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第二話 怪物への生贄
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須藤直哉はつい昨日まで下町を巡回する凡粛な若き警官に過ぎなかった。
だが、昨晩、警視庁に呼び出されると国家試験を無視して巡査部長という肩書を与えられ、そして同時に特殊な犯罪組織を捜査する秘密捜査官に任命された。
表向きは捜査一課の刑事という面目で。
秘密捜査官? この自分がですか?
いやいやいや……待ってください。はい? 特殊な犯罪組織? って、何ですか、それ?
しかも共に捜査する相棒が刑事ではなく、過去に重罪を繰り返した凶悪犯の女だという。
「…………」
その凶悪犯が投獄されている特別な施設の廊下を進み続けていると、自分を先導している警視の牧田が厳粛な表情を須藤に向けた。
「いいか、須藤君、君は新人ながら多くの優秀な警官の中から選任されたんだ。何も臆する事はない。秘密捜査官として自信を持って捜査にあたってくれ」
そう激励の声を受けるが、何もかもが突発かつ突飛すぎて須藤はまだ今回の話は何かの冗談としか認識できない。
「あのう、警視……正直に言ってください。これは特別なテストか何かでしょうか?」
牧田警視は大きく顔をしかめた。
「何だ?」
「いえ、その……ですから今回の私が与えられた凶悪犯とコンビを組んで隠密捜査を行うといった話は若手の警官を試すための裏のテストか何でしょうか?……それなら今回の話、いろいろ合点がいくのですが……」
「裏のテストだって? おいおい、待ってくれ。なんで本庁が若手を試すためにわざわざ組織的な労力を使わなくてはいけないんだ? しかも警察の機密施設の案内をしてまでだ。どうした、いきなりそんな質問をして?」
牧田の余興に興じているとは思えないその真剣な表情を見て、須藤は大きく暗鬱な溜息をつく。
「いえ、そのう……特殊な捜査に凶悪犯の知識を利用させようという計画は、まあ、ひとまず理解するとしましょう。まだ経験も浅い自分がその捜査員として任命された事もとりあえずです。しかし今回の話の一番の問題点は私と捜査を共にする凶悪犯のパートナーが……」
言葉の途中で須藤は畏まるように一度、咳払いをした。
「オホン……えーと……ですから秘密捜査の私のパートナーとなるその凶悪犯の正体が口裂け女だというのは何かの冗談か間違いかではないかと……」
牧田が大きく肩を落とし溜息をつく。
「……そうか、やはりそう来るか……」
「はい、すみません。そう来てしまいます……確かに自分も口裂け女の話は幾度も聞いた事があります。しかし、その凶悪犯……もとい怪物については全てただの噂で現実には存在しないという結論で話は終わったはずです。しかも遠い昔である昭和の時代に」
牧田は須藤の指摘に動じる事無く答える。
「そうだな。世間も君と同じ意見だろう。だったら我々警察の思惑通りというわけだ」
「はい? 今なんておっしゃいましたか?」
「君は疑問に思わないか? あの時代、あれだけ世間を騒がしたのに噂話で事態が終結した事に? 当時、日本各地で数多くの目撃談者もいたというのにだ。そして世間を騒がしておきながらその怪物は何事もなかったように忽然と姿を消した。なぜだ?」
「そ、それは……」
須藤は答えられず、困惑の表情を浮かべた。
「教えよう。怪物は消えたんじゃない。警察が逮捕し、地下に閉じ込めたんだ。昭和の時代のうちに。そしてその事実を公表せず隠す事にした」
「え? 逮捕! え、え? 逮捕したのならなぜ公表しなかったんですか? 当時は社会的な大事件だったはずです」
「公表しなかった理由? 簡単さ。あの時代、噂だけでも世間は混乱状態だった。そんな状態の中でその怪物が本当に存在したと公表をすると国民はさらなるパニックを起こす事は目に見えていた。だからその狂乱を防ぐために警察は奴を地下に幽閉し、世間の興味が消えるのを待った。そして時が経ち、知ってのとおり口裂け女はただの噂話、存在しないデマとして世間は認知した。全てが警察の思惑どおりに進んだ、そういうわけだ」
