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第十六話 窮地
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尾上はワゴン車の助手席に座り、ヘッドフォンから会場の音声を確認し続ける。
「安もんの盗聴器の様子はどうだ?」
暇を弄ぶように貧乏ゆすりをしながら元木が訊いた。
「ああ、新人の兄ちゃんのポケット直にマイクを仕掛けてあるから感度良好、教団のお偉いさんの会話も信者の声もよく聞こえるぜ」
「ほお、で、今、会場の中は今、どんな様子だ?」
「そうさな、新人の兄ちゃんが会場で口裂け女がアホだという事を信者に向かって熱弁している」
「は、アホ?」
「どうやら脳みそが悪魔に取り付かれているらしい」
「え……なに、その展開?」
*************************************
「アホな上に目つきが悪い金髪ギャルのできそこない! おお、これもすべて悪魔の所業! 皆様、ご無礼をお許しください! ああ、そして、この哀れな女に大神様のご慈悲を!」
大袈裟にも限度があるほど苦悶の表情を作って叫ぶと、信者達は処分すべき敵かどうか見定めるように須藤と理沙を凝視する。
「やれやれ……」としらけた顔で吐息をつく理沙。
昇麻はマイクをさらに自分の口に近づけて重い声を出す。
「そこの女、舞台に上がりなさい。私がその脳に取り付いている悪魔と対峙してあげようじゃないか」
親切心というより、公開リンチを企んでいるような邪悪な目で、昇麻が理沙向かって手招きした。
「え、マジ? いいね、いいね。やっとおもしろくなってきた。こう見えても目立ちたがりでね!」
理沙は喜々として席から立ち上がると、通路を歩きだす。
「いや、待ってください。罠です、警部! 舞台に行ってはさらに状況がまずくなるだけです。ここは一先ず我々がこの会場から退出して、この場を収めるのが賢明です」
「そこの連れの男。お前も舞台に上がれ!」
「えっ!」
「お前も女の悪魔が感染しているかもしれん。さあ、来るがいい」
周りの信者が須藤に“昇麻様の言う通りに早く舞台へ行け”と無言の圧力をかけてきた。
理沙はもう舞台の近くまで進んでいる。
「……ああ、もうっ!」
選択肢がない須藤は一度身悶えをすると、恐る恐る舞台に向かいだす。
「いやあ、皆さん、どうもどうもこんちわ、どうよ、調子は? 講演会楽しんでる?」
と、調子づいたように舞台に上がった理沙が信者達に声をかけた。
「さあ、よく来たな、金髪女。ではその悪魔に取り付かれた脳、どうしてくれようか、え?」
これからどう痛ぶってやろうか思案するかのように、昇麻が理沙の体を見回す。
「いや、その前にだ、教団の偉い人。初対面から遠慮なく言わせてもらうけど、もしかして昼からがっちり飲んでる? こっちが吐きたくなるくらいあんた酒臭い、ほんとマジで」
須藤が舞台に上がったと同時に昇麻に感じた事を理沙が口に出して訊いた。
信者達がザワつきはじめ、理沙の言葉を自分への侮辱と解釈したかのように昇麻が怒りを表情に出した。
「お、おまえ……誰に向かって……」
「はい、ご名答だね。だけどそれよりも問題なのはだ……オッサンの拳から血の臭いがする。それも処女の血の臭いが」
理沙による突然の告発に、信者達が何の話だ? とばかりに互いの顔を見合わせ始めた。
「なんだ、オッサン。アル中だけじゃ飽き足らず、少女を殴るのも快楽のタネのクソ変態か? まさか講演会が始まる前にそんなプレイしてたってわけか、おいおい、マジか!」
昇麻の目が動揺であからさまに泳ぎだす。
「……こ、この野郎……おまえ一体何者だ?」
「ね? さてさてほんと真面目に何者だろう? とりあえず今は脳みそを悪魔に取り付かれてるアホ女って設定になってるねえ……いやあ~、実際、これまでいろいろある事ない事言われてきたけどこのパターンは初めてで自分でもびっくらこいてるところでね、うん」
昇麻がもはや怒りを隠す事も無用と言わんばかりにマイクを床に叩きつけた。
「このクソ異教徒が、よくも信者達の前で身に覚えのない罪で俺を陥れようとしたな! そうかさてはお前、教団に解散命令を出そうとしている政治家の手先だな? 許さん、許さんぞ!」
