逆転機ニルヴァーシュ -朝斬りの夜明け-【バンダナコミック01】

ボス子ちゃま

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27話ー『ミントの告白』

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 ぷかぷかと吐き出された青白い煙が、天井に設置されているダストコレクターへと吸い込まれて行く。
 仕事の話が長く積もれば積もるほど、心の疲れにタバコの煙が、呼吸器を通って肺から全身へと染み渡って行く。
 血行や細胞の隅々までニコチンが行き渡り、吐息をふぅ~っと吐き出せば、気持ちがリラックスするような感覚に酔いしれられる。

「美味いなぁ、このスライムタバコ」

 真剣な話をしていた分だけ、こんな一時ひとときに心が落ち着くと言う物だ。
 穏やかな気持ちで一服を繰り返して、スライムタバコと呼ばれる葉巻の香りを口腔内で楽しみ続けた。

「ええ、まるで温泉に浸かっているような気分になりますねえ」

 まったりとした口調で笑顔を浮かべたミントは、湯船でのぼせたようにその両頬を火照らせている。
 ーー異世界に年齢制限と言った物はない。
 異国の地では、日本と法律が違ったりするのと同じように。
 このディートハルト大陸の東に位置する、王都マナガルム改めーー竜宮王国ウェブレディオにおいても、タバコや葉巻、それとアルコールなどの酒類において、特別禁止されていると言うことは一切ない。
 大麻を吸っても大丈夫だし、探せば覚醒剤の一つもあるかも知れない。

「法律が無いって便利だよなぁ~」

 思えば日本での生活が息苦しいのって、煩わしい法律の問題とかがいっぱいあるからに思えてならない。
 それを思えばこの異世界は、とっても自由で生きやすい。
 蒸留酒の注がれた木製のジョッキに手をかけ、グビリと半分ぐらい飲み干したところで、ガタンと音を鳴らして卓上へと置く。

「実に刺激的な味わいだ」

 炭酸飲料特有の喉越しに、口の中には清涼感が広がる。
 柑橘系のレモン風味の蒸留酒が、シュワシュワと弾けて踊るように喉を通り過ぎる。
 酒の熱を帯びた喉は熱くなり、それがまた堪らなく心地いい。

「食事も終わったことだし、今日は宿を借りて早めに寝よう」

 冒険者ギルド「ルナイトキャット」の二階部分は、宿屋としてのスペースがあっていつでも寝泊まり可能だ。

(明日のことを思えば、夜更かしは厳禁だからな……)

 どこのダンジョンに向かうべきかも決めなくてはならないし、ゆっくりと休息を取って明日に備えるのが一番だ。
 そう思って座席から立ち上がろうとしたところで、ミントに腕を引っ張られた。

「ま、待って!! ターニャさん!!」

「ん?」

 一体なんだろう?
 そう思って再び腰を降ろすと、ミントの視線が俯きがちになる。

「あの……私、ターニャさんに伝えておきたいことがあるんですが……」

 改まってそう言ったミントに、俺は珍しくコクリと首を傾げた。

「一体どんな話なんだ?」

「それは、その……」

 口ごもるミントに、俺は気さくな笑みを振りまいてニコリと微笑む。

「言ってみろよ、気にしないから」

 ミントは俺の命の恩人でもある。
 大概の言い出しづらいようなことでも、俺はミントの為なら聞いてやれるぐらいの覚悟はある。

「ひょっとして金を貸してくれ的な?
 良いぜ、二人で協力して稼げるようになったら、いつでもミントに金を出してやるよ」

 そう言って俺が得意げに笑みを浮かべると、俯きがちだったミントの視線が真っ直ぐに俺の視線を射止める。
 うるうると潤んだ翡翠の瞳。
 深呼吸に膨らんだ小さな胸が押し上げられ、柔らかそうな桜色の唇がゆっくりと開かれる。

「魔道具店の再建計画が終わったらで良いですので、私と付き合っては貰えないでしょうか!?」

「うーん、付き合うかぁ……えっ?」

 今、ミントはなんて言ったんだ?
 別に難聴系主人公であったつもりはサラサラないのだが、突然のことで思わず訪ね返してしまった。

「付き合うって一体どこに?」

 買い物か、それとも遊園地か。
 ともかく一人で行きづらい場所に着いて来て欲しいと言うことなら、俺で良ければお安い御用だ。

「あっ、ひょっとしてカラオケか?
 分かるよ、俺もヒトカラって中々行きづらいもんなぁ」

 納得して「ウンウン」と首を頷かせていた俺に、ミントは「いえ、そのことではなく……」と首を横にぷるぷると振る。

「カラオケではないと言うことか?」

「カラオケとか、そういう意味ではないです。
 付き合って欲しいんです。恋人として……」

「恋人としてねえ……ん? マジで?」

「マジです……」

 ミントの真剣な表情と視線が、俺の視線に真っ赤に染まって突き刺さっていた。



 どう考えても告白だった。
 と言うか、それ以外にはあり得なかった。

(かと言って俺には、アーシャと言う婚約者が居るしな……)

