逆転機ニルヴァーシュ -朝斬りの夜明け-【バンダナコミック01】

ボス子ちゃま

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7話ー『三度目の転生』

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 一体どれだけの時間をそうしていたのかは、分からない。
 1時間か、2時間なのか。
 あるいは、もっと長い年月を眠りに付いていたのか。

「そのターニャさんって言うのは、ひょっとして俺のことか?」

 眼の前に座る御者のじいさんを眺める。
 恰幅の良い体型に、こげ茶色のタキシードのような背広。
 頭には吟遊詩人のかぶりそうな、つばの広い羽付き帽子を目深にかぶったオシャレなじいさんだ。
 周りを見回せば、俺はどうやら馬車の荷台で寝ていたみたいだと一目で分かる。
 テントを貼り付けたキャラバン型の馬車の運転席から、そのオシャレなじいさんは首を回して俺を見つめて来ていた。
 ほんのりと香るコロンの甘い匂いが漂う。
 ふんわりと白い両眉が優しげなカーブを描き、にこりと微笑んで翡翠色の瞳を緩ませると、

「貴女以外に乗ってる人なんて居ないですよ」

 不思議そうに首を傾げて言ったじいさんに、「それもそうか」と俺は納得して黙り込む。

(ーー俺ってアレからどうなったんだ……?)

 近くには、古びた冒険者新聞の束がいくつも置いてあるのが見える。
 それが紐で縛ってあるから、きっと廃品回収も兼ねた行商人のじいさんだ。

(俺って確かに死んだよな……?)

 それから誰かの声が聞こえた所までは覚えている。
 それなのに生きていると言うことは、

(まさかな……)

 胸騒ぎの原因には心当たりがある。
 それはこの世界にやって来て初めての記憶。
 一度目の転生を果たしてクラリオン家の屋敷で目を覚ました時の状況と、ほとんど類似した感覚があるからだ。
 まずは、不思議と感じる違和感の原因を探るべく。
 俺は、目を見張って自分の両腕へと視線を下げる。
 白く細い手足がそこにはハッキリと見える。
 それも女の子のようにキメの細やかい、しなやかな肌だ。

(やっぱり確定か……)

 どうやら俺は、女の子に転生を果たしてしまったらしい。

(一度目は、幼少期からやり直す形だったけど。
 二度目は、別の女の子として記憶だけ思い出す形か……)

「全く、前途多難な人生だ」

 だが、そういうことならば話は早い。
 すんなりと自分が転生したことを素直に受け入れ、自分のやるべきことを模索する。

(やるべきこと何か決まっている。
 カイトとアーシャを探してみよう……)

 俺がこうして生きていると言うことは、二人があの状況から難を逃れた可能性はなくはない。
 そして必ずやり返すのだ。
 アランにやられた、あの時の痛みを……。

(とは言え、ここがどこだか分からんな……)

 見たところ馬車の外は、草木が生い茂る草原のど真ん中。
 砂利の敷き詰められて舗装された道路を、この馬車はゆったりと馬を走らせて進んでいた。
 空から降りる朝陽の陽射し、燦々と煌めく夏の太陽の熱気で満ちていた。

(あれ? てか、なんだか季節感がおかしくねえか?)

 自分が死んで転生を果たした。
 だから季節が変わっているんだろうが、だとするなら今は何月何日なんだろう?

(確か、俺がゴルド山脈に出かけた時の日付けは、王歴で数えるなら2024年の12月1日だった筈……)

 そのことを加味して考えるなら、今あるこの世界の景色はかなりズレれているように感じられる。
 それに、おかしいことはもう一つある。

(俺の記憶が思い出せない……)

