逆転機ニルヴァーシュ -朝斬りの夜明け-【バンダナコミック01】

ボス子ちゃま

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32話ー『黒づくめの取引』

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(ーーともかく。この取引を阻止する方法は、多分あれしかない)

 黒づくめの男たちが、何らかの方法によって誰かと取引を持ち掛けるつもりでいる。
 ーーなら、俺に出来ることは、ヤツらよりも先にその取引相手と接触して、その取引そのものを妨害してしまうことだ。
 とは言え、

(この列車の乗客の中から、その取引相手を探すのも至難の業だ……)

 魔導蒸気機関車ライアスは、主に16両編成の車両になる。
 全車両の座席数は、1両あたり8席。
 その一つ一つが、コンパートメント席と呼ばれる個室形式になっている。

(一つの個室に入れる人数は、およそ4人が限界か……)

 つまり、1両あたりの収容人数は、32人。
 16両だと、最大乗車人数は、512人にも上登る。


(クソッ!! この中から、顔も名前も知らない取引相手を探すのは、至難の業だ……ッ!!)

 しかも問題は、それだけではない。

(この取引に介入する相手の人数が、分からない……)

 一人なのか、二人なのか。
 あるいは、それ以上の複数人で取引を行うのか。

(せめて……なにかヒントさえあれば……)

「にしてもシアンの兄貴。イエローのヤツは、まだ来ないっすねえ?」

 壁際に張り付いて考えごとをしていた時、個室に入った黒ずくめの男たちの声が、ヒソヒソと聞こえてくる。
 気配を辿られぬように息を殺し、俺はその会話に聞き耳を立てる。

「あの野郎、ウォルターとの取引は、俺とマゼンタの3人で行うと言っておいたのに……一体どこの車両に乗りやがった?」

(ウォルター?)

 ひょっとしてそれが、ヤツらの取引相手の名前か?

(しめたぞ!! だとするなら、取引相手の人数は、これで一人に絞られる!! しかし……)

 シアンにマゼンタにイエロー?
 それがヤツらのコードネームか?

(シアンにマゼンタにイエローと言えば、確かRGB色と呼ばれる三原色の名前だ……)

 色を表現する三つの原色であり、混ぜて幅広い色を再現する為の手法を加法混合と呼んでいる。
 シアンが青で、マゼンタが赤、そしてイエローが黄色になる。
 つまりヤツらのコードネームの由来は、

(色に関わる名前ってことか?)

 じっくりと考察を広げつつ、俺はヤツらの会話を盗み聞きしていた。

「まぁ、取引の時間までは、まだ30分ありますから。気長に待ちましょうや兄貴」

 どうやら二人の黒づくめの男たちは、個室の中で対面同士に座っている。
 しかも「待つ」と言う発言から、例のブツとやらの取引は、この個室内で行われる可能性がかなり高い。

(これはーー明らかにチャンスだ……)

 もう一人の仲間がまだ来ていないと言うことは、この場所へとやって来ようとするに違いない。
 その人物を探して、俺が接触を図れる。
 こっそりと自分の入った個室を抜け出し、音を立てぬように俺は扉を閉める。
 首を左右に振って両隣の通路を確認していたところ、ちょうど右隣の車両からは、黒づくめの男が歩いて来た。
 黒いカラスのシルクハットを身に着けた巨漢の男だ。

(間違いない!! あいつがイエローだ!!)

 ズカズカと肩を揺らしながら、一番奥の16両車両から真っ直ぐに歩いて、こちらの車両へと向かって来ている。
 目測で慎重は2m。
 小柄なずんぐり体系のマゼンタよりも一際大きく、シアンと呼ばれていたあの灰色の髪の男よりも、さらに一段ぐらいは背が高い。

「あー、クソッ。マゼンタとシアンのヤツらは、一体どこの車両に乗りやがったんだ」

 悪態をつきながら、近づいてくる身長2メートルほどの大男。
 俺はその大男にめがけて、一目散で歩き始める。
 目標との距離がグングンと縮まる。
 30mーー5mーー15センチッ!!

「よう、アンタがイエロー・・・・か?」

 右側から数えてちょうど8番目の車両で、俺はその大男の隣を通り過ぎさまに声をかけた。
 ピクリと耳を震わせて立ち止まったイエローが、振り向いて俺のことを見下ろしている。
 黒いサングラスの奥に見える鋭い視線が、ギロリと睨んで俺の様子を警戒しているようにも見えた

「おい、ちょっと待ちな。そこの冒険者」

 制止することを要求する野太い声に、俺は立ち止まってゆっくりと振り返る。

「お前……どうして俺がイエローだと知ってる?」

 今にも殴りかかって来そうな剣幕で、イエローは俺の素性に探りを入れて来る。

「あっ、アンタらと約束をしていた取引相手だよ」

 ーー勿論そんな訳がない。
 ここで取引相手と偽ったのは、少しでも多くの情報をイエローから引き出したいからだ。

「ほう、それであんたの名前は?」

「ウォルターだ」

 俺がそう言って告げると、イエローは警戒心を解いた様子でそのサングラスを外してみせる。

「なるほど……確かに俺らの取引相手で、間違いなさそうだ。
 だが、三人での取引だと伺っていたんだが、何か予定に変更でもあったのか?」

 訝しむような視線を向けるイエローに、俺は手を後頭部に回して眉根を下げる。

「いや、ちょっと道に迷ってたら、たまたまあんたの姿を見かけたもんでな。
 ひょっとしたらと思って、声をかけてみたんだが……」

「なんだ、そういうことかよ。ともかく例のブツなら、俺の手元には置いてねえ。
 あの秘密のダンジョンまでの暗号地図は、マゼンタのスーツケースに入ってるからなぁ……」