 勿論それは生前の話になる。
 が、今世においてアーシャが生きているかも知れないと言う希望がある以上、俺が出すべき答えは半分ぐらいは決まっているよう思える。


「いや、そんな突然、急に言われてもだな……」

 ダメーーと言う訳では決してない。
 この世界は、パラレルワールドではないのだから。
 7年後の未来の世界線だと、既に判明している状態だ。

(俺は一度死んで、いや……2回は死んできたか)

 何にせよ、既に元の自分の姿形などは、思えばどこにも存在していない。

(そんな状態でアーシャと仮に再会して、彼女は俺のことを好きで居続けてくれるだろうか?)

 脳裏に過ぎった疑問は、思えばそれだけではない様に思う。
 カイトが俺を裏切っているかも知れない。
 その可能性がある以上、アーシャにしても同様のことが言える訳だ。
 そんな状態で、だ。

(逆に俺は、彼女を今まで通り、好きで居続けることが出来るのだろうか?)

 揺らいでいたのは、自分自身の気持ちになる。
 ーーだけど、

「やっぱりそれは出来ないよ……」

 どうしてもアーシャと再会したい気持ちがある。
 それが仮に裏切りだとして、正式に別れを切り出して、関係性が途切れてしまったと言う訳ではない。
 ーーなら、今の自分の気持ちに、俺は嘘なんてつけない。

(たまたまあの7年前の日、アランと籠の目の冒険者に襲われて俺は死んだ。
 それで俺のこのループ生活が始まりを告げた……)

 きっかけは、些細なことだったのかも知れない。
 ーーけど、逆に言えば、それが無ければ俺は、きっと彼女の関係を末永く続けられるように励んでいたに違いない。
 それまで通り過ごせていたなら、俺はきっと幸せで居られた筈なんだ。
 だから俺がミントに返すべき答えは、半分ぐらいは決まっていたような物である。

「ごめん、俺にはもう……好きな人が居るんだよ」

 ずっと昔から一人だけを愛して来た。
 彼女の存在だけは、どんな苦境の中でさえ、色褪せることなく輝き続けているのだと思い知る。

「そう……ですか……」

 がっくりと肩を落として落ち込む素振りを見せたミントは、弱々しい声音を吐き捨てると俯きがちに視線を伏せる。
 柔らかな柔和な顔立ちに陰りができ、見ているこっちが心苦しい気分になるような、そんな表情をしている。

「ごめん……」

 ただ一言、そう告げることしか俺にはできない。
 そんな俺の様子を伺うように上目遣いを配らしたミントは、首をぷるぷると振ってから顔を上げる。

「ーー私っ!! 2番目の女でも気にしない質なんですけど、それでもダメでしょうか!?」

「ーーだ、ダメに決まっているだろうッ!!」

 思わず強く言い返してしまっていたことで、ミントの華奢な肩がぴくりと震えたように思う。

「よく聞けミント。なるなら、ちゃんとその人の1番を目指さなくちゃダメだ!!」

 それが人を愛することだと、俺は思う。
 この人にとっての一番でありたい。
 そう強く望んで動き続けること。
 ーーそれが「愛する」と言う行為の本質なんだ。

「でも……それだとターニャさん。
 私のこと……いつまで経ったって、1番に何かしてくれないじゃないですか?
 ターニャさんは、酷い人です……」

「それは……まぁ、そうだけど……」

 誰もが、1番を目指したからと言って。
 誰でも、1番になれるとは限らない。
 だからこそ人は、1番を目指したがるし、そうでなかった時に悔しがることができる生き物なんだと思う。
 結局、人間にできることなんて、それでもなりたいと目指した1番に対し、どこまで自分自信がその信念を貫き通せるかに掛かっている。
 それを途中で諦めるのもまた良しだが……。
 挫折したからと言って、それで誰かを罵って良い理由にはならないだろう。