 いや、厳密に言えば自分の記憶ではない。
 この身体の持ち主、確かターニャと言ったか?
 その少女の記憶だけが、ごっそりと抜け落ちているのだ。
 普通、前世の記憶を思い出す転生パターンでは、元の宿主の記憶があるのが至ってベターなパターンである。
 にも関わらず、今の自分にはそれがない。
 ニシジマ・ノボルとしての記憶はある。
 魔法やスキルやステイタス、レベルと言った物は継承されているように感じられる。
 それなのにこの少女の記憶だけがないと言うことは、まるで自分が彼女の人格を塗り潰してしまったみたいで末恐ろしい。
 前世の記憶を思い出す転生で罪悪感が沸かないのは、曲がりなりにもそれが、記憶喪失状態の自分の身体であるからだ。
 それがないと言うことは、この身体は自分の物であって、自分の物ではないと言う、妙な違和感が芽生えてしまう。

(この少女の記憶と人格は、一体どこに消えたんだ?)

 ひとまず考えても分からない思考回路にそっと蓋をする。
 最も確かめたいのは、現在の年表と自分の名前の正確さだ。

「なぁじいさん、俺の名前ってほんとにターニャなのか?」

「えぇ、あなたからそう聞きましたよ。
 フルネームで、ターニャ・クライリスさんでしょ?」

「クライリス?」

 やはり全く聞き覚えのない名前だ。
 でも、確かとクライリスと言えば、俺の家系の名前と少しばかり似ている気がする。

(うちの前世の家系は、クラリオンだったからなぁ……)

 まぁ冒険者になって家を出ると決めた時点で、その名前は父から捨て去ることを命じられた訳だが……。

「失礼だが、現在の日付が分かる代物を拝見させて貰っても?」

「そこの冒険者新聞でよければ勝手にどうぞ。
 ちょうど今朝の朝刊も入ってますよ」

 そう言って快く首を振った御者さんのじいさんは、前方の空を見つめてぼんやりと太陽を眺めはじめた。

「今日は良い天気ですねえ」

 しみじみとした声色で言われた言葉に、

「ーーあぁ、そうだな。ありがとう」

 一言だけお礼を告げると、早速だが俺は冒険者新聞に手を伸ばす。



 荷車のベニヤ板の上に、所狭しと置かれた新聞の山。
 その中でも一番新しそうな朝刊を手に取り、俺はその日付けを確認した。
 パッと開かれた朝刊の見開きの上。
 そこには王歴2031年の6月1日と書いてある。

(王歴2031年って、大体約7年後だよな……?)

 俺が死んだ時の日付けが、王歴2024年の12月1日だ。
 そこから数えて約7年。
 どうやら俺は、未来の世界に転生を果たした。

(過去に転生するのが一般的だが、まさか未来とはな……)

 だが、それならばより好都合だ。
 アランに襲われて俺とカイトが死んだあの7年前から、ちょうど未来の2031年だと言うなら、尚のことアーシャが生きている可能性も考えられる。
 そうでなくても、この転生なんて言うファンタジーが普通に起こり得る世界なのだ。
 二人が生きている保証は、充分にある。

(確率が0でない限り、諦めてじっとしているなんて俺にはできない……)

 ふっ、とじっくりとため息を吐き出し、次のページを開いてみる。
 開いた瞬間、俺の手にした新聞紙が太ももの上に零れ落ちそうになる。
 見知った顔の青年が、その見開きのページで記事にされていたからだ。
 デカデカとした一面を飾る見開きのページ。
 そこにある青年の姿は、燃えるように逆立った青髪に、琥珀色のタレ目を有している。
 そして彼は、こう告げる。

「王都マナガルムの改名から早7年。
 新生竜宮王国ウェブレディオ。
 現・皇帝陛下カイト・スヴェンソンの移民政策に揺るぎなし……ッ!?」

 ーーバカなッ!?

「何だこれはッ!?」

 カイトが現在の王都の皇帝陛下ッ!?

「一体、何の冗談だッ!?」

 そもそもカイトは、あの7年の事件で死んだ筈だ。
 ブラックゴブリンに首を断ち切られて、一撃で即死した様子を俺はこの目で確かに見ている。
 ならばこの世界は、一体なんだ?
 7年後の未来の世界線ではないとするなら、全くの別の世界線と言うことなのか?

