逆転機ニルヴァーシュ -朝斬りの夜明け-【バンダナコミック01】

ボス子ちゃま

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4話ー『冒険者トレイン・スーパー・ダッシュアタック』

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(ーー何だ? この場所は?)

 初めてその場所へと訪れた時、俺が内心で吐露した言葉はそれだった。
 標高3500メートルを超えるゴルド山脈の中腹、およそ2500メートルに位置する地点。
 雑木林に囲まれたカイキ山道を超えた先では、無数の氷柱が降りしきる雪原地帯に繋がっていた。
 ビュウビュウと吹き荒れる横殴りの吹雪。
 体感温度はこの時、既に-200℃を下回っていた。
 絶対零度の吹雪が、猛烈に身体を痛めつける過酷な自然環境。
 駆け出しの冒険者であれば、この時点でまず絶命必死は免れようがない。
 だが、俺たちが驚いたのはそんなことではない。

「このエリアから、急に酷い死臭が漂ってるわね……。
 しかも見て?
 冒険者たちの死骸がいっぱい転がってるわ」

 風上から漂う異臭にツンと鼻を抑えたアーシャは、周囲の平地を見回しながら淡々と呟く。
 その赤い瞳の端には、涙が走る。
 目に染みるほどの酸味が、大気中を汚染していたからだ。

「まだ新しい死体も山のようにあるな」

 眼を瞑りたくなるような凄惨な光景。
 普通、人の死体は夏場であれば死後2~3日。
 冬場であるなら死後5~7日ほどの期間。
 その肉体が腐敗臭を伴い劣化していくと言われている。
 ーーだが、この氷点下-200℃を超える絶対零度の世界では、死体は即座に凍結して冷凍保存されるのが一般的だ。
 にも関わらず、この場に転がる無数の亡骸は、まだ冷凍さえしていない生身の状態の物が多く見られる。
 それは死体がこの場に転がり始めてから、まだ間もないことを意味していた。

「一体、この場所で何があったんだ?」

 緊張感を漂わせながら、カイトはだらりとその額から汗を流す。
 平地に転がる無数の亡骸。
 それは眼にしただけでも、数千人規模はくだらない人骨の数々。
 恐らくはーーすべて冒険者たちの亡骸である
 背負い込んだ大盾と剣を引き抜き、いざと言う時の為にカイトは備える。
 それはーー俺とアーシャも同じだった。
 俺は特注品の指ぬきグローブを拳に嵌め込み、力いっぱい握り拳を叩く。
 アーシャは、その背に背負っていた木の杖を真っ直ぐに構え始める。
 赤い宝石のついた木の杖の握り手には、ミイラの巻く包帯のように滑り止めが巻かれている。
 ーーポタリ。
 各自、手に取った武器と防具にじんわりと手汗が伝う。
 そんなスプーン一杯にも満たない手汗の粒が、まるで天からこぼれ落ちた雨雫のように足元へと堕ちる。
 ーーその時だッ!!
 ザッザザッ、ザッザーッ、ザザッ。
 と言う積雪を踏み鳴らすような地鳴りにも似た足音が、山頂から飛び降りるように聞こえて来たのはーーッ!!

「ニンゲンがァアアアアッ!!」

 猛る咆哮が、俺たちの耳を一斉につんざくのが分かった。



 眼を向ければ、そこに見えるのはブラックゴブリンだ。
 黒い皮膚、小柄な図体、赤らんだ鬼の瞳。
 辛うじて下半身に藁の衣類を身に纏った以外は、一見すれば知性の欠片も無さそうに見える弱種の個体だ。

「俺たちの気配に気がついて突撃を仕掛けて来た訳か!!」

 身長130センチ、体重は不明。
 ずんぐりとした丸型の頭部の上には、二本の鬼角が見えている。
 小人体系の五指。
 そこには、包丁ほどに伸びる鉤爪のような鋭利な爪が生え揃う。
 よだれの垂れた唇の端には、逆立った象牙のような牙が二本と天を衝いている。

「ーー総員、戦闘準備開始だッ!!」

 俺の一喝に暁の旅団のパーティー三人が、揃って臨戦態勢へと移行する。
 魔法障壁の数自体は未だに不明。
 が、その直後にブラックゴブリンの口から吐き出された毒霧とマヒ霧が、雪原の全域に瞬く間に蔓延するのが分かる。
 砂漠で吹き荒れる砂嵐のごとく立ち込めたそれらの霧は、紫色と黄色の二色の色を伴い、俺たちの姿を一斉に包み込んだ。

「ーー甘いわねッ!! このぐらいの霧ならッ!!」

 そう言ってアーシャが、手にした魔法の杖を勢いよく水平に振るう。
 杖の先端がピカピカと光る。
 三色の光源が連続で炸裂する。

「ーー麻痺・守護魔法 《パラライズ・プロテクション》ッ!!
 ーー 毒・守護魔法 《ポイズン・プロテクション》ッ!!
  ーー全体・守護結界拡散魔法 《フォール・プロテクション・オールメンバー》ッ!!!!」