「ミントに酷いと言われる筋合いは、俺にはない……」

 その人の1番になれない。
 それが分かると、決まって人は「酷い」と罵る。
 何かを諦め挫折したヤツほど、その傾向は強くなる一方だ。

「お前が誰を好きになって、誰を諦めるのも勝手だ。
 だけど、そのことを理由に“酷い”だなんて言わないでくれ」

 そんなことを言われる筋合いは俺にはない。
 俺は、アーシャを諦めてなんかいないんだ。
 今だって彼女一人だけを想い続けて生きている。
 それなのにミントは、自分だけが誰かを好いて、それが実らないことに憤りを感じているような発言をしてくる。
 俺には、それが身勝手だと思えた。
 望めば手に入って、当たり前だと思ってる。
 そんな当たり前が通用したなら、俺は7年前に理不尽に殺されてなんかいない。
 第一、自分勝手に誰かを好きになって、それが実らなければその相手を否定の言葉で責め立てるなんて。
 ーーそんな物は、カッコ良くないし愛じゃないだろ。
 ミントの悪い部分を初めて知った。
 そのことが無性に俺を苛つかせている。

「大体、俺を好きになって何がしたいんだよ?」

「それは……ターニャさんのお力に少しでもなれるかと思って……」

「俺は……お前の力なんて必要ない……」

 そう言って嘆息して吐息を吐き出し、そんな言葉を吐き捨てた自分にさえムシャクシャする。
 いわゆる自己嫌悪ってヤツで胸がいっぱいだ。
 ミントの力が必要ないなんて100%嘘なんだ。
 そんなことは、自分でも分かっている。
 俺にとってミントの存在は、少なからず必要なビジネスパートナーの一人だ。
 だけど、それは俺にとって恋人として必要な訳ではない。
 あくまでも仕事仲間としての関係を築き上げたい、それだけのことなのだ。

(今も昔もその気持ちは、一切変わってない……)

 だと言うのに、どうして俺がすべてを失うことになったんだ?
 アランと籠の目の冒険者に襲われて俺は死んだ。
 どうして俺がすべてを失い、あんなヤツらがまだのうのうと生きている?
 誰かを殺した訳でもなく。
 何かを盗んだ訳でもない。
 自分は今まで真面目に生きて来たのだから、すこしは甘い蜜を吸っても良い。
 そんなことを言って、行った訳でもなく。
 ただ、自分たちにも出来そうなことをして、普通に暮らして生きようとしていただけの話だ。
 そんな俺のーー何が悪い?
 それではまるで、俺たちの生き方だけが、間違っていたみたいに聞こえるじゃないか?

(あの時の俺に足りなかった物とは、一体なんだ?)

 そう思うと、本当にここで俺がミントに告げるべき選択は、これで良いのだろうか?
 何をすれば俺は、俺にとって大事な人たちを繋ぎ止めておくことが出来たんだろうか?

「なーんてな」

「えっ?」

「そんなの冗談に決まってるだろ?」

 だから俺は、自分の気持ちに蓋をした。
 偽りと言う名の蓋をすることで、少しでも過去に囚われずに今を生きられるようにしたかった。
 あの時と同じような失敗なんてしたくない。
 アランと籠の目の冒険者にだけは、絶対に負けたくない。
 そんな自分自身の過去の失態が、自分の本心を偽ることを選択させる。

「俺にミントの力が必要ないなんて、そんなの嘘に決まってるだろ?
 まさかミントの方からそう言ってくれるとは思わなくて、少しだけ驚いてしまったんだ……」

「えっと……じゃあ?」

「ーーうん、付き合おう……恋人として」

 そう言って俺は、好きでもない相手に好きだと告げた。

「ーーほ、本当ですかッ!?」

「あぁ、本当だ……」

 ーー本当は、嘘なんだ……。

(だからやめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ……)

 キラキラとしたミントの瞳が、色恋と言う名の熱気を帯びて熱く俺の表情に突き刺さっていた。

(ーー俺は、お前に嘘をついている。
 ーー俺は、お前を騙している。
 そんな目で俺を見るのは、もうやめてくれ……)

 嬉しそうに両拳を握り締めたミントは、座席から立ち上がると、俺の手を取りるんるん気分で歩き出す。
 それに釣られて歩み始めた俺は、必死に自分の表情に作り笑いを浮かべることで余裕を作りあげる。
 顔面が蒼白して張り付いた偽りの笑みが、まるでピエロの仮面みたいで気持ちが悪い。
 だけど、

(これで俺は自分の守りたかった者たちを、少しでも守れるような優しい大人になれたんだろうか?)

 朝陽のように明るい作り笑い。
 その歪んだ笑みの下では、内心で吐き気を堪える自分が居た。
 俺の心の水面下では、今やチクリと心臓が軋むような音色が奏でられている。
 ーーそれはまるで、なんだか月が欠けるような音色に思えた。

「ちゃんと責任、取ってくださいね?」

 誰かの気持ちに寄り添い、自分自身が責任を取らねばならない。
 ーーその一言が怖かった。
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