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8話ー『竜宮王国ウェブレディオ』
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「ーー直に夜が来る」
公爵貴族に立ち入ることを許された者のみ、二棟の緑色の屋根を有するタージマハルのような宮殿の中に入れる。
王歴2031年6月1日同時刻。
開かれたパーティー会場から飛び出した現・皇帝陛下カイト・スヴェンソンは、そう言って鉄格子のついた窓から城下町の景色を見下ろしていた。
石畳でできた階段の踊り場に立ち、7年前に乗っ取ることに成功した国の様子をまじまじと眺める。
その城下町の名前は、新生竜宮王国ウェブレディオ。
かつてある理由から、カイトが略奪することに成功した新たなる国の名前だ。
当時の名前は、王都マナガルム。
ディートハルト大陸の東部に位置する、東の大国として世に知れ渡っている。
どこまでも広がる青い空の下、南門の入国口では魔導機関車の行き交う姿が見えている。
その深い海を汽車で渡って辿り着くのは、カイトが生まれ育った故郷である、隣国のヴィントヘルム帝国だ。
母国であるがゆえに思い入れはあるが、あの国は近々、この国とダンジョン産の資源をめぐって争いを起こすことになるだろう。
その時が来る日まで、もう間もなくの時間を有するが、そうなれば両国とも魔導戦機を使った正面衝突は免れない。
そして、
「この国とあのヴィントヘルムが戦争になれば、それであの7年前の事件は無事に終了することになる」
ふっ、と緩ませた口角の端。
カイトはその瞬間、誰にも気付かれぬように僅かに口角を持ち上げる。
その時、ちょうど踊り場の階下から一人の騎士がやって来るのが見える。
スッと口元を引き締め直し、カイトはその身体ごと騎士に目を向ける。
「一体、何の用だ?」
立ち止まった騎士へと向かい、カイトは重苦しく息を吐いて訪ねた。
重圧の籠もった言葉に、伏せ目がちに騎士が口を開かせた。
「すこしご報告があるのですが、よろしいでしょうか?」
「よい、ただし用件は手短に済ませろ」
「城門を守衛していたフォーゼンナイト兄弟からの伝達なのですが、魔石型ICチップから測定できる生体魔力識別コードが、どうやら妙な反応を示した冒険者を見かけたそうですのでご報告を」
「妙な反応だと?」
「はい、それが……元々の魔力識別コードとは、異なる魔力識別コードの持ち主のようでして……」
「異なる識別コードか、なるほどな……。
魔石型ICチップに不具合があったと言う可能性は?」
「それはありえません!!
我々の技術を用いて作り出したチップは、完璧な物です!!」
「だが、不完璧なことが起きている……」
そう言われて騎士は、ハッとして息を呑んだ。
「何事にも完璧と言うことはあり得ない」
それはあの7年前の事件の日。
完璧だと思われたパーティーの攻略が、ほんの少しの異物の手により不完璧へと変貌を遂げてしまったように。
「それで、その冒険者の名前と、異なる識別コードに出てきた冒険者の名前は一体誰だ?」
「それが……。名前は、ターニャ・クライリスと言う冒険者のようです。
ただ、もう一つのコードの方は、既に故人のコードのようでして……」
「故人? バカな。死んだヤツのコードがつく訳がないだろう」
「それは、そうなのですが……」
「その故人のコードと言うのは、一体誰のものなんだ?」
「ニシジマ・ノボルと言う冒険者です。
7年前にC級冒険者として、クエスト中に不慮の事故で亡くなった男の魔力識別コードかと……」
「なるほど……」
ーーそういうことかッ!!