……そういうわけだ、と簡単に締めくくられても、話のネタがネタだけに、ああ、なるほど、そうなんですね! と須藤は素直に答えられない。
「ええぇぇぇ…………」
「だがこれまで話の通り、奴が正真正銘の怪物という事実に変わりはない。その怪物と共に秘密捜査をするだけではなく、奴が逃亡を目論んだり、人々に危害を加える事がないよう24時間監視する、それが今回の君の任務だ。そこは理解しているな?」
「はあ……そこは理解しています……とりあえずですが……」
「奴との取り決めで立場上は奴が警部という地位で君の上官にあたるが、それはあくまでも形だけだ。相手は所詮怪物、現場に出たらただの素人。簡単に君が捜査の主導権をつかめるさ。奴をうまく利用してコキ使ってやれ」
「ええ……口裂け女が上官なうえに監視してコントロールするなんて、訓練もマニュアルもないのでどう上手くやればいいのか頭が混乱していますが……」
と、須藤が素直に自信のない顔で答えた。
「そのためには君は刑事だけじゃなく優秀な猛獣使いになるんだ。怪物の監視を怠れば一般人よりも先に被害に合う事になるのは君だぞ。常に相手が猛獣だと意識して捜査にあたるんだ。君の命のためにもな」
「はあ…………」
もうこの論議を続けたところで常識的の範囲内の答えが返ってこないと悟った須藤は、ひとまず話題を捜査対象の事に切り替える事にした。少しでも現実的な話を聞き、心の混乱を抑えようと考えて。
「えーと……それでは、自分とその口裂け女が捜査する相手はいったいどんな組織なのです? それなりに特殊な犯罪組織だという事は想像できますが」
「今はまだ私の口からは言えない。だが今から覚悟を決めておいた方がいい。地下に閉じ込めていた怪物を解き放たなければならないほど凶悪で狂った集団だからな」
*************************************
講堂に教団の全信者160人が集まっている。厳しい修行から離脱する事無く、教団の歴史を終える最後の闘いに命を捧げる誇らしき弟子達だ。
教団幹部の祐華は壇上でマイクを握ると、全身赤色に染まった装束で身を包んでいる信者達向かって声を上げる。
「皆、精霊になりたいか!」
祐華の呼びかけに信者達が“ウオオーッ”と勇ましく声を上げた。
「素晴らしい。最高だ、諸君。心配はいらないぞ。私を含めここにいる誰もが優良な精霊になれる。そう、祝祭が行われる明日の2月26日に!」
まだ二十代前半の女子ながら教団への強い愛と忠誠心、そして歌劇団の男役にも劣らない凛々しく引き締まった美貌で教団のNO.2の地位まで上り詰めた祐華に向かって、信者達が熱のこもった拍手を送った。
「祝祭の時、我々はこの不幸に満ちた世界で苦しむ多くの一般市民も我々と平等に精霊にしてやらなくてはならない! それが我が教団がこの世の人々にできる最大の貢献となろう!」
信者達は涙目を浮かべながら祐華に拍手を送った。
「恐れる事はない。我々が行うのは無差別テロでも大量殺人でもない。我々は2月26日に行う祝祭で哀れな一般の人々の魂を幸福な天の世界へと導くのだ。できるだけ多くの人間を救おうではないか! 皆、祝祭の道具を掲げよ!」
祐華の号令に信者達は勇ましく雄叫びを上げながら、各自、散弾銃、拳銃、自動小銃、刀などの武器を持った手を天に向かって突き上げた。
「いいぞ、それは我々の神具だ。その神具のパワーを駆使して一人でも多くの魂を精霊にし、そしてより素晴らしい来世をプレゼントしてやるのだ!」
再び、信者達の拍手が講堂に轟いた。
「皆も知っての通り、我が教団の主である真師は今、病床にある。だが、明日の祝祭ではあの紅き大神(だいしん)が真師の体に憑依して復活し、巨大魔神と共に祝祭を盛り上げてくれるだろう! もはや我が教団に恐れるものなど一つもない! もし警察が妨害に出てきた場合は一人残らず返り討ちにして宗教弾圧を許すな! さあ、皆、心ゆくまで祝祭を楽もうではないか!」
信者達から“大神(だいしん)!”“大神(だいしん)!”“魔神!”“魔神!”とコールが響く。
