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第十一話 女王様君臨
しおりを挟む朝9時ジャストの時間に現れた指揮者は裕次郎のような男気と優しさを感じさせるボスキャラとは何もかもが大きくかけ離れていた。
身長は170センチ代後半の長身、パンツスーツに身を包み完璧にまでキュッとしまったウエスト。シャツの胸部とパンツの尻部が張り裂けんばかりの膨らみを持ち、その凛とした美貌は誰からが見ても否定できるものではないが、キツネ目型の銀縁の眼鏡の向こうには他人を寄せ付けない高圧的な迫力がある。
裕次郎というより“女王様”に近い。
「那智・伊瑠沙だ。今日からここでお前らの捜査の指揮をとる!」
右手に持っている指示棒をすでに50㎝ほどの長さまでに延ばしており、粗相をした瞬間、遠慮のない体罰が飛んできてもおかしくないほど、伊瑠沙の眼光は尖らせている。
ナメるとこの鞭、もといこの指示棒でシバキ殺してやる、と威嚇するかのように。
「あー……なんかえらいのが来たみたいじゃないか……え、マー坊」
と交戦的な目ながら、顔を引きつらせる理沙。
え、なに、この人……怖いんですけど! と素直に怯む須藤。
「お前らの事はすで経歴書を呼んだ。だから自己紹介の必要はない。これからお前らは担当する捜査について逐一私に報告、そして、全て私の指示に従え、いいな?」
と、伊瑠沙は改めて理沙と須藤に圧力のある視線をやった。
「ここまでで私に何か質問あるか、お前ら?」
理沙が反抗心をむき出すように、テーブルに足を投げ出しながら右手を挙げた。
「なんだ、言ってみろ?」
「今、経歴書読んだってたけど、私の事なんて書いてあった? いや、まあ、本人が言うのもなんだけどさ、ほら、私のってアレじゃん? ちょい気になってね」
「うむ、口裂け女として約45年間地下に投獄されていたと書いてあったな」
「ほほう。で、その私のプロフィールを聞いて何か感想は?」
「別にないぞ、口裂け女。正直、部下のバックグランドなんか知ったこっちゃない。例えそれが口裂け女だろうがツチノコだろうが最終的に事件が解決すればいい。私が望むのは一般市民の安全、それだけだ」
開き直っているのか、それとも心の底から本当にそう思っているのか読めない冷血な表情のまま伊瑠沙は補足する。
「つまり私にとってそれ以外のこの世にあるのものは全てクソって事だ。お前らも気をつけろ、例え部下でも捜査でヘマをするな事があれば躊躇なく首を圧し折ってトイレに流してやる。クソに相応しくな!」
「いやいや……おいおいおい」と苦い表情をする理沙。
「うわぁぁぁ……」と率直に瞭然とする須藤。
二人の反応にかまわず伊瑠沙は何かを探すように周辺を見回しながら大声で叫ぶ。
「聞こえているか、公安の二人組! 万が一の時はこの女を処刑しようと外の車から監視と盗聴をしているのだろ? お前らも捜査の妨害となったり、協力を拒んだりしたらただじゃおかん! 私の美脚でお前らの側頭部を踏みつけたうえに、ハイヒールの底をお前らの脳みそまで食い込ませてやる、この蛆虫にも劣るクソ野郎どもが!」
今ここで姿は見えないが、外のワゴン車の中で戦々恐々としている元木と尾上二人の姿が須藤には用意に想像できた。
「くそ、なんだ、あの女! まさか俺達を脅したのか? 俺達公安を何だと思ってやがる?」
すると理沙もどこかに隠してある盗聴マイク向かって声を上げる。
「だってさ、私の処刑係のお二方。私の監視と処刑以外に仕事が増えたようだよ。お互い女王様の被害者の会に入会する事にならないよう気を付けよう! 一緒に結託して女王様を返り討ちにする根性があるのならいつでも相談にのるよ!」
「それで、口裂け女。質問は以上か?」
「じゃあ、彼氏や愛人はいる?」
と、小学生が教育実習の若い女子教師にするいたずらじみた質問を理沙が真顔で訊いた。
やはり権力に対して敵愾心が強い。40年以上も投獄された元凶悪犯だけに。
「残念だが今はいない。だがペットなら二匹いるぞ、共に雄だ」
言うと伊瑠沙は自分のスマートフォンのアプリをタッチし、液晶画面に出た写真を須藤と理沙に向けた。
「お前らには特別に見せてやる、私の大事な二匹だ」
その画面には上半身裸でブリーフの一丁の下着姿の白人と黒人の美少年二人が首輪に繋がれ、まさに犬のごとく四つん這いになってご褒美を求めるように舌を出している姿が写し出されていた。
「どうだ、とても従順な奴らだぞ、かわいいだろう?」
須藤は悲鳴を呑み込むと、恐怖よりも僅かに上回った正義感で抗議する。
「い、いやいやいや、か、かわいいだろうじゃありません! この白人少年と黒人少年の二人、どうしたんですか! どう見ても十代です!」
「心配するな、十八歳と言っていた。自己申告だがちゃんと働いてるぞ。モデルやサービス業をしてると言ってた」
「いえいえ、どう見てもこの二人は中学生にしか見えません! それにサービス業って、もしかしてこの二人児童買春婦じゃ? ペットって事はまさかこの美少年達を自宅に監禁してるんじゃないでしょうね? い、いくらなんでもこれは犯罪です、逮捕もんです、警部も何か言ってください!」
いつの間にか机から脚を降ろしていた理沙が目を輝かしながら伊瑠沙に言う。
「姉貴って呼んでいいですか?……」
「おい! 口裂け女!」
「無駄だ。どう努力をしようが快楽調達人として私のレベルに到達できる者などいない。それにこの二匹も快楽を目的に私の家に住み着いているだけだ。いろいろ実験に付き合ってもらっているがな」
「じ、実験って……え、え? 今、実験って言いました? って……何の実験を……」
戦慄する須藤とはうらはらに、理沙が胸を躍らながら尋ねる。
「で、このペットの白人少年ちゃんと黒人少年ちゃんの名前は?」
「定番のペットの名にした。シロとクロだ」
「なんてこった!」と須藤が悲鳴を上げた。
理沙がこれまでまったく見せなかったほどの真剣な顔でまた手を挙げた。
「姉貴! 今度、姉貴の家に遊びに行っていいすか?」
「おい、エロオヤジ! 40年以上投獄された怒りはどこへ消えた、どこへ!」
「いいだろう、事件を無事に解決したら、褒美にお前にも私のペット二匹と遊ばせてやろう」
艶めかしい笑みを浮かべながら言うと、伊瑠沙はプロジェクターの電源を入れ、部屋の明かりを消した。
「ならば早速、今回、お前らが捜査する悪の組織についてこれから話すぞ」
壁一面に張られたスクリーンに全身赤い衣類に身を包み、どこかの山の敷地で稲作を行っている人間達の姿が映し出された。
一人の例外もなく赤い服を着こみ、また表情までも指定されたように皆、無感情なその姿を見て、理沙が気持ち悪そうに呻く。
「んんんんん? なんだ、このヘンテコな連中は? これが悪の組織だって?」
「ああ、お前らの捜査対象となる凶悪な悪のキ〇ガイ連中だ。これから話す詳細をよく聞いておけ。かなり狂暴で狂っていること請け合いだからな」
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