カイトは含みのある笑いをこぼして納得すると、
「話は分かった。
こちらからグレゴリオに連絡を回しておくとしよう」
そう言って騎士に退却を命じると、カイトは嬉しそうにその琥珀色の瞳を光らせる。
「ようやく目覚めたか、ニシジマ・ノボル」
ーー時は、そこから少しばかり遡る。
★
「ヘイ、ブラザー。この竜宮王国ウェブレディオに入国する為には、ICチップの確認が必要になるぜ?」
「ーー悪い。ICチップは持ってない」
「オーケイ。なら、そっちのブースでチップ埋め込みの手術を受けてくれ。
君の魔力識別コードを登録させて貰いたい」
御者のじいさんに運ばれて王都までやって来た俺は、馬車を降りてすぐ近くにある東口の城門前に並んでいた。
門兵である二人の兄弟に止められ、ちょうど検問を受けている最中だ。
人口にして、およそ1000万人の滞在者が住まう、ここ王都マナガルムでは、またの別名を“裏日本”と呼ばれて来ている超巨大城下町になる。
(歳月が経って国の名前が変わろうが、そこら辺の事情はあまり変わらないみたいでホッとするな……)
「ヘイ、シスター。兄のドゥクスに代わり、俺がブースまでの案内係を務めさせて貰うレイズ・フォーゼンナイトだ。
転ばないように気を付けながら着いて来てくれ」
そう言われて俺は、門兵の弟であるレイズの後ろを着いて歩く。
(二人ともまだ若いのに、国家王国騎士の門兵か……)
門兵と言うことは、配属先で言うなら恐らくカラス隊と言ったところだろう。
年の功は、どちらも20代半ばぐらいとかなり若く。
兄ドゥクスの方が、ゴールドブロンドの丸目の瞳に。
パイナップルのようなトンガリ頭の茶髪だ。
弟レイズの方は、サラサラの金髪に。
細いアイスブルーの瞳。
どちらも似ても似つかない雰囲気だが、身長は二人とも同じぐらいの180センチ。
体系は兄がゴリマッチョで、弟が細身のイケメンって感じだった。
(一致しているところと言えば、何故だか目が死んだ魚のように暗いぐらいか……)
そんなことを考えていた折、城門からすこし離れた位置に隣接された白いブースのようなテントに辿り着く。
そこまで来たところで、レイズは踵を返して手を振った。
「うしッ、それじゃあここで俺の案内は終わりだ。
ウサギ隊のユウナ・ぴえん君から、そのままチップの施術を受けてくれ」
「ありがとう。
ところで、そのぴえんって言うのは名前なんだよな?」
「当然でちょう?」
そう言って俺の背後からやって来たのは、ナースキャップを頭に乗っけった女医風のお姉さんだ。
首には黒い聴音機をかけ、その手には無鉤鉗子と呼ばれるピンセット型の医療用器具まで持ち歩いている。
いかにもマッドサイエンティストか、ドクター風の身なりだ。
軽そうなプレートメイルの上から羽織った白いコートの下には、黒いパンプスと同系色のミニスカートを履いている。
その間に挟まったパンティーストッキングが、なんとも大人の色気をプンプンと醸し出しているように思えてならない。
「施術が終わったらいつでも入国可能だから、終わり次第コッチに声をかけてくれ」
ひらひらと手を振りながら歩き去って行くレイズに、俺も手を振って無言で返した。
「さて、それでは始めましょうか。
そちらの座席におかけくだちい」
「思うんだけどぴえんって、ちょっと変わった口調で話すんだな?」
「失礼でちね?」
「すみません」
ただ、せっかくの大人の色気が、バカっぽくて台無しだと思えただけなんだ。
推定Dカップのスイカがぷるんと揺れると、ぴえんはブースの中に置かれたパイプ椅子へと着席した。
間に広げられたパイプテーブルを挟み、俺とぴえんは、まるでこれから占いする人達みたいに向き合った。
そうして始まる簡易施術。
俺は右手の甲をあらかじめ用意された白いタオルの上に乗せると、そのまま世間話がてら、ぴえんへと話かけることにする。
「しかしあれだな?