感情を抑えきれなくなった昇麻を前に須藤が慌てて理沙の手を引っ張る。
「もう限界です。今すぐここから出ましょう! 数が違う。信者達とまともにやっては勝てない!」
逃がすまいと昇麻が理沙と須藤に指をさし、信者達向かって叫ぶ。
「この二人を抹殺しろ! この二人は悪魔に取り付かれているんじゃない! 本物の悪魔そのものだ。危険だ、異教徒の悪魔が我が教団と大神様を陥れにわざわざ祝祭の日に姿を現したのだ! 教団を守るためにも、今すぐこの場で悪魔を抹殺するんだ!」
昇麻からの直の殺人命令に信者達が次々と目の色を変えて席から舞台に向かって突進しだす。
「この異教徒の悪魔め! 祝祭の邪魔はさせんぞ!」
「おい、お前らは舞台の右から回れ! 挟み撃ちだ!」
猛然と突っ込んでくる信者に対し、須藤はあたふたと逃げ口を捜す。
「き、来た! に、逃げましょう、警部、早く!」
そう取り乱した声を出す須藤に対し、理沙が落ち着きはらった態度で尋ねてくる。
「マー坊、今、こいつ、信者に殺しを命令したけど、これだけで犯罪になるよね?」
「そ、そうですが、今はそれどころじゃありません。逃げるんです! 信者達は本気です!」
「よっしゃ、そうとならば!」
理沙は着ていたアーミージャケットのポケットから手錠を出すと、昇麻の左手首と自分の左手首にはめた。
「はい、逮捕」
「何?……」と仰天した表情になる昇麻。
「これで逃げられないね、教団の偉い人。法律はよく分からないから罪状はマー坊に聞いて」
「え?」と唖然とする須藤に構わず、理沙は開いている左手で信者の皆に見えるように警察バッジを上に掲げた。
「はい、警察だよ、信者の皆の衆! 本物だよ。皆、動かないように! 悪いけど今、あんたら教団のお偉いさんを逮捕させてもらった。あんたらも生で見ていた通りなんとかかんとかの現行犯だ!」
信者達が舞台に上がる直前でピタと足を止めた。しかしそれは警察という存在に萎縮したのではなく、状況変化による次の攻撃の指示を待ち構えるためのように見える。
「はい、みんな下がった。下がった。今から連行させてもらうよ。国家権力に喧嘩を売りたくなかったらクズな幹部よりも警察さんに従った方がいいよ! こっちはこの教団の偉い人を連行していろいろお問合せしなけりゃならないからね」
「クソが! 逮捕だと、ふざけやがって! 俺を誰だと思ってる? 教団のNO.3の昇麻だぞ。そしてここは教団の敷地内だ。皆、俺を助けろ! やはりこいつは我々と祝祭を潰しに来た異教徒の悪魔だ! 豪華な来世を送りたければ皆で一斉にこいつらを仕留めて地獄へ送り返すんだ!」
*************************************
「おいおいおい、やばいぞ、やばいぞ!」イヤホンに手を当てながら尾上が叫んだ。
「どうした、急に大声上げて。あの二人が教団の説教で洗脳でもされたか?」
元木が投げやりな口調で訊いた。
「あの女……教団のお偉いさんを逮捕した……」
「は? 今なんて?」
「あの怪物女、信者達の前で教団幹部を逮捕した!」
「え……なんだそれ。たしか情報収集のための潜入捜査だったよな?」
「そうだ!」
「おいおい、だったらなぜ逮捕なんかした? しかも教団の敷地の中の信者の前でか? 信者達がブチ切れて何をするか分からないぞ!」
「だからヤバいって言ってんだ!」
と、その時、二人の視界に講堂へ向かって勢いよく走っていく三人の信者の姿が目に入った。その信者達の手には短機関銃が握られている。
「え……おい……い、今のって……あれは機関銃? まさか本物か?……」
尾上が唖然とすると、元木がスマートフォンを手に取り、須藤向かってダイヤルした。
「中で何が起こってやがる。クソ、新人、早く出ろ。緊急事態だぞ!」
しかし、通信音が鳴り続けるだけで、須藤からの応答はない。
「おいおいおい、何をやってる。いいから早く電話にでろ。やばいぞ! そっちに機関銃を持った信者が向かった。早くそこから逃げろ!」
尾上がまた外の光景を見て声を上げる。
「おい、また一人、機関銃を持って講堂に入って行ったぞ!」
