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第二十一話 祝祭

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「やれやれ……さいですか。いやあ、ともかく不合格と共に絶対避けなくちゃならない危機を脱せられてよかったよかった」と、他人事のようにぼやき、体についた埃を払うと理沙は一度落ち着きを取り戻した事が嘘のように突然、大声を上げた。

「ああああああああ! しまったああああ!」

 その耳の鼓膜を突き破らん音量に、慌てて両掌で耳を抑える須藤、元木、真澄、安奈。

「ああ……今度は何ですか、もう!」

 憮然と須藤が言うと、理沙があたふたと死体の山を見回した。

「おいおい、誰か生き残ってる信者いない? 贅沢は言わない。下っ端でもいいから、ね、ね?」

「無茶言うな。見ての通り信者のどれも例外なく鉛の弾で頭が粉々になっている」

 言い、凄惨な光景を目にするのが苦しくなったか元木が死体の山から目を背けた。

「まあ、おかげで俺達は傷一つもなく無事ってわけだ。ここはクソ大神様とキ〇ガイの忠誠心に感謝だな」

 そう安堵の息をつく元木とはうらはらに、理沙が両手で頭を抱えながらまた叫ぶ。

「うわあああああ、まいった! 祝祭の情報が本当に掴めなくなった。捜査、どうしよう!」
 
 吐き気が催すのを回避するように須藤も死体の山に背を向けた。

「う……こういう結果になってしまった以上、仕方がありません。捜査本部に戻って別の策を練りましょう」

「アホたれ、そんな時間はない! もうすぐ祝祭が、キ〇ガイどものテロが始まるぞ!」

「え?」と、須藤と元木が振り返った。

「ああ、ヤバい、ヤバい、ヤバい、たった今にも信者達が街で何かをおっぱじめる! 早く止めないと! せっかく世に戻るチャンスをもらったってのに、これじゃ不合格の印を押されてまた地下牢戻りじゃん! いやいやいや冗談じゃないぞ!」

 取り乱したように喚く理沙に対し、状況を把握できない須藤が危機感の薄い顔で訊く。

「時間がないとか今にも信者達が何かを始めるって、何を根拠に言ってるんです?……」

 マジか? と言いたげに呆れるような顔をすると、理沙は元木に顔を向ける。

 元木も自分も検討がつかないと言わんばかりに目を細めた。

「マジか!!」今度は口に出した。

「周りを見ろ、二人とも! 異教徒の悪魔どもが教団の聖なる敷地内で大暴れした揚げ句の果てに身内の信者の頭が大量にまとめて吹っ飛んだってのに、どうしたことかたった今でさえもその他大勢の信者達が助太刀に来ない!」

 叫ぶと理沙は一番近くにあった信者の死体の腹を蹴るが、死体がボスッと大きく音をたてて揺れただけだ。

「ほらほらほら! 仲間の信者を助けに他のキ〇ガイ連中が突撃してきてもおかしくない状態なのに、外から一人の足音もなし!」

 そしてもう一度改めるようにボスッと死体の腹を蹴った。

「なぜならば、信者のほとんどがもうとっくに銃の密売人から爆買いした物騒な品物を持ってお出かけしてるからだ! 私達がこうやって潜入捜査ごっこする以前から!」
 
 ハッと目を丸くする須藤。

「そういえばこの村で車を一台も見てません!」

「しかも、教祖はお出かけ前に祝祭の情報漏洩の危険があったら信者達に自ら命を絶つように命じた。その理由はもう仕切り直しがきかないところまで祭りが進んでいるから! そんな切羽詰まってるって時に警察に悪企みの内容を知られて邪魔をされるわけにはいかないからだ!」

 事態がつかめた須藤が蒼白になった顔を横に振った。

「そんな……本当にテロが間近に発生するのですか?……都心で?」

「昭和の時代、各チャンネルの月曜日から土曜日までのサスペンス劇場を毎晩欠かさず見てたから推理力は自信がある! 今日、それももうじき奴らの祭りが始まる!」

 瞭然とした表情で元木が呟く。

「辻褄はあってる……なんてこった、すでにキ〇ガイどもが武器を持って街に繰り出しているのか? それも大勢のキ〇ガイが……」

 理沙がもどかしそうに両手で頭の髪の毛をバリバリとむしった。

「しかし、まいった、まいったぞ! こっちにはもう時間も情報も得る術がないってのに、重武装したキ〇ガイ連中が街のどこでどんな狂気を行うかこれっぽちも検討がついてない! ああ、ヤバい、ヤバい、ヤバいぞ!」

*************************************

〈第一の祭事場〉

 信者の運転するワゴン車一般車両の流れにそって六本木通りを進む。

 助手席に乗っている椿結は窓から左右の道路を通行する若き男女の会社員や学校帰りの学生達を運転席の窓から見ながら呟く。

「さあ、もうそろそろ祝祭が始まる。皆を解放して精霊にしてやろう。もう我慢して出世とか学歴とか世間体とかこの世界の病んだ世間の常識に付き合わなくていいんだ。みんな辛かっただろ? 大丈夫、共に精霊となり次の人生へ進もうじゃないか」

〈第二の祭事場〉

 四台に分かれた信者達の軽トラックが直列に並び、他の車の流れにスピードを合わせて明治通りを進んでいく。
 助手席に乗っている祐華向かって、葵深と名付けられた信者がハンドルを握りながら、おずおずと祐華に尋ねた。

「……本当によろしいのでしょうか? あなたのような方が我々に同行する必要はないと思います……できればここは我々下の者に任せて祐華様は真師様と最終地である巨大魔神のいる元へ……」

 祐華は自分用の機関銃を磨きながら、表情一つ変える事無く言い返す。

「なんだ、私が女だから頼りないと? 顔だけの女だと? 人に向かって銃を撃つ度胸がないと?」

「い、いえ、そういうわけではありません……それに私は祐華様の事をそんなふうに思った事など一度も……」

「真師とは後でちゃんと巨大魔神の元で合流する。お前は余計な心配をせずに多くの人々に祝福を与える事だけに集中しろ」

 葵深は言われるままこの話題を終える事を決めたが、幹部が下っ端に同行するという異例な事態に表情から不安を隠せなかった。

「……私の祖父と父は天才学者と言われた。まさに漫画に出て来るようなとある白衣を着た天才学者だった。どこの組織に所属していたか詳細は控えるがな」

 機関銃を膝の上に置いた祐華が突然、そうポツリと言った。

「はい?」

「生まれた直後に事故で母を亡くした私にとって、教団に出家するまではその二人が私の大事な家族で私の全てだった」

 そこで祐華が思い出を愛しむように微かに笑みを浮かべた。
 出家して長い年月を得た葵深だが、祐華が冷たく固い表情を緩ませる様を見るのをこれが初めてだった。

「だがその組織に方向転換があり、天才ともてはやされた二人は組織の一番下まで地位を落とされ、結果、共に組織を追放された」

 そこで今まであったのが嘘かのように祐華の顔から温かみが消えた。

「そして絶望した二人は死の道を選んだ。だから組織に忠誠を誓ったあげく、使い捨てとて消費された末端の者の絶望を私はよく分かる」

「…………」

「私は同志に対してそんな非道な扱いをしたくない。私は前線で闘うお前らの同志の勇姿を見届けてから、真師が待つ最後の決戦の場に向かわせてもらう!」

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