 三連射で撃ち出されたのは、攻撃魔法ではなく守護魔法。
 一つ一つが、守護の意味を込められた耐性付きの結界魔法だ。
 毒と麻痺に対して、パーフェクト状態異常耐性を付けることが出来る、二種類の防衛魔法。
 及び、その効果をパーティー全体に拡げる拡散魔法。
 ほとんど同時に炸裂したように思えるその詠唱スペル魔法は、神域の魔法の一つに数えれる無詠唱。
 その魔法に迫るだけのハイスピード・スペルマジックだ。

「よーしッ!! ナイスだアーシャ!!」

 左手に持った大盾を前方へと構えて、一直線にカイトが走り始める。
 右手に持たれたブロードソードがぶらりと垂れ下がり、いつでもカウンターとして繰り出せるように剣先を背後へと突き出す。
 そして、その後ろ。
 すかさず俺とアーシャもついて走る。

「対象との距離は、およそ直進800mッ!!
 目標到達まで残り時間10秒だッ!!」

 一目散に駆けるカイトから、ブラックゴブリン到達までの時間と位置が逆算して割り出される。
 守護騎士は、一番先頭で情報を集める係でもある。

「了解したッ!!
 今の内に黄金ゴールデンパンチの準備しておくッ!!」

 溜められる時間は限られているが、それでもこの一撃でブチ殺す気満々だ。
 俺の右拳が、黄金色に光り輝いて行くのが分かる。

「アタシはいつも通り、初手に相手のデバフ耐性鑑定に入るわよッ!!
 ーーカイトッ!!
 勿論、一撃でやられたりなんてしないわよねッ!?」

「ーーあぁッ!! 任せておけえッ!! 大丈夫だッ!!
 ーーボクの大盾は、バリ硬だかんなぁッ!!」

 雪原を疾駆しながら作戦の情報伝達を行う三人の身体は、まさに今や人間トレイン状態にある。
 息のあった呼吸、フルスピードで蒸気して熱を帯びていく全身。
 吐息が「ふっ」と吐き出される度、頭上では白い蒸気が雲のように流れていく。
 その様子は、まるで人間蒸気機関車のように見える。

「ーーカイトッ!!
 まずは、いつもの様に最大防御力を発揮するんだッ!!
 敵の攻撃力を大体で良いから把握して逆算してくれッ!!」

「ーー了解ッ!! 分かってるよッ!!
 一発で当たって砕けねえように、最硬、最速でブッチぎってやるぜッ!!」

「ーーアーシャッ!!
 バフの持続時間の管理だけは、絶対に怠るなッ!!
 カイトのパッシブスキルで毒と麻痺耐性には《95%》アップがある。
 が、残りの《5%》は、お前のアクティブスキルにかかってるッ!!
 向こうが《100%》超えて来たら、その時点で終わりだからなッ!?」

「ーー分かってるってッ!! 任せといてよッ!!
 持続時間は共に30秒ッ!!
 クールタイムの15秒は、手持ちのアイテムで代用して凌ぐわッ!!」

「ーーノボルッ!!
 目標到達距離およそ250メートルを切ったッ!!
 到着まであと3秒だッ!! 外すなよォッ!!」

「ーーおうッ!! 任せておけえッ!!」

 眼の前に走って来ているブラックゴブリン。
 俺たちと正面衝突するまで、3秒、2秒、1秒。
 高速で走りながら用意して来た溜め技をお見舞いしてやるッ!!
 残り時間、0.4秒ーー0.1ーー今だッ!!
 振り上げられたブラックゴブリンの鈎爪と、カイトが突き出した大盾が正面衝突を起こした。
 この瞬間、カイトの最大防御力がブラックゴブリンの攻撃力に負ければ、俺たちは五分五分の賭けに負けたことになる。
 だが、もしこの鍔迫り合いに勝つことが出来たらッ!!
 ーードゴンッ!!
 と言う凄まじい衝撃音が鳴り響く。
 まるでダイナマイトが爆発したような衝撃音が轟音となって轟く。
 その一撃を耐え抜いたカイトの大盾から、激しく火花が咲き乱れた。
 ここから先は、鍔迫り合いのみの闘いになる。
 どちらが押すか、押されるかの真剣勝負。
 ガチガチと激しい金属音が鳴り響く。
 ぶつかり合う盾と矛。
 直後に一歩と前進して見せたのは、ブラックゴブリンではなくカイトの方だった。

「行けるッ!! 間違いなく勝てる相手だッ!!」

「おのれッ!! ニンゲン風情がッ!!
 大英雄ラルフ様のような真似事ォッ!!」

 その瞬間、俺たちはこの賭けの勝利を確信した。

「この好機を逃すつもりはないッ!!」

 すかさず俺はカイトの背後から飛び跳ね、その黄金に光る右拳にブラックゴブリンに突き出す。
 それはパンチと呼ぶにはーーッ!!
 あまりにも危険な背徳者としての証ーーッ!!
 その名前もーーッ!!
 ーー黄金ゴールデンパンチッ!!!!