「早く電話に出ろ、新人! 女と一緒にとっとと会場から脱出するんだ! 武器を持った加勢がそっちへ行ったぞ!」
「安もんの盗聴器の様子はどうだ?」
暇を弄ぶように貧乏ゆすりをしながら元木が訊いた。
「ああ、新人の兄ちゃんのポケット直にマイクを仕掛けてあるから感度良好、教団のお偉いさんの会話も信者の声もよく聞こえるぜ」
「ほお、で、今、会場の中は今、どんな様子だ?」
「そうさな、新人の兄ちゃんが会場で口裂け女がアホだという事を信者に向かって熱弁している」
「は、アホ?」
「どうやら脳みそが悪魔に取り付かれているらしい」
「え……なに、その展開?」
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「アホな上に目つきが悪い金髪ギャルのできそこない! おお、これもすべて悪魔の所業! 皆様、ご無礼をお許しください! ああ、そして、この哀れな女に大神様のご慈悲を!」
大袈裟にも限度があるほど苦悶の表情を作って叫ぶと、信者達は処分すべき敵かどうか見定めるように須藤と理沙を凝視する。
「やれやれ……」としらけた顔で吐息をつく理沙。
昇麻はマイクをさらに自分の口に近づけて重い声を出す。
「そこの女、舞台に上がりなさい。私がその脳に取り付いている悪魔と対峙してあげようじゃないか」
親切心というより、公開リンチを企んでいるような邪悪な目で、昇麻が理沙向かって手招きした。
「え、マジ? いいね、いいね。やっとおもしろくなってきた。こう見えても目立ちたがりでね!」
理沙は喜々として席から立ち上がると、通路を歩きだす。
「いや、待ってください。罠です、警部! 舞台に行ってはさらに状況がまずくなるだけです。ここは一先ず我々がこの会場から退出して、この場を収めるのが賢明です」
「そこの連れの男。お前も舞台に上がれ!」
「えっ!」
「お前も女の悪魔が感染しているかもしれん。さあ、来るがいい」
周りの信者が須藤に“昇麻様の言う通りに早く舞台へ行け”と無言の圧力をかけてきた。
理沙はもう舞台の近くまで進んでいる。
「……ああ、もうっ!」
選択肢がない須藤は一度身悶えをすると、恐る恐る舞台に向かいだす。
「いやあ、皆さん、どうもどうもこんちわ、どうよ、調子は? 講演会楽しんでる?」
と、調子づいたように舞台に上がった理沙が信者達に声をかけた。
「さあ、よく来たな、金髪女。ではその悪魔に取り付かれた脳、どうしてくれようか、え?」
これからどう痛ぶってやろうか思案するかのように、昇麻が理沙の体を見回す。
「いや、その前にだ、教団の偉い人。初対面から遠慮なく言わせてもらうけど、もしかして昼からがっちり飲んでる? こっちが吐きたくなるくらいあんた酒臭い、ほんとマジで」
須藤が舞台に上がったと同時に昇麻に感じた事を理沙が口に出して訊いた。
信者達がザワつきはじめ、理沙の言葉を自分への侮辱と解釈したかのように昇麻が怒りを表情に出した。
「お、おまえ……誰に向かって……」
「はい、ご名答だね。だけどそれよりも問題なのはだ……オッサンの拳から血の臭いがする。それも処女の血の臭いが」
理沙による突然の告発に、信者達が何の話だ? とばかりに互いの顔を見合わせ始めた。
「なんだ、オッサン。アル中だけじゃ飽き足らず、少女を殴るのも快楽のタネのクソ変態か? まさか講演会が始まる前にそんなプレイしてたってわけか、おいおい、マジか!」
昇麻の目が動揺であからさまに泳ぎだす。
「……こ、この野郎……おまえ一体何者だ?」
「ね? さてさてほんと真面目に何者だろう? とりあえず今は脳みそを悪魔に取り付かれてるアホ女って設定になってるねえ……いやあ~、実際、これまでいろいろある事ない事言われてきたけどこのパターンは初めてで自分でもびっくらこいてるところでね、うん」
昇麻がもはや怒りを隠す事も無用と言わんばかりにマイクを床に叩きつけた。
「このクソ異教徒が、よくも信者達の前で身に覚えのない罪で俺を陥れようとしたな! そうかさてはお前、教団に解散命令を出そうとしている政治家の手先だな? 許さん、許さんぞ!」
感情を抑えきれなくなった昇麻を前に須藤が慌てて理沙の手を引っ張る。
「もう限界です。今すぐここから出ましょう! 数が違う。信者達とまともにやっては勝てない!」