「ありがとう、皆の声は真師にも届いている。約束する! その日、大神(だいしん)は復活する。そして我々と共に巨大魔神を操ってこの都市を火の海にし、汚れた人々を容赦なく精霊にしてやるのだ!」
だが、昨晩、警視庁に呼び出されると国家試験を無視して巡査部長という肩書を与えられ、そして同時に特殊な犯罪組織を捜査する秘密捜査官に任命された。
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しかも共に捜査する相棒が刑事ではなく、過去に重罪を繰り返した凶悪犯の女だという。
「…………」
その凶悪犯が投獄されている特別な施設の廊下を進み続けていると、自分を先導している警視の牧田が厳粛な表情を須藤に向けた。
「いいか、須藤君、君は新人ながら多くの優秀な警官の中から選任されたんだ。何も臆する事はない。秘密捜査官として自信を持って捜査にあたってくれ」
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「あのう、警視……正直に言ってください。これは特別なテストか何かでしょうか?」
牧田警視は大きく顔をしかめた。
「何だ?」
「いえ、その……ですから今回の私が与えられた凶悪犯とコンビを組んで隠密捜査を行うといった話は若手の警官を試すための裏のテストか何でしょうか?……それなら今回の話、いろいろ合点がいくのですが……」
「裏のテストだって? おいおい、待ってくれ。なんで本庁が若手を試すためにわざわざ組織的な労力を使わなくてはいけないんだ? しかも警察の機密施設の案内をしてまでだ。どうした、いきなりそんな質問をして?」
牧田の余興に興じているとは思えないその真剣な表情を見て、須藤は大きく暗鬱な溜息をつく。
「いえ、そのう……特殊な捜査に凶悪犯の知識を利用させようという計画は、まあ、ひとまず理解するとしましょう。まだ経験も浅い自分がその捜査員として任命された事もとりあえずです。しかし今回の話の一番の問題点は私と捜査を共にする凶悪犯のパートナーが……」
言葉の途中で須藤は畏まるように一度、咳払いをした。
「オホン……えーと……ですから秘密捜査の私のパートナーとなるその凶悪犯の正体が口裂け女だというのは何かの冗談か間違いかではないかと……」
牧田が大きく肩を落とし溜息をつく。
「……そうか、やはりそう来るか……」
「はい、すみません。そう来てしまいます……確かに自分も口裂け女の話は幾度も聞いた事があります。しかし、その凶悪犯……もとい怪物については全てただの噂で現実には存在しないという結論で話は終わったはずです。しかも遠い昔である昭和の時代に」
牧田は須藤の指摘に動じる事無く答える。
「そうだな。世間も君と同じ意見だろう。だったら我々警察の思惑通りというわけだ」
「はい? 今なんておっしゃいましたか?」
「君は疑問に思わないか? あの時代、あれだけ世間を騒がしたのに噂話で事態が終結した事に? 当時、日本各地で数多くの目撃談者もいたというのにだ。そして世間を騒がしておきながらその怪物は何事もなかったように忽然と姿を消した。なぜだ?」
「そ、それは……」
須藤は答えられず、困惑の表情を浮かべた。
「教えよう。怪物は消えたんじゃない。警察が逮捕し、地下に閉じ込めたんだ。昭和の時代のうちに。そしてその事実を公表せず隠す事にした」
「え? 逮捕! え、え? 逮捕したのならなぜ公表しなかったんですか? 当時は社会的な大事件だったはずです」
「公表しなかった理由? 簡単さ。あの時代、噂だけでも世間は混乱状態だった。そんな状態の中でその怪物が本当に存在したと公表をすると国民はさらなるパニックを起こす事は目に見えていた。だからその狂乱を防ぐために警察は奴を地下に幽閉し、世間の興味が消えるのを待った。そして時が経ち、知ってのとおり口裂け女はただの噂話、存在しないデマとして世間は認知した。全てが警察の思惑どおりに進んだ、そういうわけだ」
……そういうわけだ、と簡単に締めくくられても、話のネタがネタだけに、ああ、なるほど、そうなんですね! と須藤は素直に答えられない。
