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34話ー『偽りのグレゴリオ・ライオット』
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何事かと集まった人集りの数に、シアンはそのサングラスの奥の瞳を鋭く細める。
「何かの事件なんですかねえ?」
そう言って小首を傾げたのは、ずんぐりとした体型のマゼンタだ。
「サツの国家王国騎士が出てきたら、マズいですぜ兄貴」
「あぁ、ちょっと見てくるか。
この取引が中止になるような事態がまんがになれば、ボスに合わせる顔がないからなぁ?
イエロー、お前はそこでウォルターを見張ってろ」
「あぁ……分かった。俺がウォルターを見張ろう」
二人揃って個室を出ると、シアンとマゼンタは、8両車両のトイレへと向かって真っ直ぐに歩いていく。
(マズいな……このままだとヤツらが、本物のイエローに辿り着くのも時間の問題だ……)
「それにしてもまたトイレか。
そういやぁ、あんたもさっきトイレから出てこなかったか?」
そう言ってウォルターは、ポケットから取り出したハンカチを額に当てると、冷や汗を拭って緊張を解いている。
どうやらウォルターにとって、あの二人と対面するのは、イエローと出会うよりも恐ろしいことであるらしい。
(ーーしかし、これはひょっとしたらチャンスなんじゃないのか?)
シアンとマゼンタが揃って席を立った今、当初の目的だったウォルターとの接触は謀れている。
「なぁウォルターさん、あんたどうしてこの取引を受けたんだ?」
「ふんっ、なんだイエロー。今さらなことを。
こんなの、ただの復讐さ」
「復讐?」
「あぁ、俺はな。かつて愛する家族を失ったんだ……」
そう言って語られるのは、ウォルターがこの取引に手を染めることになったきっかけだった。
★
ウォルター・ピッツバーグは、隣国のヴィントヘルム帝国出身の科学者であった。
いつか魔導戦機と言う名のロボットを作り上げる。
そんな夢と野心に溢れ、ダンジョン探索にも自ら乗り出し、素材集めにも精子を出した。
「貴方がこの開発チームに加わってくれるなんて、光栄ですよプロフェッサー」
そう言ってヴィントヘルム皇は、魔導戦機を創り上げる為のプロジェクトに辺境伯であったウォルターを加えた。
皇帝陛下、直々のお誘いだ。ウォルターとて嬉しくない訳がなかった。
(これでようやく、私の科学者としての道が開かれるぞ!!)
それから数年の月日が流れて、やがてウォルターの頑張りが功を結び、この世界に初めて魔導戦機と呼ばれるロボットが誕生した。
産み出されたロボットには、魔導戦機と言う呼び名が与えられ、その機体名は「アンチス」と名付けられた。
そしてそれは瞬く間に世界中へと出荷され、空前絶後の大ヒット作品となっていく。
ーーところがある日のこと。
ウォルターは、自身が創り上げた兵器がダンジョン探索に遠征をしている際、一瞬にしてチームごと塵と化す瞬間を垣間見てしまった。
(そんな……私の創り上げた魔導戦機が、こんな意味の分からない衝撃波によって塵と化すだなんて……)
折られたのは、自身の科学者としてのプライドだった。
囚われの渓谷と呼ばれるレベル315以上のダンジョンフィールドが、その日を持って一瞬にして瓦解したのだ。
大森林に覆われていた渓谷一帯が、何者かの放った衝撃波によって全壊した様子は圧巻だった。
それはーー明らかに魔導戦機によって出し得る出力の限界を、遥かに上回った破壊の限り。
「実の家族のように愛していた、私の最高傑作が……ッ!!」
ーー許せないッ!!
こんな不埒なことをした輩が、自分自身の科学者としてのプライドを意図も簡単に容易くへし折った輩が、ウォルターにはどうしても許せずにいた。
そしてウォルターは、知った。
その衝撃の余波に巻き込まれ、かつその場から生存していた冒険者が居たことを。
そして、その冒険者の名前こそーー。
「アイズ・クルシュト・レインテーゼ……。
あの女が……私から科学者としての地位とプライドの、すべてを奪い去ったんだ!!」
「あ、あんた……ッ。そんなことの為に、この取引に加担したのか?」
「ふんッ……そんなことだと? 所詮あんたは、殺し屋だ。
科学者のクソみてえに高いプライドの気持ちなんて、ド底辺のお前らには分かりはしまいさ」
そう言ってウォルターは、フンと鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「私の最高傑作を踏み躙りやがったあの女に、復讐が出来るのなら!!