 そう言ってイエローは、再びサングラスをかけると「クフッ」と笑みを浮かべる。

(いかにも悪人の浮かべそうな、底意地の悪い笑みだ……)

 しかし、例の秘密のダンジョンの暗号地図とは、一体なんだ?
 本当にそんな物が、戦争の口実と火種になり得る物なのだろうか?
 今はまだ具体的には、分からないが、この暗号地図には必ず裏がある筈だ。

(確か……グレゴリオとの決闘が終わってから、もう一人のニシジマが妙なことを言っていたな……)

『ちょうど最近、その秘密ダンジョンが新たに発見されたのは知っているかな?』

(ひょっとして秘密のダンジョンの暗号地図って、この新しく発見されたダンジョンフィールドまでの行き先を記した地図なんじゃ……ッ!!)

 ーーッ!!

(待てよ!? だとしたら、これは確かに不味いことになるぞ?)

 新しく発見されたダンジョンフィールドは、基本的には発見したヤツらの秘匿情報として処理される。
 それは争いを回避する為に、冒険者らの間で自然と設けられた暗黙のルートであり、それが破られたらどうなるかは目に見えている。
 ダンジョン産の資源を巡って、両国間において、魔導戦機同士の争いが起こる!!

(ーーなるほど、これは確かに時限爆弾だ……)

 それも両国が一歩間違えれば、一瞬で戦争へと発展してしてまう争いの火種。

(ーーヤツらの狙いが分かったぞ!!)

 恐らくヤツらは、この秘密のダンジョンの暗号地図を隣国のヴィントヘルム帝国に、ウォルターとの取引を介して横流しすることを企んでいる。
 それによって秘匿情報を1番に得たと勘違いしたヴィントヘルム帝国は、その暗号地図を頼りに秘密のダンジョンへの探索を開始するだろう。
 だが、それは何者かの手によって仕向けられた、偽りのフェイク情報。
 1番目に秘匿情報を有している王都と、1番目に秘匿情報を有したと勘違いした隣国のヴィントヘルム帝国が、ダンジョン探索の途中で、鉢合わせになってしまうと言う算段だ。
 どちらも1番目に秘匿情報を有していると思っている状態だから、両者一歩も引くことなく、これで縄張り争いに発展することは間違いないだろう。

(ーー首謀者は、恐らくこの黒づくめの男たちからボスと呼ばれている、あの籠の目の冒険者で間違いない……)

 取引が終了したら魔導列車が爆破される予定になっているのは、きっとその横流しの証拠を隠滅する為の工作だ。

(十中八九狙いは、隣国のヴィントヘルム帝国が、先に王都へのテロ行為を働いたと言う、宣戦布告の為の口実が狙いだろう。
 だとするなら、やはり籠の目の冒険者は、現在の王都サイドの人間なのか?)

 目的は分からないが、立ち位置だけは今ならハッキリと分かる。

(けど、もしそうだとするなら……)

 この一件にカイトやもう一人のニシジマが、一切絡んでいないとも言いきれなくなる。
 現在の王都の皇帝陛下が、このことを知らないとは考えづらい。
 あるいは、

(あるいは、そう……王都の内部の中に不穏因子が居ると言う可能性だ……)

 国家の中にそう言った人材を水面下で潜り込ませておけば、国家転覆を謀ることも決して不可能ではない。

(その場合、この計画を裏から操っているのは、隣国のヴィントヘルム帝国サイドの自作自演と言うことになるけれど……)

 ーーともかく!!

(この取引だけは、絶対に中止させなくては!!)

「ーーおいウォルター。聞いてるのか?」

 ややあってイエローから声をかけられ、ぼうっと黙って考えごとをしていた思考が、一気に現実へと引き戻される。

「あっ、えっと……その……すまない。
 すこしコチラまでの長旅で疲れていたんでね?」

「おいおい、まだ若いのに大丈夫かよ?
 ウォルターがまさか少年だと言うのには驚いたが、俺はもっとくたびたれた爺さんかと思ってたぜ?」

「はは……まぁ、人は見かけには依らないと言うことさ。
 取引の時間までは、あと30分ぐらいはあるだろう?
 一杯なにか飲んですこし休まないか?」

「うーん……まぁ、それもそうだな。
 テキトーになんか頼んで、茶店気分でも味わうとするか。
 コーヒーぐらい飲んでいようが、どうせ爆破のまでの時間は随分と余裕がある。
 ーーどの道……んっ?」

 そこで背後の足音に気が付いたイエローは、ふいに視線を後方へと向ける。
 カツカツと早歩きをしているのは、科学者風の白衣に、頭にはゴーグルをかけたスチームパンク風のじいさんだ。

「たくっ、イエローのヤツはどこに行ったんだ?
 シアンとマゼンタのヤツらは、もう4号車に居たって言うのに……」

「おい、どういうことだよウォルター?」

 視線を元へと戻したイエローは、それがウォルターだと気が付いたらしい。
 言うまでもないが、あれが恐らくは本物のウォルターだ。
 
「ウォルターが二人も居るなんて話は、聞いてねえぜ?
 ひとまず訳を聞かせて貰おうか、なぁ偽ウォルター?」

 そう言ってイエローの懐から取り出されたのは、黒い自動式拳銃だった。
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