま16号車両を後にした。



「ふぅ~」

 とため息を吐き捨て、シアンはタバコに火をつける。

「ボスに怒られますかね?」

「かも知れないな」

 円窓に背中を寄りかけタバコを吸うシアンに、心配した様子でマゼンタが尋ねてくる。

(まさか俺たちの計画が失敗に終わるとはな……)

 あのグレゴリオとか言う国家王国騎士、あいつの目は蛇の紋様だった。
 シアンの愛銃であるコルト・パイソンにも蛇の名が付くが、蛇は、竜の化身としても知られている王都のシンボルだ。

「まさか竜に仕える騎士に出くわすとはな……」

 とんだ災難だが、そうなってしまった以上は仕方がない。
 ボスに怒られるのを覚悟でスマートフォンを取り出すと、シアンはダイヤルを片手で打ち込み、耳元へと傾ける。
 数回鳴ったコールの音の後、通話口からボスの声が届いた。

「ーーどうかした?」

 男とも女とも取れない中性的な声色で、ボス(籠の目の冒険者)は、クツクツと喉を鳴らして愉快そうに笑う。
 不思議な声色だとシアンは思う。
 いつ聞いてもそうだが、ボスの声は特殊な魔道具で変声を施されており、時にコロコロと口調からトーンまで、何から何まで変わる傾向にある。
 そのことが不気味に思えて、シアンの全身が凍り付きそうになる。

「ーーボス、例の秘密のダンジョンの作戦なんですが……」

 口を濁して、要点だけを伝えようと声を振り絞ったシアンに、ボスは愉快そうにクツクツと喉を鳴らす。

「誰かに邪魔された?」

 まるで、この場で見ていたかのような声に、シアンの背筋が再び凍り付く。
 失敗に終わったなんて、まだ一言も口にはしていない。
 それでもボスは「誰かに邪魔されたか?」と訪ねて来た。
 シアンが連絡を入れる時は、基本的には「成功」の報告であるにも関わらず。

「すみませんボス、予期せぬ邪魔が入りまして……」

「いいんだ、別に気にしなくて。
 そんなことだろうとは、思っていたから……」

(ーーまるでボスには、この場で起こることが始めから分かっていたみたいに思える)

 なんて恐ろしいお方だ……。

「ーーよし。ならば次の作戦を考えようか。
 一度シアンとマゼンタの二人には、第二内地のヒルまで戻って来て欲しい。
 そうだね……場所はーー国立オードリーレイクス魔導戦機学園にしよう。
 ーー次の仕事は、その学園内で約2週間後に頼みたいと思っている」

 そう言ってうんと頷いたボスに、話を立ち聞きしていたマゼンタが問いかける。

「国立オードリーレイクス魔導戦機学園ですかい?」

「あぁ、とある男の情報を探って欲しくてね」

「とある男の情報? 一体何なんですかいボス?」

「7年前にクエスト中の事故で死んだーーニシジマ・ノボルと言う冒険者の情報を探ってほしいんだ。
 何から何まで、何一つ見逃すことなく。
 その男のすべてを知りたいと考えている」

「7年前に死んだ男? ひょっとして、あの例のブラックゴブリンのクエストで死んだ男のことですかい?」

「マゼンダ、口には慎むんだ。
 死んだんじゃない。殺したんだ」

「それで……何故ボスは、一度殺した男の情報に探りを入れるんです?
 それも……国立オードリーレイクス魔導戦機学園だなんて……」

「不思議かい? シアン?」

「えぇ……まぁ、なにせあの学園は、国家王国騎士に成り立ての“学生”の溜り場ですぜ?
 そんなところで、一度殺したヤツを探すなんて、一体どんな風の吹き回しなんです?」

「うん……まぁ、ひょっとしたらソイツ、まだ生きてるんじゃないかと思ってさ?」

「生きてる? 一回殺したヤツがですかい?」

「うん……かも知れない。理由は分からないけれど、君たちに行って欲しいのは、学園での潜入調査なんだ。
 変装は、得意だろう?
 なにせボクが与えた、あの魔道具があるからね?」

 そう言ってボスがクツクツと喉を鳴らすと、通話口からカチャカチャと聞こえる食器を扱うような音に続いて、
 カチャカチャと食器の鳴る音に続いて、

「おっと、わりいな」

 誰かが何かにぶつかって、今まさに謝罪をしたような声が聞こえて来た。

「じゃあ、詳細については、また追って連絡するよ」

 そう言ってボスは通話を切り、シアンとマゼンタは安堵のため息をこぼす。

「良かったですねえ兄貴?」

「あぁ、危うく俺たちの首がまとめて飛ぶところだった。
 イエローを探して回収が終わり次第、一旦王都へと戻るぞ」

「次の仕事ですね?」

「あぁ、今回は予期せぬ邪魔が入ったが、次の仕事では失敗は許されない。
 気を引き締めて取り掛かるぞ?」

「えぇ、了解しやした兄貴」

(しかし……一体何者なんだ?
 その……ニシジマ・ノボルと言う冒険者は?)

 得体の知れない冒険者の名前だ。
 その名前を心の中で反芻したシアンは、ポケットからタバコの箱を取り出すと、三度目の煙を吐き出した。
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