私は、例えこの世界の闇であっても手を染めてやる所存だ!!」
(なんてヤツなんだ、こいつ……)
話して理解しようなんて言うのが、まず到底無理な話に思える。
犯罪を犯そうとするヤツらの主張なんて、結局決まって自分勝手で我儘な物だ。
にしても、
(また囚われの渓谷か。どこかで聞き覚えのある名前なんだが、どうにも思い出せないな……?)
一体どこで聞いたんだ?
(まぁいい。ひとまずウォルターとの話し合いに、到底俺などでは理解できない気持ちだとは、理解ができた)
ーーとなれば、
(今、俺が取るべき行動は……)
「あッ、兄貴ッ!! こいつイエローですぜ!?」
俺とウォルターの話がひとまず終わった頃、8番車両のトイレの方からマゼンタの声が聞こえて来た。
驚きに満ちた声音に、シアンが目線を下げて、その男の顔を確かめている。
「なるほど、そういうことか……」
「はい? えーっと兄貴、こいつは一体どういうことなんで?」
「まだ分からねえのか? このイエローが本物だってことは、向こうに居たイエローはなんだってんだ?」
「……あっ!! そういやぁ、そうだ!!」
「どうやら俺たちの取引に、ネズミが一匹入り込んでいたらしい」
そう言ってシアンは、どこまでも冷たい冷酷な視線を俺の方へと向けて来た。
「なっ、おい!! どういうことだそれは!?
あんた、イエローじゃないのかよ!?」
着席しながら戸惑っているウォルターに、俺はにっこりと微笑んで手刀を落とした。
★
気絶したウォルターを抱えて、先頭車両へと走り抜ける。
(マゼンタの持っていたスーツケースも確保したし、これで取引は阻止したも同然だ)
残された問題は、背後から追って来ているシアンとマゼンタをどう巻くかだ。
「野郎ッ!! 俺たちを嵌めやがったなッ!?」
早歩きで追って来るマゼンタの足音が、カツカツと後方から響き渡る。
先頭車両のステップを踏んで、扉を開くとボイラー室の中へと逃げ込む。
(流石に時速500km/hで走る機関車から、飛び降りて逃げるってのも無理があるわな……。
しゃあない、あれを使うか)
★
ガラガラと開かれたボイラー室の扉に、三人のホムンクルス達が一斉に背後を見やる。
そこに立っていたのは、ずんぐりとした体型にスキンヘッド頭の男。
そして灰色がかった長髪に、細身の体躯を有した、長身の男だ。
全身が黒づくめのスーツを着た二人の男の内、ずんぐりとした体型のマゼンタが驚愕に目を剥く。
「バカなッ!? あの野郎が、どこにも居ませんぜ兄貴ッ!?」
機関車の運転業務中に大声を出されては、流石のホムンクルスでもお客様対応をしなくてはならないだろう。
振り返ったホムンクルスの内一体が、ぺこりと修道服の袖をつまみながら丁寧に一礼する。
「恐れ入りますがお客様、こちらはスタッフ専用のボイラー室となっております。
業務に支障を来たす可能性がありますので、どうぞ客室の方までお戻りください」
完璧な淑女の笑みと共に告げられたその言葉は、明らかに機械音声のような声色だ。
人のそれではないホムンクルスは、人形師の手により作られた人間同然の魂を宿した生命体でもある。
パッと見では見分けがつかないかも知れないが、与えられた司令をこなすだけのただのオートマタであり、きっぱりと自由意思と言った物が欠如した、人間にも劣る存在だ。
そんなホムンクルスを眺めて、シアンは淡々とした済まし顔でマゼンタに告げる。
「探せッ、ヤツはまだこの列車のどこかに居る筈だ」
そう言ってシアンは、視線を上へと向ける
「マゼンタ、お前は屋根を登って上を探せ。
俺はもう一度、一つ一つ個室あたって中から探して行くッ」
「へへっ、外側と内側から挟み撃ちしようって訳ですね?」
「そういうことだ」
シアンの出した指示に大きく頷いたマゼンタは、ボイラー室の壁際に付けられた梯子を登って行くと、屋根伝いに後方の車両へと向かって歩いて行く。
その様子を見送り、今一度シアンはボイラー室の中へと目を向けることにする。
(特にこれと言って変わった形跡は見当たらねえが……)
「まさかホムンクルスに擬態してるって訳もねえしなぁ?」
そう言ってシアンは、懐の内側から徐ろに回転式拳銃を取り出す。
アメリカのコルト社が開発したコルト・パイソンだ。