魔石型ICチップの文化がここまで浸透しているとはな?」
淡々と機械的にそう述べた俺は、7年前の記憶を思い返していた。
ちょうど事件があった3ヶ月前、始めてこの王都にやって来て冒険者登録をした時のことを思い出す。
俺たち国家王国騎士志望の冒険者は、みな必ず“冒険者登録”と称して、この実験的なプログラムに強制参加されていた。
個人個人の魔力識別コードを測定できる魔石型ICチップと言うのは、突き詰めて言ってしまえば、魔石を用いた身分証明書の類になる。
冒険者はそのクエスト上、任務中に行方不明になる確率が高いので、そういった機能を付けておこうと言う説明だった。
「元々、魔石型ICチップは、普及していませんでちたからね」
にこりと笑ってぴえんが答える。
語尾に違和感がないことを除けば、完璧な天使、淑女の笑みそのものだ。
「もう7年以上も前の話になるか」
開発が進んでいなかったと言う訳ではない。
開発は進んでいたが、その計画は途中で頓挫したのだ。
隣国のヴィントヘルム帝国や南部、西武、北部。
四大国を含めた協議会の議決により、魔石型ICチップの実装は破棄されることになったのだ。
「犯罪を抑止する為には、強力な管理が必要不可欠なのです。
カイト様は、この国の未来を憂い、魔石型ICチップの利用を政治的な解決により締結されました。
一人の政治家として、素晴らしい手腕としか言いようがありません」
感動のあまり目尻に涙を浮かべたぴえんは、思いっきり俺の手の甲にそのまま部分麻酔の注射針を突き刺した。
「こんなに感極まって、血管を外さないとは流石だな?」
「これでも薬師のクラスジョブを極めようと言う身ですから。
このぐらいは流石に……」
そう言ってぴえんは、淡々と施術を開始する。
メスとピンセットを用いて肉を開き、滲んだ血をガーゼで拭き取りながら丁寧に魔石をはめ込んで行く。
「ーー魔石には、所有者の魔力を感知する特殊な魔力反応回路が備わっていますからね。
その魔力電導率は脅威の100%です。
半導体産業を改良して辿り着いた《半魔道体産業》のおかけで、この国の暮らしもきっと便利になること間違いないなしです」
力説するぴえんの紫色のボブカットが、桜の花びらが落ちるように揺れる。
「魔石とはーーすなわち《半魔導体物質》のことだからな」
俺もその利便性については、概ねぴえんに同意する。
この魔石と呼ばれている特殊な異世界産鉱石には、魔力の流れを放出し、保存する能力が備わっている。
それはつまり、魔石の欠片を人体に埋め込めば、その魔力波を識別して電気信号化させることが出来ると言う代物だ。
日本では、そのことを変電と呼ぶ。
これにより魔石型ICチップは、魔石管理ネットワークを構築することが出来るのだ。
いつどこで、誰が、どこに居るか。
それらのすべての情報が、国の上層部に筒抜けになる。
間違った使い方をすれば危険な代物だが、正しく使いこなせば反社会的な冒険者を一網打尽にできると言う訳だ。
Mは魔石の意味。
そして、IはICチップの意味とインターネットのIから来ている。
Iが二つあるからツーと読み。
更にその前に魔石があるから、総じて《M《エム》.II《ツー》.》システムと呼ばれている。
この《M《エム》.II《ツー》.》システムの凄いところは、すべての情報を国家が管理して安全化に置くことが出来ると言うことだ。
ところがそれは7年前には、実験的にしか実現されていなかった。
当初から話題になっていた、ある問題点が浮き彫りになった。
その問題点と言うのが、
「ーーけど、魔石型のICチップには、管理者にその個人情報が筒抜けになっちまうデメリットがある。
誰が管理するかによっては、かなり危険なシステムになる筈だ……」
「えぇ、その点に関しても問題はありません。
我々、竜宮王国ウェブレディオの誇り高き国家王国騎士の一員が、民の個人情報を一切悪用しないことを。
この場においてお約束致します」
「そうか。まぁ、それなら良いんだけどな……」
しかしカイトは、何故今さらそんなシステムを法規的に導入することにしたんだ?
