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序章 動く人形
第一話 瑠璃の秘密
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瑠璃は祖父と仲たがいをして、母屋から離れた古い蔵に逃げ込んだ。
母を亡くして五年。父は母と幼い頃に離縁していて、もうその面影さえはっきりと思い出すことはできない。
なので瑠璃は、母方の祖父、小野重人と二人でこの広い家に暮らしてきた。
家は大塀造となっていて、外からは母屋の屋根や、庭にある高い松の木の先端くらいしか見えない。
だから、いつもはそうそう中の話し声など漏れはしないのに、今日という日は重人の怒鳴り声が、地鳴りのように近所に響くほどだった。
ことの発端は、瑠璃が学校に行かないことにあった。しかしその理由を、彼女は重人にも打ち明けようとはしなかった。
普段から物静かな子なので、賑やかさはないものの、特別落ち込んでいたり何かに悩んでいる風ではなかった。
ただ家に引きこもり、粛々と毎日を過ごす彼女を心配しつつも、重人はしばらく普段通りに彼女と接していた。
しかしある日、重人が所用で出かけていた時のこと。
昔から村の地主をしている鳴瀬という家の奥さんが、地域のお祭りの集金にきた。
瑠璃はいつも祖父がやっているように、箪笥の奥にしまってある小袋から小銭を出し、その奥さんに渡した。瑠璃はそれで帰ってくれると思っていたのに、玄関先で「どうして家から出ないの?」「お祖父さんをあまり困らせるんじゃないよ」とまくしたてられ、つい力にまかせて、扉をたたきつけるように締めてしまった。
重人は、家に帰る道中にその奥さんとばったり出会った。
「別に悪気はなかったんだけど、ちょっと心配で尋ねてしまって。でも気に障ったみたいでね、すみませんね」
「いえいえ、うちの孫が大変失礼なことをしまして……」
昔からこの辺りの地主をしていた鳴瀬家の哲也とは、昔からの幼馴染だ。
この間、久しぶりに将棋を指しに行ったときに、つい孫の話をぽろっと漏らしてしまった。 それを聞いた奥さんが、瑠璃のことを心配して、直接会いに行ってしまったのだそうだ。
「よく言って聞かせますので」
重人はそう言って、何度も頭を下げて別れようとすると、鳴瀬の奥さんは、さらにこう続けた。
「それにしても瑠璃ちゃん。亡くなった小町さんにそっくりだけど、全然雰囲気が違いますね。
まるで、感情のない人形みたい」
その言葉は、ぐさりと重人の胸に突き刺さった。
このままではいけない。瑠璃は思春期の真っただ中だから、余計な詮索はすまいと思っていた。
だがいつまでも腫れものに触るように接していくわけにはいかないし、ろくに外との交流もできないまま、大人にならせるわけにはいかない。
もし、老い先短い自分が突然いなくなったりしたら……瑠璃は一人で生きていけないだろう。
その不安も相まって、重人は家に帰るなり瑠璃を呼び出し、膝を突き合わせて彼女を問い詰めた。
「なんで、鳴瀬の奥さんにあんな態度をとったんだ」
「……ごめんなさい」
「お前は人に尋ねられて、答えられんほど何か悪いことをしたのか?
自分でそう思っているのなら、なぜそれを解決しようとせんのだ」
「…………」
「ただ口をつぐんでいるだけでは、なにも状況が変わらんだろう。
そうやってお前は、いつまで自分の殻に閉じこもるつもりだ? 学校にも行かず、外とのつながりも絶ってどうするつもりだ!
これ以上そんな態度を続けるのなら、目障りだから明日から学校に行け!」
だが瑠璃は、ただ目に涙をためて、首を横に振るだけだった。
重人は、自分の言葉を反芻して少し言い過ぎたと思ったものの、いま甘やかすわけにはいかないと、最後に彼女にこう言い放った。
「そんなに人と話すのが嫌なら、蔵にでも籠ったらどうだ!