蛇の名を冠する拳銃の銃口を、ホムンクルスの頭部へとめがけて真っ直ぐに突き付けると、シアンはゆっくりとその引き金に手をかける。
「お客様、恐れ入りますが、ボイラー室での銃火器のお取り扱いは厳禁です。
安全防護対策として、敵対プログラムが始動します。
発動まで残り5秒ーー4ーー3……」
「ーーフンッ、どうかしてるぜ俺も。
ヤツがイエローに扮していたからと言って、まさかこんな得体の知れねえ玩具に化けれる訳もねえか……」
そう言ってシアンは「フッ」と笑みを吐き捨て、瞳を伏せると肩を竦めておどけてみせる。
撃鉄にかけていた指をほどき、コルト・パイソンを懐へと仕舞ってボイラー室を後にする。
★
そうしてシアンがボイラー室から去っていた頃、俺は「はぁ」とため息をついて“変わるくん”のスイッチを押す。
「なんとか上手く誤魔化せたか……」
危うく自分の命が、ここで潰えるところだった。
シアンがあのまま撃鉄を下ろしていたら、俺の顔面は、今ごろ踏み潰したトマトのようにグチャグチャになっていたのは容易に想像がつく。
背中に抱えていたウォルターをひとまず降ろし、俺は胸を撫でおろして思考に耽る。
(これでひとまず、取引を中止させる為の条件を完全に整えた)
あとはヤツらの仕掛けた爆弾を起動させなければ、それで俺の妨害作戦は成功だ。
(ヤツらが最も恐れているのは、確か国家王国騎士の筈……)
曲がりなりにも、一国家の警察組織に所属する軍隊だ。
怪しい人物を見かけたら単独でも逮捕するだけの権力があり、ヤツらが恐れているのは、法的な権力を用いた実力行使と言うことになる。
「ならーー」
俺は、再び《変わるくん》のスイッチを起動し、そのカメラの中にで一度でも記録した人物の姿形へと変装する。
その人物は、緑色の流し髪を有した国家王国騎士。
蛇の紋様が入った琥珀色の瞳に、冒険者レベルにして実に123を超える猛者。
ドラゴン1番隊を率いる部隊長である、グレゴリオ・ライオット二世である。
「ーーちょっと顔を借りるぞ、グレゴリオ」
そう言って俺は、何食わぬ顔でグレゴリオに変装すると、堂々とした足取りのままボイラー室を後にした。
「何かの事件なんですかねえ?」
そう言って小首を傾げたのは、ずんぐりとした体型のマゼンタだ。
「サツの国家王国騎士が出てきたら、マズいですぜ兄貴」
「あぁ、ちょっと見てくるか。
この取引が中止になるような事態がまんがになれば、ボスに合わせる顔がないからなぁ?
イエロー、お前はそこでウォルターを見張ってろ」
「あぁ……分かった。俺がウォルターを見張ろう」
二人揃って個室を出ると、シアンとマゼンタは、8両車両のトイレへと向かって真っ直ぐに歩いていく。
(マズいな……このままだとヤツらが、本物のイエローに辿り着くのも時間の問題だ……)
「それにしてもまたトイレか。
そういやぁ、あんたもさっきトイレから出てこなかったか?」
そう言ってウォルターは、ポケットから取り出したハンカチを額に当てると、冷や汗を拭って緊張を解いている。
どうやらウォルターにとって、あの二人と対面するのは、イエローと出会うよりも恐ろしいことであるらしい。
(ーーしかし、これはひょっとしたらチャンスなんじゃないのか?)
シアンとマゼンタが揃って席を立った今、当初の目的だったウォルターとの接触は謀れている。
「なぁウォルターさん、あんたどうしてこの取引を受けたんだ?」
「ふんっ、なんだイエロー。今さらなことを。
こんなの、ただの復讐さ」
「復讐?」
「あぁ、俺はな。かつて愛する家族を失ったんだ……」
そう言って語られるのは、ウォルターがこの取引に手を染めることになったきっかけだった。
★
ウォルター・ピッツバーグは、隣国のヴィントヘルム帝国出身の科学者であった。
いつか魔導戦機と言う名のロボットを作り上げる。
そんな夢と野心に溢れ、ダンジョン探索にも自ら乗り出し、素材集めにも精子を出した。
「貴方がこの開発チームに加わってくれるなんて、光栄ですよプロフェッサー」
そう言ってヴィントヘルム皇は、魔導戦機を創り上げる為のプロジェクトに辺境伯であったウォルターを加えた。
皇帝陛下、直々のお誘いだ。ウォルターとて嬉しくない訳がなかった。
(これでようやく、私の科学者としての道が開かれるぞ!!)