どの道、これが無くては入国手続きが進まないから従うしかないけど。
正直に言うなら、あまり個人的には乗り気にはなれないシステムだ。
「それでは、魔石型ICチップの埋め込みが終わりましたので。
続いて、記述式魔法により魔術刻印の付与を開始します」
そう言ってぴえんは、俺の手の甲に裁縫を施すと、止血代わりに大量のガーゼを染み込ませた。
公爵貴族に立ち入ることを許された者のみ、二棟の緑色の屋根を有するタージマハルのような宮殿の中に入れる。
王歴2031年6月1日同時刻。
開かれたパーティー会場から飛び出した現・皇帝陛下カイト・スヴェンソンは、そう言って鉄格子のついた窓から城下町の景色を見下ろしていた。
石畳でできた階段の踊り場に立ち、7年前に乗っ取ることに成功した国の様子をまじまじと眺める。
その城下町の名前は、新生竜宮王国ウェブレディオ。
かつてある理由から、カイトが略奪することに成功した新たなる国の名前だ。
当時の名前は、王都マナガルム。
ディートハルト大陸の東部に位置する、東の大国として世に知れ渡っている。
どこまでも広がる青い空の下、南門の入国口では魔導機関車の行き交う姿が見えている。
その深い海を汽車で渡って辿り着くのは、カイトが生まれ育った故郷である、隣国のヴィントヘルム帝国だ。
母国であるがゆえに思い入れはあるが、あの国は近々、この国とダンジョン産の資源をめぐって争いを起こすことになるだろう。
その時が来る日まで、もう間もなくの時間を有するが、そうなれば両国とも魔導戦機を使った正面衝突は免れない。
そして、
「この国とあのヴィントヘルムが戦争になれば、それであの7年前の事件は無事に終了することになる」
ふっ、と緩ませた口角の端。
カイトはその瞬間、誰にも気付かれぬように僅かに口角を持ち上げる。
その時、ちょうど踊り場の階下から一人の騎士がやって来るのが見える。
スッと口元を引き締め直し、カイトはその身体ごと騎士に目を向ける。
「一体、何の用だ?」
立ち止まった騎士へと向かい、カイトは重苦しく息を吐いて訪ねた。
重圧の籠もった言葉に、伏せ目がちに騎士が口を開かせた。
「すこしご報告があるのですが、よろしいでしょうか?」
「よい、ただし用件は手短に済ませろ」
「城門を守衛していたフォーゼンナイト兄弟からの伝達なのですが、魔石型ICチップから測定できる生体魔力識別コードが、どうやら妙な反応を示した冒険者を見かけたそうですのでご報告を」
「妙な反応だと?」
「はい、それが……元々の魔力識別コードとは、異なる魔力識別コードの持ち主のようでして……」
「異なる識別コードか、なるほどな……。
魔石型ICチップに不具合があったと言う可能性は?」
「それはありえません!!
我々の技術を用いて作り出したチップは、完璧な物です!!」
「だが、不完璧なことが起きている……」
そう言われて騎士は、ハッとして息を呑んだ。
「何事にも完璧と言うことはあり得ない」
それはあの7年前の事件の日。
完璧だと思われたパーティーの攻略が、ほんの少しの異物の手により不完璧へと変貌を遂げてしまったように。
「それで、その冒険者の名前と、異なる識別コードに出てきた冒険者の名前は一体誰だ?」
「それが……。名前は、ターニャ・クライリスと言う冒険者のようです。
ただ、もう一つのコードの方は、既に故人のコードのようでして……」
「故人? バカな。死んだヤツのコードがつく訳がないだろう」
「それは、そうなのですが……」
「その故人のコードと言うのは、一体誰のものなんだ?」
「ニシジマ・ノボルと言う冒険者です。
7年前にC級冒険者として、クエスト中に不慮の事故で亡くなった男の魔力識別コードかと……」
「なるほど……」
ーーそういうことかッ!!
