賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん

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 街外れの廃工場。
 一見、人気のない廃工場であるが、そこは闇組織アシッドクロウの拠点となっていた。

「シーナの奴、遅いな。今回は珍しく失態を犯したみたいだし、調子悪いのか?」

 廃工場の事務室で、偉そうに椅子に座っていたのは、アシッドクロウのボスであるゲオルグ。
 ゲオルグの問いに、後ろで控えていた男性が答える。

「健康チェックは問題ありませんでした。ただ、最近は自由行動時間に、家庭用魔道具製品の店に入り浸ってるようで、それが少々気掛かりですね」
「家道屋だぁ? 何でそんなところに入り浸るんだ?」
「女児向けのアクセサリーも売っているようでして。先日から着け始めたヘアピンも、そこで購入したものらしいです」
「はっ、あれも色気づく年頃か。再教育の必要があるな」

 その時、廃工場内に大きな爆発音が響き、事務室内が揺れる。

「何だ!? 何が起こった!?」

 異常を感じたゲオルグ達は、事務室から飛び出した。



「ふはははは! 燃えろ! 全てを燃やし尽くすのじゃ!」

 炎に包まれた廃工場内で、玖音が高笑いをしていた。

「ちょっと! 私達まで燃えるじゃない。つーか、一酸化炭素中毒で死ぬわ」
「そのくらいは調節しておる。一人でも取り逃すのは不味いのじゃろ?」
「そうだけど……」

 凛に負けた鬱憤を晴らすかのように、玖音は張り切って暴れていた。

「主がやらずとも、儂に任せてくれれば……」

 その時、炎の奥から飛び出してきた黒尽くめの女が、ナイフを振り上げて飛び掛かって来た。
 玖音が女に手を向けて捻ると、その女が突然発火し、あっという間に燃え尽きる。

「全部始末してやるぞ? 主も同胞を殺めるのは辛いじゃろうから、儂が全部請け負ってやろう」
「ううん。これは私が言い出したことだから。シーナちゃんの為なら、手を汚すことも厭わない……!」

 炎の向こうから飛び掛かって来た男を、凛はハンマーで叩き潰した。

「ふっ、余計なお世話じゃったか」
「じゃあ、私はシーナちゃんと、ここのボス探しに行くから、他はよろしくね」
「うむ」

 組織を潰すには、代表の討伐は不可欠である。
 凛は玖音にこの場を任せ、シーナと共に奥へと向かった。


 奥に進むにつれ、徐々に廃工場とは、かけ離れた内装へと変貌して行く。

「ここは……何かしら?」

 二人が入った大部屋は、室内であるにも拘らず木や川があって、野外のようになっていた。

「実技場。ここで、訓練や選別試験するの」
「へー、試験もあるんだ」
「うん、集められた孤児が候補生になって、候補生同士で殺し合いするの。残った人が合格」
「え”……」

 そこは現実社会とは、かけ離れた漫画のような世界であった。

「ちょ、ちょっと待って。もしかしてシーナちゃんみたいな年齢の暗殺者、他にも沢山いるの?」
「んー……ちょっと前は居たけど、事故とか任務失敗で死んじゃって、若手は今私だけ。そろそろ、また新しく補充するって言ってた」
「……やっぱり、ここは潰さなきゃ」

 多くの子供が被害に遭っていたことを知り、凛は改めて、この組織を潰さなければならないと決意した。


 二人は喋りながらも、襲ってくる敵を倒し、更に奥へと進んで行く。

「シーナちゃんだけでも助けられて良かった。これで平穏な日々を送れるわよ」
「……」

 凛が励ますように言うが、シーナからの返事は特にない。

「……もしかして、余計なお世話と思ってたりする?」

 反応が鈍かったことから、凛がこれまでのことを思い返すと、シーナの方から助けを求めてきたことは、一度もないことに気付いた。

「別に」
「え」
「どっちでも」

 シーナには自分の意思がなかった。
 これまでの過酷な経験から、感情や意思が薄かったのだ。

 だが、凛が落ち込んだ様子を見せると、シーナは続けて言う。

「けど、お店にいる時間は楽しかった」

 シーナの言葉を受け、凛は表情を明るくさせる。
 意思が薄いながらも、アクセサリーに興味を持ち、その時間を楽しみたいと思う気持ちはあった。
 その気持ちがあるなら、これからの生活で、歳相応の子供のように戻れる見込みは十分あった。