それから数年の月日が流れて、やがてウォルターの頑張りが功を結び、この世界に初めて魔導戦機と呼ばれるロボットが誕生した。
産み出されたロボットには、魔導戦機と言う呼び名が与えられ、その機体名は「アンチス」と名付けられた。
そしてそれは瞬く間に世界中へと出荷され、空前絶後の大ヒット作品となっていく。
ーーところがある日のこと。
ウォルターは、自身が創り上げた兵器がダンジョン探索に遠征をしている際、一瞬にしてチームごと塵と化す瞬間を垣間見てしまった。
(そんな……私の創り上げた魔導戦機が、こんな意味の分からない衝撃波によって塵と化すだなんて……)
折られたのは、自身の科学者としてのプライドだった。
囚われの渓谷と呼ばれるレベル315以上のダンジョンフィールドが、その日を持って一瞬にして瓦解したのだ。
大森林に覆われていた渓谷一帯が、何者かの放った衝撃波によって全壊した様子は圧巻だった。
それはーー明らかに魔導戦機によって出し得る出力の限界を、遥かに上回った破壊の限り。
「実の家族のように愛していた、私の最高傑作が……ッ!!」
ーー許せないッ!!
こんな不埒なことをした輩が、自分自身の科学者としてのプライドを意図も簡単に容易くへし折った輩が、ウォルターにはどうしても許せずにいた。
そしてウォルターは、知った。
その衝撃の余波に巻き込まれ、かつその場から生存していた冒険者が居たことを。
そして、その冒険者の名前こそーー。
「アイズ・クルシュト・レインテーゼ……。
あの女が……私から科学者としての地位とプライドの、すべてを奪い去ったんだ!!」
「あ、あんた……ッ。そんなことの為に、この取引に加担したのか?」
「ふんッ……そんなことだと? 所詮あんたは、殺し屋だ。
科学者のクソみてえに高いプライドの気持ちなんて、ド底辺のお前らには分かりはしまいさ」
そう言ってウォルターは、フンと鼻を鳴らしてふんぞり返る。
「私の最高傑作を踏み躙りやがったあの女に、復讐が出来るのなら!!
私は、例えこの世界の闇であっても手を染めてやる所存だ!!」
(なんてヤツなんだ、こいつ……)
話して理解しようなんて言うのが、まず到底無理な話に思える。
犯罪を犯そうとするヤツらの主張なんて、結局決まって自分勝手で我儘な物だ。
にしても、
(また囚われの渓谷か。どこかで聞き覚えのある名前なんだが、どうにも思い出せないな……?)
一体どこで聞いたんだ?
(まぁいい。ひとまずウォルターとの話し合いに、到底俺などでは理解できない気持ちだとは、理解ができた)
ーーとなれば、
(今、俺が取るべき行動は……)
「あッ、兄貴ッ!! こいつイエローですぜ!?」
俺とウォルターの話がひとまず終わった頃、8番車両のトイレの方からマゼンタの声が聞こえて来た。
驚きに満ちた声音に、シアンが目線を下げて、その男の顔を確かめている。
「なるほど、そういうことか……」
「はい? えーっと兄貴、こいつは一体どういうことなんで?」
「まだ分からねえのか? このイエローが本物だってことは、向こうに居たイエローはなんだってんだ?」
「……あっ!! そういやぁ、そうだ!!」
「どうやら俺たちの取引に、ネズミが一匹入り込んでいたらしい」
そう言ってシアンは、どこまでも冷たい冷酷な視線を俺の方へと向けて来た。
「なっ、おい!! どういうことだそれは!?