「ゴゥォオオオオオオオオゥルッ!!
 デェエエエエエエエエンッ!!
 パァアアアアアアアアアンチッ!!!!」

 カイトの右背後から大きく跳躍した俺の身体が、太陽を背に黄金の右拳を放つ。
 釘にハンマーを叩きつける様に振り下ろされた右拳。
 その強烈な一撃がブラックゴブリンの左頬を貫いたッ!!
 瞬間ーーッ!!
 ーー大爆発が起こるッ!!
 振り抜かれた拳の速さは、実にマッハ3を超える究極のパンチッ!!
 人々は、そのあまりの速さに畏怖と敬意を称して、またの二つ名でこう呼んだッ!!
 ーー“消える魔拳”とッ!!
 メリッ、と音を立てて食い込んだ拳が、ブラックゴブリンの左頬をフルスイングする。
 野球のバットを振り抜くように腰の入った一撃が、「スパーンッ!!」と言う軽快な音をリズミカルに奏でる。
 まるでバッティングマシーンから撃ち出された野球ボールのように。
 打たれたブラックゴブリンの頭部が後方へと吹き飛んで行った。
 「ズザーッ!!」と雪原を滑りながら何回かバウンドして頭が跳ねる。
 まるで河原をトマトで水切りしたように点々と赤い血塗りの波紋が雪原の大地に幾重にも広がりを見せる。
 尚も止まらぬ頭部のボールは、徐々にその形を変化させる。
 ーー円摩度えんまどッ!!
 川原の石が水圧によって摩耗し、次第に玉石へと変形を果たしてしまう言葉の意だッ!!
 まさにその円魔度のような圧力が、ブラックゴブリンの頭部に過大な重圧をかけ続け、やがて削れて跡形もなく消えてしまう。

「おめでとうッ!!
 お前は今日からブラックゴブリンではなくッ!!
 ただのデュラハンになったんだッ!!」

 首から先を断ち切られて残された胴体から、べチャリと生温そうな音を響かせながら血液が噴出する。
 まるでそれは水道の蛇口を逆さにひねり、指で抑えた時のように噴水のように湧き上がる。
 草花の花弁が堕ちるようにゆるやかに滴ると、

「何だ、思ってたよりもボクたちの楽勝じゃないかッ!!」

「いやーーッ!!
 まだ油断するのは早いッ!!」

「あれを見てッ!!」

 頭部を無くした筈のブラックゴブリンの胴体。
 普通は、この時点で即死の筈だ。
 だが、ブラックゴブリンはそれでもまだ仁王立ちをしている。
 いつまでも倒れず神経が生きているのか、その指先がピクリと震えているのが見える。

「ーーまるで虫みたいな生命力だなッ!!」

 あの一撃で負わせたダメージはかなり大きい筈なのに。
 それなのに生きていると言うことは、並大抵の生命力ではないと言うことだ。

「ここがラストスパートだッ!!
 二人とも正念場だぞッ!!
 このままの勢いで俺たちが押し切るッ!!」

 次の一撃。
 いや、二撃も当てれば、確実に討伐は完了となる。
 相手は、もはや虫の息なのだ。
 ここで畳み掛ければ、俺たち三人の勝利まで目前だ。

「了解ダァーシュッ!!」

 すかさずカイトが華麗にUターンを決めて、ブラックゴブリンの胴体を円周する。
 続く俺たちも円周して、一度距離を取って再び攻撃体勢に入る。
 その傍らで、

「ノボルッ!!
 ヤツの予想される攻撃力は、およそ92億STRだッ!!」

 鍔迫り合いをしたカイトには、その感触から相手のおおよその攻撃力を逆算して弾き出すことが出来る。

「よしッ!! 分かったッ!!
 やはりヤツの攻撃力は、今の俺たちからすればそこまで高くないようだなッ!!」

「これなら勝てるわね!!
 鑑定スキルでアイツのデバフ耐性を確認したけど、こっちもクリアしたわ!!
 ほとんど耐性は、ゼロと言っても過言じゃないッ!!
 ーー吹き荒れる烈風よ、足枷となれッ!!
 ーー風属性耐性減少魔法 《ウィンド・レジスタンス・ダウナー》ッ!!」

 アーシャのデバフ魔法が、立ち尽くしたブラックゴブリンの胴体に直撃する。
 ヴェールが降りるようにかかった緑色のオーラが、ブラックゴブリンの風属性耐性をマイナス100%まで激減させる。

「よしッ!! 良いぞカイトッ!! アーシャッ!!
 次は、属性攻撃のパンチをお見舞いするッ!!」

 更に最大チャージ全開ッ!!
 無属性の黄金ゴールデンパンチに魔法拳士マジカルモンクの風魔法を乗せて更に威力を倍増させる。
 雪原を滑るように駆け抜けて行く俺たち三人の人間トレインは、グイグイと走る速度を上げて風になる。
 その様は、まさに異世界を生きる熟練の冒険者のみが織り成すことを許された。
 新時代の《ジェット・ストリーム・アタック》の姿だッ!!

「冒険者トレイン・スーパー・ダッシュアタックッ!!」

 これを喰らって平気なヤツは居ないッ!!
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