「いや、だが、確かにその線も無くはない……」

 パラレルワールドと言う言葉がある。
 それは、この世界の別の世界線上に存在すると言われる、全く異なる形を有した別の線上にある世界のことを言う。

「そんなのは迷信だッ!!」

 ーーある訳がないッ!!
 そんな話を信じたくもない。
 その話を信じてしまえば、この世界で仮に生きているカイトとアーシャと出会ったとしても、俺は一体何を話せば良い?
 そんな世界で生きているカイトとアーシャは、同じ名前を冠した別人のようなものだ。
 それにアランにしても同じことが言える。
 アランと、俺の背中を刺した、あの籠の目の冒険者。
 あの二人が、このパラレルワールドの世界で生きていたところで、それで復讐を果たして何になる?

「俺の目的意識が揺らぎそうだ」

 確かめたいのは、この世界で起きている真実だ。

「そう言えば世界と言えば、死ぬ間際に聞こえた声の主が、“世界を救って欲しい”とか言っていた気がする……」

 あれは、俺の幻聴なのだろうか?

「ーー確かめたい」

 ーーこの世界の真実を。

「そして会って話してみたい」

 現・王都皇帝陛下のカイト・スヴェンソンと。
 それにもしこの世界がパラレルワールドじゃなかったら、どちらにせよそれで再会と言う目的を果たすことが出来る。

「接触を図る為に必要になるのは、まずは王都に向かうことか……」

 それが一番の近道だ。
 御者のじいさんに行き先を告げようとして、その途中でか細い息が流れ落ちる。

(もし、この世界がパラレルワールドじゃなかったとしたら、今生きているカイトは何故生きているんだ?)

 そんな疑問にぶち当たる。
 仮にこの世界が、とあの7年前の事件から直線上にある世界だとするなら、カイトが生きているのはおかしくないか?
 無論、それを確かめる為にも接触を図ろうとしている訳だが、その仮定通りに話が進むとカイトが生きているのは違和感しかない。
 もしそうだとするなら、

「あの7年前のの犯人は、アランと籠の目の冒険者だけとは限らないってことだ……」

 よくよく思えば、アランは「集団」だと言っていた。
 何を意味する集団なのかは、もちろん分からない。
 だけど、一つだけ言えることがある。

「アランと籠の目の冒険者の二人だけなら、絶対に集団なんて言う訳がないよな……?」

 その言葉選びは、より複数のグループを指して用いる言葉だと俺は思う。
 たった二人を集団とは言わない以上、下手をすればカイトが俺の敵に回る可能性も考えられる。

「その場合、俺はカイトに裏切られたってことか……?」

 カイトだけではない。
 それが真実なら、アーシャにしても同じことが言える。
 結論は出ない。
 だが、そうでないとも言い切れない以上、

「今は、すべての情報を疑ってかかるべきだ……」

 接触を図るにしても、より慎重に動かなくてはならないだろう。
 俺を裏切って敵対しているかも知れない相手が、もしも俺が生きていると知れば。
 その時、俺は三度目の死を迎えることになるに決まっている。

「潜り込むんだ。バレないようにこっそりと」

 スパイのように隠密行動に徹して、世界を欺く。
 幸いにも現在の俺の名前と身体は、ターニャ・クライリス。
 自分が口を割ったりしなければ、俺がニシジマ・ノボルだと言うことは誰にもバレない状況にある。
 さしあたっては、

「何をするにも、まずは金が必要だな……」

 ついでに腹も減ったことだし、腹ごしらえもしておきたい。
 目指すべきは、王都への潜入だ。
 それも最奥に位置する、あの第一内地アサの敷地内になる。
 なんだ、そう思って俺は微笑む。

「なら、俺のやるべきことは、今までと何一つとして変わらないじゃないか?」

 目指すぞーー国家王国騎士入りッ!!
 それもーーこの新しい身体でッ!!
 ヒューっと吹いたそよ風が、俺の手にしていた新聞をたちまち青空へと向かって攫って行った。
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