カイトは含みのある笑いをこぼして納得すると、
「話は分かった。
こちらからグレゴリオに連絡を回しておくとしよう」
そう言って騎士に退却を命じると、カイトは嬉しそうにその琥珀色の瞳を光らせる。
「ようやく目覚めたか、ニシジマ・ノボル」
ーー時は、そこから少しばかり遡る。
★
「ヘイ、ブラザー。この竜宮王国ウェブレディオに入国する為には、ICチップの確認が必要になるぜ?」
「ーー悪い。ICチップは持ってない」
「オーケイ。なら、そっちのブースでチップ埋め込みの手術を受けてくれ。
君の魔力識別コードを登録させて貰いたい」
御者のじいさんに運ばれて王都までやって来た俺は、馬車を降りてすぐ近くにある東口の城門前に並んでいた。
門兵である二人の兄弟に止められ、ちょうど検問を受けている最中だ。
人口にして、およそ1000万人の滞在者が住まう、ここ王都マナガルムでは、またの別名を“裏日本”と呼ばれて来ている超巨大城下町になる。
(歳月が経って国の名前が変わろうが、そこら辺の事情はあまり変わらないみたいでホッとするな……)
「ヘイ、シスター。兄のドゥクスに代わり、俺がブースまでの案内係を務めさせて貰うレイズ・フォーゼンナイトだ。
転ばないように気を付けながら着いて来てくれ」
そう言われて俺は、門兵の弟であるレイズの後ろを着いて歩く。
(二人ともまだ若いのに、国家王国騎士の門兵か……)
門兵と言うことは、配属先で言うなら恐らくカラス隊と言ったところだろう。
年の功は、どちらも20代半ばぐらいとかなり若く。
兄ドゥクスの方が、ゴールドブロンドの丸目の瞳に。
パイナップルのようなトンガリ頭の茶髪だ。
弟レイズの方は、サラサラの金髪に。
細いアイスブルーの瞳。
どちらも似ても似つかない雰囲気だが、身長は二人とも同じぐらいの180センチ。
体系は兄がゴリマッチョで、弟が細身のイケメンって感じだった。
(一致しているところと言えば、何故だか目が死んだ魚のように暗いぐらいか……)
そんなことを考えていた折、城門からすこし離れた位置に隣接された白いブースのようなテントに辿り着く。
そこまで来たところで、レイズは踵を返して手を振った。
「うしッ、それじゃあここで俺の案内は終わりだ。
ウサギ隊のユウナ・ぴえん君から、そのままチップの施術を受けてくれ」
「ありがとう。
ところで、そのぴえんって言うのは名前なんだよな?」
「当然でちょう?」
そう言って俺の背後からやって来たのは、ナースキャップを頭に乗っけった女医風のお姉さんだ。
首には黒い聴音機をかけ、その手には無鉤鉗子と呼ばれるピンセット型の医療用器具まで持ち歩いている。
いかにもマッドサイエンティストか、ドクター風の身なりだ。
軽そうなプレートメイルの上から羽織った白いコートの下には、黒いパンプスと同系色のミニスカートを履いている。
その間に挟まったパンティーストッキングが、なんとも大人の色気をプンプンと醸し出しているように思えてならない。
「施術が終わったらいつでも入国可能だから、終わり次第コッチに声をかけてくれ」
ひらひらと手を振りながら歩き去って行くレイズに、俺も手を振って無言で返した。
「さて、それでは始めましょうか。
そちらの座席におかけくだちい」
「思うんだけどぴえんって、ちょっと変わった口調で話すんだな?」
「失礼でちね?」
「すみません」
ただ、せっかくの大人の色気が、バカっぽくて台無しだと思えただけなんだ。
推定Dカップのスイカがぷるんと揺れると、ぴえんはブースの中に置かれたパイプ椅子へと着席した。
間に広げられたパイプテーブルを挟み、俺とぴえんは、まるでこれから占いする人達みたいに向き合った。
そうして始まる簡易施術。
俺は右手の甲をあらかじめ用意された白いタオルの上に乗せると、そのまま世間話がてら、ぴえんへと話かけることにする。
「しかしあれだな?
