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第二十九話 ヤバいのはこれから

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 TV画面に映し出されている女リポーターが緊迫した面持ちでその惨状を伝える。

「本日、午後六時、ここ渋谷駅前交差点に暴走車が信号待ちをしていた20名を轢くという事件が発生しました。轢かれた20名は命に別状はなく皆、病院に搬送されましたが、事件当時、軽機関銃を発砲しようとしていたとの通行者達からの証言もあり……」

 チャンネルが変えられ、今度は歌舞伎町の広場から中継する女のリポーターが映し出される。

「本日、午後六時頃、この人で賑わう恵比寿で機関銃による発砲事件が発生。加害者と見られる約20名にも及ぶ容疑者グループはすでに警察に身柄を拘束されていますが、この発砲事件によって警官1名と容疑者グループの1名が命を落とす惨劇となりました。なおこの容疑者グループが使用した銃器や着用していた赤い衣服など、渋谷で起きた交通事故の被害者達との共通点もあり、その関連性も現在調査中……」

 次のチャンネルに画面が変わると、恵比寿の複合施設の広場から無傷で生還した森口がカメラに向かって己が味わった恐怖己が味わった恐怖を吐き出すように興奮した声を上げている。

「怖かったです! 私の人生で最大の恐怖でした。あいつら私を拉致した上に、罪のない人達を機関銃で殺す所をこの私に中継しろと命じたんです! けどもちろん拒否しましたよ! リポーター以前に人としてそんな非道な事ができるわけがありません。私は機関銃を向けれても人として、そして局の名誉にもかけて中継を拒んで奴らに抵抗をしまし……」 

 リモコンでTVを消すと、理沙が唸った。

「ふうむ……」

 須藤が窓から外の光景を確認する。

 すでに署の周りは大勢の新聞社やTV局の車が押し寄せており、警察からの発表を待つ記者や、照明器具やカメラを構えすぐに放送ができるようにスタンパイしている報道スタッフ達が地面を埋め尽くすように群がっている。

「マー坊、どうよ、外の様子は?」

「ありえない数のマスコミの人達が集まっています。なんせ都心で無差別テロという最狂最悪の事件が発生しかかったんですからね」

「おお、もしかしたらTVに映っちゃう、私ら?」

「何を悠長に喜んでるんですか。渋谷にいた通行人達がスマホで現場を撮影して動画の共有サイトやSNSにアップしているおかげで、あっという間に僕らの顔が全国に知れ渡りますよ。テロ事件の重要人物として」

 と、須藤は悲観に塗れた青い顔でそう言った。

「あらら、今後の捜査に支障出るかな?」

「それと同時に僕の人生にもいろんな支障がでるでしょう、確実に……ああ、これで僕は今後、人口の少ない田舎町に飛ばされたうえ一生事務職だ……」

「ふうむ……」

 理沙はまたそう唸ると壁際にウォーターサーバーにスナック菓子やパン、カップ麺の自動販売機、8つのパイプ椅子のテーブルセットという質素なつくりの談話室を見回した。

「で、伊瑠沙ちゃんの口利きで牢屋へはぶち込まれなかったけど、いつまでもこんな味気のないところに閉じ込められるのかな? テロを阻止した事を褒められるどころか茶や菓子の差し入れもなしってやつだ」

「分かりません。ともかく今は本庁でも大騒ぎをしながら日本警察の歴史上、最大級の捜査本部が設置されているところでしょう、官僚の指揮の元にです。僕らがそこに呼ばれるかどうかは分かりませんが」

「いやいや、まだ100人以上の武装したキ〇ガイ連中がたった今にも平和な街を地獄絵図にしようとどこかに隠れてるってのに、警察はお偉いさん揃えて会議ですか。まったく余裕なこったなあ……」

「事件が事件だけに必然な事ですし、些細な判断ミスも許されません……今やテロの対象にならず確実に安全だと言える場所などこの都市のどこにもないのですから……」

 そこで須藤は言葉を区切り、自分の携帯電話を手に取ると、理沙に対して初めて威嚇するような目を尖らせた。いたずらっ子に“めっ”と前もって注意をするように。

「え? どうしたマー坊」

「警部、今から僕はとある所へ電話しますが、プライベートな電話なので耳を塞いでてください。と言っても聞こえちゃうんでしょうが、それでも耳を塞いでください。いいですね」

 言い、須藤が厳めしい表情を続けると、理沙は一先ず両掌で両耳を塞いだ。

「ん……こんな感じでOK?」

 須藤は頷いて部屋の隅に移動すると、理沙に背中を向けて電話をダイヤルし優しい口調で通話を始める。

「あ、母さん、俺。ごめん、今日もまた家に帰れないんだ……心配ないよ、また先輩に宿直を押し付けられただけ。うん、大丈夫、仕事場の皆ともうまくやってるよ……それでなんだけど、母さん、今晩はもう絶対に外に出ちゃだめだよ、危険だから……いや、ほら近頃、近所で置き引きや強盗があったでしょ? まだ犯人が捕まっていないし物騒だからね……そう、だから今日はもう外へは出ずにちゃんと戸締りをして寝てね、いいね? それじゃあまた」