「ええぇぇぇ…………」
「だがこれまで話の通り、奴が正真正銘の怪物という事実に変わりはない。その怪物と共に秘密捜査をするだけではなく、奴が逃亡を目論んだり、人々に危害を加える事がないよう24時間監視する、それが今回の君の任務だ。そこは理解しているな?」
「はあ……そこは理解しています……とりあえずですが……」
「奴との取り決めで立場上は奴が警部という地位で君の上官にあたるが、それはあくまでも形だけだ。相手は所詮怪物、現場に出たらただの素人。簡単に君が捜査の主導権をつかめるさ。奴をうまく利用してコキ使ってやれ」
「ええ……口裂け女が上官なうえに監視してコントロールするなんて、訓練もマニュアルもないのでどう上手くやればいいのか頭が混乱していますが……」
と、須藤が素直に自信のない顔で答えた。
「そのためには君は刑事だけじゃなく優秀な猛獣使いになるんだ。怪物の監視を怠れば一般人よりも先に被害に合う事になるのは君だぞ。常に相手が猛獣だと意識して捜査にあたるんだ。君の命のためにもな」
「はあ…………」
もうこの論議を続けたところで常識的の範囲内の答えが返ってこないと悟った須藤は、ひとまず話題を捜査対象の事に切り替える事にした。少しでも現実的な話を聞き、心の混乱を抑えようと考えて。
「えーと……それでは、自分とその口裂け女が捜査する相手はいったいどんな組織なのです? それなりに特殊な犯罪組織だという事は想像できますが」
「今はまだ私の口からは言えない。だが今から覚悟を決めておいた方がいい。地下に閉じ込めていた怪物を解き放たなければならないほど凶悪で狂った集団だからな」
*************************************
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教団幹部の祐華は壇上でマイクを握ると、全身赤色に染まった装束で身を包んでいる信者達向かって声を上げる。
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まだ二十代前半の女子ながら教団への強い愛と忠誠心、そして歌劇団の男役にも劣らない凛々しく引き締まった美貌で教団のNO.2の地位まで上り詰めた祐華に向かって、信者達が熱のこもった拍手を送った。
「祝祭の時、我々はこの不幸に満ちた世界で苦しむ多くの一般市民も我々と平等に精霊にしてやらなくてはならない! それが我が教団がこの世の人々にできる最大の貢献となろう!」
信者達は涙目を浮かべながら祐華に拍手を送った。
「恐れる事はない。我々が行うのは無差別テロでも大量殺人でもない。我々は2月26日に行う祝祭で哀れな一般の人々の魂を幸福な天の世界へと導くのだ。できるだけ多くの人間を救おうではないか! 皆、祝祭の道具を掲げよ!」
祐華の号令に信者達は勇ましく雄叫びを上げながら、各自、散弾銃、拳銃、自動小銃、刀などの武器を持った手を天に向かって突き上げた。
「いいぞ、それは我々の神具だ。その神具のパワーを駆使して一人でも多くの魂を精霊にし、そしてより素晴らしい来世をプレゼントしてやるのだ!」
再び、信者達の拍手が講堂に轟いた。
「皆も知っての通り、我が教団の主である真師は今、病床にある。だが、明日の祝祭ではあの紅き大神(だいしん)が真師の体に憑依して復活し、巨大魔神と共に祝祭を盛り上げてくれるだろう! もはや我が教団に恐れるものなど一つもない! もし警察が妨害に出てきた場合は一人残らず返り討ちにして宗教弾圧を許すな! さあ、皆、心ゆくまで祝祭を楽もうではないか!」
信者達から“大神(だいしん)!”“大神(だいしん)!”“魔神!”“魔神!”とコールが響く。
「ありがとう、皆の声は真師にも届いている。約束する! その日、大神(だいしん)は復活する。そして我々と共に巨大魔神を操ってこの都市を火の海にし、汚れた人々を容赦なく精霊にしてやるのだ!」
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