「今はそれだけでいいわ。私もシーナちゃんが素敵な生活を送れるように頑張るから」

 シーナが組織を抜けて良かったと思えるようにしようと、凛は意気込む。


 そこで奥の扉が開き、ゲオルグが二人の前に現れた。

「シーナ! よくも裏切ったな!」

 ゲオルグは手の甲にある刻印をシーナに向け、隷属の刻印を反応させようとする。
 だが、既に解除されているので、シーナは平然としていた。

「む?」

 反応がない為、ゲオルグは改めて力を籠めるが、シーナの様子は変わらない。

「隷属の刻印なら解除したわ」
「解除だと!? 馬鹿な」

 一般的にはあり得ないことだったので、闇組織のボスであるゲオルグも驚いていた。

「あんたが、ここのボス? シーナちゃんの為に潰させてもらうわ」

 凛はゲオルグに向かってハンマーを構える。
 すると、シーナが言う。

「気を付けて。ボス、凄く強いから」
「心配しないで。私はもっと、もおっと強いから」

 闇組織のボスとはいえ、所詮は人間である。
 玖音と戦った後では、霞んで見えた。

「小娘が。この落とし前、つけさせてもらうぞ。チッチッ」

 ゲオルグが舌を鳴らすと、直後、背後から現れた男が、シーナへとナイフを振り下ろした。
 気付いたシーナが、咄嗟に手持ちのナイフで受ける。

「シーナちゃん!?」

 凛がシーナの方に気取られた瞬間、ゲオルグが懐から素早く魔導銃を抜き、凛へと弾丸を放った。
 弾丸は砂の鎧に阻まれて止まるが、その間に、シーナはナイフの男に蹴り飛ばされ、二人は分断される。

「師弟の間に割り込むのは、無粋ってもんだ」
「師弟? ……不味いっ」

 ナイフの男は、シーナに暗殺術を指南した師匠であった。
 師匠相手に戦わせるのは危険と思った凛は、すぐに加勢しようとするが、その瞬間、砂の鎧で止まっていた弾丸が爆発し、凛は衝撃で体勢を崩す。

「弟子の不始末は師匠に任せて、こっちはこっちで楽しもうや」

 魔導銃を向けたゲオルグが顔をニヤつかせながら、凛へと近付いてくる。

「楽しむつもり何て、ないわ……!」

 直後、辺りの地面が爆発するかのように噴出し、床の板が飛び散る。巻き起こった砂煙が消えると、現れたのは、棘上に隆起した大量の土の柱だった。

「がはっ……ば、化け物かよ」

 ゲオルグの腹部は土の柱に貫いており、そこからは夥しい量の血が流れ出ていた。

「貴方なんかに構ってる暇はないの。死になさい」

 凛は野球ボール大の石を、ゲオルグに向かって撃ち放つ。
 その石がゲオルグの頭部を吹き飛ばすが、直前にゲオルグも凛に向かって魔導銃を撃っていた。

 弾丸は一直線に凛へと飛んで行く。
 そして纏っていた砂の鎧に阻まれるが、被弾した瞬間、弾丸が破裂し、中から乳白色の液体が飛び出した。

 液体の為、砂の鎧の隙間を抜け、凛の身体にかかる。

「きゃっ」

 粘々とした粘着質の液体が凛の服に纏わりついた。

「何よ、これぇ……」

 身動きしようとした凛だが、その動きが阻まれる。
 粘着液が衣服や靴にくっついて、離れなかった。

 凛はすぐに上を見上げる。

「シーナちゃん……!」
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