魔石型ICチップの文化がここまで浸透しているとはな?」
淡々と機械的にそう述べた俺は、7年前の記憶を思い返していた。
ちょうど事件があった3ヶ月前、始めてこの王都にやって来て冒険者登録をした時のことを思い出す。
俺たち国家王国騎士志望の冒険者は、みな必ず“冒険者登録”と称して、この実験的なプログラムに強制参加されていた。
個人個人の魔力識別コードを測定できる魔石型ICチップと言うのは、突き詰めて言ってしまえば、魔石を用いた身分証明書の類になる。
冒険者はそのクエスト上、任務中に行方不明になる確率が高いので、そういった機能を付けておこうと言う説明だった。
「元々、魔石型ICチップは、普及していませんでちたからね」
にこりと笑ってぴえんが答える。
語尾に違和感がないことを除けば、完璧な天使、淑女の笑みそのものだ。
「もう7年以上も前の話になるか」
開発が進んでいなかったと言う訳ではない。
開発は進んでいたが、その計画は途中で頓挫したのだ。
隣国のヴィントヘルム帝国や南部、西武、北部。
四大国を含めた協議会の議決により、魔石型ICチップの実装は破棄されることになったのだ。
「犯罪を抑止する為には、強力な管理が必要不可欠なのです。
カイト様は、この国の未来を憂い、魔石型ICチップの利用を政治的な解決により締結されました。
一人の政治家として、素晴らしい手腕としか言いようがありません」
感動のあまり目尻に涙を浮かべたぴえんは、思いっきり俺の手の甲にそのまま部分麻酔の注射針を突き刺した。
「こんなに感極まって、血管を外さないとは流石だな?」
「これでも薬師のクラスジョブを極めようと言う身ですから。
このぐらいは流石に……」
そう言ってぴえんは、淡々と施術を開始する。
メスとピンセットを用いて肉を開き、滲んだ血をガーゼで拭き取りながら丁寧に魔石をはめ込んで行く。
「ーー魔石には、所有者の魔力を感知する特殊な魔力反応回路が備わっていますからね。
その魔力電導率は脅威の100%です。
半導体産業を改良して辿り着いた《半魔道体産業》のおかけで、この国の暮らしもきっと便利になること間違いないなしです」
力説するぴえんの紫色のボブカットが、桜の花びらが落ちるように揺れる。
「魔石とはーーすなわち《半魔導体物質》のことだからな」
俺もその利便性については、概ねぴえんに同意する。
この魔石と呼ばれている特殊な異世界産鉱石には、魔力の流れを放出し、保存する能力が備わっている。
それはつまり、魔石の欠片を人体に埋め込めば、その魔力波を識別して電気信号化させることが出来ると言う代物だ。
日本では、そのことを変電と呼ぶ。
これにより魔石型ICチップは、魔石管理ネットワークを構築することが出来るのだ。
いつどこで、誰が、どこに居るか。
それらのすべての情報が、国の上層部に筒抜けになる。
間違った使い方をすれば危険な代物だが、正しく使いこなせば反社会的な冒険者を一網打尽にできると言う訳だ。
Mは魔石の意味。
そして、IはICチップの意味とインターネットのIから来ている。
Iが二つあるからツーと読み。
更にその前に魔石があるから、総じて《M《エム》.II《ツー》.》システムと呼ばれている。
この《M《エム》.II《ツー》.》システムの凄いところは、すべての情報を国家が管理して安全化に置くことが出来ると言うことだ。
ところがそれは7年前には、実験的にしか実現されていなかった。
当初から話題になっていた、ある問題点が浮き彫りになった。
その問題点と言うのが、
「ーーけど、魔石型のICチップには、管理者にその個人情報が筒抜けになっちまうデメリットがある。
誰が管理するかによっては、かなり危険なシステムになる筈だ……」
「えぇ、その点に関しても問題はありません。
我々、竜宮王国ウェブレディオの誇り高き国家王国騎士の一員が、民の個人情報を一切悪用しないことを。
この場においてお約束致します」
「そうか。まぁ、それなら良いんだけどな……」
しかしカイトは、何故今さらそんなシステムを法規的に導入することにしたんだ?
どの道、これが無くては入国手続きが進まないから従うしかないけど。
正直に言うなら、あまり個人的には乗り気にはなれないシステムだ。
「それでは、魔石型ICチップの埋め込みが終わりましたので。
続いて、記述式魔法により魔術刻印の付与を開始します」
そう言ってぴえんは、俺の手の甲に裁縫を施すと、止血代わりに大量のガーゼを染み込ませた。
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