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第九話 事件を解決したあかつきには
しおりを挟む「やれやれ、本気で警察と平和な人々のために役に立つって言ってる相手に銃を向けて脅すとは。まったく最近の警察は人様を何だと思ってるのやらだ……ほんとに!」
そうぼやき物臭そうに吐息をつくと、理沙は疑念をたっぷり込めた横目を須藤にやった。
「んで、マー坊。他に私の知らない事は?」
「え?」
「私達はチームだってば。だからもう捜査以外でも何でも隠し事はなしだ。今後のためにも都市伝説の怪物への偏見は捨ててくれや」
須藤は観念するかのように大きく溜息をついた。
「別に隠しているわけじゃないですが明日、組織犯罪対策課のベテランがやってきます。多くの実績を上げた優秀な人物で、明日、僕らが捜査をする組織の情報を持ってきます」
理沙が顔をしかめた。
「ん? この秘密捜査部に私らの他にも刑事が配属されるわけ?」
「といっても直接、僕らと現場に出向く事はありません。組織犯罪対策本部の重鎮の方で、この捜査本部に残って僕らの指揮に当たります」
「あーと……つまりそれって“太陽にほえろ”の裕次郎的ポジションな人?」
「そのドラマは未見ですが、まずそう考えてだいたい間違いないかと……」
理沙は遠慮なく渋面をつくると、大きく呻き声を上げる。
「うへぇ~~っ! けどまあ、いいや。どっちにしろ私はエリート野郎には従わんし。私がどう動くか決めるのは警部様の私だ。昭和育ちだからどっちかっつと反権力寄りでね」
「野郎ではありません。その方は女性です。名は那智・伊瑠沙と聞いています。自分も明日が初対面です。怒らせて地下牢に戻されたくなかったら、反抗心を捨ててお行儀よくしてください」
「はいはい、それはその時の気分で決めるとするか、うん。てなことで明日からの捜査に備えて私はもう眠らせてもらいますわ。今日はちょっとはしゃぎすぎた。眠い」
理沙が気だるそうに言いながら寝室に向うと、須藤が慌てふためきながら呼び止める。
「け、警部、ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん、なに?」
と、須藤は己の両手首にはめられ、ポールに繋がれたままの両手の手錠をじゃらじゃらと鳴らした
「そのう……この手錠……そろそろ外してもらってよろしいでしょうか?」
「あああ~~~~それ!」
今になって思い出しかのように声を上げると、理沙は頭を振り、寝室に入っていた。
「男子と同じ屋根の下で寝るからね、女子の貞操を守るためにマー坊にはめた手錠は朝までそのままにしておこう、うん!」
「はい?」
「いや、ほら私、都市伝説の女でも元はそこらへんにいる清き乙女に変わらないじゃん? マー坊もやりたいざかり絶頂期の男の子だし、寝込みを襲われちゃたまらないしね、うん」
「はあああああ?」
「てなわけでよろしく! 明日から捜査がんばろうねえ~!」
背中越しに言うと、理沙は奥のベッドが設置されている部屋に入り込み後ろ手でドアを閉めた。
「へ……マジすか……」
しばらくぽかんと立ち尽くしていると、部屋のドアが微かに開き、手錠の鍵が須藤向かって投げつけられた。
「ああ、ほんとに悪趣味の上に意地悪なんだからもう……」
弄ばれている事にぼやきながらも須藤は屈んで拾った鍵で手錠を解錠しようとすると、ドアの隙間から理沙がひょっこりと顔を出す。
「マー坊」
須藤が不機嫌さを隠さず、憮然とした顔で言う。
「何ですか?」
「そのだ……私はもう怪物じゃない」
「はい?……」
須藤が思わず手を止めて顔を向けると、理沙がそのキャラクターに似合わない真摯な表情で続ける。
「……私はもう怪物じゃない……それは遠い遠い昔の昭和の話。もう口も裂けていないし、平和な一般市民を驚かす事も、罪のない誰かに危害を上げる事なんかありえない。明日から人々を守る正義の味方だ」
「え…………」
「だけど、昔いろいろ悪さをした事は自覚している。ほんとこの国じゅうを恐怖でパニックに陥れたからね。いや、たしかにあれははしゃぎすぎた、うん」
言うと、自責の念を感じたのか、しゅんと顔を下に向けて髪の毛をバリバリと掻いた。
「だから……その償いとして悪い組織をぶっ潰して、世間の人達にも認められるんだ。あいつはいい奴になった、もうあの都市伝説の悪い怪物は昭和の過去のものなんだって……そして、そうなったら陽の下の街を堂々と歩くんだ、本当の人間と同じように……」
「…………」
と、理沙は今度は想像するだけでテンションが上がるとばかりにはにかんだ。
「んで、そうなった時は、まず世間勉強としてマー坊にあちこちの街に遊びに連れて行ってもらうって事でよろしく!」
真顔でそう言った理沙に対し須藤は忌憚なく困惑した顔をする。
「え、僕が?……いえ……ちょ、ちょっと待ってください。口裂け女のエスコートなんて荷が重すぎますが……真面目な話無理かと……」
「ええええええ? おいおいおいおい、なんだリアルな顔で即答かよ! 世間に慣れるまで私の面倒見てくれたっていいじゃん! そうでないと口裂け女さん、悪の捜査への捜査も身も入らなくちゃうかもだ! そうなると警察のお偉いさんたちから怒られるのマー坊だし、そうなっても私知らないし! つまりそういうわけだ!」
お断りは許しません! と言わんばかりに理沙が興奮して鼻息を荒くさせた。
「……なんですかその駄々っ子のような無茶苦茶な理屈は!」
「いやいやいや、いいじゃん、いいじゃん、だってTVだけが友達で何十年も特別の牢屋で孤独しておんもの右も左も分からないんだよ? だからそこは人情とか温情とかその他いろいろってやつでやろうよ! 怪物に情けの一つや二つくれたって損はないよ! マジで!」
本当に駄々っ子ように両拳をブンブン振り回す理沙の姿を見つめ、へたに抗ってもこの場が収まらないと悟った須藤は大きく溜息をつく。
「やれやれ……ああ、もう……」
そして観念したかのように、力のこもっていない声で言う。
「……もしも……」
「え?……」
「……もしもです……あなたが今回の捜査で最後まで人を殺す事がなかったら……考えましょう」
「なんだ?」
須藤は念を押すように人差し指を立て語調を強くして繰り返す。
「今回の捜査で人を殺める事は許しません! 相手が誰であろうと例外はなしです! 僕らの使命は捜査です。だからもしたった一人でもあなたの手で人を殺めるような事があったら街どころかコンビニさえ連れて行きません! これが条件です!」
しばし考えるような間を置くと、理沙が受けて立つとばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「つまり私が捜査で人を殺さなければいいだけって事だね? いいね、いいね、よっしゃ、その内容で取引成立だ! ではてなわけで今度こそ、お休みマー坊。明日から悪い組織退治がんばろう。私達いい刑事コンビになれそうだ!」
言い、ウッシシシと笑いながら理沙が首を引っ込めると寝室のドアが閉まった。
「…………」
都市伝説の怪物相手に軽率な約束をしてしまったかと、須藤はしばらくもんもんとするが、再び手錠の解錠作業に戻った。
考えたところで都市伝説相手に何が正解か明確な答えが出るわけがないと悟ったうえ、ひとまず自分も早く楽な体制にとって疲弊した体を休ませたかったからだ。
「ほんとなにがなんだか……まったく、もう!」
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