 須藤は電話を切ると、恥ずかしそうな顔を堪えるように強く口を噤みながら振り返る。

 すると案の定、理沙が冷やかすようにニヤッと笑みを浮かべていた。

「ほほお、お母様ですか?」

「はい、そうです。1年前に父が交通事故死してから、まだ精神的に立ち直っていないんであまり一人にしたくないんですが状況が状況です。マザコンとでもなんとでもおしゃってください」

「いえいえ、そんな美しい親子愛を嘲るような発想一ミリたりともしないですよ。それでマー坊の顔はお母さん似? それでお母さんは40代後半?」

「はい、そうですが、それが何か?……」

 理沙が須藤の童顔の甘い顔を改めて見て、目をギラリと光らせた。

「美人熟女の未亡人……だな……」

「人の母親で卑猥な想像はやめてください。しかも息子本人の目の前で」

 と、須藤が咎めると二人が逃げないように廊下で見張っていた警官がドアを開けた。

「面会だ」

 その憮然とした声の後に牧田がバタバタと慌ただしく談話室へ入ってくる。

「おお、牧田のとっつあん! 今日はおうちで赤ん坊の世話じゃなかったっけ?」

 牧田は答えないまま“この場から出て行け”と命ずるように警官を睨むと、階級に天と地ほど差があるその下位の者は早足で廊下を突き抜け去って行った。

 そして、部外者の目がなくなると、牧田は憤懣を抑えるそぶりも見せずに悪態をつく。

「クソ、クソ、クソ、クソ、クソ! まさか本当にカルトのキ〇ガイによる無差別テロが計画されてたとは! いったいどうなってるんだ、何もかも! 口裂け女の相手をするってだけでもありえない話だってのに、クソ! まったくもって最低だ、何もかもが最悪で最低だ!」

 理沙が物臭そうに息をついて天井を見上げた。

「やれやれ、牧田のとっつあんがそこまで荒れてるって事は警察のお偉い方々も相当荒れてるって事かあ……」

「ああ、本庁はパニック状態だ。なんせ地下鉄サリン事件以上の悪夢があと一歩で起きる所だったからな。もし現実に大虐殺が実行されていたらどれだけの死者が出ていた? 間違いなくこの国の殺人の数の新記録が達成されるところだったぞ! 正に間一髪ってやつだった……」

 と、理沙が警告を込めたような真剣な眼差しを牧田に送る。

「いいや、とっつあん、まだ終わっちゃいない。むしろヤバくなるのはこれからだよ」

「はい、僕も油断できる状態ではないと思います」須藤が同意した。

「…………なんだと?」

「まだ100人以上の武装した信者達と教祖の行方が知れない。特に教団の行動を全て決める教団の脳であって心臓でもある教祖を捕まえていない以上、奴らの祭りは終わらない。むしろ恐怖の本番はこれからだ。たった今も残りの信者達によって教団の計画は継続されている。まだ私達の知らないどこかで」

「そのテロが起こった時の被害者の数は未曽有のものになるかと……」須藤が畏怖のこもった声で言った。

「なに?……」牧田が瞭然とした表情で目を細めた。

*************************************

〈第三の祭事場〉

 日本最古の財閥の流れを汲む企業が所有する高層ビルの最上階が赤い福音の信者が乗っ取ってからすでに三時間以上が経った。

 その最上階のフロアを丸ごとテナントとしていた金融会社の社員達は狂人達に長時間拘束されている恐怖と緊張で、皆、精神に限界を迎えているように涙ぐみながら震えている。

「うううう、誰か助けて……」その中の一人が恐怖で掠れた声で言った。

 社員達を奥に押しやり、空いたスペースに機関銃を片手に100人近くの信者が待機を続けている。

「皆、落ち着け、計画に問題が出ているが大神様は間違いなく復活して祝祭は成功するのだ。だから、臆することはない。我々はもうここまでやり遂げたのだ。もし不安なら窓の外で!」

 葉咲という女信者は言うと、窓の外の建造物に指をさす。

 信者達は周囲の高層ビルを圧倒するその巨大な建造物に目を向けると、激しく興奮し野犬のように“ウオオオオー!”と激しく吠えだした。

「巨大魔神は今はまだ静止したままだが、祐華様と大神様が現れた際には必ずや我々の味方となり、この都市の全てを破壊し、多くの人間を精霊にするだろう!」

 機関銃を振り回しながら、信者たちはさらに強く雄叫びを上げる。

「巨大魔神様! 我々にお力を!」

「我々に力を。祝祭を成功に導きください!」

 照明が当てられ夜のライトアップが始まったその建造物向かって目を潤わせる仲間を見て葉咲も胸を熱くし、目から涙をこぼした。

「後は大神の復活と巨大魔神の目覚めの時を待つのだ! 真の祝祭はこれからだ! 今はここにいる人質と共に多くの人々に祝福を与えるその時を待つのだ!」
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