逃がすまいと昇麻が理沙と須藤に指をさし、信者達向かって叫ぶ。
「この二人を抹殺しろ! この二人は悪魔に取り付かれているんじゃない! 本物の悪魔そのものだ。危険だ、異教徒の悪魔が我が教団と大神様を陥れにわざわざ祝祭の日に姿を現したのだ! 教団を守るためにも、今すぐこの場で悪魔を抹殺するんだ!」
昇麻からの直の殺人命令に信者達が次々と目の色を変えて席から舞台に向かって突進しだす。
「この異教徒の悪魔め! 祝祭の邪魔はさせんぞ!」
「おい、お前らは舞台の右から回れ! 挟み撃ちだ!」
猛然と突っ込んでくる信者に対し、須藤はあたふたと逃げ口を捜す。
「き、来た! に、逃げましょう、警部、早く!」
そう取り乱した声を出す須藤に対し、理沙が落ち着きはらった態度で尋ねてくる。
「マー坊、今、こいつ、信者に殺しを命令したけど、これだけで犯罪になるよね?」
「そ、そうですが、今はそれどころじゃありません。逃げるんです! 信者達は本気です!」
「よっしゃ、そうとならば!」
理沙は着ていたアーミージャケットのポケットから手錠を出すと、昇麻の左手首と自分の左手首にはめた。
「はい、逮捕」
「何?……」と仰天した表情になる昇麻。
「これで逃げられないね、教団の偉い人。法律はよく分からないから罪状はマー坊に聞いて」
「え?」と唖然とする須藤に構わず、理沙は開いている左手で信者の皆に見えるように警察バッジを上に掲げた。
「はい、警察だよ、信者の皆の衆! 本物だよ。皆、動かないように! 悪いけど今、あんたら教団のお偉いさんを逮捕させてもらった。あんたらも生で見ていた通りなんとかかんとかの現行犯だ!」
信者達が舞台に上がる直前でピタと足を止めた。しかしそれは警察という存在に萎縮したのではなく、状況変化による次の攻撃の指示を待ち構えるためのように見える。
「はい、みんな下がった。下がった。今から連行させてもらうよ。国家権力に喧嘩を売りたくなかったらクズな幹部よりも警察さんに従った方がいいよ! こっちはこの教団の偉い人を連行していろいろお問合せしなけりゃならないからね」
「クソが! 逮捕だと、ふざけやがって! 俺を誰だと思ってる? 教団のNO.3の昇麻だぞ。そしてここは教団の敷地内だ。皆、俺を助けろ! やはりこいつは我々と祝祭を潰しに来た異教徒の悪魔だ! 豪華な来世を送りたければ皆で一斉にこいつらを仕留めて地獄へ送り返すんだ!」
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「おいおいおい、やばいぞ、やばいぞ!」イヤホンに手を当てながら尾上が叫んだ。
「どうした、急に大声上げて。あの二人が教団の説教で洗脳でもされたか?」
元木が投げやりな口調で訊いた。
「あの女……教団のお偉いさんを逮捕した……」
「は? 今なんて?」
「あの怪物女、信者達の前で教団幹部を逮捕した!」
「え……なんだそれ。たしか情報収集のための潜入捜査だったよな?」
「そうだ!」
「おいおい、だったらなぜ逮捕なんかした? しかも教団の敷地の中の信者の前でか? 信者達がブチ切れて何をするか分からないぞ!」
「だからヤバいって言ってんだ!」
と、その時、二人の視界に講堂へ向かって勢いよく走っていく三人の信者の姿が目に入った。その信者達の手には短機関銃が握られている。
「え……おい……い、今のって……あれは機関銃? まさか本物か?……」
尾上が唖然とすると、元木がスマートフォンを手に取り、須藤向かってダイヤルした。
「中で何が起こってやがる。クソ、新人、早く出ろ。緊急事態だぞ!」
しかし、通信音が鳴り続けるだけで、須藤からの応答はない。
「おいおいおい、何をやってる。いいから早く電話にでろ。やばいぞ! そっちに機関銃を持った信者が向かった。早くそこから逃げろ!」
尾上がまた外の光景を見て声を上げる。
「おい、また一人、機関銃を持って講堂に入って行ったぞ!」
「早く電話に出ろ、新人! 女と一緒にとっとと会場から脱出するんだ! 武器を持った加勢がそっちへ行ったぞ!」
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