あんた、イエローじゃないのかよ!?」
着席しながら戸惑っているウォルターに、俺はにっこりと微笑んで手刀を落とした。
★
気絶したウォルターを抱えて、先頭車両へと走り抜ける。
(マゼンタの持っていたスーツケースも確保したし、これで取引は阻止したも同然だ)
残された問題は、背後から追って来ているシアンとマゼンタをどう巻くかだ。
「野郎ッ!! 俺たちを嵌めやがったなッ!?」
早歩きで追って来るマゼンタの足音が、カツカツと後方から響き渡る。
先頭車両のステップを踏んで、扉を開くとボイラー室の中へと逃げ込む。
(流石に時速500km/hで走る機関車から、飛び降りて逃げるってのも無理があるわな……。
しゃあない、あれを使うか)
★
ガラガラと開かれたボイラー室の扉に、三人のホムンクルス達が一斉に背後を見やる。
そこに立っていたのは、ずんぐりとした体型にスキンヘッド頭の男。
そして灰色がかった長髪に、細身の体躯を有した、長身の男だ。
全身が黒づくめのスーツを着た二人の男の内、ずんぐりとした体型のマゼンタが驚愕に目を剥く。
「バカなッ!? あの野郎が、どこにも居ませんぜ兄貴ッ!?」
機関車の運転業務中に大声を出されては、流石のホムンクルスでもお客様対応をしなくてはならないだろう。
振り返ったホムンクルスの内一体が、ぺこりと修道服の袖をつまみながら丁寧に一礼する。
「恐れ入りますがお客様、こちらはスタッフ専用のボイラー室となっております。
業務に支障を来たす可能性がありますので、どうぞ客室の方までお戻りください」
完璧な淑女の笑みと共に告げられたその言葉は、明らかに機械音声のような声色だ。
人のそれではないホムンクルスは、人形師の手により作られた人間同然の魂を宿した生命体でもある。
パッと見では見分けがつかないかも知れないが、与えられた司令をこなすだけのただのオートマタであり、きっぱりと自由意思と言った物が欠如した、人間にも劣る存在だ。
そんなホムンクルスを眺めて、シアンは淡々とした済まし顔でマゼンタに告げる。
「探せッ、ヤツはまだこの列車のどこかに居る筈だ」
そう言ってシアンは、視線を上へと向ける
「マゼンタ、お前は屋根を登って上を探せ。
俺はもう一度、一つ一つ個室あたって中から探して行くッ」
「へへっ、外側と内側から挟み撃ちしようって訳ですね?」
「そういうことだ」
シアンの出した指示に大きく頷いたマゼンタは、ボイラー室の壁際に付けられた梯子を登って行くと、屋根伝いに後方の車両へと向かって歩いて行く。
その様子を見送り、今一度シアンはボイラー室の中へと目を向けることにする。
(特にこれと言って変わった形跡は見当たらねえが……)
「まさかホムンクルスに擬態してるって訳もねえしなぁ?」
そう言ってシアンは、懐の内側から徐ろに回転式拳銃を取り出す。
アメリカのコルト社が開発したコルト・パイソンだ。
蛇の名を冠する拳銃の銃口を、ホムンクルスの頭部へとめがけて真っ直ぐに突き付けると、シアンはゆっくりとその引き金に手をかける。
「お客様、恐れ入りますが、ボイラー室での銃火器のお取り扱いは厳禁です。
安全防護対策として、敵対プログラムが始動します。
発動まで残り5秒ーー4ーー3……」
「ーーフンッ、どうかしてるぜ俺も。
ヤツがイエローに扮していたからと言って、まさかこんな得体の知れねえ玩具に化けれる訳もねえか……」
そう言ってシアンは「フッ」と笑みを吐き捨て、瞳を伏せると肩を竦めておどけてみせる。
撃鉄にかけていた指をほどき、コルト・パイソンを懐へと仕舞ってボイラー室を後にする。
★
そうしてシアンがボイラー室から去っていた頃、俺は「はぁ」とため息をついて“変わるくん”のスイッチを押す。
「なんとか上手く誤魔化せたか……」
危うく自分の命が、ここで潰えるところだった。
シアンがあのまま撃鉄を下ろしていたら、俺の顔面は、今ごろ踏み潰したトマトのようにグチャグチャになっていたのは容易に想像がつく。
背中に抱えていたウォルターをひとまず降ろし、俺は胸を撫でおろして思考に耽る。
(これでひとまず、取引を中止させる為の条件を完全に整えた)
あとはヤツらの仕掛けた爆弾を起動させなければ、それで俺の妨害作戦は成功だ。
(ヤツらが最も恐れているのは、確か国家王国騎士の筈……)
曲がりなりにも、一国家の警察組織に所属する軍隊だ。
怪しい人物を見かけたら単独でも逮捕するだけの権力があり、ヤツらが恐れているのは、法的な権力を用いた実力行使と言うことになる。
「ならーー」
俺は、再び《変わるくん》のスイッチを起動し、そのカメラの中にで一度でも記録した人物の姿形へと変装する。
その人物は、緑色の流し髪を有した国家王国騎士。
蛇の紋様が入った琥珀色の瞳に、冒険者レベルにして実に123を超える猛者。
ドラゴン1番隊を率いる部隊長である、グレゴリオ・ライオット二世である。
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