ずっと一人で生きることがどういうことか、真剣に考えて、反省しなさい!」
すると瑠璃は、嗚咽をもらしながら立ち上がった。しずしずと部屋から出ていく様を見て、まさかと思いながら彼女の行き先を目で追うと、本当に離れの蔵へと向かって行ってしまった。
素直というか、従順というか……これでは本当に、操り人形のようだ。
重人は、自ら蔵に入っていく孫にうなだれた。そしてその部屋の隅にある仏壇の前に腰を下ろし、自慢だった娘が美しく微笑む遺影を見つめた。
「小町……どうすれば瑠璃は、心を開いてくれるものだろうか」
重人は日が暮れるまで、ずっとそのまま腕を組んでいた。
母を亡くして五年。父は母と幼い頃に離縁していて、もうその面影さえはっきりと思い出すことはできない。
なので瑠璃は、母方の祖父、小野重人と二人でこの広い家に暮らしてきた。
家は大塀造となっていて、外からは母屋の屋根や、庭にある高い松の木の先端くらいしか見えない。
だから、いつもはそうそう中の話し声など漏れはしないのに、今日という日は重人の怒鳴り声が、地鳴りのように近所に響くほどだった。
ことの発端は、瑠璃が学校に行かないことにあった。しかしその理由を、彼女は重人にも打ち明けようとはしなかった。
普段から物静かな子なので、賑やかさはないものの、特別落ち込んでいたり何かに悩んでいる風ではなかった。
ただ家に引きこもり、粛々と毎日を過ごす彼女を心配しつつも、重人はしばらく普段通りに彼女と接していた。
しかしある日、重人が所用で出かけていた時のこと。
昔から村の地主をしている鳴瀬という家の奥さんが、地域のお祭りの集金にきた。
瑠璃はいつも祖父がやっているように、箪笥の奥にしまってある小袋から小銭を出し、その奥さんに渡した。瑠璃はそれで帰ってくれると思っていたのに、玄関先で「どうして家から出ないの?」「お祖父さんをあまり困らせるんじゃないよ」とまくしたてられ、つい力にまかせて、扉をたたきつけるように締めてしまった。
重人は、家に帰る道中にその奥さんとばったり出会った。
「別に悪気はなかったんだけど、ちょっと心配で尋ねてしまって。でも気に障ったみたいでね、すみませんね」
「いえいえ、うちの孫が大変失礼なことをしまして……」
昔からこの辺りの地主をしていた鳴瀬家の哲也とは、昔からの幼馴染だ。
この間、久しぶりに将棋を指しに行ったときに、つい孫の話をぽろっと漏らしてしまった。 それを聞いた奥さんが、瑠璃のことを心配して、直接会いに行ってしまったのだそうだ。
「よく言って聞かせますので」
重人はそう言って、何度も頭を下げて別れようとすると、鳴瀬の奥さんは、さらにこう続けた。
「それにしても瑠璃ちゃん。亡くなった小町さんにそっくりだけど、全然雰囲気が違いますね。
まるで、感情のない人形みたい」
その言葉は、ぐさりと重人の胸に突き刺さった。
このままではいけない。瑠璃は思春期の真っただ中だから、余計な詮索はすまいと思っていた。
だがいつまでも腫れものに触るように接していくわけにはいかないし、ろくに外との交流もできないまま、大人にならせるわけにはいかない。
もし、老い先短い自分が突然いなくなったりしたら……瑠璃は一人で生きていけないだろう。
その不安も相まって、重人は家に帰るなり瑠璃を呼び出し、膝を突き合わせて彼女を問い詰めた。
「なんで、鳴瀬の奥さんにあんな態度をとったんだ」
「……ごめんなさい」
「お前は人に尋ねられて、答えられんほど何か悪いことをしたのか?
自分でそう思っているのなら、なぜそれを解決しようとせんのだ」
「…………」
「ただ口をつぐんでいるだけでは、なにも状況が変わらんだろう。
そうやってお前は、いつまで自分の殻に閉じこもるつもりだ? 学校にも行かず、外とのつながりも絶ってどうするつもりだ!
これ以上そんな態度を続けるのなら、目障りだから明日から学校に行け!」
だが瑠璃は、ただ目に涙をためて、首を横に振るだけだった。
重人は、自分の言葉を反芻して少し言い過ぎたと思ったものの、いま甘やかすわけにはいかないと、最後に彼女にこう言い放った。
「そんなに人と話すのが嫌なら、蔵にでも籠ったらどうだ!
ずっと一人で生きることがどういうことか、真剣に考えて、反省しなさい!」
すると瑠璃は、嗚咽をもらしながら立ち上がった。しずしずと部屋から出ていく様を見て、まさかと思いながら彼女の行き先を目で追うと、本当に離れの蔵へと向かって行ってしまった。
素直というか、従順というか……これでは本当に、操り人形のようだ。
重人は、自ら蔵に入っていく孫にうなだれた。そしてその部屋の隅にある仏壇の前に腰を下ろし、自慢だった娘が美しく微笑む遺影を見つめた。
「小町……どうすれば瑠璃は、心を開いてくれるものだろうか」
重人は日が暮れるまで、ずっとそのまま腕を組んでいた。
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